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第3部 あの恋の続きを始める
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しおりを挟む「最低、馬鹿っ、デリカシーない! 変態! 最低ッ!」
「はあ?! 俺が何したんだって言うんだよ!」
「女性の髪掴んだまま獲って食うような顔して!!」
「獲って食う……な、ッお前俺のことなんだと思ってんだよ?! 狼じゃあるまいし!!」
夫婦喧嘩に発展した二人は陽菜の頭の上でギャンギャン吠え散らかしている。止めないと、とグルグル頭の中でキーワードを探す。
そう言えば、下着が丸出しになりそうだったと思いきや、肉体労働をするのでスパッツを履いていた。
これだ!と陽菜は閃き、下着は見えていなかったので問題無いと弁明することにした。
「あ、あ……私! スパッツ、履いてたのでっ」
「ん? 最近のはレース付き、ってのはあるのか?」
早坂の失言を、妻が聞き逃すわけはなかった。後の祭りとなった、口論は最早噴火警戒レベルとなり、二人のやり取りを陽菜は呆然と聞いていた。
「ほら! ガッツリ見てる! いたいけな年下の子の下着! 見たじゃないっ!!」
「いや、だって先端はみ出るだろ、お前だってタイツのとき……」
「信じられない……! 本当にセクハラで訴えられてもおかしくないのに、平然と爆弾落として」
「なんでだよ……。黒の履いてたって薄けりゃ透けるし。男はなあ、そう言うチラリズムとか不意打ちがな……」
「出た、男はそう言う生き物説!!」
「だーかーらー! ミジンコのパンツ見たって、唯の布にしか見えねーんだよ!! 俺は理性ある男で、大人だ!!」
「威張れることじゃないからっ!!」
「はあ?! おいミジンコ、お前このアンポンタンに言ってやれ! 俺が嫁以外欲情しないの知ってんだろ!! 現にそんな目付きで見てなかったよな?!」
急に話を振られて、陽菜は早坂が熱烈な視線すら無く患部を集中して観察していたのを思い出してフォローに入る。
まず、自分のパートナーをアンポンタン呼びは流石に良くはない。陽菜は桃原をアンポンタンではないと否定してから、曖昧な返事をしてしまう。
「え……っあ、え……と、早坂先生はサポーター引き剥がすのに必死……でした……?」
犬猿の仲以上のヒートアップした猛喧嘩の発展は早かった。もう誰か鎮火出来る人はいないと遠い目をしていると、お手洗いの方向から帰ってきた箕輪が同じ目をした。
「あのー……えと、喧嘩やめてもらいますかね……」
「箕輪も言ってやれ! 隠してっから余計探りたくなるんだってこと!! 前髪なんか俺がちょん切ってやる!外科医だしな!!」
「えと……外科医とか、関係無いとは……」
外科医だから髪を切るのが上手いとは限らない。美容師というプロが世の中には存在するくらいだ。
世界中に点在する外科医が、全員メスと同じ要領で鋏を扱えるとは到底かけ離れている。
「あ、じゃあ私がやる?」
「え?」
「妊娠中美容室暫く行けなくて、髪困ったんだよねえ。意外と自分が器用なの気付いてしまって」
「切れ! 直ぐに! 医者の命令だ! 目悪くする!」
ちょこんと陽菜はリビングにあった椅子へ座らされて、大きなビニール袋で丸をくり抜かれた物を被せられる。簡易的なドレープらしい。
箕輪のファインプレーな導きのお陰で、漸く怒りの沸点が落ち着きを取り戻しつつある夫婦は、人様の家で大声で喧嘩だなんてとすっかり大人しくなっていた。
ちょきちょきと鋏が陽菜の忌まわしい長い前髪を切り落としていく。陽菜は目を瞑ったまま、心境を打ち明けた。
「私、至れり尽くせりになってて……。て言うか、その傷のこと……、黙ってて御免なさい」
「昼寝してた時、ちらっと見えちゃって。こっちこそごめん、何て声掛けたら良いか分からなくてさ。前髪本当に良いの?」
「善次さんに強制されただけで、嫌だったら言ってね?!」
大丈夫です、と短く答えると背後から桃原が心配している。顔を動かせないので、表情は分からないが手に汗を握っているような様子がヒシヒシと伝わってくる。
「さっさと切らないなら、俺の熟練した手技でポンパドールにしてやるぞ」
「ポンパドール知ってるオジサン気持ち悪い……」
「手、動かせ。黙って、やれ」
「はい」
──世の男性って、ポンパドール知ってるの?!
色々とツッコミを入れたいところだが、早坂はきっと眉間により皺を深く刻んで睨むだろうので陽菜は黙ることにした。
前髪が段々と短くなるにつれ、視界が開けていく。こんなにも広かったのか、と陽菜は瞼を開けるとやけに周りが眩く感じた。
「か、可愛い……ッ、何でそんな可愛い顔隠してたのよ!!」
ピンク色のデコレーションが施された手鏡に映る自分は、別人だった。顔を伏せて自信なさげな陽菜はいなかったのだ。顔に傷があろうと、すっかり憑き物が落ちた、清々しさだけが残っている。
箕輪が鋏を握りしめたまま悶絶していると、早坂が横から鼻で笑う。
「ふん、これでもっと虐められるようになるから、気を付けろよ。可愛いとか美人な奴ほど、気に食わない一心で嫌がらせされるからな」
「貴方がそれ言いますか?最初っから、私に仕事辞めちまえとか言い放った張本人が……」
「お前……、帰ったらアレやるからな。俺は本気だ」
その " アレ " と言うキーワードで桃原は口を一瞬で閉じた。
「アレ? 軟禁一週間緊縛プレイとか?」
「擽りの刑とかですかね?先生ってお茶目なところありますよね」
「お前等、俺のことなんだと思ってんだよ……」
「箕輪さん、愛ある鞭ならきっとあれです、絶対笑っちゃいけない縛りです、たぶん」
「山藤ちゃんもちょっとズレてる?ん? いや、この中では常識人って一人しかいない的な?」
インターホンが鳴ったので、陽菜が出て行く。出前のスタッフは一瞬ぎょっと瞠目したが、特段支障なく注文した物を受け取れた。
人目を気にしていたのは、陽菜なのだ。
確かに、顔に傷があれば他人の好奇心は触発するだろう。だが、口に出して攻撃したり偏見な目を持って接する人とは距離を置けば良い。簡単なことなのに、過剰なほどに卑屈で悲観的に思っていたのはとても損である。
視野を広げるには、勇気も自信も必要であるがその過程はこの五年間で培ってきたと自負しても良いのだと。
──前髪、切ったら、なんだか……ちっぽけな悩みだと思えてきた。
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