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しおりを挟む部屋に戻るなり、すぐに皇子の大きな声が響いた。その音はどんどん近くなっていく。
「アルザ!!」
「ごきげんよう、皇子」
私はニッコリとほほ笑んで、部屋に入ってきた皇子を出迎えた。
「あなた達、下がってちょうだい」
召し使い達にそう言うと、ぺこりとお辞儀をして部屋から出て行った。
「フィジーに何を……」
詰め寄ってきた皇子は言葉を止めた。私が笑みを変えずにいると、私を見て眉間に眉を寄せた。
「その口紅……」
「気分を変えてみたの。どうかしら?」
「……おまえっ!」
撒き餌に引っかかったようで、怒った皇子は私をソファーに押し倒した。
「あの男と何をした!」
「あの男、ですか?」
「とぼけるな!図書館にいた男だ!」
「はて、図書館?……存じかねますわ」
「俺は見たんだぞ!おまえの口紅が制服についていた!また浮気か!?いつもと格好も髪形も違うぞ!」
「……もしかして、ぶつかったお方のことかしら」
「……ぶつかった、だと?」
「よそ見をしていましたの」
「……よそ見……」
「それがどうかしましたの?」
「……い、いや、別に」
ようやく落ち着いたようで、皇子は私から退いてソファーに座り直した。私も同じように隣に座る。じっと見つめる皇子の視線にニッコリとほほ笑んだ。
「どうなさいましたの?」
「フィジーが」
「フィジー?」
「泣いていた」
「口紅が似合わなくて、ですか?」
「おまえに塗られたと言っていた」
「口紅が似合わないのはわたくしの責任ではございません」
「……まぁ、……そうだな」
皇子は腕を組んで何かを考え始めた。そこに興味はないから、皇子のおなかをツンツンと指でつついた。
「図書館の男性にヤキモチ?」
「なっ!?そんなわけないだろ!」
「それはそれでさみしいですわ」
「おまえが不祥事を起こすわけがないからな」
ハッキリと言い切った皇子に目を丸くしてしまった。あの日のことを忘れたのか、そこまでアホ皇子だったのか。何がしたいのか分からなくて黙っていると、皇子は小さな声で言った。
「……忘れてやる」
どうやらあの日をなかったことにしてくれるらしい。今さら何の恩情だろう。お互いに付けあった傷は、もう消えない。ずっと残る。【心】はそんなに強くないのに。
でもそれが皇子の出した答えなら、私はそれに従うだけ。【皇子の婚約者】としての仕事だ。
「ねぇ、皇子」
「何だ」
「お礼に皇子のお願いを一つだけ叶えてさしあげますわ」
「別にいらん!そういうのがほしくて言ったんじゃないからな!」
「それはダメよ、考えて」
パタリと倒れて皇子の太ももの上に寝そべった。仰向けになって皇子を見上げる。驚き固まってる皇子にほほ笑んだ。
「一つだけよ。一つだけ、その間、わたくしはあなたの奴隷ですわ」
「……俺の」
「何がお望みですか?」
「……俺の、……望み」
真っ赤になっている皇子の手を取り、猫が甘えるようにほほ擦りした。チラリと皇子を見るとゴクリと喉を鳴らしていた。それにクスリと笑い、皇子の指で自分の唇をなぞった。
「この色、覚えてます?」
「あ、ああ」
「この唇に、色という輪郭を塗る。あなたが私の唇を造る。……私の唇があなたの唇になる。……これも覚えてますか?」
「……ああ、覚えている」
「想像して塗りましたの。あのときみたいに、あなたに造られているって……」
皇子は自分の意思で私の唇をなぞった。指先の温もりで輪郭を描いていく。少しだけ唇に隙間を作った。そこに皇子の指が入ろうとしている。私は小さく口を開けた。皇子の指が入ってきたから、ガシリと思い切り噛んでやった。
「痛い!!」
指を引っこ抜いた皇子にべっと舌を出してご挨拶。皇子は口をヒクヒクとさせながら見下ろしてきた。
「これ以上はダメですわ。お願いされるのなら別ですけど」
「じゃあ舐めろよ!おまえのせいだぞ、この歯形!」
「かしこまりました」
私は立ち上がって皇子の前に四つん這いになり、わざとらしく胸を寄せて、「あーん」と口を開けた。
「何でそんな格好っ!」
「何でって……今は皇子の奴隷ですのよ。こっちの方が奴隷みたいじゃありませんか」
「おまえはやっぱり変だ!」
「光栄でございます」
「褒めてない!!」
うじうじといつまで経っても進まない。ふぅ~っと長ったらしい息をはいて、皇子の太ももに手を置き直した。ぐっと近づいた距離に皇子はピシリと固まった。おかしな話だ。つい最近、ロッカールームで抱き合ったのに。
でも、あれはひどく興奮した。ストッキングが引き裂かれる音もそうだけど、皇子の欲情が伝わってきて……ああ、もっと遊んでいたい。
遊べば遊ぶほど、あなたとの距離が変わるんだもの。とても愉快な気持ちになる。でも、ダメね、遊び過ぎは良くないわ。
「ねぇ、皇子」
私は唇をペロリと舐めた。
「緊張するわ。今から皇子がわたくしのナカに入るのね」
「紛らわしい言い方をやめろ」
「指でも同じだわ。わたくしのナカに入って、それで蹂躙するの。……あの日、あの方が私にしたように」
「……黙れ」
「ヨダレがあふれでるまで激しく、それが下へ伝って落ちても、ナカの粘膜を擦り続けるの」
「……黙れ」
「嫌でも高まるのよ。体中が赤に染まるのが分かるの。赤く染まって、漏れ出しちゃうの。あなたも見た」
「黙れ!!」
「うぐぅっ」
まだ話している途中なのに、皇子は二本の指を奥まで入れて、乱暴に出し入れを始めた。これも下手過ぎて笑っちゃうけど、嫉妬に狂う皇子もなかなか美味しい。
どうせなら嫉妬で遊ぼうと、すっぱい物を思い出して口の中にだ液をためた。そしてあの日を思い出して表情と声を作る。
「んぅ、っ、ふぁ」
「このっ」
作り出せば出すほど、皇子が赤くなるのが分かる。私の唇の色と同じ。嫉妬の赤色に私が塗っていく。
「おまえは俺のだ!二度とあんなやつを思い出すな!これは命令だ!俺の奴隷なんだろ!?」
敷地内に響くんじゃないかってほどの声で怒鳴る皇子に、自然に涙が零れた。怖いとかじゃない。嫉妬に狂う感情が残っていたことが嬉しかった。
フィジーと出会ってからずっと無関心だったのに、こんなにも狂ってくれる。そういう感情がまだ残っている自分にも驚いてしまいそうだけど。
でも、もう遅いの。昔の私は、もう居ない。
「ふぅ、っ、うぁ」
涙と一緒にヨダレが垂れ落ちる。そんな私を見て、皇子は申し訳なさそうに指を引き抜いた。
「……すまん……」
私は涙とヨダレをそのままに、この赤に見合うよう妖艶に笑って、皇子の指にキスをした。
その皮ふについた色も唇と同じ。嫉妬に狂う赤の色。赤い赤い、真っ赤な嫉妬の炎。
「いやだわ皇子、ただ、あなたの奴隷になっただけの話です」
全身が焦げる前に、そろそろ消した方がいいのかもしれない。
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