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憧れの日常
しおりを挟む死んだように眠った。
起きたら六時で、準備でもしようと立ち上がると、体がものすごく軽かった。
羽毛のようにふわふわと。
「……疲れて、……ない?」
今日を覚悟していたのに出鼻を挫かれた気分だ。ゴーレムとセックスして死ななかったんだもの、やっぱり人間ってたくましいのかもと思いながら、バスルームへ。
ビックリなことが起きていた。
「なにこのツヤ肌。透明感が増してる」
バスルームの鏡に写る自分を凝視した。ピチピチの赤ちゃん肌になっていて、シミやソバカス、ニキビ跡すらなくなってる。腕も足もすべての皮ふが赤ちゃん肌で、髪の毛もサラサラでツヤツヤだ。
「もしかして、ゴーレムの精子成分だったり」
スネークと同じで精子に含まれる何かの成分が効いて赤ちゃん肌になったの?
上からも下からも飲んだから効果抜群ってこと?
そういやミルクって肌に良いんだっけ。おなかから健康になるし、ミルクは飲む美容液ってお母さんが言ってたような気もする。
ゴーレムミルク、すごっ。
「また今度飲ませてもらおう。おやつの代わりにもなるし」
またタダでキレイになれた。
セックスで意識はぶっ飛ぶし、終わったあとは死ぬほどツラいけど、シミまで消えてくれるんなら全然アリ。それに、キレイになればお客さまも増える。
「やっぱり人外上等。やってやるぜ」
やる気になった私は、ルンルン気分で準備を終わらせて、マスターから外出許可証をもらって、玄関先でウルフが来るのを待っていた。
「アキラ」
ウルフは馬車に乗ってやって来た。馬車から降りて尻尾を振りながら走ってくる様子はワンコのようだ。
あまりのかわいさに、両手を広げて待ってたら飛びついてきた。
おお、かわいいワンコよ。やっぱりウルフは私の癒し。
「おはよう、ウルフ」
「おはよ。俺ね、俺ね、楽しみで寝られなかった」
「寝不足なの? 一緒にお昼寝しようね」
「アキラと昼寝、楽しみ!」
「かわいいワンコっ!」
「オオカミだけど!?」
お決まりのやり取りに笑って、改めて手を繋いで馬車に乗り込んだ。
「ウルフって馬車って感じしないね」
「いつもは歩きだけど、今日はおまえが居るからな」
「今日は何するの?」
「俺んち!」
「そっか。 ウルフのおうち楽しみ。やっぱり犬小屋なの?」
「普通の家に決まってんだろ!?」
「あっ、蝶々だ」
馬車の窓に張り付いて、久しぶりの蝶々を見た。
改めて考えると、農園にいたときから外の世界を見たことがない。農園は森の中だったし、お店に行くときもカーテンがしてある馬車で連れて来られただけ。
「緑がいっぱいだね。キラキラしてきれい」
屋敷からの一本道を走る。辺りを見ても農園と同じ森ばかり。それでも新鮮なのは、こういう景色を見て何かを感じる余裕がなかったから。でも今日は感じられる。
「ウルフ、見て! リスがいるよ! あっちに鳥も! あっ、お花がキレイ! こっちにカエルもいる!」
「アキラってガキみてーだな。そういうのもかわいいぞ」
「……ガキ……」
ウルフにとっては見慣れた光景でありきたりの日常。私とは正反対。それに、ウルフのノリが軽くて忘れてたけど、一日貸し切りのお仕事中だ。また呼んでもらえるようにしっかり頑張らないと。
これはプライベートじゃない。
気を抜くべからず。
「うちっていっても暇だよなぁ」
「そう? ゆっくり過ごせるから好きだよ」
「じゃあ、俺も楽しみ! 早くアキラを抱きてぇな」
「やんっ、エッチィ」
「だっておまえから他の雄の匂いがするんだぜ。……しかもゴーレムかよ。チッ、早く消してぇなぁ」
ウルフはクンクンと匂いを嗅いだだけ。隣に居るだけなのに当てるとは、さすがオオカミ、嗅覚は伊達じゃないってことね。
「そうだ!」
「何?」
「うちに着くまで引っ付いてる!」
ギューッと手に力を込めてきたウルフにクスクス笑って、私もその手を握り返した。すぐ違和感に気づいたけど、ウルフがもたれ掛かってきて意識が逸れた。
「へへっ、アキラっ!」
あまりにも幸せそうに笑うから、私も笑顔で返した。
私は奴隷で娼婦、これはお仕事、何度も言い聞かせた。
貸し切りのお仕事って気持ちの切り替えが難しい。
「俺ね、親友と弟子がいてさ、今日はアキラが来るからって言って追い出した」
「一緒に暮らしてるの?」
「おう! 親友はバーナードっていうんだけど、めちゃくちゃ頭がいいんだぞ!」
「それはウルフが……あー、……ねっ?」
「……気になるけど、めちゃくちゃ気になるけど! 俺は掘り下げねえ! 聞いたらダメだって直感がっ!」
「あはは! かわいいワンコだね!」
「だーかーらーっ、オ、オ、カ、ミ!」
「あっ、野生のうさぎだ!」
「何で話を聞いてくんねーの!?」
何でもない話で盛り上がっている間に景色も変わり、街を抜けてまた森の中へ。
けっこう走ったところで馬車が止まった。
「着いた!」
手を引かれるまま馬車の外へ出ると、一軒のログハウスが目の前にあった。丸太で作られたそれは思ってた以上に大きい。隣には小屋があって、たくさんのまきが見えた。
これがウルフのおうち。
「行こう」
ウルフは私の手を引っ張り、玄関と思われる場所へ。鍵を開けて扉を開けると思いきや、ドアノブを掴んだまま止まった。
「どうしたの?」
「先に言っとくけど、……俺、……優しくする自信がねえ」
「んん? 優しく?」
「……多分、……いや絶対に、おまえを……離さないと思う」
ウルフの言わんとすることがわかった。今さらそれを言われてもこっちは仕事だ。セックスをするためにここに来た。でもお客さまのウルフは性欲と戦ってる。
切り替えが難しいのは、ウルフも同じなのかも。
「大丈夫だよ」
ドアノブをつかんでるウルフの手に、自分の手を重ねた。
「仲良くしようね」
笑顔でそう言ったら、いきなり勢いよく扉が開いた。ぐらつく体をウルフが掴む。ぐるんぐるんと景色が変わる中、ガチャンと扉が閉まり、その扉に体を押し付けられていた。
ここまでが一瞬のことで、驚き過ぎて目をパチパチと瞬かせる。
ウルフは目を閉じたまま、ヌルッとした舌を口内に入れてきた。
(えっ!? なに!?)
咄嗟にウルフの肩をつかんで押し返そうとしたけど、その手を一つに束ねてギュッと拘束してきた。
舌を引っ込ませようとすれば、チュウッと舌を吸われた。
息継ぎがうまくいかなくて、頭がクラクラした。
「はぁ、……アキラ……」
やっと拘束がとけた。
キスを続けるウルフを押し返そうとするけど力が出ない。
その隙にウルフの大きい手がワンピースを脱がせていく。
「っ」
やっとウルフの行動が理解できた。
ベッドまで待ちきれなかったんだ。
それだけ求めていた。
「……ウ……ルフ……」
力の入らない腕を上げて、ウルフの頬にそっと触れた。
ウルフは、キスするのをやめて、鼻と鼻をくっ付けてきた。
「オオカミさんは待ても出来ないの?」
「ううん、したくねぇだけ」
「本当の意味でオオカミだね」
「本当も何も、俺は本物のオオカミだけど」
「発情期の?」
「うん、発情期の。すっげー発情してる」
絡み合う視線、銀色の瞳の奥にあるもの、それだけで求めているモノが分かる。
これ以上の言葉は必要ない。
もう一度、お互いの唇を重ねた。
「アキラっ、かわいいっ」
下着の中に手が入ってきた。
爪が長いんじゃないのって質問はしなかった。
右手の中指の爪だけ短い。
馬車にいるときに気づいた。
今日のために整えてくれたと思うと嬉しかった。
私が傷つかないように気を使ってくれたんだって。
傷がつく、そんなの慣れてるのに。
「ぬれてる」
「んっ」
アソコに中指が這う。
クチャという音が聞こえた。
グッと指が入って中をかき混ぜて水気を増やしていく。
「これ、昨日の……」
「あっ、んう!」
もしかしたらゴーレムの精液が残っていたのかも。
あれだけ出されたら子宮に残っていてもおかしくない。
「アキラは……俺の、だろ」
「ひゃう!」
ウルフはまたキスをして、中指で中をグリグリとかき混ぜた。
すべてをかき出すように激しく。
ゴーレムのか私のかよくわからない液が太ももに垂れていく。
もう十分濡れている。
追い掛けてくる舌から逃げてるように、唇を離した。
ウルフは私からの言葉を急かすように、唇に指を這わせてきた。
「早く言って」
ウルフのキレイな銀色の瞳の中に激情が宿っている。
瞳の美しさに見とれてしまいそうだった。
「……いれて……」
ウルフは返事の代わりにまた唇を重ねてきた。
片膝を持ち上げられて、ウルフの腕に掛けられる。
アソコにアレが当たった。
ナカに入ってくる感覚を味わう前に奥まで入った。
「ああっ!」
「っ!」
今度はすんなりだった。
たくさん出た液体のおかげか、ゴーレムのアレでゆるくなったのか。
「ふぁ! んっ!」
ゾクゾクゥとキモチイイものが駆け巡る。
堪らずにウルフの首に自分の手を回した。
それでも休むことなく突き続けて、イイトコロに何度も触れてくる。
「あッ! ああっ!」
「……悪りぃ、……先に、……イクっ」
「……んっ!あっ、んッ」
返事をする前に奥を突かれた。
ズルッとナニを抜かれた後、おなかに生暖かい白い液体をかけられた。
媚薬成分配合精液を中に出されるって思って覚悟してたのに。
「まだ終わりじゃねーからな」
「うん」
そのままウルフに抱えられて部屋を移動した。
寝室らしき部屋に行き、ベッドへ。
そっと私を寝かせたあと、ウルフは立ち上がって近くの棚の前に行った。
「あ、マジか……」
すごく気まずそうな顔で、頭をガシガシと乱暴にかきながら隣に座った。
「どうしたの?」
「……いや、……その」
「うん?」
「……用意してたゴムがない。犯人は分かってるんだけど、……ゴムが……」
なるほど、だから歯切れが悪いのね。
媚薬成分配合精液でイキ狂いにならないように気を使ってくれていた。
さっきの外出しもきっとそう。
やっぱりウルフも優しい男だ。
「大丈夫だよ?」
ウルフの背中をツンツンと指でつついた。
「……いやー……あのデスネ!」
バッと振り向いてきたウルフにちょっと驚いたけど、またそっぽ向いてポツリポツリ話をはじめた。
「この前も生でやったけど、その、人間には……キツイだろ。……やっぱり、……大事にしてーなって思ってるから」
なるほど、私が娼婦ってことを忘れるくらい、真剣に考えてくれてるのね。
またウルフの背中をツンツンとつついた。
「何だよ」
何度も言うけど、私は奴隷で娼婦だ。
今日一日貸し切りにされた娼婦で、お仕事はウルフの相手をすること。
それだけ。それ以上はない。
だから、四つんばいになって、これからの行為を求めた。
「……いれて……ください」
ウルフの反応がない。
やり過ぎたかもって冷静になったら、すごく恥ずかしい。
チラッとウルフを見ても何を考えてるか全然分からない。でも、ベッドに上がったウルフが私の腰を力強く掴んでアソコにアレを当てた。
「わかった。……もう、遠慮しねぇから」
「ああっ!」
本当に遠慮なしに奥までアレが入る。
ビクビク震えてもお構い無し。
ガンガンっと奥まで響く衝撃に、枕をギュウッと握って耐えた。
耐えようとした。
耐えることを止めた。
あのときみたいに子宮がキュンキュンしてる。
奥までくるたびに、ぞくんって。
見えるモノすべてがチカチカする。
頭が働かない。
ゾクゾクも、声も、キモチイイことがずっと続いて止まらなかった。
「……あッ、……また、……イッ」
「うん、いっぱいイッて」
「……やっ、んぅ、んん!」
「あー……キモチイイ」
「ッッ、いっしょ!」
「んん?」
「キモチイイのっ、いっしょ、きもちよくて、おかしくなっちゃう!」
「アキラ、素直でかわいいっ、もっときもちよくなろうなぁ」
「ああっ! ダメ、それ、ダメなの!」
ウルフの指がクリトリスをグニッと押し潰してきた。
膨らんだクリトリスを押して擦って。
ナカでおかしくなってるのに、両方されたら……。
「ふぁ! ああっ! すごっ、すごいの!」
「あー……俺も、そろそろっ」
ぶつけるスピードが上がる。
それにリンクするようにゾクゾクが溜まっていく。
もうイクって思ったその時、ナカでビクビクッとケイレンした。
子宮にかけられた感覚、ナカで出ている感覚、震える感覚。
イキかけた体は、その感覚だけでビクビクと震えていた。
ーーーーーー
冷たいモノが顔に当たる。
それに気づいて目を開けると、心配そうにしてるウルフと目が合った。
「ごめん」
何の話をしているのか分からない。
ダル重い脳みそを動かしたくないから、うんとうなずいて目を閉じた。
「意識失ってた」
あー……そうだ、ウルフとセックスしてたんだった。ゴーレムもそうだったけど、セックスで意識がなくなるって、人外のセックスまじでヤバイ。
体力をつけないと。
筋トレを始めよう。
喉が渇いた。
「ウルフ」
自分の声がかすれまくってる。あれだけあえげば当然だけど。
「何だ!?」
「おみず」
「おう! 待ってろ!」
ウルフは当たり前のようにお水を口に含んだ。勘弁しての意味を込めて、ダルい体を何とか起こして、片手をウルフの顔の前に出した。
「自分で飲むから」
「……おう」
耳まで垂れたその落ち込んだ姿にきゅんときたのは、ワンコが好きだから。
「……ワンワン……」
「……何? 俺、オオカミだけど……」
「ワンコーッ!」
「うわっ!」
かわいいウルフに抱きついた。そのままの勢いに任せて押し倒して、改めてウルフの頭を抱きしめた。
「かわいいっ!」
「かわいいって言うな!」
「かっこいい!」
「それは、嬉しい! もっと言って!」
バタンバタンと尻尾が激しく動いてるのを見て、またきゅんときてしまった。
媚薬成分持ちの絶倫オオカミでも私の癒し。
おお、かわいいワンコ、もっと私を癒しておくれ。
「えへへっ、アキラの匂いが俺に染まった!」
私の匂いを嗅いで安心したようにすり寄ってきた。よく分からないけど、ウルフの匂いに染まったらしい。大量の媚薬成分配合精液を中に出されたら、そりゃ当然だ。
はて、そういえば……
「ねぇ、媚薬に依存効果はないの?」
ウルフのふわふわの髪の毛を撫でながら気になったことを質問した。
「ない。でもアキラはヒトだし、キモチイイことに依存する可能性はあるかもな」
「あー……」
それって媚薬で理性をぶっ壊されて、キモチイイことをひたすら植え付けられた結果じゃない? つまり依存じゃ……って考えが過ったけど、考えるのをやめた。
堕ちたところで娼婦は娼婦。
堕ちないためにも、もっと心も体も鍛えなければ。
「依存効果があればいいのになぁ」
「何を恐ろしいことを言ってるの」
「そしたらアキラが俺だけに夢中になるだろ」
「ウルフだけに?」
「他の雄に抱かせたくねーの」
「……そう、なの?」
「この仕事、もうやめろよ。俺が養ってやるからさ。こう見えて稼いでるし」
こういう時は何て言えばいいんだろう。
娼婦って言っても素人で奴隷だ。
犯されるのは慣れてるけど、こういう男の経験はない。
ウルフが喜ぶ答えが見つからない。
「なぁ、聞いてる?」
「あっ、うん。聞いてる」
「じゃあ」
ウルフの声と重なって、グルルルルゥっていう盛大な音が鳴った。一瞬何の音か分からなかったけど、そういえば昨日はゴーレムミルク以外何も食べてないって分かったら、またグルルルルゥっていう音が鳴った。パンッと顔が熱くなった。
「腹減ってんの?」
ウルフがめちゃくちゃ笑いを耐えてる。恥ずかしい。
「き、昨日からまともに食べてなくて」
「飢えたアキラもかわいい」
「うっ、飢えてない!」
「まぁ、でも、俺の方が飢えてるかも」
そう言うとウルフが胸の皮ふにちゅうっと吸い付いた。ひくんと反応したアソコから、だらぁっと精液が出た。
「んっ、するの?」
「んーん」
吸い続けたそれをちゅぽんと離した。そこは紅く痕になっている。ウルフは嬉しそうにキスをして、甘えるようにすり寄ってきた。
「俺のって証し!」
「アハハ、明日も仕事があるのにナー」
「今日貸し切ったお礼の代わり、な!」
「うん」
「忘れてねぇよ。俺もバカじゃねぇし」
「うん」
「それでも何か……離したくねぇなって。マジで好きなのかもな、おまえのこと」
「……それは」
「飯でも食おうぜ。んー、何かあったかな。昨日あいつらが食ってたからな」
とんでもないことを言ったのに、まるで何もなかったように、欠伸をしてベッドから下りて行った。
今ので気づいた。
恋愛が苦手な人でも気づく。
分かりやすいほどの想いが伝わってきたから。
「どうしたらいいの」
こんな状況、生まれて初めてだ。
ちゃんと言葉にされたわけじゃないから何となくの話だけど、どうしたら正解?
私を買ったっていう自覚はある。
私も買われたっていう自覚がある。
私は奴隷で娼婦で自由人になる……うん、それでいい。今の話は忘れよう。
やっぱりウルフといるとオンとオフの切り替えが難しいや。
「プリンもあるけど、食うか?」
「プリン……だと?」
プリン? あのプリン?
私にプリンを与えるなんてありえない。
何の冗談よ。
疑う目でウルフを見ると、パンや果物、プリンやチョコレートやケーキがいっぱい乗ったトレイを持ってベッドに座った。
ずっと食べたかった夢のお菓子と、パサついてないパンと、新鮮な果物がそこにある。
ゴクリと喉が鳴った。
毎日寮でご飯は出るけど、奴隷だからってまともな食事にありつけるわけもなく、腐りかけの何かを食わされて終わり。農園にいた頃は、豚の餌や馬の餌を食わされたこともある。
奴隷とはそんなものだ。家畜以下。
でも、転生前と同じ、まともな食事がここにある。
「……あう、……ああ」
言葉にできなくて、ウルフと食事を交互に見てると、不思議そうに首を傾げた。
ウルフは私が奴隷だってことを知らないんだ。
知られたくない。知られてはダメ。
奴隷だってバレたら……
「お行儀が悪いし汚しちゃうよ」
誤魔化すように言ったけど、ウルフは何ともなさそうに返事をした。
「別にいいよ」
「え?」
「俺の前じゃ楽にしてろよ。おまえのぜーんぶ受け入れてやっからさ」
楽しそうに笑うウルフにポカンとしちゃって、その優しさにじわりと泣きそうで。
私はすぐにトレイに乗っていたパンを手に取った。
「いただきます」
「おう!」
ガブリとかみ付くとサクッと音がした。甘い味が広がる。もっとじっくり味わいたいのに、しょっぱい味がした。
「えっ、え!? アキラ?」
「……おいひいよ……」
「泣くほど!?」
「うん、泣くほどおいしいっ! ゴーレムミルクよりおいしいっ!」
「……ゴーレムミルク、だと?」
うんうんと何度もうなずくと、びりりっと何かを開ける音がした。ウルフはそれをスプーンですくうと私の口の前に持ってきた。
「あんなもんよりうまいぞ! ほれ、あーん」
「あー……んっ! プリン、おいしいよぉ! うああっ、甘いのがおいひいよう!」
「よしよし、もっと食べろ。あんなもん忘れてこっちに夢中になっとけ! むしろゴーレムなんかのを食うな! なにを考えてんだ! バカかよ、アキラは!」
「プリン、なくなっちゃった……」
「くそッ! プリンがもうない! このままじゃゴーレムに負けちまう! えっと……ケーキ! ケーキ食え!」
「ケーキ、だと?」
とてもいい日だなって思った。
ご飯を食べて泣いたけど、外は気持ち良いくらい晴れていて、パンはふんわりで美味しくて、ジャムを乗せたらもっとおいしい。プリンの甘さが頬っぺたに染み渡って、ケーキに夢中になって、それが心にも届いて。
ギャーギャー騒ぐウルフはちょっとうるさいけど、賑やかでとても楽しい日。
ずっと憧れてた、ずっと欲してる、すごくイイ日常がここにある。
それがとても寂しかった。
おなかいっぱいご飯を食べて、コップ一杯のホットミルクを流し込む。体の中から温かくなるそれは、二度寝の理由には十分過ぎた。
まだ歯を磨いてないのに、シャワーも浴びたいのに、やることいっぱいあるんだけど、体は言うことを聞かず。
ズルズルと横になったら、ウルフがシーツを被せてくれた。ふんわりと石けんの匂いがして無性に泣きそうになった。
「ゆっくりおやすみ」
小さい子供をあやすように、ポンポンと優しく叩くそれが心の奥の奥まで優しく響く。
ここは、大丈夫。
怖いものなんてない場所。
あったかいところ。
安心を覚えた私は、すぐに夢の中へ旅立った。
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