10 / 35
10話
激動の料理対決から一夜明け。
僕は「今日くらいはゆっくり寝よう」と思っていたのに、早朝から部屋のドアを破壊せんばかりの勢いでノックされた。
「……ナギ、起きろ。休養(デート)の時間だ」
扉を開けると、そこには私服姿のガイスト様が立っていた。
いつもはきっちりとした軍服だが、今日は上質な黒のシャツにタイトなパンツ。
銀髪をラフに流したその姿は、街を歩けば間違いなく人だかりができるレベルの超絶美形だ。
「……団長、お休みの日まで僕の顔を見たくないって、いつか言ってませんでしたっけ?」
「記憶にないな。今の私には、貴様の顔を見ない時間は死に至る病に等しい」
真顔で恐ろしいことを言う。
結局、僕はなかば強引に馬車に乗せられ、王都から少し離れた静かな湖畔へと連れてこられた。
「……たまには厨房から離れ、羽を伸ばすがいい。貴様は働きすぎだ」
「団長に毎日『おかわり』をせがまれるせいですよ……」
僕たちは湖を見晴らす丘の上にレジャーシートを広げた。
ガイスト様は慣れない手つきで、僕のために用意したという大きなバスケットを開ける。
中には、騎士団の厨房から彼が自ら(!)詰め込んできたという、不格好だが愛情の感じられるサンドイッチが入っていた。
「……私が作った。貴様の指導を思い出しながら、具材を挟んだだけだが」
「え、団長が料理を?」
僕は驚いて一口齧る。
少し塩っぱいけれど、ハムとチーズがたっぷり入っていて、彼が僕を喜ばせようとしたのが伝わってくる味だった。
「美味しいです、団長」
「……そうか。ならばよし」
ガイスト様は耳まで真っ赤にして、明後日の方角を向いた。
僕は口直しに、持参してきた水筒を取り出す。
「これ、ハニーレモンティーです。昨日のお礼に作ってきました」
「……ほう」
コップに注いだ琥珀色の液体。自家製の蜂蜜に漬け込んだレモンの酸味と甘みが、疲れをじわじわと癒やしてくれる。
一口飲んだガイスト様の表情が、いつもの「氷」から「とろとろのハチミツ」のように溶け落ちた。
「……甘い。ナギ、お前は本当に……私をどうしたいのだ」
「え? 喜んでほしかっただけですけど」
「……無自覚な男め。貴様がそうやって笑うたびに、私の胸の奥が、熱した鉄のように熱くなるのがわからないのか」
ガイスト様が、芝生の上に座る僕の隣に、ゆっくりと体を倒してきた。
彼の頭が僕の膝の上に乗る。いわゆる、膝枕というやつだ。
「ちょ、団長……!? 外ですよ!」
「誰もいない。……いいだろう、今日くらいは独占させろ」
ガイスト様は僕を見上げ、そっと僕の手を取って自分の頬に当てた。
騎士の硬いタコがある手ではなく、僕の少しふっくらとした料理人の手を、慈しむように。
「……ナギ。私は今まで、戦いと規律の中にしか価値を見出せなかった。だが、貴様が作る飯を食べ、貴様とこうして過ごすようになってから……世界が、驚くほど色鮮やかに見えるのだ」
「……団長」
「もう、貴様無しでは生きられん。……私の胃袋も、心も、すべて貴様に捧げよう」
さっきまでのコメディ展開はどこへやら。
湖畔の爽やかな風に吹かれながら、ガイスト様の瞳は熱く、真っ直ぐに僕を射抜いていた。
僕は真っ赤になりながら、レモンティーの甘い香りに包まれて、彼を突き飛ばすことができなかった。
(……この人、本当にずるいなぁ)
冷徹なはずの騎士様が、僕だけにせる「デレ」の破壊力。
それは、どんな激辛スパイスよりも僕の心に刺激的だった。
その時、遠くから「団長ーー! 緊急の書類がーー!」というレオの声が聞こえてこなければ、もっと完璧だったのだけれど。
「…………レオ。あいつだけは、本当に、今度こそ、サザランドに飛ばしてやる……」
ガイスト様が地獄の底から響くような声で呟き、僕の膝に顔を埋めた。
僕たちの休日は、やっぱり一筋縄ではいかないみたいだ。
僕は「今日くらいはゆっくり寝よう」と思っていたのに、早朝から部屋のドアを破壊せんばかりの勢いでノックされた。
「……ナギ、起きろ。休養(デート)の時間だ」
扉を開けると、そこには私服姿のガイスト様が立っていた。
いつもはきっちりとした軍服だが、今日は上質な黒のシャツにタイトなパンツ。
銀髪をラフに流したその姿は、街を歩けば間違いなく人だかりができるレベルの超絶美形だ。
「……団長、お休みの日まで僕の顔を見たくないって、いつか言ってませんでしたっけ?」
「記憶にないな。今の私には、貴様の顔を見ない時間は死に至る病に等しい」
真顔で恐ろしいことを言う。
結局、僕はなかば強引に馬車に乗せられ、王都から少し離れた静かな湖畔へと連れてこられた。
「……たまには厨房から離れ、羽を伸ばすがいい。貴様は働きすぎだ」
「団長に毎日『おかわり』をせがまれるせいですよ……」
僕たちは湖を見晴らす丘の上にレジャーシートを広げた。
ガイスト様は慣れない手つきで、僕のために用意したという大きなバスケットを開ける。
中には、騎士団の厨房から彼が自ら(!)詰め込んできたという、不格好だが愛情の感じられるサンドイッチが入っていた。
「……私が作った。貴様の指導を思い出しながら、具材を挟んだだけだが」
「え、団長が料理を?」
僕は驚いて一口齧る。
少し塩っぱいけれど、ハムとチーズがたっぷり入っていて、彼が僕を喜ばせようとしたのが伝わってくる味だった。
「美味しいです、団長」
「……そうか。ならばよし」
ガイスト様は耳まで真っ赤にして、明後日の方角を向いた。
僕は口直しに、持参してきた水筒を取り出す。
「これ、ハニーレモンティーです。昨日のお礼に作ってきました」
「……ほう」
コップに注いだ琥珀色の液体。自家製の蜂蜜に漬け込んだレモンの酸味と甘みが、疲れをじわじわと癒やしてくれる。
一口飲んだガイスト様の表情が、いつもの「氷」から「とろとろのハチミツ」のように溶け落ちた。
「……甘い。ナギ、お前は本当に……私をどうしたいのだ」
「え? 喜んでほしかっただけですけど」
「……無自覚な男め。貴様がそうやって笑うたびに、私の胸の奥が、熱した鉄のように熱くなるのがわからないのか」
ガイスト様が、芝生の上に座る僕の隣に、ゆっくりと体を倒してきた。
彼の頭が僕の膝の上に乗る。いわゆる、膝枕というやつだ。
「ちょ、団長……!? 外ですよ!」
「誰もいない。……いいだろう、今日くらいは独占させろ」
ガイスト様は僕を見上げ、そっと僕の手を取って自分の頬に当てた。
騎士の硬いタコがある手ではなく、僕の少しふっくらとした料理人の手を、慈しむように。
「……ナギ。私は今まで、戦いと規律の中にしか価値を見出せなかった。だが、貴様が作る飯を食べ、貴様とこうして過ごすようになってから……世界が、驚くほど色鮮やかに見えるのだ」
「……団長」
「もう、貴様無しでは生きられん。……私の胃袋も、心も、すべて貴様に捧げよう」
さっきまでのコメディ展開はどこへやら。
湖畔の爽やかな風に吹かれながら、ガイスト様の瞳は熱く、真っ直ぐに僕を射抜いていた。
僕は真っ赤になりながら、レモンティーの甘い香りに包まれて、彼を突き飛ばすことができなかった。
(……この人、本当にずるいなぁ)
冷徹なはずの騎士様が、僕だけにせる「デレ」の破壊力。
それは、どんな激辛スパイスよりも僕の心に刺激的だった。
その時、遠くから「団長ーー! 緊急の書類がーー!」というレオの声が聞こえてこなければ、もっと完璧だったのだけれど。
「…………レオ。あいつだけは、本当に、今度こそ、サザランドに飛ばしてやる……」
ガイスト様が地獄の底から響くような声で呟き、僕の膝に顔を埋めた。
僕たちの休日は、やっぱり一筋縄ではいかないみたいだ。
あなたにおすすめの小説
【本編完結】断罪される度に強くなる男は、いい加減転生を仕舞いたい
雷尾
BL
目の前には金髪碧眼の美形王太子と、隣には桃色の髪に水色の目を持つ美少年が生まれたてのバンビのように震えている。
延々と繰り返される婚約破棄。主人公は何回ループさせられたら気が済むのだろうか。一応完結ですが気が向いたら番外編追加予定です。
政略結婚のはずが恋して拗れて離縁を申し出る話
藍
BL
聞いたことのない侯爵家から釣書が届いた。僕のことを求めてくれるなら政略結婚でもいいかな。そう考えた伯爵家四男のフィリベルトは『お受けします』と父へ答える。
ところがなかなか侯爵閣下とお会いすることができない。婚姻式の準備は着々と進み、数カ月後ようやく対面してみれば金髪碧眼の美丈夫。徐々に二人の距離は近づいて…いたはずなのに。『え、僕ってばやっぱり政略結婚の代用品!?』政略結婚でもいいと思っていたがいつの間にか恋してしまいやっぱり無理だから離縁しよ!とするフィリベルトの話。
婚約破棄させた愛し合う2人にザマァされた俺。とその後
結人
BL
王太子妃になるために頑張ってた公爵家の三男アランが愛する2人の愛でザマァされ…溺愛される話。
※男しかいない世界で男同士でも結婚できます。子供はなんかしたら作ることができます。きっと…。
全5話完結。予約更新します。
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
愛人少年は王に寵愛される
時枝蓮夜
BL
女性なら、三年夫婦の生活がなければ白い結婚として離縁ができる。
僕には三年待っても、白い結婚は訪れない。この国では、王の愛人は男と定められており、白い結婚であっても離婚は認められていないためだ。
初めから要らぬ子供を増やさないために、男を愛人にと定められているのだ。子ができなくて当然なのだから、離婚を論じるられる事もなかった。
そして若い間に抱き潰されたあと、修道院に幽閉されて一生を終える。
僕はもうすぐ王の愛人に召し出され、2年になる。夜のお召もあるが、ただ抱きしめられて眠るだけのお召だ。
そんな生活に変化があったのは、僕に遅い精通があってからだった。