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21話
「全軍……いや、全騎士団員に告ぐ。我が最愛の料理人、ナギは本日をもって私の婚約者となった!」
騎士団の朝礼広場に、ガイスト様の地鳴りのような咆哮が響き渡った。
横に立たされている僕は、あまりの恥ずかしさにエプロンの裾を握りしめて俯くしかない。
騎士たちの反応は、静寂の後に爆発的な歓声へと変わった。
「うおおお! ついにやったぞ団長!」
「これで毎日、ナギさんの飯が保証されるってことか!?」
「バカ言え、団長が独占するに決まってるだろ。俺たちの配給が減るぞ!」
野次馬じみた祝福が飛び交う中、レオが「あーあ、公私混同も極まれりですね」と呆れた顔で近寄ってきた。
だが、そのレオの瞳は笑っていない。
「団長、お熱いのは結構ですが、少し気になる情報が。王都の裏社会で『どんな偏食家も狂わせる魔性の飯炊き』という、ナギ君の噂が一人歩きしています」
「……何?」
「なんでも、食への異常な執着を持つ暗殺ギルドの構成員が、ナギ君の腕を狙って動いているとか。……名は『美食の処刑人』」
ガイスト様の表情が一瞬で凍りついた。僕を抱き寄せる腕に、ミキミキと不穏な力がこもる。
「……私のナギを、食い物にしようというのか。……殺す。地の果てまで追い詰めて、二度と咀嚼できぬ体にしてやる」
「団長、怖いから! 呪詛を吐かないでください!」
その夜、事件は起こった。
公爵邸の厳重な警備を潜り抜け、深夜のキッチンに忍び寄る影。
僕は喉が渇いて水を飲みに行こうとしたところ、包丁を手に、僕が作り置きしていた『豚の角煮』を勝手に温めて食べている男と出くわした。
「……っ!! な、なんだこの、口の中で溶ける脂の暴力は……! 醤油と砂糖のバランスが、暗殺の黄金比(ゴールデン・レシオ)を超えている……!」
「……あの、誰ですか?」
男は僕に気づくと、涙を流しながら角煮の小皿を差し出した。
「お前か……この『神の肉塊』を作ったのは。俺は暗殺者だ。お前を殺して、そのレシピを奪うために来た。……だが、無理だ。この角煮を食べた後で、お前を殺せるはずがない……!」
男は床に膝をつき、嗚咽を漏らした。
そこへ、寝間着姿のまま抜剣したガイスト様が乱入してくる。
「ナギ! 離れろ! ……貴様か、私のナギに手を出そうとした不届き者は!」
「待て、騎士団長! 殺すなら、この残りの汁に白米をぶっ込んでからにしてくれ! このタレを無駄にするのは、人類への冒涜だ!!」
暗殺者は剣を向けられているというのに、角煮のタレを必死に守ろうとしている。
ガイスト様は呆然とし、僕は困り果てて溜息をついた。
「……団長。この人、ただの『食いしん坊な不審者』みたいですよ?」
「……ええい、ややこしい! ナギ、やはり貴様の飯は危険すぎる。暗殺者すら更生させるとは……!」
結局、暗殺者は「この角煮を毎日食べさせてくれるなら、公爵家の庭番(兼、影の護衛)になる」と宣言し、レオに連行されていった。
僕の婚約生活は、命を狙われるどころか、「胃袋を掴まれた信者」を増やす日々になりそうな予感だった。
騎士団の朝礼広場に、ガイスト様の地鳴りのような咆哮が響き渡った。
横に立たされている僕は、あまりの恥ずかしさにエプロンの裾を握りしめて俯くしかない。
騎士たちの反応は、静寂の後に爆発的な歓声へと変わった。
「うおおお! ついにやったぞ団長!」
「これで毎日、ナギさんの飯が保証されるってことか!?」
「バカ言え、団長が独占するに決まってるだろ。俺たちの配給が減るぞ!」
野次馬じみた祝福が飛び交う中、レオが「あーあ、公私混同も極まれりですね」と呆れた顔で近寄ってきた。
だが、そのレオの瞳は笑っていない。
「団長、お熱いのは結構ですが、少し気になる情報が。王都の裏社会で『どんな偏食家も狂わせる魔性の飯炊き』という、ナギ君の噂が一人歩きしています」
「……何?」
「なんでも、食への異常な執着を持つ暗殺ギルドの構成員が、ナギ君の腕を狙って動いているとか。……名は『美食の処刑人』」
ガイスト様の表情が一瞬で凍りついた。僕を抱き寄せる腕に、ミキミキと不穏な力がこもる。
「……私のナギを、食い物にしようというのか。……殺す。地の果てまで追い詰めて、二度と咀嚼できぬ体にしてやる」
「団長、怖いから! 呪詛を吐かないでください!」
その夜、事件は起こった。
公爵邸の厳重な警備を潜り抜け、深夜のキッチンに忍び寄る影。
僕は喉が渇いて水を飲みに行こうとしたところ、包丁を手に、僕が作り置きしていた『豚の角煮』を勝手に温めて食べている男と出くわした。
「……っ!! な、なんだこの、口の中で溶ける脂の暴力は……! 醤油と砂糖のバランスが、暗殺の黄金比(ゴールデン・レシオ)を超えている……!」
「……あの、誰ですか?」
男は僕に気づくと、涙を流しながら角煮の小皿を差し出した。
「お前か……この『神の肉塊』を作ったのは。俺は暗殺者だ。お前を殺して、そのレシピを奪うために来た。……だが、無理だ。この角煮を食べた後で、お前を殺せるはずがない……!」
男は床に膝をつき、嗚咽を漏らした。
そこへ、寝間着姿のまま抜剣したガイスト様が乱入してくる。
「ナギ! 離れろ! ……貴様か、私のナギに手を出そうとした不届き者は!」
「待て、騎士団長! 殺すなら、この残りの汁に白米をぶっ込んでからにしてくれ! このタレを無駄にするのは、人類への冒涜だ!!」
暗殺者は剣を向けられているというのに、角煮のタレを必死に守ろうとしている。
ガイスト様は呆然とし、僕は困り果てて溜息をついた。
「……団長。この人、ただの『食いしん坊な不審者』みたいですよ?」
「……ええい、ややこしい! ナギ、やはり貴様の飯は危険すぎる。暗殺者すら更生させるとは……!」
結局、暗殺者は「この角煮を毎日食べさせてくれるなら、公爵家の庭番(兼、影の護衛)になる」と宣言し、レオに連行されていった。
僕の婚約生活は、命を狙われるどころか、「胃袋を掴まれた信者」を増やす日々になりそうな予感だった。
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