戀の再燃〜笑わぬ循環器内科医は幸薄ワンコを永久に手離さない

暁月蛍火

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第3部 あの恋の続きを始める

6-2

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 確かに、と同意しそうになるも陽菜は飲み込んだ。田舎では若年層のターゲットの多くは都心に進出してしまうか、地元で出産して家庭に入るのがセオリーであるからだ。

「その子しか入れる気無いって言うものだから」

 男がラムネを渡しながら、運に賭けたと口にしたのを今になって思い出す。

「山藤さんだったのね、先生の " 希望 " は」

 ──希望?

 希望なはずかない。ましてや、最愛な男である最賀忠の希望だなんて。

 陽菜は真っ先に否定したかったが、どう捉えられてもおかしくない状況である。慎重に、落ち着いて陽菜は話す努力をした。

「……先生とは、元々知り合い、でして」

 何処まで話したら良いのか。田舎では良くも悪くも噂は忽ち広がる。最賀に不利な状況になるのが一番、厄介なことだ。陽菜は言葉を選んで、平常心を保ちつつ普段通り振る舞う。

「最近……お会いして」

 飯田診療所は陽菜が眉上や膝の内側を怪我した時も良くお世話になっていた。診察時間外であるにも関わらず、消毒や縫合ナート等処置を施してくれたのだ。

「まさか、子供の頃からかかりつけ医の飯田先生の所で働いているのは知りませんでした」

 かかりつけ医の飯田先生とは、どんな繋がりがあるかは定かではない。

「貴女若いし、結婚してないのなら、先生はどう?仕事熱心だし、支えてくれる奥さんいたら良いのにって」

 知り合いなら気心知れてるでしょう、と小野寺が軽口を叩く。けれども、何処か真剣な声音でもある。

 最賀は結婚していないのか、と初めて陽菜は小野寺の話で知った。面接から仕事を始めるまで、とにかく忙しなくて、二人で話す時間も無かったからだ。

 携帯の番号すら、登録されていても他愛もない話をする程、二人の距離は縮まってすらいない。
 五年前なら勢いのまま、電話をかけていただろうが今は副院長と一事務員である。立場を弁えて行動するのは、常識的なことだった。

「まあ、軽く流してよ、私御節介おばさんだから。色々言いたくなっちゃのよね」

 小野寺は良い意味で、何かと処置や診察中は消毒で使ったセッシを返してくれだとか、血糖値測定の結果出たから早く目を通してくれだとか、とにかく最賀にグイグイと話し掛けている。

 看護師は上手く医者や事務員とコミュニケーションを図ってナンボなのだ。情報共有が滞れば、医療事故を招きかねない。

 ねえ、と小野寺が陽菜へ話し掛けたのでお代わりの催促かと思って条件反射で空になったコップに麦茶を足す。違うのよ、いや……違わないんだけどと口籠ったので、陽菜は首を傾げる。

「先生、あの畑のど真ん中に家借りてるのよ?」

「ああ、あの借り手見つからなかった?」

 畑の中心にぽつんと一軒家、と言う借り手が地元でも見付からなかった有名な場所だ。バス便で軽トラックが一台分しか塗装されずにいる細道の中にある家だった。

 確か、高齢の御夫婦が持て余しており、利便性も悪くバス便であることから困り果てているとは聞いていた。良くも悪くも、何丁目の●●さんだのキーワードがあれば大まかなことは耳に入るのが田舎である。

 それ故か認知症の市民が行方不明になっても、市内アナウンスで知れ渡るし、近所の目撃者が保護してくれる。

「そうそう、原付で」

 原付。最賀が原付バイクを乗る姿は想像つかない。陽菜は宇宙空間が目の前に広がった気分になる。

「此処に来た時なんか、都落ちして草臥れたおじさんだったのに……山藤さん来てからネクタイきちっと締めちゃって」

「都、落ち……」

「だって都会にいた人がこんな辺鄙な田舎に来るなんて、飯田先生何のツテ使ったのかしら」

 院長である飯田先生は腰痛を悪化させて現在治療に専念することから、副院長の最賀が切り盛りをすると言う全貌が明らかになった。

 ネクタイを締めて、陽菜の前では毅然とした態度で接するのは裏があったのだ。陽菜は顔が火照ってしまい、赤らんだ頬を隠す為に麦茶を一気に喉へ流した。

「あ、先生は胃潰瘍やっちゃって痩せたとかぼやいてたわね。このご時世ストレスは厳禁よ」

 情報の多さに眩暈がしそうだ。陽菜は最賀の五年もの間に何かしらのことがあったのを、本人の口から聞かされていなかった。

 ──胃潰瘍って……胃に穴が? え?

 ストレスが主に原因な胃潰瘍は発症すると猛烈な痛みに多くの患者はのたうち回る。痛みのあまり失神したり、吐血する等自覚症状は凄まじい。

「それなのに、あの先生ニコリとも笑わないじゃない?昔からそうなの?」

「……そ、うですね。院内でも笑わない先生で少し有名でしたから」

「山藤さんみたいに若くて有望な女性が来たんだから、少しはスマイル見せても良いのにねえまったく……」

 すると、KC姿の男性が開口一番に辛辣な言葉を陽菜に浴びせた。常勤の臨床検査技師である、三条郁人さんじょうふみひとだ。

「若い事務さんなんて、どうせ直ぐ妊娠して辞めるか、こんな不便な場所だから、また鈴木さんみたいに飛ぶんだろ?」

「ちょっと、三条君! やめなさい、そう言うことやるから嫌がられるんでしょ!」

 三条と言う男の第一印象は、とにかく最悪だった。
 面接後に挨拶をしたが、一方的に無視をされたからである。何なら朝の申し送り中も返事は無い、陽菜の呼び掛けにもそっぽを向いて無視を決め込んでいる。

 髪をワックスで跳ね上げた短髪から覗く耳朶には無数のピアス穴が点在しており、厳つい。不良上がりなのかと思うくらいの強面で、陽菜は怖気付きそうだ。

「新参者の、事務なんて、都会で不倫して捨てられたか、子供できて出戻ったか、難有りなのかさ。とにかく、変わり者しかいないべ」

 都会で何覚えて来たか知らんが、と続々と不平不満と共に気に入らないと言う烙印を押す三条が、好意的でない人間はもう一人いた。

「そもそも、最賀先生も飯田院長の教え子って言うコネ絡みで来たじゃん。俺等の様に地元で慎ましく仕事する地元民のことなんか、目にも留めないっしょ」

「あのねえ、例え都心から来たとしても貴重な人材じゃない! 文句言わず働く! 心エコーの新規入ってんだから!」

「ふん……精々辞めるなら試用期間で見切ってくれよ。飛ぶのだけはやめてほしいわ」

 ──歓迎は、されないよなあ。そりゃあそうだよね。


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