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しおりを挟む一限目の授業に遅刻した。
今さら授業を受けるのも面倒だから、ストッキングを履き替えて、使われてない教室に逃げ込んだ。
なぜか皇子も一緒に。
「真面目になさってください」
「おまえもサボってるだろ」
「わたくしはいいのよ。誰かさんと出来が違うから」
「誰のことだよ!!」
窓側の一番後ろの席に座る。皇子は私の前の席に行くと、わざわざこちらにイスを向けて座った。そんなことを初めてされたから驚いてしまった。
「何だよ」
「いえ、……今日は初めてのことばかりですわ」
「何が」
「こうして二人きりでお話が出来るんですもの。夕方から雨って予報は当たりそうですわね」
「一言多い!!」
「すみません、嬉しくて。ただの憎まれ口ですわ。真に受けないでくださいね」
「おまえの冗談は分かりづらい」
「それは皇子の頭が少し足りないだけです」
「そうやって俺をけなすのをやめろよ!」
「だったらもう少し、しゃんとしてください。一応、次期皇帝なんですよ。まだ、正式ではないので、本当に、即位できるか分かりませんが」
「言い方にトゲがある」
「あら皇子!素晴らしいわ!トゲにお気づきになったのね!」
「おまえは俺を何だと思ってるんだ!」
「皇子です」
「……」
「おかわいそうな皇子」
「だから一言多い!!」
こうやって楽しく穏やかに話せるのは、本当に久しぶりだった。つい数ヵ月前まではこれが当たり前だったのに。一体いつからすれ違ったんだろう。
……フィジー!!
あの子が転校してきてから私の日常が崩れたんだ。すぐに皇子に声を掛けて、皇子もまんざらじゃなくなって。その間、私はじっと我慢していた。婚約者という立場は揺らがないから、堂々としていようって。
アホらしいけど、今も同じこと。ただ前と違うのは、【前世の記憶】があるから強くいれる。ご主人様の愛が私の唯一なの。してやられたままは悔しいから、皇子で遊んでいるだけ。それに退屈だもの。そうよ、それだけ。それだけなの。
「ねえ、皇子」
「何だよ」
「皇子はフィジーと結婚したいの?」
私の質問に、皇子は目を見開いた。
「何で驚かれるの?魔界との繋がりを絶っても、わたくしと婚約を破棄したかったのでしょう?」
「あー……」
「違うのかしら?」
皇子は何も言わなかった。うつ向いた横顔からは何も伝わってこない。まぁ、フィジー以外に想い伝えても仕方ないんだろう。だってフィジー以外見えていないから。
「でもね、考えてみたの。破棄出来る可能性を」
「そう、なのか?」
「わたくしが死ねばいいのよ。いえ、死ぬという表現はまずいですわね。んー、存在を消す?とにかく、わたくしが消えれば婚約はなかったことに。あとはあなた方の努力次第でしょうが、二人の強い愛があれば大丈夫でしょう」
「……何で、……そうなる」
そうしたいと言ったのは皇子なのに、皇子は頭を抱えながら机に突っ伏した。ズーンと沈んでいる。
「あら、どうしたの?」
「別に」
「そう?」
「俺は別に……おまえとの結婚が嫌なわけじゃない」
皇子から聞く初めての言葉。嬉しいってよりも別の感情が沸き上がって、にっこりと笑顔を張り付けた。
「だから別に、おまえが消える必要はないと……思う」
別の女のケツを追いかけてるくせに、どの口が何をほざいてるんですか?誰かこのくそ皇子を殴ってください。って言えないから、ぐううっと手を握りしめた。
「……破棄は、しない」
もうこれ以上のたわ言を聞いていられなくて、カバンから化粧品が入っているポーチを取り出した。男性の前でお化粧直しは、絶対にいけないことだけど、くそ皇子の前でそれを守っても守る私の方がバカだ!……何を言ってるんだろう、私。疲れているのね。
「そういうのは隠れてやれよ!」
「あなたが見なければいいだけでしょう」
「……何か……怒ってるのか?」
「知りません」
「……怒ってる、よな?」
「怒ってませんわ」
手鏡をのぞき込むと不機嫌な顔がそこにあった。ニッと笑って見ても不機嫌は取れそうもない。はぁとため息をはいて、ポーチの中から三本の口紅を取り出した。
「どれにしようかしら」
「どれも一緒だろ」
「あらやだ皇子ったら、頭の次は目を?」
「怒ってるなら怒ってるって言えばいいだろ!」
「では、わたくしが仮に怒ってると言ったとして、皇子は何をしてくれますか?」
「……謝る」
「土下座かしら」
「仮にも皇子だぞ!?鬼かよ、おまえは!」
「膝を着いて頭を垂れて謝罪ね」
「土下座から少しだけ腰を上げただけだろ!」
「謝るって言ったくせにあなたちっとも謝らないわね」
「普通じゃダメなのか!?」
「見下ろしたいの」
「もう十分言葉で見下ろしてるぞ!」
「それよりも」
「それより!?」
口紅のキャップを取り、少しだけ中身を出したあと、その三本を机に並べた。
「えらんでくださる?」
「は?これを?」
「皇子がえらんだ口紅をつければ、きっと気分も良くなりますわ」
「……まぁ、……そういうことなら」
どれも一緒だって言ったくせに、今日の私に合わせて真剣にえらんでいる。三本の中から一本を手に持ち、私の顔とそれを見て、「これ」と言って差し出してきた。
それは二人仲良くしていた頃、一番似合うと言ってえらんでくれた口紅だった。
皮肉と言えばそうだけど、同じところに落ち着いた皇子に、すこーしだけ機嫌を直してあげた。
「じゃあ、皇子が塗ってくださる?」
「お、俺が!?」
こういうのは召し使いの仕事で、男性に身支度をさせるなんて言語道断。それは分かっている。でも、イケナイことをしてるみたいで楽しい。
「イケナイことって燃えるわね」
「……また変なスイッチ入っただろ」
「ええ、すっかり」
私はポーチの中から口紅用の筆を取り出した。キャップを外して皇子に渡す。皇子は受け取らなかった。
「いけませんか?」
「そういうのは召し使いの仕事だ」
「ダメよ、皇子。そういう考えは、いけないことだわ」
「いけないのはおまえの思考だ!」
「でも、ね?想像してみて。この筆を使って色を塗るのよ。興奮しない?」
「するわけないだろ」
「……この唇に、色という輪郭を塗る。あなたが私の唇を造る。……私の唇があなたの唇になるの。……そう思うと……」
「全然分からないが、やってほしそうだからやってやる」
「ほんと!?ありがとう!」
皇子は私の手から筆を取ると、それに口紅を付けた。私は目を閉じて唇が造られるのを待った。
「動くなよ」
「……それもそれで……」
「余計なことを言うな!」
「はいはい、黙ってますわ」
「いくぞ」
柔らかい筆先が唇に乗った。細い線を描きながら唇の形を造っていく。なぞる、その感覚にブルリと肩を震わせた。
「ほら、できたぞ」
もう少し浸っていたかったのに残念。でも手鏡でそれを確認する前に、ポーチからティッシュを一枚だけ取って、皇子に渡した。
「まだですわ。最後にこれで押さえて終わりですのよ」
「自分でやれよ」
「いやよ、最後まできちんとなさってください」
「ったく、押さえればいいんだな!」
「では、ティッシュを二枚に折って、唇の間に挟んでください」
「何だって俺がこんなことを……」
文句を言いながらもティッシュを二枚に折って口元まで持ってきてた。少し口を開けて唇で軽く挟む。
「んっ」
ティッシュから唇を離して、皇子をじっと見た。皇子をじっと唇を見てたので、ペロリと舐めた。
「皇子の唇の完成ですわ。ねぇ、どうかしら?」
いつもなら顔を真っ赤にさせるのに、ぼーっと唇を見つめたまま。「皇子?」ともう一度声を掛けたら、皇子は口を開いた。
「かわいい」
「へ?」
「は?」
言ったのは皇子なのに、皇子はポカンとしている。でも、一秒一秒と過ぎていけばいくほど真っ赤になっていった。
「そっ、それは!俺があげたやつだろ!にっ、似合って当然だな!この俺がえらんだやつだからな!」
「あら、お気づきに?」
「当たり前だろ!?俺はそこまでアホじゃない!」
「そう、ですか」
何かとても変な感じがして、頭を抱えながら机に突っ伏した。これはおかしい。口のニヤニヤが収まらない。だって!かわいいって初めて言われた!
「塗ってやったのに何で隠すんだよ」
「今は、……ちょっとお待ちください」
「……だめだ」
皇子は私の頭を掴み上げた。どれくらい染まっているか分からないけど、見られてしまった。目を合わせるのもムリで目を閉じる。
「……アルザ……」
甘い声に細胞すべてが弾け飛ぶと思った。何をされそうなのかも分かる。でも、「皇子!」という声が聞こえて我に返った。
「フィジー!?」
ついさっき、唇を重ねようと思った人の唇から違う女の名前が呼ばれる。ずぐんと深く痛むそれに気づいたけど、もう慣れている。
痛みは、慣れる。
「では、失礼します」
一本の口紅を床に落として、ポーチをカバンにしまった。使ったティッシュとカバンを持って教室から出る。もちろん皇子が声を掛けてくれることも、追いかけてくれることもない。
でも、これが当たり前。なんら変わらない私の日常。
「そうよ、ただ、口紅を塗られただけの話だわ」
私は持っていたティッシュで、口紅を拭った。
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