税務課(魔)~魔法税、取り立てます~

荒谷 改(あらたに あらた)

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第九話 解決

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 言葉を継ぎながら、レヴの頭のどこかで、なにかが発火し、いままで全く無関係だったものが一筆書きで描かれた魔方陣のように繋がっていく。
「ちょ、ちょっと待ってください」

----------------------------ここまでが前回------------------------------

「あー?いや、悪ぃけどこちとら待ってる余裕なんかねえんだよ。心配すんな。治療さえさせてもらえりゃ、その後で暴れ出したりしねえから。ちゃんと処罰に従うよ。まあ、あんたらは取り立てられない上に、担当する魔法士が違反行為で認定剥奪されちまうんだから、えらいさんから怒られたりすんのかもしんねえけど。すまねえな、迷惑かけちまって」
 これまでの取り立てでも、居留守やら夜逃げやら色々とかけてしまった迷惑をレヴに謝るドクター。高騰しそうな回復薬に当たりをつけ、事前に大量に作らせて騰がったところで一気に捌くという博打みたいな方法で、ドクターに税の工面をさせたのは、二人にとっての冷や冷やものの思い出だ。それを期に、レヴはドクターのことをドクターと呼ぶような間柄になった。
「あんたには世話になったよ。まあ合うのは大体月末の忙しい、かっつかつの時期だからつい辛く当たったりすることも多かったけど、あんがとな」
「……ドクター。あなたはいまも、これからもドクターでいたいと望みますか?」
「ああ?なに言ってんだ?そりゃ、それができるんならそうしたいに決まってるじゃねえか」
 決めた覚悟を今さら揺り動かすようなレヴの言葉に、ドクターは抑えてきた苛立ちを隠すことができず、口調から憤怒がにじみ出ていた。
「なら、賭けてみませんか?」
 レヴは相手を試すように、誘惑するように、声のトーンを変化させた。
「賭ける?なんだそりゃ。あいにくだが俺には賭けるものなんてなにもねえぜ」
 スッカラカンだよ、とポケットをひっくり返してみせるドクター。念入りに振ってみせるが、出てくるのは埃やごみ屑ばかりだった。
「賭けるのは、あなたのドクターとしてのいまと将来、ですかね。賭ける相手は、彼女です」
 あたし?とアニスは突然の御指名にびっくり仰天して自分を指差した。
「わけがわかんねえ。なんだよ?アニスさんって実は超大金持ちの篤志家だったりすんのか?そりゃちょうどいい、金貸してくれ。返す当てねえけど。あっ、そういやさっきのリンゴ代、まだもらってなかったな。あれ、ちょうど俺の今月の税金代金とぴったり同じだから、支払いのほうよろしくな」
 ふざけ半分からかい半分、ドクターはにやつきながら憎まれ口を叩いた。対するアニスは困惑顔。
「いやいやいや、あたしお金なんてないよ。給料だってまだもらってないし、ほら」
 ドクターにならってアニスもポケットをひっくり返す。キャンディーと職員手帳が床に落ちた。
「うわっ、溶けたキャンディーが手帳にねっとりべっちゃりひっついちゃってる」
「だらしねえな。で、レヴさんよ、この人に俺のドクターとしてのいまと将来を賭けさせるってか?」
 冗談だろ?とばかりに呆れたようにニヤつくドクター。
「いや、まあ、とりあえず聞いてください」
 レヴはアニスをひと睨みし、気を取り直して話し出した。
「アニスさんはさっき時間を止めてと言いました。確かにもしも時間を止めることができたなら、支払期限は訪れませんし、減ってしまったドクターの魔法力も時間が制止してる間に回復するかもしれません」
「ふん、時間を止めちまようような魔法があったら、使った瞬間に世界中に魔呪が大発生するだろうな。ま、世界中が魔呪で覆われるんだったら、みんな同じ環境だからある意味平等か」
 馬鹿にするようなドクターの口調からは、平等とは無縁の社会の底辺に位置する街区外の存在に不条理を募らせていることが窺えた。
「ドクターのおっしゃる通り、確かにいま現在、時間を止める魔法というのは報告がありません。しかしですね、時間を、時間の流れを一時的に凍結させてしまうような、そんな夢のような、悪夢のような魔呪は、ここのところ頻発しているのです
「それって……」
「はい。アリスさんもご存じの、街の学校から始まった、未だくすぶり続けて止むことのない、あの身体を不活性化させる魔呪です」
「あそういや聞いたことあんな。街区外には影響ねえけど。まだ収まってなかったのか」
「で、ドクターにお尋ねしたいんですが、もしいままさに生命の危機にあらんとする人間が、そのような魔呪に罹患したとしたら、どうなりますか?」
 レヴは自分の考えたことの答え合せをするように、慎重に尋ねた。
「魔呪に……いや、どうだろうな。見たことも聞いたこともねえからな。だが身体活動が停止するってことは、そのままの状態が保持されるってことだから、生命の危機にある状態が維持されるってことになるんじゃねえかな。進みもしなければ治りもしない凍結状態って感じで」
 アニスはいつか学校の研究室で見た、琥珀に閉じ込められた何百年も前の虫を思い出した。
「ってお前、もしかして」
 ドクターはレヴの言わんとすることに思い当たり、眼をしばたたかせた。
「ええ。あそこの患者さんを、魔呪発生地に放り込んでみたらどうでしょうか?そうすれば、あの人の体内の時間の流れは停止し、魔呪が身体から消え去るまで生命は維持されるのではないでしょうか?」
「いやそれは……わかんねえけど、ない話ではない、かもな」
 ドクター自身の経験と知識に照らし合わせてみても、可能とは言いかねるが不可能とも言い切れない、判断に迷う提案だった。
「魔呪ってのは発生したら避けるもんで、故意に飛び込もうなんてのは聞いたこともねえからな」
「でももしそれができるのであれば、その間にドクターは魔法具制作をして納税義務を果たせます。そして日を置いて魔法力の回復を待ち、改めて患者さんを治療魔法で直してさしあげることができます」
「……随分都合のいい話だが」
「無理ですか?まかり通りませんか?」
 レヴは執行官としてある意味では魔法を取り扱うプロではあるが、実際に魔法を使えるわけではない。自分が考えたことなど所詮、頭で考えたことにすぎない。実行可能かどうか、現実的に有効かどうかは、悔しいがやはり魔法士にしかわからない。
「正直わかんねぇ。賭ける価値は、あんのかもしれねえ。だが上手くいかなかったら」
 患者の命にかかわるのは避けられない。ドクターとしては患者の命を万が一にも晒すことはできなかった。
「ならこれならどうです?もし私の考えがまかり通らないのであれば、すぐに回復専門の魔法士を手配します。街区にはあなたにも負けない素晴らしい魔法士がいますから。街区での特別エリアでの治療なら魔法汚染は問題とならないでしょう。いってみれば保険ですね、駄目だったときの」
 レヴとは珍品魔道具コレクター仲間の間柄の魔法士に、断腸の思いでコレクションを手放せばレヴの頼みを聞いてくれるはずだ。とはいえ譲らなければいけないコレクションは、値段にすればアニスの初任給が吹き飛ぶほどだ。レヴにとって痛くないわけがない。だがそれくらいしなければ街区外の重傷人を治療したがるものなどいないだろう。街区外とはそういう街なのだ。ちなみに街区での特別エリアとは緊急時にどうしても魔法使用したい場合に、魔呪を気にせず魔法を使える特殊環境が施された場所だ。使うには色々と根回しやコネなどが必要なのだが、レヴが持っているあらゆる伝手を駆使すれば、なんとかなるはずだった。なんとかするつもりだった。
 無論、本来であればいち執行官が一人の納税者に対して行う職務の範囲を超える行為だ。グレーゾーンとしてある程度のお目こぼしやアフターケアーなどは執行官の裁量にゆだねられている部分もあるが、さすがにレヴのこの提案はやり過ぎだ。ばれたら重い罰則が待っているだろうし、そもそもレヴはこのドクターにとっての保険となるこの提案を実行することになってしまったら、自分から執行官を辞める覚悟でいた。魔法の使えない自分にとって最も魔法に近づける職業を、手放すことに不思議と迷いはなかった。もしかしたら、よくわからないものの妙に突破力だけはあるアニスという後輩が税務課(魔)に配属されたことも、関係しているのかもしれない。根拠不明だが何かを託せそうな気になる新人だった。
「それなら、万が一のリスクを最小限にできるが……いや、でもどうやって患者をそこまで運ぶんだ?患者の状態からして時間の余裕はそうはない。それに魔呪発生地帯にどうやって運びこむ?運びこむためには他の人の手が必要だ。そしたら、そいつを魔呪感染の危険にさらすことになっちまう」
「さすがドクター。冷静な判断です。自分に都合のいいアイデアに目がくらみ、欠点に目がいかずに安易に飛びついてしまうような愚かさとは無縁ですね」
 だからこそ、レヴは彼に今後もドクターでいてほしいと思った。
「けど心配ご無用。ここにあなたの経験の及ばない、規格外にして期待のルーキーがいるんです。自分よりも大きい男性を楽々と猛スピードで運搬し、しかも魔呪地帯に放り込まれてもぴんぴんと影響ゼロの、健康で頑丈な、病院知らずのアニスさんがね」
 ドクターはアニスを信じられないものでも見るように凝視し、アニスの方は眼をぱちくりとしばたたかせた。
「魔呪の影響受けねえってまじかよ?そうとう流行してるって話だけど」
「ええ。なんかの抗体でもあるんですかね?」
「ちょちょちょ、待ってよ。なんか勝手に話が進んでるけど」
 これまで二人の間で交わされてる会話の内容にいまいちついていけていなかったけど、とりあえずわかったフリして相槌を打っていたアニス。しかしここにきて、どうやら自分になにがしかの役割が割り振られ、そしてそれが間違いなく肉体労働であることだけは、はっきりとアニスにもわかった。
「だってどうにかしてよって言ったのはアニスさんですよ?ドクターに目の前の患者を救ってもらいつつ、納税義務も果たして欲しいんですよね?」
「うん。ドクターにはいまもこれからもドクターでいるべきだと思う」
 それを成立させることが、果たすべき仕事なのだとアニスは直感していた。そういうことを成し遂げたくて、アニスはこの仕事に就いたのだと。
「ならこの方法が、思いつく唯一の方法です」
 ドクターの方をちらりと窺うアニス。口にこそ出さないが、ドクターもこの方法に希望を託したいのだということがありありと窺えた。結局自分に期待されているのが肉体労働だということは、アニスになにかを諦めさせ、なにかがアニスのなかで弾けた。
「アニスさん、やってくれますか?」
「……イエッサー」
 アニスは食べ残していたリンゴを、がぶりと齧って飲み下した。


「ひい、ふう、みいっと。はい、それでは今月分、確かに承りました。こちら、受取明細書となります」
 さらさらとサインをして、レヴは事務的にドクターに渡した。
「あんたのサインの書き方。いつも思ってたけど、あれだな。陣組みタイプの魔法士が魔方陣描くときの描き方にそっくりなんだな」
 魔法士の魔法発現方法には様々なタイプがある。詠唱や印結び、術式記述や陣組みなど、方法は多岐に渡るっている。
「そうですか?気のせいですよ」
 さらっとレヴは受け流した。
「それにしても、やってくれましたね、アリスさん」
 さきほどアニスが無事に任務を果たし、目論みが見事に成功したのだという報告が入ったところだった。
「あっ、ドクターに伝言だそうです。こっちは体力スッカラカンになるまで頑張ったんだから、そっちも魔法力の最後の一滴まで絞り出して、納税のお勤めを果たしなさいですって。なんだったら来月分まで支払えるくらいに励みなさい、とのことです」
 ドクターは苦笑いをこぼした。
「ったく勘弁してくれってんだ。こっちはもう、酒飲む耐力しか残っちゃいねえよ」
「程々にしてくださいよ。酒で破滅した魔法士も少なくはありませんから」
「へっ、知らないのかい?酒ってのは、魔法力の回復には欠かせないんだぜ?」
「そうなんですか?」
 魔法のことは散々勉強したつもりのレヴだが、それは初耳だった。やはり実際の魔法士でなければ知らないことはたくさんあるものだ。
「いや、嘘だけど」
 しれっとドクターは舌を出した。
「どうでもいい嘘つかないで下さいよ。思わずメモしちゃうところでしたよ」
 魔法にまつわるあれこれを、レヴはどんな細かいことでもメモせずにはいられない体質だった。
「酒の前じゃ、魔法士であろうと誰であろうと無力ってことだな」
 ドクターは棚から壜を取り出し、あんたもやるかい?とグラスをレヴに掲げた。
「そうですね」
 収められた物を役所に届ける必要はあったが、筏に乗り遅れたとでもいえば多少遅れても問題ない。本来なら滅多にないことだが、レヴとしても今回の取り立ての歓びを誰かと噛みしめたい思いもあった。
「一杯だけ、おつき合いしましょう」
「へへ、そうこなくっちゃ」
「あっ、でもその前に」
 レヴは言いにくそうに切り出した。
「もしよかったらなんですけど……あのリンゴ、いただけませんか」
 あのリンゴ、とはアニスがドクターから貰い受けたような、ここの人たちの精一杯の気持ちのこもったリンゴのことだ。
「ああ?いや、悪ぃんだけど、リンゴはアニスさんにやっちまったのが最後だから、もうねえんだわ」
 勇気をもって催促したのに、すげなく断られレヴはがっくりと肩を落とす。
「いや、そんなに落ち込まなくても。あーじゃあれならどうだ。シードルっつうさ、リンゴ使って作った街区外名産の酒があんだよ。あれもすげえ美味いから」
 リンゴの代わりとばかりに、ドクターはとろっとしたシードルをグラスになみなみと注いだ。窓から差しこんだ光がグラスを照らし、シードルは黄金色に輝いていた。レヴはこぼれないよう、そおっと口に運んだ。
「どうよ?」
「……」
 シードルの味が舌に染みわたると同時に、ドクターへの伝言とはまた別に、レヴがもらったアニスからの伝言が胸に蘇った。
 
 ちゃんと患者さんの時間は止まったよ、レヴは大魔法使いだね!!

 それは右も左もよくわからない新人の上司に対するごますりでしかない、思いつきのひと言に違いないことはレヴにもわかっていたが、それでもレヴにとっては殺し文句のように刺さるひと言だった。自分が憧れ、諦めたはずのものに、ほんの少しでも近づくことができたのかもしれない、そんな希望をつないでくれる魔法のような言葉だった。
「ドクター」
「ん?もしかして口に合わなかったか?」
「そこのジョッキで、もう一杯」
「は?」
「いいから、そのジョッキにもう一杯ついでください」
「いや、あれジョッキじゃなく尿瓶なんだけど」
「いいから、こんなんじゃ拉致があかない。ジョッキになみなみと下さい」
 いやだから、と説明を試みるが、すっかり目が座っている。未使用品であるとはいえ、さすがに尿瓶はとドクターは躊躇う。
「いいから!!ジョッキになみなみ!!」
「……イエッサー」


第一章END 
第二章へ続く
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