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33話
「……ナギ君。もう限界です。僕を……僕を殺してください」
ある朝、地下食堂のカウンターに、幽鬼のような顔をしたレオが突っ伏していた。
目の下には漆黒のクマが刻まれ、常に整えられているはずの髪はボサボサだ。
「レオさん!? どうしたんですか、そんな死にそうな顔して」
「……団長ですよ。新婚旅行から戻って以来、あの人のノロケが致死量を超えてるんです。『今朝のナギの寝顔が天使だった報告』を三時間ぶっ続けで聞かされた挙げ句、惚気(のろけ)に当てられた騎士たちが次々と知恵熱を出して寝込んでいます。人手不足で、僕はもう三日寝ていません……」
レオの震える手を見て、僕は激しい罪悪感に襲われた。
ガイスト様の独占欲と過保護が、まさか騎士団の運用にまで支障をきたしていたなんて。
「わかりました、レオさん。僕に任せてください。騎士団の皆さんの、失われた活力(スタミナ)を強制的に呼び戻す料理を作ります!」
僕はさっそく、公爵家の権力を使って、魔境の清流に棲むという巨大な『雷鰻(サンダーイール)』を百匹用意させた。
前世の知識を総動員し、まずは秘伝のタレを作る。
醤油、みりん、酒、そして大量のザラメを煮詰め、そこに鰻の骨を焼いて投入し、深いコクと照りを引き出す。
「……いい香りだ。この香ばしい醤油の焼ける匂いだけで、米が三杯食える……」
いつの間にか背後に現れたガイスト様が、鼻をヒクつかせている。
「団長はあっちに行っててください! これはレオさんたちのための特別メニューなんです」
僕は炭火を起こし、雷鰻を丁寧に蒲焼きにしていく。
滴る脂が炭に落ち、食欲を暴走させる煙が騎士団中に広がった。
炊き立ての白米にタレを染み込ませ、その上に黄金色の脂が輝く鰻をどっさりと乗せる。
「さあ皆さん、召し上がれ! ナギ特製『魔境雷鰻のスタミナ丼』です!」
レオをはじめ、死に体だった騎士たちが一斉に丼にかじりついた。
「う、旨い……っ!! 皮はパリッとしているのに、身は口の中でふわっと解ける。そしてこの甘辛いタレ……五臓六腑に染み渡るようだ!」
「なんだ、このエネルギーは……! 指の先まで力がみなぎってくるぞ!!」
雷鰻の持つ微弱な電気成分と、ナギの愛情(と大量のニンニクパウダー)が、騎士たちの細胞を強制起動させた。
レオの瞳にも生気が戻り、「これならあと一週間は徹夜できそうです!」と拳を握りしめている。
……だが。
その日の深夜、公爵邸の騎士寮から異様な声が響き渡った。
「「「眠れない……ッ!!」」」
精がつきすぎたのである。
スタミナが溢れすぎて限界を迎えた百人の屈強な騎士たちが、真夜中のグラウンドでフル装備のまま猛ダッシュを始め、挙句の果てには「エネルギーを消費させろ!」と叫びながら模擬戦を開始。
結局、朝まで剣戟の音が止むことはなかった。
「……ナギ。貴様の料理は、やはり劇薬だな」
翌朝、唯一ぐっすり眠って(僕を抱き枕にして)元気いっぱいのガイスト様が、ボロボロになった訓練場を眺めて苦笑した。
「……やりすぎちゃいましたね。次はもっと、安眠できるスープにします」
「いや、私は助かったぞ。おかげで今日の軍事演習は、過去最高のキレを見せている」
隈は消えたものの、別の意味で極限状態のレオが、遠くで「……もう二度と、鰻は食べません……」と力なく呟いていたのを、僕は聞こえないふりをしたのだった。
ある朝、地下食堂のカウンターに、幽鬼のような顔をしたレオが突っ伏していた。
目の下には漆黒のクマが刻まれ、常に整えられているはずの髪はボサボサだ。
「レオさん!? どうしたんですか、そんな死にそうな顔して」
「……団長ですよ。新婚旅行から戻って以来、あの人のノロケが致死量を超えてるんです。『今朝のナギの寝顔が天使だった報告』を三時間ぶっ続けで聞かされた挙げ句、惚気(のろけ)に当てられた騎士たちが次々と知恵熱を出して寝込んでいます。人手不足で、僕はもう三日寝ていません……」
レオの震える手を見て、僕は激しい罪悪感に襲われた。
ガイスト様の独占欲と過保護が、まさか騎士団の運用にまで支障をきたしていたなんて。
「わかりました、レオさん。僕に任せてください。騎士団の皆さんの、失われた活力(スタミナ)を強制的に呼び戻す料理を作ります!」
僕はさっそく、公爵家の権力を使って、魔境の清流に棲むという巨大な『雷鰻(サンダーイール)』を百匹用意させた。
前世の知識を総動員し、まずは秘伝のタレを作る。
醤油、みりん、酒、そして大量のザラメを煮詰め、そこに鰻の骨を焼いて投入し、深いコクと照りを引き出す。
「……いい香りだ。この香ばしい醤油の焼ける匂いだけで、米が三杯食える……」
いつの間にか背後に現れたガイスト様が、鼻をヒクつかせている。
「団長はあっちに行っててください! これはレオさんたちのための特別メニューなんです」
僕は炭火を起こし、雷鰻を丁寧に蒲焼きにしていく。
滴る脂が炭に落ち、食欲を暴走させる煙が騎士団中に広がった。
炊き立ての白米にタレを染み込ませ、その上に黄金色の脂が輝く鰻をどっさりと乗せる。
「さあ皆さん、召し上がれ! ナギ特製『魔境雷鰻のスタミナ丼』です!」
レオをはじめ、死に体だった騎士たちが一斉に丼にかじりついた。
「う、旨い……っ!! 皮はパリッとしているのに、身は口の中でふわっと解ける。そしてこの甘辛いタレ……五臓六腑に染み渡るようだ!」
「なんだ、このエネルギーは……! 指の先まで力がみなぎってくるぞ!!」
雷鰻の持つ微弱な電気成分と、ナギの愛情(と大量のニンニクパウダー)が、騎士たちの細胞を強制起動させた。
レオの瞳にも生気が戻り、「これならあと一週間は徹夜できそうです!」と拳を握りしめている。
……だが。
その日の深夜、公爵邸の騎士寮から異様な声が響き渡った。
「「「眠れない……ッ!!」」」
精がつきすぎたのである。
スタミナが溢れすぎて限界を迎えた百人の屈強な騎士たちが、真夜中のグラウンドでフル装備のまま猛ダッシュを始め、挙句の果てには「エネルギーを消費させろ!」と叫びながら模擬戦を開始。
結局、朝まで剣戟の音が止むことはなかった。
「……ナギ。貴様の料理は、やはり劇薬だな」
翌朝、唯一ぐっすり眠って(僕を抱き枕にして)元気いっぱいのガイスト様が、ボロボロになった訓練場を眺めて苦笑した。
「……やりすぎちゃいましたね。次はもっと、安眠できるスープにします」
「いや、私は助かったぞ。おかげで今日の軍事演習は、過去最高のキレを見せている」
隈は消えたものの、別の意味で極限状態のレオが、遠くで「……もう二度と、鰻は食べません……」と力なく呟いていたのを、僕は聞こえないふりをしたのだった。
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