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8話
昨夜の「至近距離の告白」は夢だったんじゃないか。
そう思いたくなるほど、翌朝の騎士団はいつも通りの喧騒に包まれていた。
……ただ一つ、食堂の入り口に、昨日のカナッペのおかわりを要求するような顔をした団長が立っていることを除けば。
だが、そんな平和(?)な日常をぶち壊す、派手なラッパの音が騎士団の正門に響き渡った。
「エルドリア王国の騎士団諸君! 隣国・サザランドより、親善大使としてセドリック第一王子殿下がお越しだ!」
現れたのは、黄金の髪をなびかせた、いかにも「王子様」といった風貌の美青年だった。
彼は馬から降りるなり、出迎えたガイスト様を無視して、クンクンと鼻を鳴らした。
「……おや。この高潔なる騎士団の空気の中に、なんとも食欲をそそる、芳醇でスパイシーな香りが混ざっているね?」
セドリック王子の視線が、正確に地下食堂へと向けられる。
「殿下、歓迎いたします。ですが、今は軍事演習の視察の時間では……」
ガイスト様が氷のような冷たさで遮るが、王子はどこ吹く風だ。
「演習? そんな退屈なものより、僕はこの『香りの正体』に興味があるな。……おや、君がその主かな?」
ちょうど厨房から、昼食の仕込み(特製・カレー風味の肉野菜炒め)の様子を見に来た僕と、王子の目が合った。
「あ、えっと。地下食堂の飯炊き係、ナギです」
「ナギ! 戻れ! 貴様は地下から一歩も出るなと言っただろう!」
ガイスト様が血相を変えて僕の前に立ち塞がる。その背中からは、昨夜以上の凄まじい魔圧が放出されていた。
だが、セドリック王子はニヤリと笑い、僕の手を鮮やかな手つきで取って、その甲に口づけを落とした。
「初めまして、愛らしい料理人(シェフ)。僕はセドリック。君の作る料理の香りに、僕の心は一瞬で射抜かれてしまったよ。どうだい、僕の国の宮廷料理人として迎い入れたいのだが?」
「ええっ!? 宮廷料理人!?」
驚く僕の耳に、背後から「ギチギチ……」と、奥歯を噛み締める恐ろしい音が聞こえてきた。
「……セドリック殿下。今すぐその手を離されよ。さもなくば、我が国の騎士団総出でサザランドに宣戦布告することになる」
「おやおや、怖いねぇガイスト。君は相変わらず独占欲が強すぎる。良いものは共有すべきだよ。……そうだ、ナギ君。君が今作っているものを、僕にも食べさせてくれないか?」
王子のキラキラした笑顔に、断りきれない空気が流れる。
僕は困ってガイスト様を見たが、彼はすでに「殺して埋める場所」を探しているような顔で王子を睨みつけていた。
結局、お試しで王子にも昼食を出すことになった。
今日の献立は『豚肉のスパイス炒め・温玉乗せ』。
ピリッとした辛味を、とろとろの卵が包み込む、中毒性の高い一品だ。
「……っ!! な、なんだこの刺激は! 舌の上でスパイスが踊り、卵がそれを優しく愛撫する……。ナギ君、君は天才か!? いや、食の魔術師だ!」
セドリック王子は、皿を抱え込むようにして完食した。
「決めた! 僕は君を連れて帰る! 騎士団長への貢ぎ物として、金貨一千枚……いや、サザランドの領地の一部を差し出そう!」
「断る!!」
ガイスト様が食卓を叩き割らんばかりの勢いで立ち上がった。
「ナギは、私の専属だ! 私の体の一部であり、私の魂の補給路だ! 誰にも……例え神が望んでも、指一本触れさせん!!」
「ほう? 専属ねぇ。でも、彼は君のものじゃないだろう? ナギ君、僕の国に来れば、毎日最高の食材と、僕の愛を約束するよ」
「……あ、あの」
二人の超美形が、僕(とおかず)を挟んでバチバチと火花を散らしている。
周囲の騎士たちは「おぉ、三角関係だ!」「団長、負けるなー!」と野次馬根性全開で見守っている。
(……これ、お昼休み中に終わるかな?)
僕は、おかわりを待つガイスト様の空の皿と、僕を口説き落とそうとする王子の熱視線の間で、深く溜息をつくのだった。
そう思いたくなるほど、翌朝の騎士団はいつも通りの喧騒に包まれていた。
……ただ一つ、食堂の入り口に、昨日のカナッペのおかわりを要求するような顔をした団長が立っていることを除けば。
だが、そんな平和(?)な日常をぶち壊す、派手なラッパの音が騎士団の正門に響き渡った。
「エルドリア王国の騎士団諸君! 隣国・サザランドより、親善大使としてセドリック第一王子殿下がお越しだ!」
現れたのは、黄金の髪をなびかせた、いかにも「王子様」といった風貌の美青年だった。
彼は馬から降りるなり、出迎えたガイスト様を無視して、クンクンと鼻を鳴らした。
「……おや。この高潔なる騎士団の空気の中に、なんとも食欲をそそる、芳醇でスパイシーな香りが混ざっているね?」
セドリック王子の視線が、正確に地下食堂へと向けられる。
「殿下、歓迎いたします。ですが、今は軍事演習の視察の時間では……」
ガイスト様が氷のような冷たさで遮るが、王子はどこ吹く風だ。
「演習? そんな退屈なものより、僕はこの『香りの正体』に興味があるな。……おや、君がその主かな?」
ちょうど厨房から、昼食の仕込み(特製・カレー風味の肉野菜炒め)の様子を見に来た僕と、王子の目が合った。
「あ、えっと。地下食堂の飯炊き係、ナギです」
「ナギ! 戻れ! 貴様は地下から一歩も出るなと言っただろう!」
ガイスト様が血相を変えて僕の前に立ち塞がる。その背中からは、昨夜以上の凄まじい魔圧が放出されていた。
だが、セドリック王子はニヤリと笑い、僕の手を鮮やかな手つきで取って、その甲に口づけを落とした。
「初めまして、愛らしい料理人(シェフ)。僕はセドリック。君の作る料理の香りに、僕の心は一瞬で射抜かれてしまったよ。どうだい、僕の国の宮廷料理人として迎い入れたいのだが?」
「ええっ!? 宮廷料理人!?」
驚く僕の耳に、背後から「ギチギチ……」と、奥歯を噛み締める恐ろしい音が聞こえてきた。
「……セドリック殿下。今すぐその手を離されよ。さもなくば、我が国の騎士団総出でサザランドに宣戦布告することになる」
「おやおや、怖いねぇガイスト。君は相変わらず独占欲が強すぎる。良いものは共有すべきだよ。……そうだ、ナギ君。君が今作っているものを、僕にも食べさせてくれないか?」
王子のキラキラした笑顔に、断りきれない空気が流れる。
僕は困ってガイスト様を見たが、彼はすでに「殺して埋める場所」を探しているような顔で王子を睨みつけていた。
結局、お試しで王子にも昼食を出すことになった。
今日の献立は『豚肉のスパイス炒め・温玉乗せ』。
ピリッとした辛味を、とろとろの卵が包み込む、中毒性の高い一品だ。
「……っ!! な、なんだこの刺激は! 舌の上でスパイスが踊り、卵がそれを優しく愛撫する……。ナギ君、君は天才か!? いや、食の魔術師だ!」
セドリック王子は、皿を抱え込むようにして完食した。
「決めた! 僕は君を連れて帰る! 騎士団長への貢ぎ物として、金貨一千枚……いや、サザランドの領地の一部を差し出そう!」
「断る!!」
ガイスト様が食卓を叩き割らんばかりの勢いで立ち上がった。
「ナギは、私の専属だ! 私の体の一部であり、私の魂の補給路だ! 誰にも……例え神が望んでも、指一本触れさせん!!」
「ほう? 専属ねぇ。でも、彼は君のものじゃないだろう? ナギ君、僕の国に来れば、毎日最高の食材と、僕の愛を約束するよ」
「……あ、あの」
二人の超美形が、僕(とおかず)を挟んでバチバチと火花を散らしている。
周囲の騎士たちは「おぉ、三角関係だ!」「団長、負けるなー!」と野次馬根性全開で見守っている。
(……これ、お昼休み中に終わるかな?)
僕は、おかわりを待つガイスト様の空の皿と、僕を口説き落とそうとする王子の熱視線の間で、深く溜息をつくのだった。
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