伝説の聖騎士に求婚されていますが、それどころじゃないので定時で帰ります! ~もふもふと昼寝したいだけなのに愛が重すぎる~

たら昆布

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5話

「……ねえ、ゼノさん。さっきから思ってたんだけど」

王立魔導師団の一角。僕に与えられた個人執務室で、僕はペンを置いて振り返った。

「はい、何でしょうかリト殿! インクが切れましたか? 私の血で良ければ、魔力を込めて最高のインクに精製しますが!」

「怖いからやめて。そうじゃなくて……なんで君、僕の膝の上に座ろうとしてるの?」

そうなのだ。
僕は今、依頼された「古代結界の修復」という、この国で僕にしかできない難解な仕事を定時までに終わらせようと集中しているのだが。
なぜか、この国の最高戦力である聖騎士ゼノが、僕の椅子の背後から体を密着させ、隙あらば僕を膝に乗せようと虎視眈々と狙っているのだ。

「膝ではありません。私はリト殿の『人間椅子』になりたいだけです。その方が腰への負担も少なく、私の体温でリラックス効果も得られます」

「普通の椅子でいいです。あと、その抱きつくような姿勢のせいで、さっきから計算式が一個も書けないんだけど」

「おや、それは失礼。では、左手は自由にしておきましょう。右手は……私が添えて、一緒にペンを動かしましょうか。初めての共同作業ですね」

「結婚式みたいなこと言うな!!」

僕はゼノの整いすぎた顔を押し返した。
至近距離で見ると、肌のキメが細かすぎて腹が立つ。この男、戦場に出ているくせに、なんで僕より美容コンディションがいいんだ。

「キャンキャンッ!」

足元では、ココがゼノのブーツを執拗に攻撃している。
どうやらココも、ゼノの「リト独占欲」に危機感を感じているらしい。

「うるさいぞ、白い毛玉。リト殿の膝の上は、本来私が君臨すべき聖域なのだ。貴様のような新参者が居座っていい場所ではない」

「……犬相手に本気で嫉妬しないでくれる? ほら、仕事が進まないから、あっちのソファで大人しくしてて。じゃないと、今日のご飯一緒に食べないからね」

「っ! ……承知いたしました。私は壁になります」

『一緒にご飯』というカードを切った瞬間、ゼノは音速でソファへ移動し、置物のように静止した。
……よし、今のうちに終わらせよう。

僕は集中し、目の前の魔導書に構築式を書き込んでいく。
前世で鍛えられたプログラミングの知識が、魔法構築に驚くほど応用できる。
バグ(魔力の歪み)を見つけ、パッチを当てるように修正していく作業。
……ふむ、意外と楽しいかもしれない。

「――よし、完成。これで結界の再起動ができるはず」

「素晴らしい! さすがは私のリト殿だ! その明晰な頭脳、しなやかな指先、集中するあまり少し開いた唇……すべてが愛おしい!」

「……いつの間にか、また距離が詰まってるんだけど」

気づけばゼノは僕の真後ろに立っていた。
そして、僕が書き上げた魔導書を見ようともせず、僕のうなじをうっとりと見つめている。

「ゼノさん、これ終わったから。エディさんに届けてくる」

「私が届けましょう。リト殿は、ここで休んでいてください。あ、ついでに私の私室の鍵を置いておきますね。いつでも泊まりに来ていいという、王家公認の許可証です」

「いらないです。……って、あ! 窓の外見て!」

僕が指差した先。
演習場で、若手の魔導師たちが暴走した召喚獣に追いかけ回されていた。

「大変だ、助けに行かないと……!」

「リト殿、行かなくていい。彼らもプロだ、死にはしません。それより、私の愛の囁きを聞く時間が削られる方が大問題です」

「あんたは騎士団の鑑か何かなの!? 行くよ、ココ!」

「キュイッ!」

僕はゼノの制止を振り切り、演習場へと飛び出した。
……これがいけなかった。

暴走した巨大な炎のトカゲを、僕は「熱いから」という理由で、周囲の水分をかき集めた巨大な氷の塊で一瞬にして氷漬けにした。

周囲の若手魔導師たちが、ポカーンと口を開けて僕を見ている。
そして、その後ろから現れたゼノが、勝ち誇ったような顔で言い放った。

「見たか。これが、私の(未来の)伴侶の力だ。跪け、愚民ども」

「勝手に僕の所有権を主張するな!!」

こうして、初出勤にして僕は「ゼノの囲い」として、全魔導師団にその名を轟かせることになった。
定時退社どころか、明日から好奇の目から逃げる生活が始まりそうだ。

「リト殿、氷漬けにする手際も素敵でした。……次は、私を情熱で溶かしてくださいますか?」

「……無視して帰ろう、ココ」

「クゥーン(賛成)」

僕はゼノの甘い囁きを物理的にシャットアウトし、五時きっかりに団の門をくぐった。
背後で「待ってくださいリト殿! 晩餐の準備が!!」と叫ぶ聖騎士の声を、夕暮れの街の喧騒の中に置き去りにして。
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