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第三十四話 鍛錬
しおりを挟む俺は一瞬、宗方さんが何を言っているのか分からなかった。けれど、すぐに彼女の言葉の真意に気付くと、すっと目を細めた。
「本気なのか? 冗談半分なら止めて――」
「本気よ。私は本気。
ずっと考えていたの、今は黒羽君とゴブリンさん達によって守られているから安全だけれど、ずっとこの状況が続くと思っているほど私は楽観的じゃないわ。
この世界で生き残っていくためには、自分で戦う力を養っていくしかない。そうでしょう?」
「それは……」
その通りだ。
宗方さんは自分たちが置かれている現状をよく理解している。
確かに今は俺や俺の配下のゴブリン達が精力的に湖の近くを警戒し、近づいてくるモンスターを駆逐しているおかげで、あそこは比較的安全だ。
けれど、例えば俺やゴブリンが強敵に殺されたら? そうしたら、もうクラスメイト達を守ってくれる存在はいない。
いや、死ななくとも俺が手傷を負ったり、重傷を負うだけで配下達は簡単にクラスメイト達の護衛任務を放棄するだろう。
ゼクトールやハーキュリーはあくまでも俺に命じられているからこそ、クラスメイト達を護っているのだ。
あいつらの最優先事項は何よりも俺自身、その俺自身が危機に陥った場合は、それ以外のことは容赦なく切り捨てる。
あるいは俺がクラスメイト達と敵対して、クラスメイト達の庇護をやめる可能性だってある。
宗方さんの言うことは正しい。俺もこのままではいけないと思っていたし、クラスメイト達には自立してもらわなければいけない。
今の状況がこの先もずっと続くと思ってもらっては困る。
「その顔は……やっぱり黒羽君も現状のことを良かれと思っていないってことじゃない。だったら、なおさら私を実戦に連れていくべきよ」
宗方さんは強い口調で俺に詰め寄って来る。
その様子は鬼気迫っていて、彼女の本気具合が伝わってくる。
「宗方さんの意思は分かった。ただ……」
俺はどう返答すべきか迷う。
実は少し前にメロウ隊を周辺に放ったのだ。というのも、周囲の森が少し騒がしい。
俺の半吸血鬼としての五感が――いや、この場合は第六感か。ともかく、本能ともいえるナニカがざわざわと騒ぎ立てているのだ。
なので、念のために周囲の森の様子を調べさせるためにメロウ隊を放った。今はその報告待ちをしているのだが……。
と、そのタイミングだった。
近くの茂みが微かに揺れ動いた。
「ジャストタイミングだな」
俺は背後を振り向いた。すると、そこにはメロウを筆頭にシャドウゴブリン達がいた。
「メロウ、ご苦労。で、周辺の状況は?」
「ハッ! ご報告申し上げます」
メロウはそこで一旦言葉を切ると、周囲の状況を報告してくる。その結果、俺の予感は悪い意味で当たっていたみたいだ。
「そうか……」
メロウの話によれば、周囲の森はモンスターが活発に活動しているみたいだ。それも、ゴブリンやトロル程度のモンスターだけではなく、普段は見ない強力なモンスターすらウヨウヨしているそうだ。
それこそ夜にしか見ないような強力なモンスターすら、こんな朝方から活発に活動しているらしい。
「黒羽君? あの……それってどういう意味? 周囲の森が危険ってこと?」
「あぁ、どうやら宗方さん達がこちらの世界に飛ばされた時の影響が、まだ続いているみたいだな」
宗方さん達がこちらの世界に転移してきた時のあの黄金の光、どうやらあの光にはモンスターを興奮させ、動きを活発にさせる作用があるらしい。
以前にも、頭上から黄金の光が漏れた時にもモンスターが活発になったことがあった。けれど、その時はすぐにモンスター達は大人しくなっていった。
今回はその影響が半日ほどが経った今でもまだ色濃く残っているみたいだ。
メロウによれば、周囲の森には位階4や位階5クラスのモンスターですら見かけたらしい。
流石に岩盤竜ほどのモンスターは見かけなかったみたいだが……、
「それでも、今動くのは無謀だな」
できれば今日中に本拠点の方へと向かって転移ポータルを起動したかったのだが……、
周囲の森が危険になっているこの状況で無理に遠出するのは危険だな。
しかも、どうやらメロウの話によれば俺達の本拠点がある方があの黄金光の影響が強いらしい。
「場所によって影響が強い場所と、そうでない場所があるってことか」
地形的な影響なのか、それとも他の要因なのかそれは分からないが、どちらにせよ今日は派手に動けないな。
「宗方さん、悪い報告だ。残念だが、状況的に君の願いは叶えられそうにない」
「……それは、仕方がないわね」
俺の言葉に宗方さんは本気で残念がっている様子だった。
「ただ……宗方さんのその心意気は素晴らしいと思う。だから、今の状況でできることをしよう」
「……ぇ?」
俺の言葉に宗方さんはキョトンとした表情を浮かべている。どうやら、彼女は強くなるための手段がレベルアップしかないと思っているらしい。
「確かに、手っ取り早く強くなるにはレベルアップしてパラメータやスキルを強化するのが一番だ。
けれど、強くなるための手段はそれだけじゃない」
例えば俺が毎日やっているように剣を握って、型を練習するだけでもだいぶ違う。あるいは複数人の人数が居るのであれば模擬戦をするのも良い。
「いくらスキルが強くなっても、それを十全に扱いこなせなければ意味がない」
まして、宗方さんはスキルを習得したばかりだ。まずは実戦よりも、自分のスキルや戦い方を身に着けた方が良い。
「なるほど。確かに、黒羽君の言うとおりね」
俺の言葉に宗方さんは何度も頷いている。そして、何かを期待するように俺の方を見つめてくる。
いや、ちょっと待て――。
「無理だぞっ! 言っておくが、俺は君に稽古をつけることなんてできないからなっ!!」
俺の剣筋は完全に我流だ。
何せ、この世界にくるまで剣どころか、竹刀すら握ったこともないのだ。そんな俺が振るう剣筋は型も、定石もクソもない。
ただ、適当に構えて、腕力にモノを言わせて斬っているだけに過ぎない。
「でも……黒羽君は強いじゃないのっ! それなら型が滅茶苦茶でも別に構わないんじゃないの?」
俺は別に良いんだよ。
俺はアタッカーだからな。仮に剣筋や型が適当でも、要は敵をぶっ殺せればそれで良い。でも、宗方さんは違う。
彼女は自分の間合いを保ち、常に冷静に立ち回らなければならない。
そんなタンク役の彼女の立ち回りなんて知らないし、俺が適当なことを教えて、攻撃時に変な癖がついてしまっても困る。
「でも、こんなことを頼めるのなんて黒羽君だけだし……」
「つってもなぁ……」
参ったな。
先も述べたが俺は宗方さんに何かを教えることはしない方が良いと思う。そもそも俺は剣の握り方すら適当だからな。
「うーん……そういえば運転手さんが、剣道をずっとやっていたって言っていたな。運転手さんに教わったらどうだ?」
「運転手さんに? へぇ……あの人、剣道をやっていたの。意外だわ」
あぁ、その言葉には同意するよ。
「運転手さんもバリバリのアタッカーだから、俺が教えるのとそう変わらないかもだけど、どの道教わるのならばあの人からの方が良いと思う」
「そうね。ごめんなさい、黒羽君。それと、ありがとう。さっそく、運転手さんに頼んでみるわ」
宗方さんはそうお礼を言うと、運転手さんを探して湖の方へ向かった。
「あぁ、そうだ。ついでに蘭子先生に周囲の森が今は危険だと教えておくか」
宗方さんの姿が見えなくなって少ししてから、俺は蘭子先生にメロウから得た情報を報告していないことに気づいた。
「逸って、クラスメイトに死なれでもしたら事だからな」
俺は欠伸をしながら、蘭子先生の方がいるであろう湖の方へと足を向けた。
「……と、いうことなんで暫くは……少なくとも今日中は森の奥の方には行かないでください。
他のクラスメイトの連中にもその旨の周知をお願いします」
「えぇ、分かったわ。貴重な情報をありがとうね、黒羽君」
俺は、蘭子先生を探し出してメロウから得た情報を報告した。俺の報告を聞いた蘭子先生は少し疲れたような表情で微笑んでくれた。
「大丈夫ですか?」
「え……?」
「いや、少し疲れたような顔色をしていたので」
俺の言葉に蘭子先生は少し驚いたようにその切れ長の瞳を見開いた。けれど、すぐに元の怜悧な表情に戻ると、フフっと小さく微笑んだ。
「鋭いのね、黒羽君は。それとも、半吸血鬼になると勘も鋭くなってしまうのかしら?」
「茶化さないでください。勘が鋭いも何も、疲れが顔に出てましたよ」
俺がそう言うと蘭子先生は、クスクスと笑った。
「ごめんなさい。私の体調面は大丈夫よ。でも、そうね……昨日は色々なことがあったから、上手く休めなかったのかも。
黒羽君に言われるまで気が付かなかったわ」
「気を付けてください。蘭子先生は、クラスメイト達のリーダーなんですから」
「そう、ね……」
俺の言葉に蘭子先生は少し言葉を詰まらせる。
「蘭子先生?」
「えっ……? あっ、ご、ごめんなさい」
俺がその様子に訝しんでいると、蘭子先生は慌てた様子で表情を取り繕う。
「そ、それはそうと……細波さんって意外に凄い人だったのね」
「はい? 運転手さんがどうしたんですか?」
「いえね、私もさっき初めて知ったのだけれど、細波さんって剣道の有段者だったのね。それも六段の実力者だって」
剣道六段……それは凄いな。
一般的に剣道の段位は初段から八段まである。その中で、六段という段位は相当に高いと言える。
俺も運転手さんが剣道をやっていたことは知っていたが、まさかそこまでの凄い人だったなんてな。
「さっき宗方さんが凄い剣幕で細波さんに何かを頼んでいたのよ。何かと思ったら、稽古を付けて欲しいって……」
「あぁ……」
その件か。
「あら、意外ね。もっと驚くかと思ったのだけれど」
「別に。というか、何なら宗方さんは最初に俺に頼んできましたからね」
「ふぅん? 宗方さんが凄い剣幕だったから、何事かと思ったわよ。貴男は彼女に何を言ったの?」
「別に、ただ宗方さんが俺に戦い方を教えてくれと頼んできたので、それなら運転手さんに頼んだ方が良いと言っただけですよ」
蘭子先生の話によると、どうやら宗方さんだけでなく話を聞きつけた数人のクラスメイト達も運転手さんに稽古を付けてもらっているらしい。
「蘭子先生も一緒に稽古を付けてもらったらどうです? せっかく強力な職業(ジョブ)を保有しているんですし……」
「えぇ、そうね……」
蘭子先生は顎先に手を当てて何かを考えるそぶりを見せる。そして、フルフルと首を横に振った。
「やっぱり私はやめておくわ。そんなことを言う黒羽君こそ、一緒に混ざらないの?」
「俺は、別に必要ないですね」
現状では我流の剣捌(けんさば)きでも何とかなっている。
「あら、悪い子ね。自分はやらないのに、他人は唆(そそのか)すのかしら?」
「すみませんね、こちとら悪ガキなもんで」
俺と蘭子先生はお互いを見つめ合って……同じタイミングで笑い合った。
「うふふっ、もう……黒羽君ったら」
その後も蘭子先生と少し話をしてから、俺は湖を後にした。
念のために蘭子先生に教えてもらった場所に行くとそこでは、宗方さんを含めた数人のクラスメイト達が運転手さんに指導を受けていた。
「…………」
剣道の獲物は竹刀であり、抗議でくくれば日本刀を念頭に置いている。けれど、俺達が使う獲物はそのほとんどが西洋剣だ。
唆(そそのか)しておいて何だが、大丈夫かと心配になって見に来たのだが。
どうやら、そんな俺の心配は杞憂だったみたいだな。
運転手さんは、剣の握り方や、脚運び、剣を握る際の心構えやらを丁寧に教えていた。
「…………」
指導を受けている宗方さんや、その他の生徒たちも真剣な表情で剣を振るっている。
一瞬だけ声をかけるかどうか迷ったが、邪魔をしてはいけないと思ってそのまま何も言わずに踵を返した。
時間は有限だ。
俺も、俺にしかできない仕事を終わらせなければな。
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