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第4部 溺れる愛
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しおりを挟む元婚約者の手代森が、探偵をまた雇ったのか診療所を突き止めたのが原因だ。女を見るや否や鞄はぶん回すわ、怪我を負わせたり、自宅を荒らしたり。
最賀が東京にいた頃も、何度も執拗な嫌がらせと車を鍵で傷付けられたり散々だった。車を手放しても、マンションの鍵穴に木を突っ込んで修理業者を呼ぶ羽目になったり。左遷先で大声で傷物にされた!結婚しないなら死ぬ!等叫ばれたものだ。
接近禁止令を出したのに、やっぱり人の不幸が甘く感じるらしい。
法的措置を取って、徹底的に追い込む為に過去の被害者を集って訴訟準備に取り掛かる最中に起きてしまったのだ。
こんなことになるのなら、山藤陽菜を安全な場所に閉じ込めておくべきだった。
そんな、酷いことまで考えてしまう。
午前中の外来診療が終わったのは、十三時を優に越えた時刻だった。
午後はBNPとNT-proBNP値のデータが芳しく無い患者を呼び出し、近隣の羽島市民病院へ紹介する予定である。カルテボックスには紹介予定、採血データ待ち他同封済みのカルテが既に準備されていた。厳つい犬の付箋は女が貼ったのだろう。紹介状コスト未とも。仕事が早い。
──いつも頼ってばかりだな……。
最賀は整理整頓が苦手だ。製薬会社の営業の約束日時や勉強会の日程等、予定を立ててもメモは何処かに紛失する。外線で最賀宛の電話が来る度に手帳とメモを探している気がした。
極め付けは、やるべきことが多すぎて医局のテーブルは紙の山積み。
最賀と比較すれば、女は器用だ。異常に、だ。メディカルクラークだった経験を活かし、連絡事項も紹介状作成の進捗も何だって把握している。
検査の予約も難なくこなし、三条の代わりに手書きの予約簿を管理。その上で車椅子患者が来院すれば、空かさず手を貸して案内する。女神なのか、彼女は!
「あいつ飯食えてるんすか?ゼリーとか差し入れです。こんな時こそ恩を売ってやりますよ」
珍しく、医局から連れ出された最賀は遅めの休憩をスタッフと摂った。勤務当初は距離があったものの、女の人徳なのか。軽口を叩けるくらいには親睦は深まった気がする。
「三条くんは心配なのか、皮肉なのか分からないんだけど」
「ハイハイ心配に決まってんでしょお! 揶揄う相手が居ないなんて!」
「……はあ、心配し過ぎて胃に穴開きそうだ」
「最賀先生が言うとジョークに聞こえないわよ……」
「診察中、隣の処置室に寝かせて随時様子見に行きたいくらいだ」
ぽろりと本音が出てしまう。目を見開いて後退りする三条が口をあんぐり開けている。一斉に注目が最賀へ集まる。
「どんだけ心配性なんだよ……。て言うか、先生って血の通う生き物だったんだな……」
「身内なら特に診断難しいんだよ! 俺だって人間だぞ?! 俺の所為なんだから心配以前に匿うのは当然だが!」
「痴情のもつれな。山藤のクリティカルヒット滅茶苦茶ウケたんすけど」
「先生モテますねえ、あんな良い子に庇ってもらえるんですもの人徳はあったのね」
「これ見よがしにイジるのはお願いだから……はあ」
「いや、やっと人間味があるって思ったんですもの。暫く我慢して下さい」
そうだ。痴情のもつれ。これはぐうの音が出ない。一般的に元婚約者が怒鳴り込みに来た上に、女性スタッフと揉み合いになったのだから。
どうせヘッドハンティングもとい、引き抜きと思われている。これだけ手厚い保護をしているのが、唯の被害者スタッフだけの理由でも無い。最賀の愛しい恋人なのだ。
女はあと一年、と言ったが正直得策では無い。早くクリーンな職場で働き易い、保護者兼恋人が目を光らせていると言う絶対的なものが欲しい。
「こうなったらペット見守りカメラ二十四時間発送の物注文してベッドサイドに設置して、診療中チェックする」
──あと、セキュリティー会社にこれから電話して……。
最近のペット見守りカメラは優秀である。首振り機能やサイズもコンパクトで、工事費用も不要で設置も簡単だ。いつでも携帯一つで外出先から様子を観察することが可能なのも、魅力的だ。
話しながら携帯の画面をスワイプして、決済をした。オンラインストアで明日には置き配してくれると言う。便利な世の中だ。
セキュリティー会社にも見積もり依頼を提出して、近日中には契約内容等の相談も予定に組み込んだ。
「あ……え? おいおいおい人権……て言うか、狂気の沙汰……、何やろうとしてんの?」
「あんなに優しくて仕事出来て、可愛い子家に一人でいたら防犯上……駄目だろう。セキュリティー会社にも見積もり依頼したぞ」
「小野寺さん! 此処にセクハラ発言している人が!! 職権濫用して若い女たらし込もうとしてる!!」
「ええ? 察しなさいよ。過保護くらいにはあの子には丁度良いと思うわよ? 色々遭った子なんだから」
「え? 先生の味方なの? て言うか、どういうこと……?」
「明日、メロン差し入れしに行っても良いかしら?」
「ありがとうございます、小野寺さん。熱下がってないと思うので、フルーツは助かります」
「……マジ?」
「真面目だが? 本人には言うなよ。色々苦労してて俺が一方的に、勝手に甘やかしたくてそうしているだけだ」
これならば合法的且つ味方を得ることが出来る。あくまで、最賀が勝手に行動しているだけで、女には非の打ち所がない。
空気感では、小野寺は関係を妙に察している様子なので、問題無い。何かとハラスメントには敏感なのに、暴行事件以来全く根掘り葉掘り深掘りしてこないからだ。
他スタッフは小さく頷いて干渉する気は無さそうだ。黙ってくれるのは有り難い。外堀を埋めて、もう二度と敵だらけの中に放り出されたりされないように慎重に。
三条だけが鈍感なので、念入りに口止めする。真面目に毅然とした態度でいれば、本気度合いは伝わるだろう。男の覚悟は、同性ならば特に。
「ええ……」
「可愛いと思ってたんでしょう三条君」
「はあ?! ち、違いますって! いや、まあ顔ちっちゃくて可愛いなあとは思ったけど! でも俺には可愛い娘がいるんだからッ」
「え……娘?」
「別れた嫁の子供……」
衝撃の事実に、最賀は摘んだカステラをぼろりとテーブルに落としたのだった。
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