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第三話 エクステンドポイント
しおりを挟むどれくらい、そうしていただろうか。
絶頂期には意識すら数秒ほどブラックアウトするほどの激痛は、いつの間にか収まっていた。
「はぁ、はぁ……ぐっ……な、何が……」
俺は両手で身体を支えて、立ち上がろうとした。そこで異変に気付いた。
俺って……こんな爪が、鋭く伸びていたっけか?
俺の視線の先、そこには鋭く硬く伸びた指先の爪がある。その鋭さはまるでナイフのようだ。
いや、爪だけじゃない。
口元に何か違和感があると思って、触ってみる。
なんだろうか。
指先に固い違和感がある。まるで、鋭い牙の先端を触っているかのような……。
俺は周囲を見渡して、すぐ近くに水たまりがあることに気づいた。近づいてみると、水は半透明で鏡のように水面に俺の顔を映し出してくれる。
「嘘……だ、ろ」
水面に映り込んだ俺の顔はすっかりと様変わりしてしまっていた。
まず、唇の両端から下唇を押しのけるようにして二本の鋭い牙が伸びている。
それに加えて瞳の虹彩も、黒から少し朱色がかった色へと変化しているのが分かる。
まるで、吸血鬼のような風貌だ。
そこで俺は、自分の職業(ジョブ)の中に半吸血鬼(デイウォーカー)があったことを思い出した。
どうやら、さっきの激痛の正体はこれらの肉体変異をさせる際に生じていたものだったらしい。
道理で……滅茶苦茶に痛かったわけだ。
「すげー……それに何だか……」
やけに周囲の音が大きく、鮮明に聞こえる。
岩山の中腹に立っているはずなのに、耳をすませば遥か下にある樹海の中で鳴いている虫の音を捉えられる。
それに空に視線を向ければ、青い空の遥か上を飛んでいる鳥の姿をはっきりと視認することができる。
「耳も、目も……いや、それ以外の五感の全てが……大幅に強化されている?」
元々、俺は事件の後遺症で鋭敏な五感を持っていたが、流石にここまで人間離れはしていなかった。
どうやら変わったのは外見だけではなく、五感もかなり変化しているみたいだ。
流石に自分の身体がここまで変化してしまったのを目の当たりにしたら、もはや否定する材料は微塵もない。微かにあった疑念が霧散していく。
「おっ……スキルの横の未適用って文字が消えている」
ステータスを覗いてみると、スキルの横にあった未適用の文字が消えていた。
どうやらさっきの激痛の最中に職業(ジョブ)とスキルが俺の肉体に適用されたみたいだ。
それと同時にチュートリアルに新しく【職業(ジョブ)】と【エクステンドポイント】についての説明が追加されていた。
チュートリアルの説明文を読んでいく。
それによると、職業(ジョブ)にはいくつかの種別があって、
すべての基本となる職業で、成長が早い代わりに弱めのスキルしか習得できない【下級職業(ノービスジョブ)】。
下級(ノービス)職業(ジョブ)を一定レベルまで習熟した場合に発現する、強力なスキルを多数習得できる【中級職業(ミドルジョブ)】。
中位職業(ミドルジョブ)をさらに習熟していくことで、稀に覚醒することができる究極の職業である【上級職業(アドバンストジョブ)】。
と、どうやら職業(ジョブ)には、その三つがあるらしい。
「えっと何々……それぞれの職業には独自のスキルツリーが設定されていて、スキルポイントを使うことでスキルを解放・習得することが可能です……」
スキルツリーがあるのかっ!?
スキルツリーは、ゲームなんかで、ちょくちょく見るシステムだ。
スキルツリーを進めるためには、【エクステンドポイント】を使用して、スキルのレベルを上げていく必要があるみたいだ。
「なるほど、ここでエクステンドポイントを使うわけか」
エクステンドポイントは、ステータスに割り振るスキルポイントは別で、こちらも職業のレベルを上げることで入手することができる。
1エクステンドポイントで、スキルレベルを1上げることができる。
試しに【闇(ダーク)の弾(ショット)】へ、エクステンドポイントを割り振ってみる。
するとエクステンドポイントが10から9へと減り、闇(ダーク)の弾(ショット)のLVが2へと上昇した。
「おぉ……本当にスキルのレベルが上がったっ!」
闇(ダーク)の弾(ショット)のスキルをLV2に上げたことで、その上に青い線が生まれ、新しいスキルが出現した。
新しく出現したのは【毒霧(ポイズンミスト)】というスキルだ。さっそくエクステンドポイントを1ポイント消費して、毒霧(ポイズンミスト)のスキルを取得してみる。
「へぇ……なるほどね。
スキルツリーに新しく出現したスキルも、エクステンドポイントを使って取得することができるのか」
新しく取得したスキルはLV1の状態になってステータスに自動でセットされるみたいだ。
ただ、気を付けなければいけないのは、ステータスに同時にセットできるスキルの数は上限が決まっているってことだな。
スキルはアクティブスキルが十、パッシブスキルが十の、合わせて二十までしかセットできないらしい。
アクティブスキルは、任意で効果を発動させるスキルで、主に魔法系や戦技系のスキルのことを指す。
一方でパッシブスキルは、スキル欄にセットしておくことで恒常的にずっと常に効果を発揮し続ける。
俺の場合は吸血捕食と夜目のスキルがパッシブスキルになる。
スキルは自由に付けたり、外したりすることが可能だが、スキルを外した瞬間にそのスキルの一切の効果が無効化されるみたいだ。
これはアクティブも、パッシブも関係なく、全てのスキルの効果があるのはステータス欄にセットしてあるスキルだけ。
「まあ、今の俺はまだまだスキル上限が余っているから、関係ないっちゃ関係ないが……」
ともあれ、これで残りのエクステンドポイントは8ポイントになった。このポイントをどう割り振るかだな。
「せめてスキルの効果が知りたいな……」
俺はダメもとでスキルのところに意識を集中させた。すると、目の前に新しいウィンドウが出現した。
闇(ダーク)の弾(ショット)
説明:
自分の周囲に闇のエネルギーを凝縮させた弾を出現させる攻撃魔法。
種別:アクティブスキル
消費MP:10
「っ! これは――」
俺の目の前に表示されているのはスキルの詳細な説明画面だった。
「これは……もしかして……」
俺は別のスキルのところに意識をフォーカスさせる。すると、
毒霧(ポイズンミスト)
説明:
自分の目の前に触れると【状態異常:毒】にさせる毒霧を発生させる状態異常魔法。発生させた毒霧はゆっくりと前方に広がっていく。
種別:アクティブスキル
消費MP:6
ビンゴだっ!
どうやらステータス画面でスキルに意識を集中させるとそのスキルの詳細な効果と能力が記載された説明画面を見ることができるらしい。
これは有り難い。
俺は他のスキルにも意識を集中させて、次々と説明文を表示させていく。
闇剣(ダークソード)
説明:
自分の持つ刀剣種別の武器に闇のオーラを纏い、武器の威力と切れ味を大幅に上昇させる。
種別:アクティブスキル
消費MP:15
鑑定
説明:
意識を集中させた物や人物の詳細な説明を表示させる。
種別:アクティブスキル
消費MP:なし
クラフティング
説明:
クラフト素材を使い、建築物や、武具、アイテムを造ることができる。
種別:アクティブスキル
消費MP:なし
解体
説明:
建築物や金属を分解し、クラフト素材や金属のインゴットに変換することができる。
種別:アクティブスキル
消費MP:なし
テイム
説明:
野生のモンスターに対して発動させることが可能。対象のモンスターを、10%×レベル分の確率で支配し、捕獲することが可能。
テイムのスキルは、一個体につき三回までしか使えない。
種別:アクティブスキル
消費MP:なし
吸血捕食
説明:
他の生物の血液を吸血することで、HPとMPの値を大きく回復させる。
血中に存在するあらゆる雑菌や寄生虫は、体内に入った瞬間に吸血捕食のスキルの効果によって分解される。
種別:パッシブスキル
消費MP:なし
夜目
説明:
光のほとんどない夜の闇の中でも、周囲の様子がはっきりと分かるようになる。
種別:パッシブスキル
消費MP:なし
「なるほど……ただ……」
スキルの説明文のおかげで効果は分かったが、結局どれを上げれば良いのかの判断がつけられない。
正直に言えば、俺はどちらかと言えば脳筋タイプだ。
これがゲームだったら補助系はまったく無視して、攻撃系のスキルを重点的に上げていくのだが……まさかこの現実の世界でもそんな脳筋ビルドをしていくのは流石にリスクがあり過ぎる。
「幸いにもエクステンドポイントは沢山あるし……LV1のスキルのレベルを片っ端から上げていくか」
半ばヤケクソだが、選択肢としては悪くはないと思う。
俺は闇(ダーク)の弾(ショット)を除いた他の八つのスキルに1ポイントずつエクステンドポイントを割り振っていく。
全てのエクステンドポイントを割り振った俺は、ゆっくりと吐息を吐き出しながら目の前の画面を見つめた。
「……こんなもんか?」
=====================
ステータス
名前:黒羽総二(くろばそうじ)
性別:男性
種族:半吸血鬼(デイウォーカー)
漆黒騎士(ブラックナイト) LV1
初級錬装師(デミ・アルケミスト) LV1
新米魔物使(ルーキーテイマー)い LV1
半吸血鬼(デイウォーカー) LV1
生命力:14
集中力:14
筋力:13
防御:7
知性:16
魔防:4
運:10
HP:100/180
MP:120/180
物理攻撃力:195
物理防御力:105 +20
魔法攻撃力:240
魔法防御力:60 +15
クリティカル率:5%
【保有スキルポイント:0】
アクティブスキル:
闇(ダーク)の弾(ショット) LV2
毒霧(ポイズンミスト) LV2
闇剣(ダークソード) LV2
鑑定 LV2
クラフティング LV2
解体 LV2
テイム LV2
パッシブスキル:
吸血捕食 LV2
夜目 LV2
【保有エクステンドポイント:0】
俺は職業(ジョブ)を四つも保有しているせいか、スキルの数が多い。そのせいか、もう既にアクティブスキルの欄が埋まりかけてしまっている。
これは、想像していた以上にスキルの管理が大変になるかもしれない。
「おっ……スキルツリーが進んだ」
エクステンドポイントを、スキルに割り振ったおかげで、いくつかのスキルの上に新しいスキルが出現した。
闇剣(ダークソード)の上に、【闇(ダーク)の強化魔法(エンチャント)】のスキルが、
鑑定の上に、【アイテムドロップ率UP】のスキルが、
毒霧(ポイズンミスト)の上に、【麻痺(パラライズ)の霧(ミスト)】のスキルが、
クラフティングの上に、【武具強化】のスキルが、
解体の上に、【高速採集】のスキルが、
テイムの上に、【モンスター合成】のスキルが、
吸血捕食の上に、【操血】のスキルが、
夜目の上に、【自己治癒】のスキルが、それぞれ新しく出現した。
「良いね。これは……ぜひとも試してみたいな」
ステータスのスキルの欄を眺めていると、無性にスキルの試し撃ちがしたくなってしまった。
「まずは……闇(ダーク)の弾(ショット)からかな」
俺は立ち上がると、岸壁のふちに立ち、青い空の向こう側に向かって手を翳した。
そのまま虚空に狙いを定めると、高ぶる意識を集中させて、闇(ダーク)の弾(ショット)の魔法を発動させる。
闇(ダーク)の弾(ショット)の魔法を発動させると、手のひらの先に黒い闇の塊のようなものが出現する。
黒い闇の塊はわずかな間だけ俺の手のひらの上で滞空すると、勢いよく放たれた。
「……おぉっ!?」
本当に、魔法が撃てたっ!
「これは凄いな……」
今度は少し離れた岩に狙いを定めると、闇(ダーク)の弾(ショット)のスキルを放ってみた。すると、闇の弾が突き出した岩に命中する。
闇(ダーク)の弾(ショット)が着弾した岩は、その表面が大きく削れて抉られている。まるで、至近距離で散弾銃(ショットガン)を当てられたような傷跡だ。
「凄いな。硬い岩に対してもここまでの威力が出るのか」
俺の身体に宿ったスキルは、かなりの威力を誇るらしい。
俺の予想以上の殺傷能力だ。
硬い岩ですらこれだ。もし、この魔法を生物に直撃させたら、死は免れないだろうな。
「ふむ……」
次のスキルを試してみる前に、ステータスを開いてMPを確認する。すると、120だったMPが100へと減っていた。
攻撃系のアクティブスキルはわりとMP消費が激しいな。
「今は試し撃ちだからバンバン撃っているけど、“実戦”ではかなり慎重に撃つ必要があるな」
呟いてから、気づいた。
待て、いま俺はなんて言った……?
実戦、だなんて……。
まだ状況はよく分かっていないけれど、一つだけ分かっているのは、ここが地球ではないってことだけ。
さっきは軽い冗談で言った「異世界転移」だって、あるいは……。
「…………」
こんな特異な能力がある世界だ。何が起こるか分からない。
ただ、何が起こったとしても……俺は、躊躇わない。それだけは、はっきりとしている。
俺はゆっくりと深い深呼吸を繰り返して、ゆっくりと目を見開いた。
「よしっ! 続きだ……」
俺は次に毒霧(ポイズンミスト)のスキルを試してみることにした。両手を目の前に翳すと、ゆっくりと息を吸い込んで、止めた。
「毒霧(ポイズンミスト)ッ!!」
魔法の名を叫んだ俺の目の前に濃い紫色の毒煙が発生する。
こ、これは……、
「……なん、て
毒々しい煙なんだ。
魔法を放った俺自身が思わず後ずさってしまうほどに毒々しい煙は、ゆっくりと前方の広範囲に広がっていく。
「これが、毒霧(ポイズンミスト)かぁ」
攻撃速度は遅いが、範囲が思った以上に広いな。
この煙の中にどれくらい居れば【状態異常:毒】になるのかは分からないが、もし数秒で毒になってしまうのなら、かなり強力なスキルだな。
次に試したいのは闇剣(ダークソード)のスキルだ。だが、それにはまず剣を手に入れないといえない。
「剣……剣かぁ……」
俺は周囲を見渡して、あることを思いついて、横穴の中に戻る。
「よく見ると、やっぱり違和感があるんだよなぁ。
なんで岩山の中にこんな豪奢な大広間が広がっているのか……」
俺は目を細めて辺りを見渡した。すると、俺の近くに鉄製の鉄柵が目に留まった。よく見ると、鉄柵以外にも大広間には鉄で作られたものがいくつか見られる。
俺は大広間中を回って、鉄になりそうな素材も集められるだけ集めてきた。
俺は集めた鉄柵や装飾品を対象に【解体】のスキルを発動させてみる。すると、鉄の柵が眩いばかりの光に包まれていき、あっという間に鉄のインゴットへと変わった。
「これが……鉄のインゴットか」
手に持ってみると意外にも重い。
それを何度か繰り返すと、俺の目の前にいくつかの鉄のインゴットが生成される。
鉄は手に入った。あとは……。
「クラフティングのスキルで……鉄製の武器をクラフトしてみよう」
クラフティングのスキルを発動させると、目の前にクラフト可能な武器一覧が表示される。
「鉄のロングソードに、ブロードソード……鉄の槍に、斧に……」
どうやらクラフティングのスキルはその時点でそのクラフト素材から作成可能なものがすべて表示されるらしい。
思わず目移りしてしまうが、手持ちの素材でクラフトできるのは一番安価な鉄のロングソードぐらいだな。
残念だ。
クラフティングのスキルを発動させると、瞬く間に一本の剣が完成した。
鉄のロングソード
説明:
鉄のインゴットをふんだんに使用して作られたロングソード。威力も切れ味もそこそこの性能を誇る。
装備時の武器攻撃力:100
「これが……鉄のロングソードか」
手に持って、軽く振ってみる。
悪くはない。
俺は鉄のロングソードを手に持ったまま、ステータスウィンドウを開いてみると、物理攻撃力の横に+100という補正値が追加されていた。
どうやら防具と同様に武器も装備することでパラメータに補正値がかかるみたいだな。
「ふむ……」
俺は周囲を見渡して、近くにあった木製の椅子を見つけると、その目の前に立つ。
「――――ッ!!」
俺は鉄のロングソードを腰だめに構えると、全力で目の前の椅子へと振り下ろした。だが、振り下ろされた刀身は、堅い木製の表面に弾かれてしまう。
「むぅ……やっぱり、こんなもんだよなぁ」
自慢じゃないが、俺は生まれてこのかた運動ってやつをまともにやったことがない。巷で噂されている「陰キャ」って奴だ。
学校が終わったら真っ直ぐに家に帰ってゲームにのめり込んでいるような怠惰な高校生が俺だ。
いくらスキルポイントで多少強化されていようとも、剣をろくに握ったことのない俺では、木製の椅子の表面に傷をつけるのも一苦労だ。
「さて、と。
問題は、ここからだ……闇剣(ダークソード)ッ!!」
スキルを発動させると、漆黒の闇に似たドス黒いオーラが鉄のロングソードの刀身に纏わりついていく。
これが……闇剣(ダークソード)のスキルか。
スキルの説明では、威力と切れ味を大幅に上昇させてくれるらしいが、はてさて……。
「――――ッ!!」
先ほどと同様に、鉄のロングソードを腰だめに構えて、目の前の巨木に向かって振り下ろした。
すると、
「……ッ!!?」
振り下ろされた鉄のロングソードは、木目の表面を抉り抜いて、一刀で硬い木製の椅子を真っ二つに両断してしまった。
「凄い……なんて……切れ味だ」
闇剣のスキルの威力は本物だ。
こんな非力な俺の斬撃でも、たったの一刀で木製の椅子を真っ二つに両断できてしまった。
ただ、非常に強力である分、消費MPも大きいが。
「これなら……害意のある敵が出てきてもある程度は戦えるな」
これほどの力を持っているのなら、例えば熊のような猛獣が出てきても十分に戦える。
「ここまでのスキルの試し撃ちはまずまずだな。ただ、問題は……」
この場所からどうやって外に出るか、だな。
横穴の外は岩山の中腹に繋がっていて、その先は少しの足場があるとはいえ、他に道はない。
「岩山をなんとかして下りて行くか……」
いや、それよりもまずは周囲の探索をしてみよう。もしかしたら、何かあるかもしれない。
応援ありがとうございます!
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