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第三十二話 朝の日課

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 外に出ると、さっきよりもさらに心地よい風が頬を撫でる。

 朝の時間は貴重な鍛錬の時間だ。

 操血系のスキルの鍛錬を中心に、場合によっては他のスキルを鍛錬もする。それが終わると、俺は腰元から鋼のブロードソードを抜刀する。

「ふっ!!」

 俺は空中に飛び上がると、ブロードソードを振るい架空の敵めがけて斬りつけた。ブロードソードの白い剣閃が幾度も空中に煌めいていく。

「ふぅ……」

「凄いわね。そんな本物の剣を軽々と振り回して、重くないの?」

「あぁ、俺の【筋力】の値は25もあるからな。もうこの程度の剣の重さはほとんど感じない」

 スキルがあるこの世界で果たして鍛錬にどれだけ意味があるのか分からないが、それでもやらないよりは全然マシだと思う。

 それにこうして無心で剣を振るっている最中は、余計なことを一切考えずに済む。それが酷く心地よいのだ。

「……ふぅ、まあこんなものかな」

 ある程度、肉体に疲労が溜まってきたらそこで鍛錬を斬り上げる。

 朝の鍛錬はいつもこんな感じで、軽く汗を流す程度に留めている。それ以上やってもあまり意味はないと思うしな。

「ご主人様」

 鍛錬を終えて汗を拭っていると、声をかけられた。そちらの方に視線を向けると、メロウと他二体のシャドウゴブリン達が傅いていた。

「近くにいた野生の動物を狩ってまいりました」

 メロウ達の背後に視線をやれば、六匹の山羊のような動物の死骸が置かれている。

「凄いな、お前たち四人だけで、六匹も仕留めたのかっ!?」

「万事、ご主人様のお力にございます。ご主人様から与えられたこの力、全て御身の為に」

 俺はメロウ達を労って彼らの頭に軽く手を触れた。すると、メロウ達はさらに深く地面に頭を擦りつけるぐらいまで平伏する。

 どうやら配下達にとって、俺に直接触れられることは最高位の栄誉だと思っているみたいで、こうして戦果を挙げた配下には労いの意味も込めて触れてやっている。

 俺はブロードソードで、山羊の足を斬るとそれをアイテムボックスに放り込む。

「後はお前たち配下で分けろ。ちょうどいいから、そこらで寝ているブルズトロルたちも起こして朝食を済ませてしまえ。
 あっ、ちゃんとゼクトール達の分は残しておけよ?」

 配下達は交代制でこの付近の警邏任務をさせている。確かこの時間帯はゼクトール達の番だ。
 なので、見張り中のゼクトール達の分を残しておくように指示をした。

「御意のままに」

 しかし、本当にメロウ達は有能だな。

 数が減って今まで通りの仕事が維持できるか心配だったが、位階4のシャドウゴブリンへと進化させたおかげで四体でも今までと変わらない働きをしてくれている。

 そのまま少し周囲を散策して、俺と塩浜さんは二人で連れ添って湖のほとりまで移動する。

 湖のほとりで火を熾して、二人で少し早めの朝食を取る。

「はむっ……ほわぁぁ。このお肉、すごく美味しいっ!」

 たき火の火で焼いた山羊のような動物の肉を食べた塩浜さんは、貪るように肉を頬張っていく。

「おい、そんなに慌てなくても肉は十分あるよ」

 山羊の足一本分の肉とはいえ、二人で食べるには十分すぎるほどの量だ。

「凄いわ。やっぱり黒羽君は優秀なのね。貴男に狙いを定めていて本当に良かった」

「俺の力じゃない。
 凄いのは俺の配下だろ。アイツらはみな優秀だからな」

 ゼクトールの指揮力に、ハーキュリーの頭脳、メロウの索敵力と狩りの能力、グンダの腕力など、配下達の凄さをあげればキリがない。

 最初はアイツらもただのゴブリンに過ぎなかったような気がする。でも、俺が自分の中にある知識を使って教えていたら、いつの間にか俺などとは比べ物にならないくらいに有能な人材に育っていた。

「あら、部下の能力も上司の力よ。
 部下はただ自らの力を生かして与えられた仕事をこなすだけで良いけれど、人の上に立つ者はそれらをまとめる責任と重圧がのしかかっているものでしょう?」

 それは……そうかもしれないが。

「貴男は、もっと自分の能力を誇るべきだと思うけれどね」

 塩浜さんはその特徴的な垂れ目を優しげに緩めると、顔を近づけてきて、俺の頬に軽いキスをしてきた。

 塩浜さんの方を見ると、彼女は何かを期待するように唇を突き出している。

 キスしろってことか、これ?

 仕方なく、俺も塩浜さんの唇にキスをした。でも意外に気恥ずかしいな、これ。

 と、そこで俺はいつもの日課であるステータスの確認をするのを忘れていたことに気づいた。
 まあ、ステータスの確認と入っても、自分のステータスを見てスキルのセット状態などを確認したり、付け替えたりするだけだが。

 俺はステータスを確認しようと、目の前に手を翳した。その時だった、近くの茂みの方から誰かが近づいてくる音がした。

「我が主よ」
「ご主人様」


 俺が眉間に皺を寄せていると、声をかけられた。そちらに目を向けると、ゼクトールとハーキュリーの二体が傅いていた。

「あぁ、お前達か。護衛任務ご苦労様。で? 何か変わったことはあったか?」

「ハハっ! 周囲を警邏中に、大型の肉食モンスターがこちらの縄張りに近づいてきましたので、ご命令通りに始末しておきました」

 そう報告してきたのはゼクトールだ。

 ゼクトールにはログハウス周辺の警邏の仕事に当たらせていた。俺は気づかなかったがどうやら、戦闘があったらしい。

「被害は?」

「ございません。大型といってもせいぜいが位階3か4程度でしたので。
ご主人様のお教え通りに多人数で取り囲み、囮役と攻撃役に役割分担して仕留めました」

 い、位階4っ!?
 そんな強力なモンスターを、俺の指示なしに自分たちだけの力で仕留めたのかっ!?

 ゼクトールの報告に驚いている俺に、ハーキュリーが報告を続ける。

「ご主人様、我らの方は護衛だけではなく、森の中に狩猟用の罠を設置しておりました。
少しでも食用の動物を得られればと思ったのですが……。
残念ながら食べられる獲物はかかりませんでしたがゴブリンが数匹ほど罠にかかっておりました」

 そう言うとハーキュリーは配下達に指示を出して、近くの茂みの中から木の蔓でグルグル巻きに縛られたゴブリンを八匹ほど引きずられてくる。

「凄いじゃないかっ!? ハーキュリーお前、自分で考えて罠を作ったのかっ!?」

「ハっ! 一回限りのシンプルな構造の使い捨ての罠ですが……。ただ、捕らえられたのはこのように雑魚ばかりですが」

 それでも十分凄いぞっ!?

 俺は狩猟用の罠なんて作れない。構造が分からないからだ。

俺に作れるのは、せいぜいが簡単なフィッシュトラップぐらいだ。ただ、以前にハーキュリーに狩猟用の罠があるということを教えていたことがあった。

 ハーキュリーは教えられた概念から基礎構造を理解して、実際に物を作ってしまったってことだろう?

 とんでもない頭の良さだ。

「……えっと……あの……?」

 俺の隣では塩浜さんが話に付いて行けずに困惑している。まあ、彼女はゼクトールやハーキュリー達の喋っている言語が分からないからな。

 俺は空を見上げた。さっきまで薄暗かった夜空は明るみ始めていた。

「ご苦労だった。じきに夜が明ける。お前たちは仮拠点近くでゆっくりと休め」

「ハッ!」
「ハハっ!!」

 俺の言葉に首を垂れて、平伏すると、グンダたちがいる仮拠点の方へ行こうとする。

「あぁ、いやちょっと待て。その前に……」

 俺は目の前で縛られている八匹のゴブリン達にテイムのスキルを発動させていく。今回は運よく八匹全員をテイムすることができた。

 ゴブリンをテイムすると、ゴブリン達から黄金の光が俺の中に吸い込まれていった。

「熟練の魔物使いの指輪の効果か……」

 熟練の魔物使いの指輪の効果で、テイムすることでも経験値を得られるようになったんだったな。
 俺は自分の指先を軽くなぞると、視線をゴブリン達へと戻した。

 八匹のゴブリンがきちんと恭順するかどうかを確認した後、ゼクトール達にその八匹のゴブリン達を任せる。

 ゼクトールとハーキュリーの姿が見なくなるまで見送って、俺は感嘆の息を吐いた。

「やはり、アイツらは凄いな」

 片や位階4のモンスターを俺の指揮無しで討伐して、片や自力で狩猟用の罠を考案して、八匹ものゴブリンを捕まえてきた。

 ゼクトールやハーキュリー、メロウなどのネームドの活躍には目を瞠るものがある。

「岩盤竜の鱗を売却した金をすべてアイツらの強化に費やしたのは、やはり正解だったな」

 実を言えば、少し迷っていたのだ。

 手に入った莫大な金を、ゴブリン達に費やしても良いのかどうか。

 あえてゴブリン達には使わずに、後々のために残しておくという手もあった。

 でも、俺は配下のゴブリンを強化する選択肢を取った。

ゴブリン達は、個々の力が弱い。けれど、その代わりにゴブリン達は自分で考える頭を持っている。
 武器を持たせたり、連携を取らせたり、飛び道具を持たせたりすればゴブリンでも非常に強力な戦力足りえる。

 岩盤竜の一件で俺はそれを確信した。だからこそ、ゴブリンの可能性に賭けてゼクトール達を俺の最高戦力として育てていくことを決断したのだ。

 今回の一件は、その判断が決して間違っていなかったということの証明だ。

「……次からはもっと選別を細かくしていくか」

 ゼクトールやハーキュリー、メロウなどの特殊な技能を持った優秀な個体をもっと増やしたい。
 その為にはテイムしたゴブリンをすぐに合成するのではなく、もっとじっくりと選別していく作業が必要になる。

 今まではダークゴブリンになる資質のあるゴブリンだけを選別することだけしか考えていなかったが、これからはもっと色々な角度から選別していってみよう。

 あとの問題は、どうやってゼクトールや、ハーキュリーなどの特記級の固有技能を持つ個体を選別できるようなシステムを構築するかだな。

「今回、仲間に加えた八体でさっそく新しい選別方法を試してみるか」

 最悪、何の特技も技能も持っていなくとも、モンスター合成でヒュージゴブリンに進化させるだけでも立派な戦力になるしな。

 まあ、じっくりと考えていくか。

「幸いなことに戦力は十分に足りている。焦って戦力を増強させる必要はない。だから、もっとじっくりと時間をかけて丁寧に選別作業をさせてみるか。
 いや……待て待て、大事なのは時間ではなくより細かな選別ができる選別項目だろう。スキルや特性以外でもっと評価できる項目を作って……」

「あ、あの……く、黒羽君?」

 俺が考え込んでいると隣から塩浜さんが話しかけてきた。心なしか彼女の表情が少し引き攣っている。

「せめて一人でブツブツと呟くのは止めて欲しいなぁ~って。
その……ちょっと怖いわよ」

「あぁ、すまん。つい、嬉しくなってしまってね」

 俺は照れ隠しに、目の前にステータスを開いて、日課のステータス確認作業を始めた。

「……他人のステータスなんて初めて見たのだけれど、職業(ジョブ)って凄いのね」

 ステータスを操作していた俺の真横にいた塩浜さんが、俺のステータスを覗き込みながら感嘆の声を上げた。

 その声を聞いた俺はしくじったと思った。

 塩浜さんには職業(ジョブ)やスキルを一切保有していない。そんな彼女の前で軽々にステータスを操作するべきではなかった。
 これじゃあ、まるで見せびらかしているみたいじゃないか。

「ねっ! これが黒羽君の職業(ジョブ)とスキルなのよねっ!!」

 けれど、彼女の反応は俺が予想していたものとは違っていた。

 塩浜さんは興奮した様子でさらに身を乗り出してきて、俺のステータスを指さした。

「このスキルってどんな効果なの?」

「あの……えっとだな……これは……」

 俺がスキルの説明をすると塩浜さんはまるで子供の用に目を輝かせる。

「凄いっ! そんな効果があるのね。じゃあこっちはっ!?」

「いや、あの……」

 俺はさすがにいたたまれなくなって、ステータスを消した。

「ぁ……」
 
目の前でステータスを消された塩浜さんは悲しげな表情を浮かべる。

「あの……ご、ごめんなさい。もしかして……見ちゃ、いけないものだった?
 それとも私が信用できない女だから、見せたくなかった……とか?」

「いや別にそういうわけじゃないんだ」

 俺のスキルは構成がバレたとしてもあまりマイナスにはならないからな。

そりゃ、明らかに敵対している人物にわざわざバラすような真似はしないが、塩浜さんぐらいなら見せても構わない。

「塩浜さんが嫌だろ? こんな見せびらかすような真似をされたら、さ」

 俺は彼女のためを想ってステータスを消したのだが、どうやらそれは俺の思い違いだったらしい。

「全然っ! むしろもっと見てみたいっ!! 自分には絶対に手に入れられないものだから、せめて少しでもそれに触れていたいの。
 ねっ……お願いします。それに……黒羽君のこと、もっと知りたいから」

 塩浜さんは瞳を潤ませてお願いしてくる。そんな彼女のお願いを断る……なんて、無理だった。

「……仕方ないな。
 ただし、俺のステータスをむやみに他人にバラさないでくれよ」

 別にステータスがバレるのを恐れているわけじゃないが、こういったものはむやみに他人に喧伝(けんでん)するものでもないからな。

 俺は溜息を吐きながらステータスを再度表示させた。

「ほわぁぁ……凄いっ! ねっ、これは? こっちはどんな効果なのっ!?」

 俺は興奮した塩浜さんを宥(なだ)めながら、俺に宿った職業(ジョブ)やスキルについて丁寧に説明していった。
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