戀の再燃〜笑わぬ循環器内科医は幸薄ワンコを永久に手離さない

暁月蛍火

文字の大きさ
77 / 156
第3部 あの恋の続きを始める

4-4

しおりを挟む


「最低、馬鹿っ、デリカシーない! 変態! 最低ッ!」

「はあ?! 俺が何したんだって言うんだよ!」

「女性の髪掴んだまま獲って食うような顔して!!」

「獲って食う……な、ッお前俺のことなんだと思ってんだよ?! 狼じゃあるまいし!!」

 夫婦喧嘩に発展した二人は陽菜の頭の上でギャンギャン吠え散らかしている。止めないと、とグルグル頭の中でキーワードを探す。

 そう言えば、下着が丸出しになりそうだったと思いきや、肉体労働をするのでスパッツを履いていた。
 これだ!と陽菜は閃き、下着は見えていなかったので問題無いと弁明することにした。

「あ、あ……私! スパッツ、履いてたのでっ」

「ん? 最近のはレース付き、ってのはあるのか?」

 早坂の失言を、妻が聞き逃すわけはなかった。後の祭りとなった、口論は最早噴火警戒レベルとなり、二人のやり取りを陽菜は呆然と聞いていた。

「ほら! ガッツリ見てる! いたいけな年下の子の下着! 見たじゃないっ!!」

「いや、だって先端はみ出るだろ、お前だってタイツのとき……」

「信じられない……! 本当にセクハラで訴えられてもおかしくないのに、平然と爆弾落として」

「なんでだよ……。黒の履いてたって薄けりゃ透けるし。男はなあ、そう言うチラリズムとか不意打ちがな……」

「出た、男はそう言う生き物説!!」

「だーかーらー! ミジンコのパンツ見たって、唯の布にしか見えねーんだよ!! 俺は理性ある男で、大人だ!!」

「威張れることじゃないからっ!!」

「はあ?! おいミジンコ、お前このアンポンタンに言ってやれ! 俺が嫁以外欲情しないの知ってんだろ!! 現にそんな目付きで見てなかったよな?!」

 急に話を振られて、陽菜は早坂が熱烈な視線すら無く患部を集中して観察していたのを思い出してフォローに入る。
 まず、自分のパートナーをアンポンタン呼びは流石に良くはない。陽菜は桃原をアンポンタンではないと否定してから、曖昧な返事をしてしまう。

「え……っあ、え……と、早坂先生はサポーター引き剥がすのに必死……でした……?」

 犬猿の仲以上のヒートアップした猛喧嘩の発展は早かった。もう誰か鎮火出来る人はいないと遠い目をしていると、お手洗いの方向から帰ってきた箕輪が同じ目をした。

「あのー……えと、喧嘩やめてもらいますかね……」

「箕輪も言ってやれ! 隠してっから余計探りたくなるんだってこと!! 前髪なんか俺がちょん切ってやる!外科医だしな!!」

「えと……外科医とか、関係無いとは……」

 外科医だから髪を切るのが上手いとは限らない。美容師というプロが世の中には存在するくらいだ。
 世界中に点在する外科医が、全員メスと同じ要領で鋏を扱えるとは到底かけ離れている。

「あ、じゃあ私がやる?」

「え?」

「妊娠中美容室暫く行けなくて、髪困ったんだよねえ。意外と自分が器用なの気付いてしまって」

「切れ! 直ぐに! 医者の命令だ! 目悪くする!」

 ちょこんと陽菜はリビングにあった椅子へ座らされて、大きなビニール袋で丸をくり抜かれた物を被せられる。簡易的なドレープらしい。
 箕輪のファインプレーな導きのお陰で、漸く怒りの沸点が落ち着きを取り戻しつつある夫婦は、人様の家で大声で喧嘩だなんてとすっかり大人しくなっていた。

 ちょきちょきと鋏が陽菜の忌まわしい長い前髪を切り落としていく。陽菜は目を瞑ったまま、心境を打ち明けた。

「私、至れり尽くせりになってて……。て言うか、その傷のこと……、黙ってて御免なさい」

「昼寝してた時、ちらっと見えちゃって。こっちこそごめん、何て声掛けたら良いか分からなくてさ。前髪本当に良いの?」

「善次さんに強制されただけで、嫌だったら言ってね?!」

 大丈夫です、と短く答えると背後から桃原が心配している。顔を動かせないので、表情は分からないが手に汗を握っているような様子がヒシヒシと伝わってくる。

「さっさと切らないなら、俺の熟練した手技でポンパドールにしてやるぞ」

「ポンパドール知ってるオジサン気持ち悪い……」

「手、動かせ。黙って、やれ」

「はい」

 ──世の男性って、ポンパドール知ってるの?!

 色々とツッコミを入れたいところだが、早坂はきっと眉間により皺を深く刻んで睨むだろうので陽菜は黙ることにした。

 前髪が段々と短くなるにつれ、視界が開けていく。こんなにも広かったのか、と陽菜は瞼を開けるとやけに周りが眩く感じた。

「か、可愛い……ッ、何でそんな可愛い顔隠してたのよ!!」

 ピンク色のデコレーションが施された手鏡に映る自分は、別人だった。顔を伏せて自信なさげな陽菜はいなかったのだ。顔に傷があろうと、すっかり憑き物が落ちた、清々しさだけが残っている。
 箕輪が鋏を握りしめたまま悶絶していると、早坂が横から鼻で笑う。

「ふん、これでもっと虐められるようになるから、気を付けろよ。可愛いとか美人な奴ほど、気に食わない一心で嫌がらせされるからな」

「貴方がそれ言いますか?最初っから、私に仕事辞めちまえとか言い放った張本人が……」

「お前……、帰ったらアレやるからな。俺は本気だ」

 その " アレ " と言うキーワードで桃原は口を一瞬で閉じた。

「アレ? 軟禁一週間緊縛プレイとか?」

くすぐりの刑とかですかね?先生ってお茶目なところありますよね」

「お前等、俺のことなんだと思ってんだよ……」

「箕輪さん、愛ある鞭ならきっとあれです、絶対笑っちゃいけない縛りです、たぶん」

「山藤ちゃんもちょっとズレてる?ん? いや、この中では常識人って一人しかいない的な?」

 インターホンが鳴ったので、陽菜が出て行く。出前のスタッフは一瞬ぎょっと瞠目したが、特段支障なく注文した物を受け取れた。

 人目を気にしていたのは、陽菜なのだ。

 確かに、顔に傷があれば他人の好奇心は触発するだろう。だが、口に出して攻撃したり偏見な目を持って接する人とは距離を置けば良い。簡単なことなのに、過剰なほどに卑屈で悲観的に思っていたのはとても損である。

 視野を広げるには、勇気も自信も必要であるがその過程はこの五年間で培ってきたと自負しても良いのだと。

 ──前髪、切ったら、なんだか……ちっぽけな悩みだと思えてきた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)

久留茶
恋愛
地味で陰キャでぽっちゃり体型の小森菜乃(24)は、会社の飲み会で女子一番人気のイケメン社員・五十嵐大和(26)を、ひょんなことから自分のアパートに泊めることに。 しかし五十嵐は表の顔とは別に、腹黒でひと癖もふた癖もある男だった。 「お前は俺の恋愛対象外。ヤル気も全く起きない安全地帯」 ――酷い言葉に、菜乃は呆然。二度と関わるまいと決める。 なのに、それを境に彼は夜な夜な菜乃のもとへ現れるようになり……? 溺愛×性格に難ありの執着男子 × 冴えない自分から変身する健気ヒロイン。 王道と刺激が詰まったオフィスラブコメディ! *全28話完結 *辛口で過激な発言あり。苦手な方はご注意ください。 *他誌にも掲載中です。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!

satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。 働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。 早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。 そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。 大丈夫なのかなぁ?

処理中です...