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20話
「リト殿。今日という日は、私の人生……いいえ、この世界の歴史において、最も重要な日となります」
王立魔導師団の屋上庭園。夕日に染まる王都を見渡す特等席で、ゼノは正装に身を包み、真剣な眼差しで僕を見つめていた。
時刻は、午後四時五十五分。
僕の「定時」まで、あと五分。
「……ゼノさん。そんなところで跪かないでください。目立ちすぎて、下の演習場からみんな見てますよ」
「構いません。むしろ全世界に知らしめたい。……リト殿、貴殿がこの世界に現れてから、私の世界は一変しました。貴殿の無気力な瞳も、もふもふへの執着も、そして時折見せる……あの看病の時の優しさも。そのすべてが、私の生きる理由です」
ゼノが懐から、あの「令嬢と相談して選んだ」という、眩いばかりの魔導指輪を取り出した。
指輪には、僕が『バッテリー』として愛用している石と同じ色の、真っ赤な宝石が輝いている。
「私と、生涯を共にしてくれませんか。貴殿の望むスローライフは、私がこの命に代えて守り抜く。仕事も、人間関係も、すべて私が遮断しましょう。貴殿はただ、私の腕の中で……」
「……あ、ゼノさん。四時五十九分です」
「話を聞いてください!!」
ゼノが絶叫する。
だが、僕は一歩前に出て、彼の手にそっと自分の手を重ねた。
指輪を受け取るのではなく、彼の手そのものを。
「……ゼノさん。僕は、あなたの愛が重すぎて、正直今でもちょっと怖いです。監禁だの独占だの、物騒なことも多いし」
「……っ。努力は……善処はします……」
「でも。……定時になって、家の前にあなたがいないと、なんだか調子が狂うようになったのも本当です。ココも、なんだかんだ言ってあなたを気に入ってるみたいだし」
「キャンッ!」
足元で、ココが誇らしげに尻尾を振った。
僕はゼノの目を真っ直ぐに見つめ、いたずらっぽく微笑んだ。
「結婚とか、伴侶とか、そういう重いのは一旦置いといて。……今日の晩ご飯、僕の家で一緒に食べませんか? デザートに、この前の温泉のお土産もありますから」
「…………」
ゼノは、雷に打たれたように固まった。
そして、その綺麗な瞳から、ポロポロと大粒の涙が溢れ出した。
「リ、リト殿……! 今、私を……『家』へ……誘ってくださったのですか……? それは実質、婚約……いいえ、入籍と同じ意味だと捉えてもよろしいので!?」
「全然違います。ただの『夕食』です」
その瞬間、街の時計塔が午後五時のチャイムを鳴らした。
「あ、五時だ。お疲れ様でしたー!」
「待ってくださいリト殿!! その『夕食』のメニューに、私自身は含まれていますか!? デザートとして私を召し上がっていただく準備はいつでも――!」
「ないです! 早く行かないとココが不機嫌になりますよ!」
僕は赤くなった顔を隠すように、夕暮れの街へと駆け出した。
後ろからは、「待ってください愛しの伴侶よぉぉぉ!」と、世界最強の聖騎士が全速力で追いかけてくる。
魔導師団の窓からは、団長のエディや同僚たちが「またやってるよ」と呆れ顔で僕たちを見送っていた。
異世界に転生して、チート能力を手にしても。
僕が選んだのは、伝説の英雄になることでも、世界を救うことでもない。
定時に帰り、もふもふを抱きしめ、少しだけ……いや、かなり「重い」愛をくれる一人の騎士と、美味しいご飯を食べる日常。
「……ま、これこそが、僕の最強のスローライフかな」
僕の隣を走るゼノが、幸せそうに僕の手を握りしめる。
その力が少しだけ強すぎて、「やっぱり重いなぁ」と苦笑いしながら。
僕たちの、騒がしくて甘い「定時後」は、これからもずっと続いていくのだ。
(完)
王立魔導師団の屋上庭園。夕日に染まる王都を見渡す特等席で、ゼノは正装に身を包み、真剣な眼差しで僕を見つめていた。
時刻は、午後四時五十五分。
僕の「定時」まで、あと五分。
「……ゼノさん。そんなところで跪かないでください。目立ちすぎて、下の演習場からみんな見てますよ」
「構いません。むしろ全世界に知らしめたい。……リト殿、貴殿がこの世界に現れてから、私の世界は一変しました。貴殿の無気力な瞳も、もふもふへの執着も、そして時折見せる……あの看病の時の優しさも。そのすべてが、私の生きる理由です」
ゼノが懐から、あの「令嬢と相談して選んだ」という、眩いばかりの魔導指輪を取り出した。
指輪には、僕が『バッテリー』として愛用している石と同じ色の、真っ赤な宝石が輝いている。
「私と、生涯を共にしてくれませんか。貴殿の望むスローライフは、私がこの命に代えて守り抜く。仕事も、人間関係も、すべて私が遮断しましょう。貴殿はただ、私の腕の中で……」
「……あ、ゼノさん。四時五十九分です」
「話を聞いてください!!」
ゼノが絶叫する。
だが、僕は一歩前に出て、彼の手にそっと自分の手を重ねた。
指輪を受け取るのではなく、彼の手そのものを。
「……ゼノさん。僕は、あなたの愛が重すぎて、正直今でもちょっと怖いです。監禁だの独占だの、物騒なことも多いし」
「……っ。努力は……善処はします……」
「でも。……定時になって、家の前にあなたがいないと、なんだか調子が狂うようになったのも本当です。ココも、なんだかんだ言ってあなたを気に入ってるみたいだし」
「キャンッ!」
足元で、ココが誇らしげに尻尾を振った。
僕はゼノの目を真っ直ぐに見つめ、いたずらっぽく微笑んだ。
「結婚とか、伴侶とか、そういう重いのは一旦置いといて。……今日の晩ご飯、僕の家で一緒に食べませんか? デザートに、この前の温泉のお土産もありますから」
「…………」
ゼノは、雷に打たれたように固まった。
そして、その綺麗な瞳から、ポロポロと大粒の涙が溢れ出した。
「リ、リト殿……! 今、私を……『家』へ……誘ってくださったのですか……? それは実質、婚約……いいえ、入籍と同じ意味だと捉えてもよろしいので!?」
「全然違います。ただの『夕食』です」
その瞬間、街の時計塔が午後五時のチャイムを鳴らした。
「あ、五時だ。お疲れ様でしたー!」
「待ってくださいリト殿!! その『夕食』のメニューに、私自身は含まれていますか!? デザートとして私を召し上がっていただく準備はいつでも――!」
「ないです! 早く行かないとココが不機嫌になりますよ!」
僕は赤くなった顔を隠すように、夕暮れの街へと駆け出した。
後ろからは、「待ってください愛しの伴侶よぉぉぉ!」と、世界最強の聖騎士が全速力で追いかけてくる。
魔導師団の窓からは、団長のエディや同僚たちが「またやってるよ」と呆れ顔で僕たちを見送っていた。
異世界に転生して、チート能力を手にしても。
僕が選んだのは、伝説の英雄になることでも、世界を救うことでもない。
定時に帰り、もふもふを抱きしめ、少しだけ……いや、かなり「重い」愛をくれる一人の騎士と、美味しいご飯を食べる日常。
「……ま、これこそが、僕の最強のスローライフかな」
僕の隣を走るゼノが、幸せそうに僕の手を握りしめる。
その力が少しだけ強すぎて、「やっぱり重いなぁ」と苦笑いしながら。
僕たちの、騒がしくて甘い「定時後」は、これからもずっと続いていくのだ。
(完)
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