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近づいてはいけない
しおりを挟む「……ありがとう」
この間の件について、一ノ瀬は全く触れてこない。
やっぱり彼にとっては私と肌を重ねたことなんて、どうってことないことなのだ。むしろ気にしている方が、一ノ瀬からしてみたら面倒なのかもしれない。まあでも、私からしてみても触れられない方がいい。
「他に必要なファイルは?」
「ううん、これだけで大丈夫」
一ノ瀬は切れ長の目はどことなく冷たく近寄りがたい雰囲気を感じるけれど、本人は表情が豊かなため周囲からは人気が高い。これが他の女性社員だったら、顔を赤らめているところだろう。けれど、私はときめく前に警戒心が生まれてしまう。
この男の見た目も声も、私の大嫌いなあの男……パルフィム王国の王子のアルフォンスとよく似ている。
それなのに……酔った勢いとはいえ、どうして寝てしまったのだろう。
もしもこの男も前世の記憶を持っていて、あの頃の私を恨んでいるままだったら……と考えていたけれど、私と体の関係を持ったということは、一ノ瀬は前世の記憶はないのだろうか。あったら私と関係を持つようには思えない。
「お前、本当ちいせぇな」
「は?」
頭の上に軽く手を置かれた。前世でアルフォンスが私にやってきた行動と同じで血の気がひいていく。
『知ってるか? ここにこうやって手を置くとお前の身長は永遠に伸びないそうだぞ』
あの頃はそれを信じていて、なんて酷いことをするのだと怒っていた。今になってはそんなはずもないとわかっているものの、私の反応を見て楽しんでいたのだと考えると腹立たしい。今世でも使用してくるということは、彼も記憶があるのだろうか。彼の真意がわからず、じっとりとした目で見つめる。
「一ノ瀬って一言余計」
私もボロは出さないように気をつけなくてはいけない。一ノ瀬が前世の記憶がない場合も厄介なのだ。私が前世のことをうっかり話でもしたらただの痛い女に思われる。そして、それを広められでもしたら会社に居場所がなくなる。
だからできるだけ、一ノ瀬には関わりたくない。
「あのさ、星野」
「なに?」
「これからお昼一緒にどう?」
ちらりと時計を確認するとちょうど十二時になったところだった。なんてタイミングの悪い。
「残念、お弁当なの」
スムーズに断ることができて内心ほっとする。この男といると私の心が休まらない。だからどうか、一ノ瀬は外で食事でもしてきてほしい。そしてつれない同僚なんて、放っておけばいいのだ。
「奇遇だな、俺も今日弁当なんだ」
「え」
まさかの予想外の返答に開いた口が塞がらない。一ノ瀬がお弁当だなんて思いもしなかった。
「一緒にどっかで食おう」
「えっ」
こんな展開望んでいない。私は極力一ノ瀬に近づかないように頑張っているのに、何故かいつの間にか彼に近づかれるのだ。
「さ、時間なくなるから行くぞ」
「ちょっ」
「間抜けな顔してないで、ほら」
「なっ! 誰が間抜けな顔!?」
強制的に「いいから弁当を持ってこい」と命じられ、逃げる手段も思いつけず仕方なくお弁当を持って一ノ瀬についていくしかなかった。
アルフォンスもそうだった。関わってほしくないのに、近づいてくる。思い出したくないのに、彼とこうしていると脳裏にチラついてしまう。
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