路地裏の王子様と秘密のカフェ ―10年ぶりに再会した親友はトップアイドルでした―

たら昆布

文字の大きさ
2 / 28

2話

しおりを挟む
 翌日の夕方、バイト先の『カフェ・エトワール』は、落ち着いたジャズが流れる穏やかな空気に包まれていた。
 
 ここは駅から少し離れていることもあり、常連客が静かに読書や作業を楽しむための隠れ家的な場所だ。
 
 カランカラン、とドアベルが鳴った。
 
「いらっしゃいませ。……あ、レオさん!」
 
 入ってきた人物を見て、僕は思わず声を弾ませた。
 
 そこに立っていたのは、昨日路地裏で助けたあの綺麗な人だった。
 
 今日は深い青のキャップを深く被り、黒縁の伊達メガネをかけている。
 
 服装もシンプルな白Tシャツにデニムという格好だが、隠しきれないスタイルの良さとオーラが店内に広がった気がした。
 
「こんにちは、千秋さん。本当に、来ちゃいました」
 
 レオさんは少し照れくさそうに、でも嬉しそうに目を細めて笑った。
 
 その顔を見て、僕は昨日の「撮影」という言葉を思い出す。
 
 きっと彼は、最近巷で話題のアイドルグループ『GALAXY』のメンバーか何かに違いない。
 
 あそこは一人一人が圧倒的なビジュアルを持っていることで有名だ。
 
 最近は街の至る所に彼らのポスターが貼ってあるし、テレビをつければ必ず誰かが出ている。
 
(でも、あんなにキラキラしたスターが、こんな普通のカフェに一人で来るかな……?)
 
 自分の中で「レオさん=アイドル」という疑惑が浮かびかけるが、目の前でメニューを一生懸命覗き込んでいる彼の姿は、どこか放っておけない友人のような雰囲気だった。
 
「お好きな席へどうぞ。今日は日替わりのシフォンケーキがおすすめですよ」
 
「じゃあ、それを。……あと、千秋さんの、おすすめのコーヒーもお願いします」
 
 レオさんは一番奥の、周囲から死角になる席を選んで座った。
 
 僕は丁寧に豆を挽き、コーヒーを淹れる。
 
 彼がじっと僕の手元を見つめているのを感じて、少し緊張してしまった。
 
「お待たせしました。本日のコーヒーと、自家製シフォンです」
 
「わぁ、美味しそう……。いただきます」
 
 レオさんはフォークを手に取ると、幸せそうにケーキを口に運んだ。
 
 その食べ方がなんだか小動物のようで、僕はつい微笑んでしまう。
 
「千秋さん。あの、昨日は本当にありがとうございました。……僕、あの後、無事に仕事に戻れたんです」
 
「それは良かったです。撮影、大変だったんじゃないですか?」
 
 僕がそう尋ねると、レオさんは一瞬動きを止め、少しだけ寂しげな顔をした。
 
「……大変なこともありますけど、僕には、どうしても叶えたい約束があるから。だから、頑張れるんです」
 
 約束。その言葉の響きに、僕は胸の奥がちくりとした。
 
 十年前、僕も同級生の誰かとそんな話をした気がする。
 
 引っ越していった、泣き虫で可愛かった親友。
 
(……まさかな。レオさんはこんなに立派で綺麗なんだし)
 
 僕は自分の考えを打ち消すように、空いたグラスに水を注ぎ足した。
 
 レオさんはその後も、一時間ほどゆっくりと店に滞在してくれた。
 
 時折、ノートを広げて何かを書き留めたり、スマホで音楽を聴いたりしている。
 
 その真剣な表情は、テレビの向こう側で見かける『GALAXY』のレオに少しだけ似ている気がした。
 
「ごちそうさまでした。千秋さん、また来てもいいですか?」
 
 会計を済ませる際、レオさんは少し不安そうに僕を見上げてきた。
 
「もちろんです。常連さん、大歓迎ですよ」
 
 僕がそう言うと、彼は今日一番の笑顔を見せてくれた。
 
「……はい! 明日も、明後日も、絶対に来ます!」
 
 その宣言通り、翌日も、その次の日も、レオさんは店に現れた。
 
 店に来るたびに少しずつ、僕に対する警戒心が解けていくのが分かった。
 
 そんなある日のことだ。
 
 レオさんが店を出た直後、一台の黒い高級車が店の前に止まった。
 
 中から現れたのは、モデルのように背が高い、銀髪の美青年だった。
 
 彼は鋭い視線で店を一瞥すると、迷わずレオさんの座っていた席へと歩いてきた。
 
「……レオは、もう行ったか?」
 
 低い、凛とした声。
 
 その圧倒的な存在感に、僕は息を呑んだ。
 
 彼は『GALAXY』のリーダー、シオンだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寂しいを分け与えた

こじらせた処女
BL
 いつものように家に帰ったら、母さんが居なかった。最初は何か厄介ごとに巻き込まれたのかと思ったが、部屋が荒れた形跡もないからそうではないらしい。米も、味噌も、指輪も着物も全部が綺麗になくなっていて、代わりに手紙が置いてあった。  昔の恋人が帰ってきた、だからその人の故郷に行く、と。いくらガキの俺でも分かる。俺は捨てられたってことだ。

炎の精霊王の愛に満ちて

陽花紫
BL
異世界転移してしまったミヤは、森の中で寒さに震えていた。暖をとるために焚火をすれば、そこから精霊王フレアが姿を現す。 悪しき魔術師によって封印されていたフレアはその礼として「願いをひとつ叶えてやろう」とミヤ告げる。しかし無欲なミヤには、願いなど浮かばなかった。フレアはミヤに欲望を与え、いまいちど願いを尋ねる。 ミヤは答えた。「俺を、愛して」 小説家になろうにも掲載中です。

【8話完結】僕の大切な人はBLゲームの主人公でした。〜モブは主人公の幸せのためなら、この恋も諦められます〜

キノア9g
BL
転生先は、まさかのBLゲームの世界。 モブであるリセルは、恋を自覚した瞬間、幼馴染・セスがこの世界の“主人公”だと気づいてしまう。 このまま一緒にいても、いつか彼は攻略対象に惹かれていく運命——それでも、今だけは傍にいたい。 「諦める覚悟をしたのに、どうしてこんなにも君が愛おしいんだろう」 恋の終わりを知っているモブと、想いを自覚していく主人公。 甘さと切なさが胸を締めつける、すれ違いから始まる運命の物語。 全8話。

αからΩになった俺が幸せを掴むまで

なの
BL
柴田海、本名大嶋海里、21歳、今はオメガ、職業……オメガの出張風俗店勤務。 10年前、父が亡くなって新しいお義父さんと義兄貴ができた。 義兄貴は俺に優しくて、俺は大好きだった。 アルファと言われていた俺だったがある日熱を出してしまった。 義兄貴に看病されるうちにヒートのような症状が… 義兄貴と一線を超えてしまって逃げ出した。そんな海里は生きていくためにオメガの出張風俗店で働くようになった。 そんな海里が本当の幸せを掴むまで…

塩対応だった旦那様が記憶喪失になった途端溺愛してくるのですが

詩河とんぼ
BL
 貧乏伯爵家の子息であったノアは家を救うことを条件に、援助をしてくれることとなったラインドール公爵家の若気当主のレオンに嫁ぐこととなった。  塩対応で愛人がいるという噂のレオンやノアを嫌う義母の前夫人を見て、ほとんどの使用人たちはノアに嫌がらせをしていた。  そんな中、レオンが階段から転落し、レオンは記憶を失ってしまう。すると――

人並みに嫉妬くらいします

米奏よぞら
BL
流されやすい攻め×激重受け 高校時代に学校一のモテ男から告白されて付き合ったはいいものの、交際四年目に彼の束縛の強さに我慢の限界がきてしまった主人公のお話です。

【8話完結】強制力に負けて死に戻ったら、幼馴染の様子がおかしいのですが、バグですか?

キノア9g
BL
目が覚めたら、大好きだったRPGの世界に転生していた。 知識チートでなんとか死亡フラグを回避した……はずだったのに、あっさり死んで、気づけば一年前に逆戻り。 今度こそ生き残ってみせる。そう思っていたんだけど—— 「お前、ちょっと俺に執着しすぎじゃない……?」 幼馴染が、なんかおかしい。妙に優しいし、距離が近いし、俺の行動にやたら詳しい。 しかも、その笑顔の奥に見える“何か”が、最近ちょっと怖い。 これは、運命を変えようと足掻く俺と、俺だけを見つめ続ける幼馴染の、ちょっと(だいぶ?)危険な異世界BL。 全8話。

姉の代わりに舞踏会に行ったら呪われた第三王子の初恋を奪ってしまった

近井とお
BL
幼少期、ユーリは姉によく似ていることから彼女の代わりに社交の場に出席することが多々あった。ある舞踏会の夜、中庭に姿を眩ませたユーリに誰かがぶつかってくる。その正体は呪われていると噂の第三王子であったが、ぶつかられたことに腹を立てたユーリは強気に接し、ダンスを踊った後、彼を捜している気配を感じてからかいながら立ち去る。 それから数年後、第三王子は初恋の令嬢を探し始めたが、それはユーリに違いなく……。 初恋の相手を捜す第三王子×軽口令息

処理中です...