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24話
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翌朝、僕が目を覚ましたとき、部屋の中は昨夜よりもいっそう静まり返っていた。
枕元の時計は午前七時を回っている。窓の外に目を向けると、雪はすでに止んでいたが、新雪がさらに数十センチは降り積もったようで、世界は眩しいほどの白一色に塗り替えられていた。
隣を見ると、レオはまだ布団の中で丸まって、深い眠りの中にいた。
普段、仕事のときはアラームが鳴る前に飛び起き、分刻みのスケジュールをこなしている彼だ。こうして時間を忘れて眠れることが、どれほど彼にとって稀有な救いなのかを思うと、僕は彼を起こさないようにそっと布団を抜け出した。
洗面所で顔を洗い、部屋の広縁にある椅子に腰を下ろして、白く煙る山並みを眺める。
「……あ、千秋。起きてたんだ」
しばらくして、背後から少し掠れた、柔らかな声がした。
振り返ると、髪を乱し、眠そうに目をこすりながら、レオが布団から這い出してきたところだった。
「おはよう、レオ。よく眠れた?」
「……うん。一度も目が覚めなかったよ。こんなに深く眠れたの、いつ以来だろう」
レオは僕の隣まで歩いてくると、大きな欠伸を一つして、僕の肩に頭を預けた。
窓越しに差し込む朝日の反射が、彼の瞳を薄い琥珀色に透かせている。
「……帰りたくないなあ。このままここで、千秋とずっと雪を見て過ごせたらいいのに」
「そうだね。僕も同じ気持ちだよ。……でも、レオを待ってる人がたくさんいるだろ? シオンさんだって、今頃必死にスケジュールを調整してくれてるはずだし」
「分かってる。……分かってるんだけどさ」
レオは僕の腕をぎゅっと抱きしめ、子供のように唇を尖らせた。
トップアイドルとしての責任感と、一人の青年としての本音。その狭間で揺れる彼の姿は、あまりにも人間らしく、僕は胸が締め付けられるような愛おしさを覚えた。
朝食には、昨夜レオが楽しみにしていた「自分で作る温泉卵」や、地元で採れた艶やかなお米が並んだ。
レオは「最後のご飯だから、しっかり味わうんだ」と宣言し、一杯目のお米を噛みしめるように食べていた。
「千秋。僕ね、今回の旅行で決めたことがあるんだ」
お味噌汁を飲み終えたレオが、ふと真剣な顔で僕を見つめた。
「これからは、どんなに忙しくても、月に一度は必ず『玲央』に戻る時間を作るって。……今までは、走り続けなきゃ誰かに忘れられちゃうんじゃないかって、ずっと怖かった。でも、千秋がこうして待っててくれるなら、僕はどこまで行っても、迷わずに帰ってこられる」
「レオ……」
「だからさ。……次に会うときは、僕、もっとパワーアップしてるよ。ドームよりももっと大きな場所で、千秋を驚かせてあげるんだ」
彼の言葉には、都会を出発したときのような不安な陰は一切なかった。
この雪国の静寂が、彼の折れかけていた心を、確かな強さで繋ぎ止めてくれたのだ。
宿をチェックアウトし、雪を被ったレンタカーのエンジンをかける。
「……じゃあね、秘密の隠れ家。また来るよ」
レオは車の窓を開け、遠ざかっていく宿に向かって小さく手を振った。
帰り道、車内にはGALAXYの曲ではなく、レオが「これ、最近好きなんだ」と言って選んだ穏やかなインストゥルメンタルの曲が流れていた。
高速道路に乗り、徐々に雪の姿が消え、無機質なビルの群れが見え始めた頃、レオは少しずつ、いつもの「アイドルのレオ」としての顔を整えていった。
けれど、その瞳の奥には、僕たちだけが共有した雪国の温もりが、消えることのない灯火のように宿っている。
夕方、都内の静かな路地裏で車を止めた。
ここで、事務所から迎えに来た車に乗り換える手はずになっている。
「……千秋。ありがとう。最高の冬休みだったよ」
レオは車を降りる直前、僕の頬にそっと手を触れた。
「次は、僕のバースデーライブがあるんだ。絶対に、一番いい席を用意するから。……そこで、僕たちの『次の約束』、発表しちゃうかもね」
「……期待して待ってるよ。気をつけてね、レオ」
レオは深く帽子を被り、マスクを装着して、いつもの「完璧な変装」に戻った。
彼は一度だけ僕を振り返り、ウィンクをしてから、迎えの車へと吸い込まれていった。
一人残された車内で、僕はハンドルの上に顔を伏せた。
助手席には、彼が飲みかけのペットボトルと、雪山で拾ったという小さな枯れ枝が、忘れ物のように置かれている。
寂しさはもちろんあった。けれど、それ以上に「また明日から頑張ろう」という前向きな力が、体の底から湧き上がってくるのを感じた。
レオは今、再び光の中へと戻っていった。
僕は、そんな彼の「一番の味方」であり続けるために、僕自身の日常をしっかりと歩んでいく。
夜の都会に、冷たい風が吹く。
けれど、僕の心は、雪明かりよりも明るい、レオとの約束で満たされていた。
枕元の時計は午前七時を回っている。窓の外に目を向けると、雪はすでに止んでいたが、新雪がさらに数十センチは降り積もったようで、世界は眩しいほどの白一色に塗り替えられていた。
隣を見ると、レオはまだ布団の中で丸まって、深い眠りの中にいた。
普段、仕事のときはアラームが鳴る前に飛び起き、分刻みのスケジュールをこなしている彼だ。こうして時間を忘れて眠れることが、どれほど彼にとって稀有な救いなのかを思うと、僕は彼を起こさないようにそっと布団を抜け出した。
洗面所で顔を洗い、部屋の広縁にある椅子に腰を下ろして、白く煙る山並みを眺める。
「……あ、千秋。起きてたんだ」
しばらくして、背後から少し掠れた、柔らかな声がした。
振り返ると、髪を乱し、眠そうに目をこすりながら、レオが布団から這い出してきたところだった。
「おはよう、レオ。よく眠れた?」
「……うん。一度も目が覚めなかったよ。こんなに深く眠れたの、いつ以来だろう」
レオは僕の隣まで歩いてくると、大きな欠伸を一つして、僕の肩に頭を預けた。
窓越しに差し込む朝日の反射が、彼の瞳を薄い琥珀色に透かせている。
「……帰りたくないなあ。このままここで、千秋とずっと雪を見て過ごせたらいいのに」
「そうだね。僕も同じ気持ちだよ。……でも、レオを待ってる人がたくさんいるだろ? シオンさんだって、今頃必死にスケジュールを調整してくれてるはずだし」
「分かってる。……分かってるんだけどさ」
レオは僕の腕をぎゅっと抱きしめ、子供のように唇を尖らせた。
トップアイドルとしての責任感と、一人の青年としての本音。その狭間で揺れる彼の姿は、あまりにも人間らしく、僕は胸が締め付けられるような愛おしさを覚えた。
朝食には、昨夜レオが楽しみにしていた「自分で作る温泉卵」や、地元で採れた艶やかなお米が並んだ。
レオは「最後のご飯だから、しっかり味わうんだ」と宣言し、一杯目のお米を噛みしめるように食べていた。
「千秋。僕ね、今回の旅行で決めたことがあるんだ」
お味噌汁を飲み終えたレオが、ふと真剣な顔で僕を見つめた。
「これからは、どんなに忙しくても、月に一度は必ず『玲央』に戻る時間を作るって。……今までは、走り続けなきゃ誰かに忘れられちゃうんじゃないかって、ずっと怖かった。でも、千秋がこうして待っててくれるなら、僕はどこまで行っても、迷わずに帰ってこられる」
「レオ……」
「だからさ。……次に会うときは、僕、もっとパワーアップしてるよ。ドームよりももっと大きな場所で、千秋を驚かせてあげるんだ」
彼の言葉には、都会を出発したときのような不安な陰は一切なかった。
この雪国の静寂が、彼の折れかけていた心を、確かな強さで繋ぎ止めてくれたのだ。
宿をチェックアウトし、雪を被ったレンタカーのエンジンをかける。
「……じゃあね、秘密の隠れ家。また来るよ」
レオは車の窓を開け、遠ざかっていく宿に向かって小さく手を振った。
帰り道、車内にはGALAXYの曲ではなく、レオが「これ、最近好きなんだ」と言って選んだ穏やかなインストゥルメンタルの曲が流れていた。
高速道路に乗り、徐々に雪の姿が消え、無機質なビルの群れが見え始めた頃、レオは少しずつ、いつもの「アイドルのレオ」としての顔を整えていった。
けれど、その瞳の奥には、僕たちだけが共有した雪国の温もりが、消えることのない灯火のように宿っている。
夕方、都内の静かな路地裏で車を止めた。
ここで、事務所から迎えに来た車に乗り換える手はずになっている。
「……千秋。ありがとう。最高の冬休みだったよ」
レオは車を降りる直前、僕の頬にそっと手を触れた。
「次は、僕のバースデーライブがあるんだ。絶対に、一番いい席を用意するから。……そこで、僕たちの『次の約束』、発表しちゃうかもね」
「……期待して待ってるよ。気をつけてね、レオ」
レオは深く帽子を被り、マスクを装着して、いつもの「完璧な変装」に戻った。
彼は一度だけ僕を振り返り、ウィンクをしてから、迎えの車へと吸い込まれていった。
一人残された車内で、僕はハンドルの上に顔を伏せた。
助手席には、彼が飲みかけのペットボトルと、雪山で拾ったという小さな枯れ枝が、忘れ物のように置かれている。
寂しさはもちろんあった。けれど、それ以上に「また明日から頑張ろう」という前向きな力が、体の底から湧き上がってくるのを感じた。
レオは今、再び光の中へと戻っていった。
僕は、そんな彼の「一番の味方」であり続けるために、僕自身の日常をしっかりと歩んでいく。
夜の都会に、冷たい風が吹く。
けれど、僕の心は、雪明かりよりも明るい、レオとの約束で満たされていた。
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