128 / 156
第4部 溺れる愛
4-1【告発した誰かの正義】
しおりを挟む「あの喪服の先生と上手く行ったの?!」
電話の第一声は、右から左へと突き抜ける大きさだった。
職場復帰まで数日間、念の為安静を余儀無くされた陽菜は暇を持て余していた。病人は大量の睡眠を取ると、ある日を境に目が冴えて昼夜逆転となる。陽菜にもやっぱり、それが起こった。昼間も眠ってしまうと、夜起きて概日リズム睡眠障害に繋がる。
なるべく日中起きていられる様に、親友の桃原が電話を寄越してくれたのだ。
最賀はあれから、ペット用のモニターを設置した。陽菜が心配らしい。動体検知機能が搭載されており、追尾するように陽菜の動きをカメラが捉える。
これを機に腕時計型デバイスのヘルスケア管理も検討するべきか悩んでいるそうだ。ヘルスケア共有が出来る便利な世の中である。遠隔見守りの機能は家族や恋人を守るツールにも成り得る。
最賀はあの日以来、極度に陽菜へ過保護となった。いや、これは陽菜の所為なのだ。手代森がどうしても許せなかった。女の戦いを繰り広げ、己の怒りをぶつけてしまったのだから。
そして高熱に魘されたのも、一つの要因だった。悪夢を見たことで最賀の睡眠を阻害してしまったのに、責められたりはされなかった。寧ろ、打ち明けて欲しいと吐露されたのだ。
──今まで、一度も言われたことないから、変な気持ち。
正直、戸惑った。試しに手を繋いでみようかと言った、名前も忘れた異性に面倒だと言われた記憶。更には田嶋と急逝した名ばかりの母親から女はこうであるべき、と口煩く聞かされた言葉だ。
だから他人が煩わしいと思うものは排除すべきと、心得ていたのに。最賀は陽菜が捨てた物を拾い上げてくれる。
──だから、忠さんだけは……。私はどうなっても構わないくらい、あの人から守りたかった。
姉弟喧嘩とは別物だ。憎悪と憤怒、嫉妬と汚い感情のぶつけ合いである。最賀の痛みを教授したかった。医者にとってキャリアを奪われることは、戦力外通告と同じ意味合いを持つのである。
「り、莉亜さん……声大きいです」
「御免なさい、あ、傷はどう? 縫合した?」
「あはは、傷は縫いました。退院後のフォローアップと抜糸が待っているけれど、大丈夫」
「頭の怪我は軽く見ちゃ駄目だからね。現役のドクターが近くにいるなら著変があれば安心か……」
最賀から口酸っぱく言われた内容を再度聞くのは不思議な感覚だ。最賀同様に、桃原も心配性なのである。
「……莉亜さんは、あれから大丈夫ですか?」
「──仕事、辞めちゃったんだ。父が手術だの、色々……あってね」
「何か、相談したいこととかあったら──」
「それは、私の台詞! だ……けど、多分父の地元に戻るかもしれない……たぶん」
歯切れ悪く溢した言葉に重みがある。桃原の父は羽島出身者で地元らしい。陽菜がベンチで酔っ払っていた時に知ったことだ。
「ええっ?! 羽島に?!」
「まだ分からないけど……あの人、最近帰り遅いし、変だから」
「早坂先生はいつも顰めっ面では?」
「どうかな、隠し事するのは上手いから」
「また……入学金と学費勝手に払った前科あるので」
「そう、たかだか三百万とか言って! 庶民には三百万なんて大金なのに!!」
そうなのだ。桃原の看護学校入学における学費全てを勝手に支払った前科がある。元職場である国際メディカルセンターで、桃原は全日制看護学校の授業後勤務は重労働だったのを覚えている。疲れが滲んだ顔で白衣を身に纏い、くどくど早坂に嫌味を言われる桃原の姿が見ていられなかった。
元御曹司、経済的余裕のある歳上の男は、桃原の苦労が分からなかったのだろう。平気で横暴且つ空気が読めぬ言動しか振舞わず。傲慢な医者に成り下がった挙句、学費三百万は端金と言う始末だ。
桃原はもっと、怒った方が良い。授業中の桃原に代わって陽菜が交通事故患者のカルテを敢えて床にぶち撒けて、反発し鬱憤は晴らしたが!勿論、日付順に丁寧且つ迅速に拾い上げ、背伸びしてキャスター付きの椅子に座る早坂を上から見下ろして。
──もう少しまともな言い訳したらどうですッ?!
なんて、医者に楯突く程にチワワと呼ばれた陽菜は早坂に噛み付いたのだった。
「何を企んでるんでしょう? 御父様と二世帯で住むとか?」
「う……やり兼ねない」
「ふふ、早坂先生は義理堅い人ですから」
桃原としても、身内が高齢で独居ならばなるべく近くにいたいだろう。二世帯ならば、尚更夫へ相談しなければならない。円満な関係ならば問題無いが、妻の家族または夫の家族と同居は中々ハードルが高くなる。
陽菜も、田嶋との縁談で一番に出された条件は田嶋家本宅の敷地内での実質の同居だったからだ。正確には行き来出来る距離で、且つプライベートを蝕む監獄である。
──忠さんの御両親は縁が薄いけれど、お姉様とは会っているのかな?
陽菜と弟達は隣の市に住んでおり、喧嘩前は月に一度以上顔を合わせていた。だが、最賀は地元を離れ、シングルマザーの姉とも複雑な関係なのは明白だった。会いに行かないのか、とは気軽に聞ける話題でも無い。
特に陽菜の怪我もあってか、恐ろしく行動が慎重になっている。護身用のグッズが毎日届くまでからだ。防犯ブザーと催涙スプレーの携帯型は早速、陽菜の通勤用バッグに常備された。
「三週間後くらいに、また話したいことがあるんだ」
──三週間後?
「分かりました、その時伺いますね」
「──陽菜? 電話か?」
「あ、呼ばれたの……切りますね。メッセージ後で送ります」
「ふふ、お幸せに!」
電話を切る。最賀は首を傾げて、ゆっくりで良いのにと言った。メールや通話履歴が気になるのかと思って携帯を無言で差し出した。だが、最賀は充電器を差し込んでくれただけだった。
一度、とは言い難く何度か最賀には自然に携帯を渡したことはある。中を見ても疾しい内容は一切無いと。それでも最賀は瞬きをパチパチと二度して、終わった。
陽菜の交友関係を詮索する気配も見当たらず。ただ携帯にもチャームが付いた犬型の防犯ブザーを取り付けたのだった。
1
あなたにおすすめの小説
【完結】育てた後輩を送り出したらハイスペになって戻ってきました
藤浪保
恋愛
大手IT会社に勤める早苗は会社の歓迎会でかつての後輩の桜木と再会した。酔っ払った桜木を家に送った早苗は押し倒され、キスに翻弄されてそのまま関係を持ってしまう。
次の朝目覚めた早苗は前夜の記憶をなくし、関係を持った事しか覚えていなかった。
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる