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三章

11話 大食い選手権 後編

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「これは!15番の選手速い!もう5皿目に突入だー!!」
「食べ方は上品なのにあの速さは驚異的ですね」

予選開始から30分間経過していた。
苦しげな表情の他の選手とは対称的に、アマリエはぱぁっと晴れやかな笑顔で食べ続けている。
その姿に観客も実況している評論家もど肝を抜かれていた。

「お、お味はいかがですか?」

実況者がおずおずとアマリエは声をかけた。

「揚げ加減が絶妙ですね。表面はカリッとしていているのに、ポッシュドの本来のふわっとした食感はそのままに生かされてます。塩を振らなくとも素でドンドンいけます!!」

美しい所作でポッシュトフライを口に運び、まるでグルメ家のように評価するアマリエ。

「“彼”はよくわかってる」

料理人は満足気に腕を組んでうんうんと頷いた。


予選結果はアマリエの完全勝利で終わった。






「ミハエル、凄いじゃないか!」

ミハエルに1人の男が声をかけた。
燃えるような鮮やかな赤い短髪に、海底のような深い青の瞳をしている。
左頬に大きな切り傷があり荒々しく強面に見えるが、実に人の良さそうな笑顔を浮かべていた。

「…あ、バッカス」
「予選2位で通過だろ」
「う、うん」

褒められたミハエルは照れて俯いた。

「で、カイエンは惜しかったな!」
「………」

予選落ちしたカイエンは無言でそっぽを向いて、スタスタとどこかに去っていった。






「それで決勝戦を行います!一番の注目選手は予選1位突破した15番!!その細い見た目に騙されることなかれ!その胃袋はブラックホール!!」

 わぁ!っと会場が一気に盛り上がった。
思ったよりも目立ってしまっていたアマリエは「あはは…」と顔を引きつらせた。
ドン!っと目の前にカバルの串焼きが置かれた。

「では!始め!!」

バァーン!っと銅鑼どらが鳴り響いた。
一斉に素手で肉に食らいつく猛者たち。
一方のアマリエは一つずつ肉塊を串から外し、フォークで食べ進めていく。
カバルは筋の多く、かなり噛みごたえがある獣肉だ。
顎を酷使しながら、どの選手もハイペースで串の数を増やしていく。
序盤から会場のボルテージは一気に高まっていた。

しかし中盤に差し掛かった時だった。

「う…」と1人の選手が呻きながら、喉を抑えて椅子から転げ落ちた。
会場から悲鳴が聞こえる。
何が起こったのかと観客はざわめき始めた。

「だ、大丈夫ですか?」

司会が青い顔をしながら、30番のゼッエンをした男に駆け寄った。

「どうしたんだろうな…」
「喉を詰まらせたんじゃないか?」

選手達は口と手を止めて、その様子を見守った。

(あれって…)

苦しんでいたのはさっき会った小太りの青年だ。
口から泡を出している様子は只事ではない。
アマリエはすぐに立ち上がって、彼に駆け寄った。

「ミハエルさん!しっかりしてください!!」

アマリエは声をかけた。
ミハエルの目は焦点の合わずに宙を彷徨わせている。
紫色になった唇は空気を求めるように開いているが、うまく呼吸できていない。
そして身体全体がひどく痙攣けいれんしている。
単に喉を詰まらせたとは思えない。

「これは…神経毒かもしれないわ」

アマリエの表情は厳しくなった。
即効性の毒なら、迅速な対応が求められる。

「医療班を呼べ!!」

アマリエの言葉を聞いた司会は、呆然と立っていた係員に向かって厳しい口調で叫んだ。
アマリエはミハエルの胸に手をかざした。

解毒デトックス

アマリエの掌から淡い光が溢れて、ミハエルの身体全体を包み込んだ。
ミハエルの痙攣は徐々に収まり、呼吸も安定し始めた。
その様子に駆けつけた医療班が目を丸くした。

「応急処置です。完全には毒を消せていません。濃度を薄めて、毒が回る速度を遅めただけです。すぐに毒の成分を分析して、解毒してください!」
「わ、わかりました!」

ミハエルは近くの医療施設に運ばれていった。





「ちっ…余計なことを」

観客席からその様子を見つめていた人物は、思わず舌打ちをした。
そして身を翻すと、会場から姿を消した。
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