転生エルフの天才エンジニア、静かに暮らしたいのに騎士団長に捕まる〜俺の鉄壁理論は彼の溺愛パッチでバグだらけです〜

たら昆布

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41話

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 泡だらけになった脱衣所を片付け終える頃には、空は鮮やかな茜色に染まり始めていた。
 先ほどまでの不自然な密着の余韻が消えないまま、リィエルは湿った空気を入れ替えるためにテラスの椅子に腰を下ろした。

「……リィエル。さっきの失態の埋め合わせというわけじゃないが、少し気分転換をしないか」

 ガイアスが背後から声をかけてきた。その手には、王都で流行しているという最新の小型魔導蓄音機が握られている。

「気分転換、ですか? 俺はこれ以上、予測不能なイベントが発生するのは御免ですよ。特に掃除が必要になるようなものは」

「安心しろ、ただの音楽だ。……王都の夜会では、この曲に合わせてステップを踏むのが礼儀でな。お前もいずれ王都の魔導学会などに招待された時、踊り方を知らないと困るだろう?」

 ガイアスがスイッチを入れると、弦楽器の柔らかな旋律がテラスに流れ出した。
 リィエルは「学会に行く予定はありません」と断りたかったが、アイアンがその大きな巨体を揺らしながら背後から声を上げた。

「お母様。王都の社交プロトコルの習得は、生存戦略において有利なステータスとなります。アイアンも、お母様の優雅な挙動をログに記録したいです」

「……アイアン、お前まで。シロ、お前はどうなんだ」

「きゅうっ! 主様が踊るの、見たい!」

 シロまでが期待に満ちた瞳で見つめてくる。
 逃げ場を失ったリィエルは、ため息をつきながら渋々と立ち上がった。

「……基本のステップだけですよ。それ以上の高度な技術を要求しないでください」

「ああ、分かっている。まずは左手を俺の肩に。右手は、そう、俺が支える」

 ガイアスが大きな掌で、リィエルの細い手を包み込む。
 泡の騒動の時とは違い、今度はゆっくりとした意志のある接触だ。リィエルは、指先から伝わってくるガイアスの確かな体温と、騎士特有の固いマメがある掌の感触に、またしてもシステムが熱を帯びるのを感じた。

「……リズムに合わせて。ワン、ツー、スリー。……そうだ、リィエル。お前は演算能力が高いから、足運びを覚えるのが驚くほど早いな」

「……ただの幾何学的な移動パターンです。数式に当てはめれば難しいことではありません」

 リィエルは強がって見せたが、顔は夕焼けのせいだけではない赤みに染まっていた。
 ガイアスのリードに身を任せていると、自分の意思で動いているはずなのに、まるで大きな流れに身を委ねているような、不思議な浮遊感に包まれる。

 テラスを回るたびに、二人の距離が僅かに縮まる。
 ガイアスの胸板から伝わる規則正しい鼓動と、リィエルの不規則に跳ねる鼓動。
 翻訳果実の効果がまだ残っているのか、言葉を介さずとも「楽しい」「愛おしい」という、ガイアスのストレートな感情のログが、リィエルの意識にノイズのように入り込んでくる。

「……ガイアスさん。感情の出力が大きすぎます。もう少し、信号を抑制してください」

「……なんのことだ? 俺はただ、お前と踊れるのが嬉しいだけだぞ」

 ガイアスは悪びれもせず、リィエルの腰を支える手に少しだけ力を込めた。
 見つめ合う視線の中で、音楽だけが静かに流れていく。
 効率を最優先に生きてきたリィエルにとって、この何の生産性もない時間は、どの高度な術式よりも解読困難で、そして心地よい「未知のバグ」だった。
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