7 / 45
7話
しおりを挟む
ガイアスたちが去ってから、三日が経過した。
森は、完全に元の静寂を取り戻している。
風が枝葉を揺らす音、遠くで鳴く魔鳥の鋭い声、そして俺がページをめくる音。
本来の、あるべき姿。俺が三年間守り抜いてきた、ノイズのない完成された日常だ。
「……ふぅ。やっぱり、一人が一番効率がいいな」
俺はテラスの椅子に座り、お気に入りの魔導書に目を落としながら、独り言を漏らす。
誰に返事を期待しているわけでもない。ただ、無音の空間を埋めるために、不自然なほどの沈黙を破りたかっただけだ。
ふと視線を上げると、庭の隅にはガイアスが割り、整然と積み上げられた薪の山が見える。
さらにその奥、彼らがテントを張っていた場所の草は、まだ少しだけ踏み固められた跡が残っている。
(……一週間もすれば、草も元通りになる。薪だって、俺が使えばいつかは無くなる。すべては一時的なキャッシュ・データみたいなものだ)
そう思考を整理して、俺は冷めかけた薬草茶に口をつけた。
だが、その味は、ガイアスに淹れてやった時よりも、少しだけ苦みが強く感じられた。
その時だった。
「――きゅう?」
結界の端、茂みの陰から、聞き慣れない電子音のような、あるいは鳴き声のような音が響いた。
俺は即座に視線を向ける。
監視結界のログを確認するが、強力な魔力反応はない。あるのは、ほんのわずかな、小動物程度の生命反応だけだ。
「……野良ウサギか何かか?」
俺は椅子から立ち上がり、様子を見に庭へ降りた。
茂みをかき分けると、そこには真っ白な毛玉のような生き物が、ひっくり返ってジタバタしていた。
耳はピンと立っており、尻尾は太くて長い。
犬のようでもあり、狐のようでもあるが、その背中には小さな羽のような飾りがついている。
「……きゅうん、きゅう……」
毛玉は俺の姿を認めると、大きな銀色の瞳を潤ませ、必死に短い足をバタつかせた。
見れば、その足元には鋭い茨が絡まり、自力では抜け出せなくなっている。
「……トラブル続きだな、最近のこの森は」
俺は嘆息しながらも、膝をついて茨を魔法で丁寧に解いていく。
茨が外れた瞬間、白い毛玉はバネのように飛び上がり、なぜか俺の膝の上にダイブしてきた。
「おい、待て。俺は今、清潔なエルフ仕様のローブを着ているんだが」
「きゅう! きゅう!」
毛玉は俺の抗議を無視して、顔を俺の腹に擦り付けてくる。
その感触は驚くほど柔らかく、日向に干した布団のように温かい。
そして何より、その小さな体からは、異常なほど高密度の魔力が溢れていた。
「……お前、ただの小動物じゃないな? この魔力パターン、古文書に載っていた『フェンリル』の幼体に近いぞ」
伝説の魔獣。成長すれば山をも砕くと言われる存在だが、目の前にいるのは、俺の手のひら二つ分ほどのサイズしかない、ただの「動く綿菓子」だ。
「きゅう!」
自称(?)フェンリルは、俺の指を甘噛みし、得意げに尻尾を振る。
どうやら、俺の魔力に惹かれて結界を潜り抜けてきたらしい。
「……悪いが、うちはペット禁止だ。ガイアスさん一人でも持て余していたのに、伝説の魔獣なんて飼ったら、俺のスローライフが物理的に崩壊する」
俺は毛玉を抱え上げ、結界の外へリリースしようとした。
だが、毛玉は俺の腕を小さな爪でがっしりとホールドし、今にも泣き出しそうな声で鳴いた。
「…………」
見つめ合う、俺と毛玉。
無機質な銀色の瞳に、俺の困惑した顔が映っている。
(……待てよ。こいつの毛並み、よく見ると魔素を吸収して浄化する特性があるな。庭の端に置いておけば、魔導回路の冷却効率が上がるかもしれない。……いや、それはただの言い訳か)
結局、俺はその日の夕方、キッチンの隅に余った布で小さなベッドを作っていた。
毛玉――仮の名を『シロ』とした――は、俺が作ったベッドが気に入ったらしく、その中で丸くなって満足げに喉を鳴らしている。
「……まあ、ガイアスさんが次に来るまでの暫定的な預かりだ。あいつなら、こういう『可愛いもの』に目がなさそうだしな」
俺はシロの頭を指先で撫でながら、ふと思う。
一人きりの静かな森。
薪を割る音はもう聞こえないが、足元で小さく「きゅう」と寝言を言う生き物がいる。
俺のライフプランは、当初の設計図から大きくズレ始めている。
けれど、そのズレを修正する気力が、今の俺にはあまり湧かなかった。
「……明日の朝食は、こいつの分も計算に入れないとな」
俺は、消灯の魔法を唱え、少しだけ賑やかになった夜の闇に身を委ねた。
森は、完全に元の静寂を取り戻している。
風が枝葉を揺らす音、遠くで鳴く魔鳥の鋭い声、そして俺がページをめくる音。
本来の、あるべき姿。俺が三年間守り抜いてきた、ノイズのない完成された日常だ。
「……ふぅ。やっぱり、一人が一番効率がいいな」
俺はテラスの椅子に座り、お気に入りの魔導書に目を落としながら、独り言を漏らす。
誰に返事を期待しているわけでもない。ただ、無音の空間を埋めるために、不自然なほどの沈黙を破りたかっただけだ。
ふと視線を上げると、庭の隅にはガイアスが割り、整然と積み上げられた薪の山が見える。
さらにその奥、彼らがテントを張っていた場所の草は、まだ少しだけ踏み固められた跡が残っている。
(……一週間もすれば、草も元通りになる。薪だって、俺が使えばいつかは無くなる。すべては一時的なキャッシュ・データみたいなものだ)
そう思考を整理して、俺は冷めかけた薬草茶に口をつけた。
だが、その味は、ガイアスに淹れてやった時よりも、少しだけ苦みが強く感じられた。
その時だった。
「――きゅう?」
結界の端、茂みの陰から、聞き慣れない電子音のような、あるいは鳴き声のような音が響いた。
俺は即座に視線を向ける。
監視結界のログを確認するが、強力な魔力反応はない。あるのは、ほんのわずかな、小動物程度の生命反応だけだ。
「……野良ウサギか何かか?」
俺は椅子から立ち上がり、様子を見に庭へ降りた。
茂みをかき分けると、そこには真っ白な毛玉のような生き物が、ひっくり返ってジタバタしていた。
耳はピンと立っており、尻尾は太くて長い。
犬のようでもあり、狐のようでもあるが、その背中には小さな羽のような飾りがついている。
「……きゅうん、きゅう……」
毛玉は俺の姿を認めると、大きな銀色の瞳を潤ませ、必死に短い足をバタつかせた。
見れば、その足元には鋭い茨が絡まり、自力では抜け出せなくなっている。
「……トラブル続きだな、最近のこの森は」
俺は嘆息しながらも、膝をついて茨を魔法で丁寧に解いていく。
茨が外れた瞬間、白い毛玉はバネのように飛び上がり、なぜか俺の膝の上にダイブしてきた。
「おい、待て。俺は今、清潔なエルフ仕様のローブを着ているんだが」
「きゅう! きゅう!」
毛玉は俺の抗議を無視して、顔を俺の腹に擦り付けてくる。
その感触は驚くほど柔らかく、日向に干した布団のように温かい。
そして何より、その小さな体からは、異常なほど高密度の魔力が溢れていた。
「……お前、ただの小動物じゃないな? この魔力パターン、古文書に載っていた『フェンリル』の幼体に近いぞ」
伝説の魔獣。成長すれば山をも砕くと言われる存在だが、目の前にいるのは、俺の手のひら二つ分ほどのサイズしかない、ただの「動く綿菓子」だ。
「きゅう!」
自称(?)フェンリルは、俺の指を甘噛みし、得意げに尻尾を振る。
どうやら、俺の魔力に惹かれて結界を潜り抜けてきたらしい。
「……悪いが、うちはペット禁止だ。ガイアスさん一人でも持て余していたのに、伝説の魔獣なんて飼ったら、俺のスローライフが物理的に崩壊する」
俺は毛玉を抱え上げ、結界の外へリリースしようとした。
だが、毛玉は俺の腕を小さな爪でがっしりとホールドし、今にも泣き出しそうな声で鳴いた。
「…………」
見つめ合う、俺と毛玉。
無機質な銀色の瞳に、俺の困惑した顔が映っている。
(……待てよ。こいつの毛並み、よく見ると魔素を吸収して浄化する特性があるな。庭の端に置いておけば、魔導回路の冷却効率が上がるかもしれない。……いや、それはただの言い訳か)
結局、俺はその日の夕方、キッチンの隅に余った布で小さなベッドを作っていた。
毛玉――仮の名を『シロ』とした――は、俺が作ったベッドが気に入ったらしく、その中で丸くなって満足げに喉を鳴らしている。
「……まあ、ガイアスさんが次に来るまでの暫定的な預かりだ。あいつなら、こういう『可愛いもの』に目がなさそうだしな」
俺はシロの頭を指先で撫でながら、ふと思う。
一人きりの静かな森。
薪を割る音はもう聞こえないが、足元で小さく「きゅう」と寝言を言う生き物がいる。
俺のライフプランは、当初の設計図から大きくズレ始めている。
けれど、そのズレを修正する気力が、今の俺にはあまり湧かなかった。
「……明日の朝食は、こいつの分も計算に入れないとな」
俺は、消灯の魔法を唱え、少しだけ賑やかになった夜の闇に身を委ねた。
10
あなたにおすすめの小説
黄色い水仙を君に贈る
えんがわ
BL
──────────
「ねぇ、別れよっか……俺たち……。」
「ああ、そうだな」
「っ……ばいばい……」
俺は……ただっ……
「うわああああああああ!」
君に愛して欲しかっただけなのに……
僕は今日、謳う
ゆい
BL
紅葉と海を観に行きたいと、僕は彼に我儘を言った。
彼はこのクリスマスに彼女と結婚する。
彼との最後の思い出が欲しかったから。
彼は少し困り顔をしながらも、付き合ってくれた。
本当にありがとう。親友として、男として、一人の人間として、本当に愛しているよ。
終始セリフばかりです。
話中の曲は、globe 『Wanderin' Destiny』です。
名前が出てこない短編part4です。
誤字脱字がないか確認はしておりますが、ありましたら報告をいただけたら嬉しいです。
途中手直しついでに加筆もするかもです。
感想もお待ちしています。
片付けしていたら、昔懐かしの3.5㌅FDが出てきまして。内容を確認したら、若かりし頃の黒歴史が!
あらすじ自体は悪くはないと思ったので、大幅に修正して投稿しました。
私の黒歴史供養のために、お付き合いくださいませ。
夜が明けなければいいのに(洋風)
万里
BL
大国の第三皇子・ルシアンは、幼い頃から「王位には縁のない皇子」として育てられてきた。輝く金髪と碧眼を持つその美貌は、まるで人形のように完璧だが、どこか冷ややかで近寄りがたい。
しかしその裏には、誰よりも繊細で、愛されたいと願う幼い心が隠されている。
そんなルシアンに、ある日突然、国の命運を背負う役目が降りかかる。
長年対立してきた隣国との和平の証として、敵国の大公令嬢への婿入り――実質的な“人質”としての政略結婚が正式に決まったのだ。
「名誉ある生贄」。
それが自分に与えられた役割だと、ルシアンは理解していた。
部屋に戻ると、いつものように従者のカイルが静かに迎える。
黒髪の護衛騎士――幼い頃からずっと傍にいてくれた唯一の存在。
本当は、別れが怖くてたまらない。
けれど、その弱さを見せることができない。
「やっとこの退屈な城から出られる。せいせいする」
心にもない言葉を吐き捨てる。
カイルが引き止めてくれることを、どこかで期待しながら。
だがカイルは、いつもと変わらぬ落ち着いた声で告げる。
「……おめでとうございます、殿下」
恭しく頭を下げるその姿は、あまりにも遠い。
その淡々とした態度が、ルシアンの胸に鋭く突き刺さる。
――おめでとうなんて、言わないでほしかった。
――本当は、行きたくなんてないのに。
和風と洋風はどちらも大筋は同じようにしようかと。ところどころ違うかもしれませんが。
お楽しみいただければ幸いです。
来世はこの人と関りたくないと思ったのに。
ありま氷炎
BL
前世の記憶を持つ、いずる。
彼は前世で主人だった三日月と、来世で関わらない事を願った。
しかし願いは叶わず、幼馴染として生まれ変わってしまった。
本当に悪役なんですか?
メカラウロ子
BL
気づいたら乙女ゲームのモブに転生していた主人公は悪役の取り巻きとしてモブらしからぬ行動を取ってしまう。
状況が掴めないまま戸惑う主人公に、悪役令息のアルフレッドが意外な行動を取ってきて…
ムーンライトノベルズ にも掲載中です。
繋がれた絆はどこまでも
mahiro
BL
生存率の低いベイリー家。
そんな家に生まれたライトは、次期当主はお前であるのだと父親である国王は言った。
ただし、それは公表せず表では双子の弟であるメイソンが次期当主であるのだと公表するのだという。
当主交代となるそのとき、正式にライトが当主であるのだと公表するのだとか。
それまでは国を離れ、当主となるべく教育を受けてくるようにと指示をされ、国を出ることになったライト。
次期当主が発表される数週間前、ライトはお忍びで国を訪れ、屋敷を訪れた。
そこは昔と大きく異なり、明るく温かな空気が流れていた。
その事に疑問を抱きつつも中へ中へと突き進めば、メイソンと従者であるイザヤが突然抱き合ったのだ。
それを見たライトは、ある決意をし……?
雫
ゆい
BL
涙が落ちる。
涙は彼に届くことはない。
彼を想うことは、これでやめよう。
何をどうしても、彼の気持ちは僕に向くことはない。
僕は、その場から音を立てずに立ち去った。
僕はアシェル=オルスト。
侯爵家の嫡男として生まれ、10歳の時にエドガー=ハルミトンと婚約した。
彼には、他に愛する人がいた。
世界観は、【夜空と暁と】と同じです。
アルサス達がでます。
【夜空と暁と】を知らなくても、これだけで読めます。
2025.4.28 ムーンライトノベルに投稿しました。
オメガはオメガらしく生きろなんて耐えられない
子犬一 はぁて
BL
「オメガはオメガらしく生きろ」
家を追われオメガ寮で育ったΩは、見合いの席で名家の年上αに身請けされる。
無骨だが優しく、Ωとしてではなく一人の人間として扱ってくれる彼に初めて恋をした。
しかし幸せな日々は突然終わり、二人は別れることになる。
5年後、雪の夜。彼と再会する。
「もう離さない」
再び抱きしめられたら、僕はもうこの人の傍にいることが自分の幸せなんだと気づいた。
彼は温かい手のひらを持つ人だった。
身分差×年上アルファ×溺愛再会BL短編。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる