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第1話:構造のハック ── 絶望を調整する【初期解析(ファースト・ハック)】
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これは、世界の“構造”を読み解いて生き延びる物語だ。
――静かだった。
白一色の天井。
消毒液の鼻を刺す匂い。
そして、自分の意思では一ミリも動かない指先。
長い病院生活で、僕は世界を“OS”として
解析する癖がついていた。
看護師の足音のわずかなリズムのズレ。
人工呼吸器が刻む一定の駆動音。
それらを無意識にデータとして処理することで、
僕は“世界の構造”を把握する術を覚えた。
(……いつか、この白以外の景色を見ることがあるんだろうか)
そんな願いさえ、動かない身体の中では熱を失い、
静かに沈んでいく。
視界に砂嵐のような黒いノイズが走り、
意識が急速にシャットダウンしていくのを感じた。
◇◇◇
そして次に目を開けた時、僕を包んでいたのは
無機質な静寂ではなかった。
「……っ、げほっ……あ、が……!」
肺に流れ込む生々しい土の匂いと冷気が、
ひび割れたガラスのように喉を刺す。
脳が反射的に『呼吸しろ』と命令を出すが、
衰弱した身体はその信号を正しく受け取れず、
喉が激しく痙攣した。
病院では“無”だった感覚が、
今は“痛み”として襲いかかってくる。
(ここは……病院じゃない。
病院の天井は、あんなに青くない……)
長年使っていなかった脚を動かそうとするだけで、
小刻みに悲鳴を上げ、小鹿のように震える。
草原の冷たい夜露が、薄い入院着を容赦なく濡らし、
僕の体温を奪っていく。
「……はぁ……はぁ……転移、した……みたいだ……っ!」
地面を掴もうとすると、湿った土が指の間に入り込み、
じりじりと体温を奪っていく感触が伝わってきた。
あまりに生々しい、死と隣り合わせの“生の実感”。
(生き残るだけじゃない……この世界の“構造”を読み解くんだ)
その混乱を切り裂くように、すぐ近くで悲鳴が響いた。
「きゃあああああああっ!!」
丘の先。
川べりに広がる湿った黒土の地帯。
距離は約120メートル。
視界の先にいたのは、一本の巨大な角から青白い火花を散らす、
岩のような皮膚を持つ巨獣だった。
(……あれは、魔物か?)
その巨獣の前で、若い女性が小さな女の子を抱きしめ、
腰を抜かして震えていた。
女性の身体は恐怖で震えているのに、
その腕だけは決して子供を離さない。
すぐ背後には、増水した川が迫っていた。
(逃げ場がない……けど、あの地形は……)
自分も立ち上がることすら満足にできないのに、
“どうすればいいか”という答えが、
構造図のように頭に浮かんできた。
これは、長年の観察生活で作り上げた、
生存のための最適解(プロトコル)だ。
「そこのお母さん!その子を抱えて、今すぐ左の大きな
『白い岩』の陰まで全力で走って!!」
「えっ……!?」
「早く!その岩は絶縁体――電気が通らない!
そこなら安全だ!川の方へ逃げちゃダメだ!!」
僕の必死の叫びに、女性は弾かれたように
子供を抱き上げ、白い岩陰へと駆け込んだ。
巨獣が咆哮し、角に猛烈な電気が溜まっていく。
(放電の予備動作……狙いは“動くもの”じゃない。
最も導電率の高いルートを探しているんだ)
僕は震える足で立ち上がり、巨獣と川の間にある
ぬかるんだ泥濘の先――
一本だけ突き出た黒い金属光沢の岩柱を石で叩いた。
カィィン、と鋭い音が響く。
「こっちだ、来い!!」
突進しようとした巨獣の脚が、
水際の緩い泥濘に深く沈み込む。
「グルアッ!?」
と前のめりになる巨体。
その瞬間、限界まで溜まっていた角の電気が、
最も抵抗の少ないルート――
泥濘→鉄鉱石の岩柱→川へと一気に放電された。
バリバリバリィィィッ!!
雷撃は岩柱を伝って川へ逃げ(アース)、
その際に発生した強烈な電位差が、
巨獣自身の身体を逆流(ショート)した。
巨大な筋肉が強制的に硬直し、
獣は断末魔すら上げられずに泥の中へ崩れ落ちた。
凄まじい衝撃音が草原を震わせ、
そのあとに重苦しい沈黙が訪れた。
「……はぁ、はぁ……っ」
脳が弾き出した答えに、衰弱した身体が
必死で追いつこうと鼓動を打っている。
一気に体温が奪われ、自分の手が泥と
恐怖で震えていることに、今さら気づいた。
(……勝った……のか?)
放電の直撃を受けた川面から、感電して気絶した
銀色の巨大な魚が数匹、水しぶきと共に跳ね上がった。
(敵の無力化と、ついでに……食料まで。……一石二鳥、か)
図らずも得られた報酬に、僕は力なく地面に座り込んだ。
「……助かった……と?」
岩陰から、女性が涙で顔を濡らしたまま僕を見上げる。
女の子が、おずおずと僕の薄い入院着の裾を掴んだ。
「おにーちゃん……まほうつかい?」
「魔法じゃないよ。……ただ、地面をよく見ていただけさ」
レベルアップの音なんて聞こえない。
けれど僕の脳内には、倒れた獣から得られる
“電気を通さない皮膚”や“雷角”の活用法が、
明確な設計図として浮かび上がっていた。
(これを活かせば、次も生き残れる……)
「さあ、行きましょう。
他の危険な動物が来る前に、どこか安全な場所へ」
震える足で立ち上がった僕は、2人に手を差し伸べた。
この世界には、まだ“見えていない仕様”がある。
それを読み解くまでは、死ねない。
僕たちの、そしてこの世界の“文明開化”は、
この泥臭く、けれど理詰めのハックから始まったんだ。
――静かだった。
白一色の天井。
消毒液の鼻を刺す匂い。
そして、自分の意思では一ミリも動かない指先。
長い病院生活で、僕は世界を“OS”として
解析する癖がついていた。
看護師の足音のわずかなリズムのズレ。
人工呼吸器が刻む一定の駆動音。
それらを無意識にデータとして処理することで、
僕は“世界の構造”を把握する術を覚えた。
(……いつか、この白以外の景色を見ることがあるんだろうか)
そんな願いさえ、動かない身体の中では熱を失い、
静かに沈んでいく。
視界に砂嵐のような黒いノイズが走り、
意識が急速にシャットダウンしていくのを感じた。
◇◇◇
そして次に目を開けた時、僕を包んでいたのは
無機質な静寂ではなかった。
「……っ、げほっ……あ、が……!」
肺に流れ込む生々しい土の匂いと冷気が、
ひび割れたガラスのように喉を刺す。
脳が反射的に『呼吸しろ』と命令を出すが、
衰弱した身体はその信号を正しく受け取れず、
喉が激しく痙攣した。
病院では“無”だった感覚が、
今は“痛み”として襲いかかってくる。
(ここは……病院じゃない。
病院の天井は、あんなに青くない……)
長年使っていなかった脚を動かそうとするだけで、
小刻みに悲鳴を上げ、小鹿のように震える。
草原の冷たい夜露が、薄い入院着を容赦なく濡らし、
僕の体温を奪っていく。
「……はぁ……はぁ……転移、した……みたいだ……っ!」
地面を掴もうとすると、湿った土が指の間に入り込み、
じりじりと体温を奪っていく感触が伝わってきた。
あまりに生々しい、死と隣り合わせの“生の実感”。
(生き残るだけじゃない……この世界の“構造”を読み解くんだ)
その混乱を切り裂くように、すぐ近くで悲鳴が響いた。
「きゃあああああああっ!!」
丘の先。
川べりに広がる湿った黒土の地帯。
距離は約120メートル。
視界の先にいたのは、一本の巨大な角から青白い火花を散らす、
岩のような皮膚を持つ巨獣だった。
(……あれは、魔物か?)
その巨獣の前で、若い女性が小さな女の子を抱きしめ、
腰を抜かして震えていた。
女性の身体は恐怖で震えているのに、
その腕だけは決して子供を離さない。
すぐ背後には、増水した川が迫っていた。
(逃げ場がない……けど、あの地形は……)
自分も立ち上がることすら満足にできないのに、
“どうすればいいか”という答えが、
構造図のように頭に浮かんできた。
これは、長年の観察生活で作り上げた、
生存のための最適解(プロトコル)だ。
「そこのお母さん!その子を抱えて、今すぐ左の大きな
『白い岩』の陰まで全力で走って!!」
「えっ……!?」
「早く!その岩は絶縁体――電気が通らない!
そこなら安全だ!川の方へ逃げちゃダメだ!!」
僕の必死の叫びに、女性は弾かれたように
子供を抱き上げ、白い岩陰へと駆け込んだ。
巨獣が咆哮し、角に猛烈な電気が溜まっていく。
(放電の予備動作……狙いは“動くもの”じゃない。
最も導電率の高いルートを探しているんだ)
僕は震える足で立ち上がり、巨獣と川の間にある
ぬかるんだ泥濘の先――
一本だけ突き出た黒い金属光沢の岩柱を石で叩いた。
カィィン、と鋭い音が響く。
「こっちだ、来い!!」
突進しようとした巨獣の脚が、
水際の緩い泥濘に深く沈み込む。
「グルアッ!?」
と前のめりになる巨体。
その瞬間、限界まで溜まっていた角の電気が、
最も抵抗の少ないルート――
泥濘→鉄鉱石の岩柱→川へと一気に放電された。
バリバリバリィィィッ!!
雷撃は岩柱を伝って川へ逃げ(アース)、
その際に発生した強烈な電位差が、
巨獣自身の身体を逆流(ショート)した。
巨大な筋肉が強制的に硬直し、
獣は断末魔すら上げられずに泥の中へ崩れ落ちた。
凄まじい衝撃音が草原を震わせ、
そのあとに重苦しい沈黙が訪れた。
「……はぁ、はぁ……っ」
脳が弾き出した答えに、衰弱した身体が
必死で追いつこうと鼓動を打っている。
一気に体温が奪われ、自分の手が泥と
恐怖で震えていることに、今さら気づいた。
(……勝った……のか?)
放電の直撃を受けた川面から、感電して気絶した
銀色の巨大な魚が数匹、水しぶきと共に跳ね上がった。
(敵の無力化と、ついでに……食料まで。……一石二鳥、か)
図らずも得られた報酬に、僕は力なく地面に座り込んだ。
「……助かった……と?」
岩陰から、女性が涙で顔を濡らしたまま僕を見上げる。
女の子が、おずおずと僕の薄い入院着の裾を掴んだ。
「おにーちゃん……まほうつかい?」
「魔法じゃないよ。……ただ、地面をよく見ていただけさ」
レベルアップの音なんて聞こえない。
けれど僕の脳内には、倒れた獣から得られる
“電気を通さない皮膚”や“雷角”の活用法が、
明確な設計図として浮かび上がっていた。
(これを活かせば、次も生き残れる……)
「さあ、行きましょう。
他の危険な動物が来る前に、どこか安全な場所へ」
震える足で立ち上がった僕は、2人に手を差し伸べた。
この世界には、まだ“見えていない仕様”がある。
それを読み解くまでは、死ねない。
僕たちの、そしてこの世界の“文明開化”は、
この泥臭く、けれど理詰めのハックから始まったんだ。
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