14 / 36
二章
5話 王子の疑念
しおりを挟む
「谷底は深く、降りて救助活動することは不可能です」
騎士の言葉を聞いた途端に、イレーネは膝から崩れ落ちた。
「私のせいですわ!」
そう言って両手で顔を覆い、肩を震わせながら泣き始める。
「イレーネ…」
側にいたヴォルクは気遣わしげにイレーネの身体を支えた。
「私が側にいながら、アマリエを助けられなかった…私の責任です」
イレーネはアンデットの討伐に、アマリエと数名の騎士と魔道士を引き連れて、目的地に向かった。
アンデッドと交戦中にアマリエは崖に追い詰められて、運悪く足場が崩落し、そのまま谷底に落ちた。
イレーネは前線から帰ってきたヴォルクに、泣きながらそう報告をした。
ヴォルクはすぐにアマリエの救助に向かうように騎士に命じた。
しかし現場に向かった騎士から深い谷底に降りての救助は無理だと判断された。
アマリエの生存も絶望的であり、騎士たちに危険を侵してまで救助に向かわせるには、彼らのリスクがあまりに高すぎた。
そのためアマリエの救助は早々に打ち切りになった。
「イレーネのせいではないよ。仕方がないことだったんだ」
ヴォルクは優しく諭した。
「君はしばらく休んだ方がいい」
泣き崩れたイレーネを女神官に託して、ヴォルクは騎士を共だってテントを出た。
「ヴォルク様、どちらに?」
騎士が戸惑ったように声をかけた。
ヴォルクは自分のテントと真逆の方向に歩き始めた。
「少し気になることがあってね」
ヴォルクはそう言って、ある場所に向かった。
「ここか…」
そこはアマリエが落ちたとされた崖だった。
ヴォルクはおもむろに崖の縁の方に近づいた。
「殿下!そこは地盤がとても脆くなっております。あまり近づきませんように!」
騎士はハラハラしながら言う。
「わかっているよ」
ヴォルクは呑気にそう答えた。
そう言いながらギリギリまで端に近づき、黒い染みに気づいてしゃがみこむ。
後ろから「殿下!」と止める声がしたが、構わずに手袋を外して岩肌を撫でる。
(このあたりから…魔力を感じる…)
戦闘があった場所なのだから、魔法を使った痕跡…魔力を感じるのは何ら不思議ではない。
しかしヴォルクの直感は働いた。
懐から眼鏡を取り出す。
その眼鏡は、対象者の魔力や魔法の威力を数値化できる特殊な魔導具である。
研究者であるヴォルクは、この眼鏡にさらに特殊な機能を加えていた。
「分析」
そう唱えると眼鏡越しに淡い光を帯びた白いオーラが見え始めた。
その眼鏡に付け加えた機能とは魔法の痕跡を“色”として可視化できるというものだ。
時間が一定経過すると消えて見えなくなるが、この場の魔力はまだ滞留していた。
(光魔法…おそらく部分治癒か…)
ヴォルグはほぼすべての魔法で使用する際の魔力量を頭に叩きつけていた。
この黒い染みはおそらく誰かの血痕であり、誰かが治癒魔法を使って傷を癒したことは間違いなさそうだ。
魔物と対峙したなら怪我を負って、治癒するのはなんら不思議ではなく、おかしなことはない。
(もっと状況が分かればいいんだが…)
アマリエが崖に落ちた経緯を詳しく聞こうとしたが、イレーネがひどく取り乱した様子だったのでそれは出来なかった。
(後で他の者からも話聞くしかないな)
ヴォルクはそう思いながら、周りを見渡した。
(大地魔法…地割れ?)
もう一つの魔法の痕跡にヴォルクの顔は険しくなった。
(こんな場所で地割れを起こせば、足場は容易く崩れる…)
『運悪く足場が崩れて…アマリエはアンデットと一緒に谷底に落ちて…』
イレーネの言った言葉を思い出した。
しばらくの沈黙後、ヴォルクは立ち上がった。
(もう一度、調べる必要があるな)
なぜこの場所にアンデットが現れたのか。
ヴォルクはその事が妙に引っかかっていた。
ここはアンデットの大群が現れた場所と正反対にある。
単に大群とは何ら関係のない個体が、絶妙なタイミングで現れただけかもしれない。
そう安易に考えていたヴォルクだったが、ここに来てイレーネに対して疑心を抱き始めた。
「アマリエ・ヴィヴィオルド」
ヴォルクはアマリエのために静かに祈った。
騎士の言葉を聞いた途端に、イレーネは膝から崩れ落ちた。
「私のせいですわ!」
そう言って両手で顔を覆い、肩を震わせながら泣き始める。
「イレーネ…」
側にいたヴォルクは気遣わしげにイレーネの身体を支えた。
「私が側にいながら、アマリエを助けられなかった…私の責任です」
イレーネはアンデットの討伐に、アマリエと数名の騎士と魔道士を引き連れて、目的地に向かった。
アンデッドと交戦中にアマリエは崖に追い詰められて、運悪く足場が崩落し、そのまま谷底に落ちた。
イレーネは前線から帰ってきたヴォルクに、泣きながらそう報告をした。
ヴォルクはすぐにアマリエの救助に向かうように騎士に命じた。
しかし現場に向かった騎士から深い谷底に降りての救助は無理だと判断された。
アマリエの生存も絶望的であり、騎士たちに危険を侵してまで救助に向かわせるには、彼らのリスクがあまりに高すぎた。
そのためアマリエの救助は早々に打ち切りになった。
「イレーネのせいではないよ。仕方がないことだったんだ」
ヴォルクは優しく諭した。
「君はしばらく休んだ方がいい」
泣き崩れたイレーネを女神官に託して、ヴォルクは騎士を共だってテントを出た。
「ヴォルク様、どちらに?」
騎士が戸惑ったように声をかけた。
ヴォルクは自分のテントと真逆の方向に歩き始めた。
「少し気になることがあってね」
ヴォルクはそう言って、ある場所に向かった。
「ここか…」
そこはアマリエが落ちたとされた崖だった。
ヴォルクはおもむろに崖の縁の方に近づいた。
「殿下!そこは地盤がとても脆くなっております。あまり近づきませんように!」
騎士はハラハラしながら言う。
「わかっているよ」
ヴォルクは呑気にそう答えた。
そう言いながらギリギリまで端に近づき、黒い染みに気づいてしゃがみこむ。
後ろから「殿下!」と止める声がしたが、構わずに手袋を外して岩肌を撫でる。
(このあたりから…魔力を感じる…)
戦闘があった場所なのだから、魔法を使った痕跡…魔力を感じるのは何ら不思議ではない。
しかしヴォルクの直感は働いた。
懐から眼鏡を取り出す。
その眼鏡は、対象者の魔力や魔法の威力を数値化できる特殊な魔導具である。
研究者であるヴォルクは、この眼鏡にさらに特殊な機能を加えていた。
「分析」
そう唱えると眼鏡越しに淡い光を帯びた白いオーラが見え始めた。
その眼鏡に付け加えた機能とは魔法の痕跡を“色”として可視化できるというものだ。
時間が一定経過すると消えて見えなくなるが、この場の魔力はまだ滞留していた。
(光魔法…おそらく部分治癒か…)
ヴォルグはほぼすべての魔法で使用する際の魔力量を頭に叩きつけていた。
この黒い染みはおそらく誰かの血痕であり、誰かが治癒魔法を使って傷を癒したことは間違いなさそうだ。
魔物と対峙したなら怪我を負って、治癒するのはなんら不思議ではなく、おかしなことはない。
(もっと状況が分かればいいんだが…)
アマリエが崖に落ちた経緯を詳しく聞こうとしたが、イレーネがひどく取り乱した様子だったのでそれは出来なかった。
(後で他の者からも話聞くしかないな)
ヴォルクはそう思いながら、周りを見渡した。
(大地魔法…地割れ?)
もう一つの魔法の痕跡にヴォルクの顔は険しくなった。
(こんな場所で地割れを起こせば、足場は容易く崩れる…)
『運悪く足場が崩れて…アマリエはアンデットと一緒に谷底に落ちて…』
イレーネの言った言葉を思い出した。
しばらくの沈黙後、ヴォルクは立ち上がった。
(もう一度、調べる必要があるな)
なぜこの場所にアンデットが現れたのか。
ヴォルクはその事が妙に引っかかっていた。
ここはアンデットの大群が現れた場所と正反対にある。
単に大群とは何ら関係のない個体が、絶妙なタイミングで現れただけかもしれない。
そう安易に考えていたヴォルクだったが、ここに来てイレーネに対して疑心を抱き始めた。
「アマリエ・ヴィヴィオルド」
ヴォルクはアマリエのために静かに祈った。
応援ありがとうございます!
1
お気に入りに追加
23
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる