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第八話 それぞれの想い
しおりを挟む「……お腹減ってるからかな、すごく美味しい」
魔法をかけられたみたいに、アニスはそのリンゴを美味しく感じた。
「肉体労働の対価としての、魔法のリンゴってわけですか」
レヴはそっと呟いた。
--------------------------ここまでが前回-------------------------
「……やっぱ美味いか。そうだな、そうだよな」
ドクターは深々と頷いた。
「ならやっぱ、やらんわけにはいかんよな」
「やるって?」
「決まってんだろ?目の前の患者を直さないでなにがドクターだよ。今のオレがここでドクターとしてまっとうするから、その先もドクターでいられるんだよ。ここでドクターを放棄したら、この先ドクターなんて呼んでもらえる道理がねえ。それはつまり、もう二度とそのリンゴを味わえなくなるってことだ」
腕まくりをして、ドクターは患者の寝るベッドへと向き直った。
「でもそうしたら、ドクターはドクターじゃなくなっちゃうんだよ?それでもいいの?ねえ、レヴ。これでいいの?レヴは執行官でしょ?ちゃんと取り立てをするのがお仕事でしょ?」
「もちろんそうです」
「じゃあちゃんと取り立てなきゃ駄目だよ。今も、この先もずーっと、ドクターからどうにかして税を絞り獲らなきゃ!!だってそうでしょ?そっちの方が絶対いいに決まってるよ。丸々と太った獣を一回限りで食べつくしちゃうより、お乳を搾ったり毛皮を刈ったり、生かしながら活かしていった方が絶対にお得じゃん!!」
物騒な論理をアニスは鼻息荒くまくしたてた。
「無理ですよ。ドクターが今ここでドクターたろうとする限りは。ここで諦めない限りは、今後ドクターとして正式な活動はできないでしょう」
おそらくドクターは、非合法的な活動でもなんでもしてこの先もやっていくつもりなのだろう。彼のまなざしとその声からは、その覚悟が感じられた。レヴはそれを、黙って見守ることしかできない。覚悟を決めた相手にできることは、執行官といえどもたかが知れてる。
「なにそれ?そんな簡単に諦めちゃうの?それが執行官のお仕事?もっと頭使ってよ!!なんかないの?ドクターの魔法力を一瞬で回復させたりとか、これ以上の魔法汚染の進行が進まないようにするとか」
「そんなの不可能に決まってるじゃないですか。時間を止めでもしない限り」
「だったら時間を止めてよ!!」
「そんなこと伝説の魔法使いでもできません」
アニスも自分の言っていることが無理なのは重々承知している。それでも駄々をこねる幼子のようにレヴを難詰せずにいられないのは、どうしても納得がいかなかったからだ。ようやく念願かなって頭脳労働者になれたと思ったのに、アニスがしたことといえば肉体労働くらいのものだ。もっと頭を使って困難な事態を切り開くような、そんな仕事を夢見てきたのに、思い描いた理想と現実のギャップに、アニスは怒りすら感じていた。その怒りは、あくまで淡々と対処しようとするレヴに対しても八つ当たりのように向けずにはいられなかった。
そんなアニスを前にして、レヴは執行官になって幾度となく味合わされた醒めた諦めを噛みしめていた。魔法に憧れて、魔法から見放され、それでも諦めきれずに少しでも魔法の近くにいたくて選んだのがこの職業だ。魔法と関係がありそうな様々な職種を探してみたが、魔法の管理や調整、差配などを取り仕切る税務課(魔)の仕事以上のものは見つからなかった。他のほとんどは魔法を金稼ぎの手段として取り扱っているのが大半だった。金を稼ぐことを否定するつもりはないが、自分は魔法をそういうものとして見ることはできない。
だからこの職業を選んだのに、実際に従事してみれば粛々と決められた規律に従って物事を処理していくだけの、魔法士たちが使う幻想的な魔法とは正反対の、現実的な作業の連続だった。それでも自分なりに頭と心を砕いて、できうる限りのことをやってきた。その結果が執行官として異例の出世を果たすこととなったが、役職が上になればなるほど思い描いたものと現実とのギャップは開いていくばかりだ。
「おいおい、なんであんたらが揉めてんだよ。まあ羽交い絞めにされたりするよかいいけどな」
魔法士を強制的に無力化する行為は認められてないわけではない。場合によってはそれも業務の一部だ。だがその行為が、後に魔法士たちの恨みをかい、後に反社会的行為へと結びついたことが幾度もあった。だからレヴは、魔法士たちを無理やり自分に従わせるようなことはしてこなかった。もとより体力には自信のないレヴだ。アニスなら無理やりドクターを抑えつけることもできるかもしれないが、魔道具を使わない限り自分にはとても無理だろう。もちろん執行官は職務上最低限の魔道具装備が義務付けられているし、趣味もかねてレヴはそれを遥かに超える魔道具を山ほど持ち歩いてはいるのだが、今それを使う気はこれっぽっちもなかった。
「レヴ、どうしよう?なんとかできないの?わたしが無理やり止めたほうがいいのかな?でもそれじゃあ、あの患者さんが」
自分たちを背にして患者と向き合うドクターを、後ろから抑えつけようか決めかねアニスの視線がうろうろと彷徨っていた。流れゆくどうにもならない今この時を、どうにかして押しとどめられないかと、そんな様子だった。
「無理ですよ。魔法をもってしても、アニスさんの肉体をもってしても、時間を止めることなんでできやしない……」
言葉を継ぎながら、レヴの頭のどこかで、なにかが発火し、いままで全く無関係だったものが一筆書きで描かれた魔方陣のように繋がっていく。
「ちょ、ちょっと待ってください」
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