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26話
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僕が風邪から回復して数日後。
城の平穏をかき乱す、招かれざる客が再び現れた。
今度はアロイス様のような友人ではなく、もっと形式張った、高慢な空気を纏った集団だ。
「……聖都からの使者、だと?」
執務室――ではなく、最近の定位置である温室のデスクで、ヴァルター様が不快そうに眉を寄せた。
入り口には、白い法衣を纏った一団が、汚いものでも見るかのように周囲をキョロキョロと見渡しながら立っていた。
先頭に立つのは、立派な杖を持った中年の司教、カシウスという男だった。
「ノイシュタイン公爵閣下。……銀嶺祭での『奇跡』、聖都にも届いております。なんでも、呪われた氷樹を七色に輝かせた『聖なる少年』がいるとか」
カシウス司教の目が、植物に水をやっていた僕をねめつけた。その目は、信仰心というよりは、珍しい宝物を見つけた強欲な商人のそれに似ていた。
「……それがどうした」
「閣下、その少年を我々聖都で保護させていただきたいのです。呪われた公爵家などという不吉な場所に置いておくには、あまりにも惜しい才能だ。彼こそ、世界を救う『真の聖者』かもしれませんからな」
カシウス司教の言葉に、温室内の温度が急激に下がった。
ヴァルター様の右腕から、パチパチと黒い稲妻のような魔力が漏れ出す。
僕は不安になって、ヴァルター様の背後に駆け寄った。
「……保護、だと? 私のノアを、連れ去るというのか」
「『私の』とは、聞き捨てなりませんな。彼は神の所有物です。閣下のような破壊の化身が傍にいては、彼の清らかな力が濁ってしまう――」
司教が言い終わる前に、ヴァルター様がデスクを叩いて立ち上がった。
凄まじい威圧感に、司教たちは悲鳴を上げて後ずさる。
「……黙れ。この子がどれほど過酷な環境に置かれ、誰にも顧みられなかった時、お前たち聖都はどこにいた? こいつを『災厄の子』として村が売り払った時、神とやらは手を差し伸べたか?」
「そ、それは……地方の些細な出来事までは……」
「些細な、だと? ……こいつは、俺が拾った。俺が、俺の命に代えても守ると決めた番だ。どこの馬の骨とも知れん聖都ごときに、指一本触れさせると思うな」
ヴァルター様は僕の手を引き、自分の背中に隠すように抱き寄せた。
そして、冷酷極まりない笑みを浮かべる。
「……それとも、今ここで私の『呪い』の正体を、その身で確かめてみるか? 聖なる力とやらで、私の壊死の毒を防げるのならやってみるがいい」
ヴァルター様が手袋を外そうとする仕草を見せた瞬間、司教たちは「ひ、ひいいいっ!」と情けない声を上げて、温室から逃げ出していった。
あんなに威張っていたのに、逃げ足だけは速いんだな……と、僕は少しだけ呆れてしまった。
「……ノア。大丈夫か。怖くなかったか」
使者たちがいなくなると、ヴァルター様はすぐに僕を振り返り、壊れ物を扱うような手つきで僕の頬を包み込んだ。
怒りで逆立っていた魔力が、僕に触れた瞬間、しおしおと甘い微熱に変わっていく。
「大丈夫です。……でも、僕、どこにも行きませんよ? 聖都なんて、閣下がいない場所、僕にとっては地獄と同じですから」
「…………ノア」
ヴァルター様は絶句したあと、愛おしさが爆発したように、僕を力いっぱい抱きしめた。
呪いの紋様が僕の肌を通じて光を放ち、二人の影を温室の緑の中に濃く落とす。
「……そうだ。お前は俺の隣にいろ。……誰にも、一歩も譲るつもりはない」
公爵様の独占欲は、冬の吹雪よりもずっと激しく、そして僕の心を溶かすほどに甘かった。
城の平穏をかき乱す、招かれざる客が再び現れた。
今度はアロイス様のような友人ではなく、もっと形式張った、高慢な空気を纏った集団だ。
「……聖都からの使者、だと?」
執務室――ではなく、最近の定位置である温室のデスクで、ヴァルター様が不快そうに眉を寄せた。
入り口には、白い法衣を纏った一団が、汚いものでも見るかのように周囲をキョロキョロと見渡しながら立っていた。
先頭に立つのは、立派な杖を持った中年の司教、カシウスという男だった。
「ノイシュタイン公爵閣下。……銀嶺祭での『奇跡』、聖都にも届いております。なんでも、呪われた氷樹を七色に輝かせた『聖なる少年』がいるとか」
カシウス司教の目が、植物に水をやっていた僕をねめつけた。その目は、信仰心というよりは、珍しい宝物を見つけた強欲な商人のそれに似ていた。
「……それがどうした」
「閣下、その少年を我々聖都で保護させていただきたいのです。呪われた公爵家などという不吉な場所に置いておくには、あまりにも惜しい才能だ。彼こそ、世界を救う『真の聖者』かもしれませんからな」
カシウス司教の言葉に、温室内の温度が急激に下がった。
ヴァルター様の右腕から、パチパチと黒い稲妻のような魔力が漏れ出す。
僕は不安になって、ヴァルター様の背後に駆け寄った。
「……保護、だと? 私のノアを、連れ去るというのか」
「『私の』とは、聞き捨てなりませんな。彼は神の所有物です。閣下のような破壊の化身が傍にいては、彼の清らかな力が濁ってしまう――」
司教が言い終わる前に、ヴァルター様がデスクを叩いて立ち上がった。
凄まじい威圧感に、司教たちは悲鳴を上げて後ずさる。
「……黙れ。この子がどれほど過酷な環境に置かれ、誰にも顧みられなかった時、お前たち聖都はどこにいた? こいつを『災厄の子』として村が売り払った時、神とやらは手を差し伸べたか?」
「そ、それは……地方の些細な出来事までは……」
「些細な、だと? ……こいつは、俺が拾った。俺が、俺の命に代えても守ると決めた番だ。どこの馬の骨とも知れん聖都ごときに、指一本触れさせると思うな」
ヴァルター様は僕の手を引き、自分の背中に隠すように抱き寄せた。
そして、冷酷極まりない笑みを浮かべる。
「……それとも、今ここで私の『呪い』の正体を、その身で確かめてみるか? 聖なる力とやらで、私の壊死の毒を防げるのならやってみるがいい」
ヴァルター様が手袋を外そうとする仕草を見せた瞬間、司教たちは「ひ、ひいいいっ!」と情けない声を上げて、温室から逃げ出していった。
あんなに威張っていたのに、逃げ足だけは速いんだな……と、僕は少しだけ呆れてしまった。
「……ノア。大丈夫か。怖くなかったか」
使者たちがいなくなると、ヴァルター様はすぐに僕を振り返り、壊れ物を扱うような手つきで僕の頬を包み込んだ。
怒りで逆立っていた魔力が、僕に触れた瞬間、しおしおと甘い微熱に変わっていく。
「大丈夫です。……でも、僕、どこにも行きませんよ? 聖都なんて、閣下がいない場所、僕にとっては地獄と同じですから」
「…………ノア」
ヴァルター様は絶句したあと、愛おしさが爆発したように、僕を力いっぱい抱きしめた。
呪いの紋様が僕の肌を通じて光を放ち、二人の影を温室の緑の中に濃く落とす。
「……そうだ。お前は俺の隣にいろ。……誰にも、一歩も譲るつもりはない」
公爵様の独占欲は、冬の吹雪よりもずっと激しく、そして僕の心を溶かすほどに甘かった。
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