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デートの誘い
しおりを挟む社員食堂の一番端っこのスペースで、私と一ノ瀬は向かい合いながらそれぞれお弁当を開く。
一ノ瀬ってお弁当ちゃんと作っているらしい。おにぎりだけとかの適当な感じをイメージしてたけれど、ちゃんとおかずも入っていて、冷凍食品っぽい感じもしないので驚いた。
「星野って意外と料理できるんだなって、思ったけどほぼ冷凍食品だなそれ」
「一ノ瀬、一言余計」
「まあ、料理苦手そうだもんな」
「二言目も余計」
昨晩作ったきんぴらを一口、食べる。うん、今回もいい出来だ。姫がきんぴらって考えるだけで、ちょっとおかしいけど私はOLの星野結花でもあるから、この生活にももう慣れた。
前世の記憶を持つ私は異質なのだ。だからこそ、このことは隠さなければいけない。
小さい頃は誰もが持っているものなんだって思って、お母さんに話してみたことがあった。だけど、『おもしろい夢ね』って言われて笑われてしまった。そのときに知ったんだ。前世の記憶は誰でも持っているものじゃないんだって。
お母さんに夢だと言われても、あの国の記憶は夢なんかじゃない。何年たっても色褪せない私に刻まれた記憶なんだ。
お母さんに話してから、このことは簡単に周囲に話してはいけないことだと幼いながらに悟った。打ち明けたら変人だと思われて周囲から浮いてしまう。周りの子たちがそんな話をしているのを一度も聞いたことがなかったから、おそらくみんなにも記憶がない。
どこか周りとは壁を感じながら、過ごしてきた私は入社して初めて同じ前世の記憶を持つ人物に出会った。いや、ある意味再会とも言えるのかもしれない。その時に、やっと私の記憶が本物だと心から思えて安心した。といっても、まだそれから三年くらいしか経っていないけれど。
それまでの私は自分の中にある記憶が怖かった。誰にも言えなくって、けれど確実に存在した出来事。それでも証明はできない。それを考えると、前世のことを話せる相手が見つかった今はかなり楽になった。
……この目の前にいる男のこと以外は。
「星野」
「なに?」
「今日空いてる?」
また軽いノリで誘ってくる。こういう男なんだ、一ノ瀬晴翔は。見た目もいいし、仕事もきちんとこなすから評判もいい。寄ってくる女の人も多いみたいだけど、いまいち言葉が軽くって私は信用できない。たとえ、前世の記憶がなくってもこの人を警戒してそうだ。
「用事あるから無理」
「どうせ家に帰って一人酒だろ?」
八割そうだけど、失礼すぎる。それに今日は違う。本当に予定がある。まあ、予定がなくても一ノ瀬とは絶対に飲みに行く気はない。あの夜のように間違いが起こったら困る。
「あのさぁ」
「なに」
「いつになったら俺とデートしてくれんの?」
「ぐふっ!」
変な単語が聞こえてきて、驚きのあまりきんぴらが喉に突っかかる。なんとかお茶で流しこんだけれど、鼻の奥にツンとした痛みを感じて涙目になる。
「すっげー顔。大丈夫かよ」
一言余計だ。
「するわけないでしょ、やめてよ」
「ふーん、そんなこと言って……実は俺のこと言うほど嫌じゃないだろ?」
「は、はあ!? 嫌ですけど」
アンタのこと前世から嫌なんですけど!年季入ってるんですけど!と言いたい気持ちをぐっと堪える。
「だったらなんで俺のこと拒絶しなかったんだよ」
一ノ瀬からあの夜について触れられたのは初めてだった。てっきり触れないでおくつもりだと思っていたけど、一ノ瀬はなかったことにするつもりはないらしい。
「それは、その酔った勢いとしか……」
お互い酔っていなかったら、きっとあんな風にはならなかった。前世を抜きにしても、私と一ノ瀬の間に甘い空気なんて流れたことはなかったのだ。
「それより、なんでデートしたいの」
もしも前世の記憶があるのなら、一ノ瀬はアルフォンスとして、ソフィアに復讐をしたいとか? 私を惚れさせて、後でポイ捨てされる可能性もある。それにアルフォンスは、私のことをきっと恨んでいるだろうから。
「星野とデートがしたいって思うから」
「それ答えになってないってば」
「一度くらい行ってほしい」
真っ直ぐに見つめられながら言われると、嫌だと言いづらい。もしも純粋に向けられた好意だとしたら……いや、これも作戦かもしれない。そうじゃなかったとしても、あのアルフォンスの生まれ変わりの一ノ瀬とデートをする気はない。
「どうせ誰にでも言ってて本気じゃないでしょ」
「言ってない」
一ノ瀬から笑顔が消えて、急に真面目な表情になる。
「本気だよ」
この既視感はなんだろう。この熱っぽい眼差しは、どこか見覚えがある。
『————だよ』
それに前にも……いや、これは前世だ。前世の時にもアルフォンスにこんな感じでなにかを言われたことがある。
「聞いてる?」
「うん、聞いてる。卵焼きおいしい」
むしゃむしゃと卵焼きを咀嚼しながら、己の卵焼きの美味さに感動する。今まで作った中で一番美味しくできた気がした。
「私、卵焼きを作る天才かも」
「……お前なぁ。人が真面目に話してんのに」
デート、か。
一ノ瀬はかなりモテるから、きっと学生の頃から恋愛経験も豊富はなず。そんな彼が、口喧嘩ばかりの私とデートをしたいなんて違和感がある。
前世の記憶がないとしたら、ただなかなか振り向いてくれないっていうのが面白くてこうして誘ってきているのかもしれない。それなら一度でもデートに行けば、一ノ瀬は満足するのだろう。けれど、どうしても警戒心を捨てきれない。
「おい、卵焼きよこせよ。天才」
「あげるわけないでしょう」
「お前は身長だけじゃなくて心も小さいのか」
私の卵焼きに手を伸ばそうとする一ノ瀬の手をペチンと小気味いい音を立てて叩く。
「いてっ!」
「自分のお弁当食べなよ」
「おかず交換ってのを知らねぇのか」
「アンタは小学生か」
この男は生まれ変わっても私に構ってくる。あの頃だって、たくさん意地悪をしてきて、馬鹿にされてばかりだった。
私は前世に囚われすぎだって、あの人に言われたことがある。だけど、仕方ない。私の記憶には色濃くあの頃の想い出が残っていて、一ノ瀬は見た目も声もまったく同じなアルフォンスの生まれ変わりなのだ。
そんな彼をアルフォンスと重ねるなと言われても無理な話。私は大っ嫌いだったアルフォンスと一ノ瀬を完全に切り離して考えることができない。
実際のところ一ノ瀬はどうなのだろうか。前世の記憶を持っている? それとも、記憶はなくっても身体では覚えているから似た言動をするのだろうか。
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