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三章

9話 魅惑的な提案

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「首輪って色んな種類があるのね」

店の棚に並べられたカラフルな首輪を眺めながらアマリエは感心したように呟いた。
ギルド協会で魔獣を引き取ることになったアマリエは、魔獣を飼うのに必要な【服従の枷】を買いに来ていた。

(なかなか決められないわ…と言っても300ミラルドしかないけど)

1桁多い値段の棚から離れて、アマリエは安売りと書かれたワゴンを物色する。

「フェイ、何色がいい?」
「キュイ?」

肩に乗ったイタチに似た魔獣に話しかけると名前を付けられたばかりのフェイは首を少し傾げた。
言葉が通じるわけがないがアマリエは構わす話しかける。

「私のワンピースとお揃いの色にしようか?」
「キュイ!!」
「うん、これにしようね」

青い革製の首輪を選ぶとレジも持っていく。

「追加料金で名前を入れることも可能ですよ」
「うっ…ま、またの機会に」

魅力的な提案を泣く泣く断り、アマリエは所持金全部を叩いて首輪を買った。





「ん?」

宿屋に戻る道すがら、大きな広場を通りかかると木材を運ぶ職人の姿を見かけた。
広場の入り口は「入場禁止」と言う看板が立てられて、中に入ることはできない。

「何かしらね?」
「キュイ?」

アマリエはフェイと顔を見合わせて、後ろ髪を引かれながらその前を通り過ぎた。






 宿屋に戻ったアマリエを待っていた女将は食堂の椅子に座らせられた。

ドン!ドン!ドン!

次々と目の前に置かれる大皿にアマリエは目を丸くした。

「女将さん、こ、これは…?」

宝石の様に煌めくような特盛りの料理と女将を交互に見遣る。

「就職祝いさ!!あたしのおごりだから、気兼きがねなくお食べ!」
「わー、ありがとうございます!!」

アマリエは両手を合わせて「頂きます」と言うと料理を取り分けて、食べ始めた。
唐揚げをポンポンと口の中に入れる。
ジュワッと染み出た肉汁が舌の上で踊り、頬が落っこちそうだ。

「美味しいー」

アマリエは幸せそうに頬を抑えた。

「そりゃーよかった、あんたはホントによく美味しそうに食べるね」 
「はい!美味しいですから」

アマリエは海老たっぷりのグラタンやサクサクした衣の魚のフライなど、テーブルに出された料理を次々と平らげた。

「姉ちゃん、いい食いっぷりだな!」
「ありがとうございます」

周りの常連客に声をかけられて、アマリエは笑顔で答えた。

「それだけ食えたら明日の大食い選手権でいい結果出せるんじゃないか?」
「大食い選手権?」

1人の客の言葉にアマリエは首を傾げた。

「ああ、これだよ」

そう言って客は1枚のチラシを手渡してきた。
アマリエはそれに目を通す。

「タルーデ街長主催の大食い選手権…報酬は羽根兎はねうさぎの肉塊…1年分!?」

チラシを覗き込んできた女将が声を上げた。

 羽根兎はねうさぎは王族貴族には当たり前に食べられる食材だが、庶民にとっては財布さいふの紐を緩めてもなかなか食べられない高級食材だ。
羽根兎はとても臆病で警戒心の強い獣であり、空を飛べることから捕獲するのは困難だと言われている。
部位によって鳥のささみのようだったり、魚の淡白さがあったり、噛みごたえのある牛肉のようだったり、あらゆる肉の食感と味が堪能できる万能肉と言われている。

「あんた!」
「はひ!?」

興奮した様子の女将に呼ばれてアマリエは間抜けな声を出した。

「これに出な!」
「え?」

チラシを奪い取り、アマリエの鼻先に突きつける女将に目を丸くする。

「宿に泊まるお金がないって困ってただろう?優勝してこの報酬をくれたら宿代1年タダにするよ!」
「ほ、本当ですか!?」


(宿代1年間無料…宿代1年間無料…)

何と言う魅力的な響きだろうか。
これはまさに渡りに船!
アマリエは途端に闘志が漲り、膝の上で握った拳が震え始めた。
これは武者震いと言うやつかもしれない。

「で、出ます!!」

アマリエは椅子から立ち上がり、高々に宣言した。
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