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しおりを挟む赤く腫れた頬と、スカートからのぞく破れたストッキング。
どこからどう見ても何かがあったと思わせる姿のまま、午後の授業を受けた。皇子の視線を感じたけど、私に声を掛けてくることはなかった。
また明日からうわさになると思うと憂うつだけど、これをネタに皇子と何をしようかと考えると楽しくもある。
「ふふっ、今夜が楽しみだわ」
「ご機嫌ですね、お嬢様」
「ええ、面白いおもちゃを見つけたの」
その日の夜、ベッドに入る時間になってもソファーに座っていた。いつもと違う私の行動を気にしながらも、召し使いは挨拶をして部屋から出ていった。
私は来るであろう皇子を待っている。
約束したわけじゃない。でもお昼に言った言葉をうのみにして来るという自信があった。
あの人は単純だ。歪んでいるくせに、素直で正直で。【前世の記憶】がなかったら気づかなかった。【現世の記憶】だけの私は、皇子だけしか見てなかったから。
好きだった、本当に。だから血反吐が出るほど努力した。皇子の妻になるために、私なりに頑張った。すべてが無駄に終わったけど。
「おい、俺だ」
イヤなことを深く思い出す前に、扉をたたく音と皇子の声が聞こえた。「どうぞ」と声を掛けると、夜の女性の部屋にも関わらず、堂々と当たり前のように入ってきた。
そう、当たり前なのだ。私と皇子の距離は近すぎた。
「どうしましたの?」
「……い、いや、……ちょっと」
「こちらへお掛けになって」
隣に座るよう促したら、珍しく素直に座ってくれた。そして予想と違い、申し訳なさそうに頬をチラリと見た。
「ああ、これですか」
「それは……フィジーが?」
「気にしないでください。わたくしがいけなかったのです」
「でも、それは、……俺が」
本当に珍しいこともあるものだ。今回のことは自分のせいだと理解している。
「そうですね。皇子がストッキングを破いたりするから」
「頼んだのはおまえだろ!?」
「引き裂いちゃダメって言いました。それなのに皇子ったら、激しくしちゃうんだもの」
「~~っ!」
「でも、あの裂ける音は、……いやらしかったわ」
「そういうことを言うな!」
真っ赤になって叫ぶ皇子がかわいくてクスクス笑った。いつもそれに怒るのに、今回はすぐにおとなしくなった。
「頬の怪我を気にしていますの?」
皇子はうなずいた。
「今回は俺が誤解させたからな。フィジーの代わりに謝る。すまない」
皇子が下級貴族の不始末に頭を下げる。それがどれほどのことか分かって言ってるのだろうか?結局そうだ、皇子の頭の中はあの女で埋め尽くされてる。
ああ、腹が立つ。
「ダメよ、皇子。許してあげないわ」
「何でだよ!」
ニッとほほ笑んで皇子を見た。
「許してほしいなら、わたくしのお願いを聞いてくださる?」
「別にいい。おまえに許される必要もない」
「今日のわたくしの姿の原因をフィジーにしてもかまいませんのよ?退学かしら」
「そういうことか。おまえはやっぱり最低だな。フィジーの言っていた通りだ」
「最低なのはお互いさまでしょう。あなたはフィジーが好き、わたくしはあの方が好き、バランスは取れてますわ」
「……あの方が好き、だと?」
「それよりもお願い、聞いてくれますわよね?」
皇子は悔しそうに拳を作っていた。聞いてくれる気になったと、私はあるものを皇子に差し出した。
「何だこれ」
「ボディクリームです」
これで何するの?と目で質問してきたので皇子の手に中身を出した。ふわっと甘い匂いが広がる。好きな匂いをすぅっと嗅いだらイライラが少しだけ収まった。
「ハンドマッサージをしてください」
「マッサージ?」
「それがお願いです」
「……マッサージ」
「いけませんか?」
「いや、そのくらいなら別に」
「よろしくお願いします」
皇子は親指を使って私の手のひらを押してきた。力も何も入ってないそれのどこがマッサージなんだ。下手にもほどがある。
「ねぇ、皇子」
「何だ!?気持ちがいいか!?」
皇子なりに施しをしているんだと思う。そもそも皇子だから【する】のに慣れていなくて当然だけど。ここまで人を見れないなんて将来が心配だ。
「下手です」
「何だよ!やってもらってその態度!」
そしてすぐにすねる。子供と一緒だ。むしろ子供の頃から変わってない。これからのためにも少しは成長してほしいのに。
「わたくしが皇子の手をマッサージいたします。それがわたしくのお願いです。変更でよろしくて?」
「お、おおう」
皇子の手を広げた。その手のひらに強めに圧をかけていく。皇子の手は大きいけど薄かった。苦労も何もしたことのないキレイな手。それは私も同じ。
「おおっ、意外と気持ち良いもんだな」
「褒めてくださるの?それは嬉しいですわ」
「そうだろ?おまえは褒めることを知らんよな」
「あら、そうですか?」
生意気なことを言うから、親指のつけ根のふくらみにあるツボを、力強く押してあげた。
「痛い痛いっ!」
「ここ、腎臓のツボらしいです。痛いってことはそれだけ疲れている証拠よ。こうやって、ほぐしましょうね」
「痛いって!マジで痛い!」
「痛がる皇子もかわいいわ」
「俺で遊んでるだろ!?」
「ええ、とっても楽しい。もっと鳴いてくださるともっと楽しいです」
「俺の疲れの原因は間違いなくおまえだな!」
「あらいやだ、光栄ですわ」
「褒めてない!!」
手を離そうとした皇子の手をぐっとつかんだ。そしてそれが離れないように、その細い指に自分の指を絡めた。
「約束を破ってはダメですわ。まだ終わりじゃありません」
「痛いことしかしないだろ!?」
「悪ふざけが過ぎましたね。もうしませんわ」
「……本当だな」
「ええ、本当です」
疑う皇子にほほ笑んで、小指のつけ根の外側を少しだけ強めにしごいた。
「ここは肩の血行が良くなるツボらしいです」
「痛い」
「腎臓も悪ければ肩も悪いんですね」
「もってなんだ、もって」
「あなたもお疲れなのでしょう。皇子という肩書きも苦労が多いですからね」
「別にそんなものはどうってことない」
「すべて裏目に出るかわいそうな皇子ですけど」
「癒やしたいのか傷つけたいのか、どっちかにしろよ!」
「あはは、必死ね」
今度は半泣きな皇子に笑いが出た。久しぶりに声を出して笑った気がする。最近は本当に疲れることばかりだったから。
「そう、やって……笑えば……いいのに」
「何かおっしゃって?」
「別に」
今度は親指と人さし指を使って、親指の第二関節の外側にあるツボをしごいた。ようやくここにたどり着いた。
「痛い」
「ここは首のコリですわね。少し我慢してくださいね。何度もしごくと首コリ解消ですわ」
「ふーん、……詳しいんだな」
「召し使いに教えてもらいましたの。いつかあなたを癒やせるかもって。ようやく叶いましたわ」
「癒やせる?遊んでるの間違いだろ」
「気持ち良くありませんか?」
「そうは言ってない」
「気持ち良いの?」
「まぁ、……それなりに。女ってのはマッサージが好きなのか?フィジーもよくやるんだよ。めんどくさくないのか?」
気持ちが悟られないようにニッコリと笑って皇子にうなずいた。何だってこの男は無神経なんだろう。女の神経を逆なでしてもイイコトなんて何一つないのに。
心を落ち着かせようと、すぅっと息を吸った。ボディクリームの甘い匂いがして、ゾワッと全身の毛が逆立った。どうして気づかなかったんだ。この匂い、皇子からした匂いと同じ。
もしかしてあの子の……
そうあっても別におかしくない。お互いが好きだと認め合っている仲だ。匂いが移る距離に居ても不思議はない。
ただそれが、許されない恋って話。
「ねぇ、皇子」
「何だ」
「親指の秘密って知ってます?」
「親指の秘密?いや、知らん」
私は皇子の親指をゆっくりとしごいた。他の指を使ってヌチャヌチャと音を出しながら、いやらしく親指の輪郭をなでる。その微妙な変化に気づいた皇子は、少し顔を赤らめていた。
「ねぇ、こうやってしごかれるの、気持ち良い?」
「何の話!?」
「指の話に決まってますわ。痛いのは嫌なんでしょう?」
「……まぁ、……悪くない」
「へぇ、そう」
「で、親指の秘密って何だよ」
「んー……」
「やっぱり言わなくていい。絶対にろくなことじゃない」
「親指の形って男性器の形に似てるらしいの」
「言うなって言ったのに!!」
「本当だと思う?」
「まだ言うか!?」
マッサージしている皇子の親指をじっと見つめた。それが本当なら皇子の形は……、思わず唇をペロリと舐めた。
「……私もいつか皇子にするのかしら……」
「っ!」
それを想像した皇子の顔が赤に染まる。チラリとアソコを見ると、分かりやすいほど膨らんでいた。これも嫌ではないらしいから少し安心した。
「皇子のアレをこうやって、上下に、……このボディクリームのように、透明で粘り気のある液を絡ませて、……何度も、何度も」
「ふっ」
皇子の声が小さく漏れた。本人は自分の声を聞いて驚いて逃げようとしたけど、また指と指を絡めて捕まえた。
手と手を絡め合う。何度も、何度も。ヌチャヌチャと音を立てながら、優しく言い聞かせた。
「いいのよ、皇子。それでいいの。それが普通なの。何もおかしくなんかないわ」
「っ」
「私も想像しちゃうわ。あなたとこうやって……」
「うっ」
皇子の目を見ると欲情に染まっていた。素直に感じるその様に、それでいいとほほ笑んで。そして皇子に顔を近づけた。皇子も顔を近づけた。
手を絡めて視線も絡め合う。いつもなら絶対に嫌がる距離を通りすぎて、皇子の耳に唇を当てた。
「おしまい、です」
パッと手を離して皇子からも離れた。ニッコリと笑いかけたら、夢から覚めた皇子はカーーッと赤くなった。
「その右手、今晩のおかずにしちゃってくださいね」
「ふっ、ふふふふざけるなーーーっ!!」
叫びながら出て行った皇子を見送り、ため息をはいてソファーに横になった。ボディクリームでベトベトになった手を上げる。ロウソクに照らされてテラテラと鈍く光るそれがひどくいやらしく見えた。
「ただ、ハンドマッサージをしただけの話なのに」
もう片方の指を口にくわえて、身をよじりながら思わず呟いた。
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