78 / 156
第3部 あの恋の続きを始める
4-5
しおりを挟む陽菜達が食卓を囲んで、各々丸い寿司桶に煌びやかな光物から大トロまでが並ぶ。
友人達と食事を何度もしたことがあるのに、母とは指折りの数える程度しか無いのが不思議であった。遺影からじっと睨みを効かせる双眸が、陽菜をいつまでも可哀想な子供にするのだ。
美味しい寿司が目の前にあるのに、酢飯が喉を上手く通ってくれない。陽菜がギクシャクと不自然な食べ方をするのを、早坂は溜息を態と大きく漏らした。
「親が死んでも縛られてて、可哀想なヤツ」
早坂は吐き捨てる様に、陽菜へ曇った声で憐れんだ。苛々したのか、席を立って平然と遺影の額縁をぱたんと倒した。
その視線から逃れられて、ほっと安堵してしまって、それもまた罪悪感を抱く。
「あのさあ、幸せな家族って全員に当てはまるわけ無いんだよ」
その通りなのだ。親が皆んな子供を愛しているとは限らないし、望んで授かったとも。
テレビ越しに憧れる幸せで温かい家庭が全員に当てはまることはない。
虐待されて亡くなった、あの当直での夜は一生陽菜を離さないだろう。懸命に生きて、振り上げる拳から必死に逃れられたが、運が良かっただけで。
もっと劣悪な環境で育ち、食事や寝床も満足に無く暮らす子供達も世の中には沢山いるのだ。
「……親を選べない子供へ、拳振るわれてても家族は大事になんて言えるか?」
桃原が早坂の手を握っている。ハッと俯いていた顔を上げて、桃原の慈しむ顔に早坂もまた安堵する。
「俺はそんなクソみたいな親へ怒ったって良いと思うがな……」
医療従事者は虐待を受けている患者と関わることが多い。怪我や疾患と切っては切れないのだ。
虐待は経済的問題や親子の孤立等で引き起こされる。児童虐待のメカニズムとして、保護者の人格や人間関係のストレス、子供の発達過程等様々な問題によって生じる。
弱者を攻撃することで、苛立ちや憤りの発散や根本的な原因として向かうことがある。
親が子供を愛せないと言う悲しい話は世の中に多く蔓延っている。
毎日何処かで子供が飢えに喘いでいたり、押入れに閉じ込められ怯えているのが現状だ。
児童相談所も人手不足で一人当たり抱える人数の多さでパンク寸前なのは、なり手不足で人員が確保出来ないのだ。
陽菜は児童相談所の職員が来ると、とても緊張したのを覚えている。
きちんと品行方正な親を好きな子供として振る舞わないと、あとで拳が降ってくるからだ。年が離れた弟もいるし、その矛先が可愛い弟に向けられたらどうしようと。
だから、必死で笑顔を取り繕った。陽菜の怒りは永遠に葬るべきだと幼少期悟ったのである。私が我慢をすれば、何も起こらないと。
「はは、俺ならこのクソ骨壷不燃ゴミに出してやるわ。世間体あるなら共同墓地とか、何なら海に散骨しておさらばしてやるよ」
「……御先祖様が眠る墓地、にしなくても……良いんですか」
「さあ? 結局、残された奴は憎しみも憤りも全部背負って生きなきゃなんねーんだよ。お前は少なくとも、怒れよ。その権利がある。お前を守らなかった奴に対して」
陽菜は多分、母に怒りを覚えていたのにも関わらず恐怖が打ち勝って感情に蓋をしてきた。早坂の言葉に、陽菜は目を丸くした。
正直、陽菜がもし仮に死んだとしたら母と同じ墓になんか入りたくなかった。地獄があるとすれば、閻魔様にお願いしたいくらいだ。
海に散骨、なんて発想が無かった。陽菜は骨壷が母の存在をヒシヒシと感じ取って、寿司の味が分からなくなった。僅かな胸焼けが、陽菜の嚥下を妨げる。
さっさと、怒りと共に海にばら撒きたい。
陽菜は自身の怒りを飲み込むことばかり考えて来たが、吐き出すことも許されるのかと不意に思った。
「……私、怒ってます? 怒って良いんですか?」
「当たり前だろ、そのまま海にばら撒けよ」
手に取る様に陽菜の考えを掬い上げる早坂は、お吸い物を差し出した。喉の痞えを流し込んでから、陽菜はやっと打ち明ける相手が居て良かったと心底思った。
生きてる時に、私辛かったと言えれば良かったのかもしれない。だが、弱い者虐めをされてきたのに、弱くなった人を虐めるなんて陽菜には出来なかった。
同じ土俵に立たなくて良かった。そう、陽菜は怒りを受容した。
けれど、陽菜以外の三人は事の全貌が分かるや否や険しい顔付きで寿司をかき込み始めた。
「腹立ち過ぎてお腹空いてきた! さっさと食べたら私フリマアプリでバンバン売って軍資金にするから、このお金握り締めて一日中遊び回ろう!!」
「お前も同行すんの?」
「自腹で。当たり前でしょう先生」
「私の分もよろしくって言わなかっただけ偉い?」
三人に笑顔が戻る。すると、悪い顔で何かを見付けてしまった早坂の視線の先に、片付け忘れた喪服がある。
慌てて体を張って壁を作ったが、やっぱり既に遅かった。揶揄う材料を探しては、陽菜をいじるので本当に太刀が悪い医者である。
「これ、最賀のだろ。ニコリともしねえヤツの愛人か?」
陽菜を押し退けて、ネームタグを見ると他の二人にも見せびらかした。大人げないことを、平気でする四十代がいるのだと陽菜はショックを受ける。
「善次さんってデリケートな話を平気で土足でずかずか入るのやめて慎重に発言するようあれほど言ったのに!」
「愛人とか失礼なこと女の前で言うとかさ!」
「あ、いじん……」
「ほら見ろ。俺の言う通りだろ」
0
あなたにおすすめの小説
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。
カレンと晴人はその後、どうなる?
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる