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駆け引き
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「んっ……うーん……」
雑音のように耳に入ってくる音。ぼんやりとした意識がハッキリとしてきた。
どうやら俺はテレビをつけっぱなしで寝たようだ。
寝惚け眼を擦ったところでようやく感じたのは違和感。
(あれ……? なんで俺はこんなところに……)
なぜか俺の眼前には押入れの天井。
某ネコ型ロボットを模倣するような趣味はないはずなのに、なぜ……?
「よっこらせっと……」
押入れから脱出して洗面所に向かう途中で目に入ってきたもの――。
それは台所に立つ女の後ろ姿だった。
(ああ、そうか。思い出した……)
アンドロマリウス――通称マリの存在。
(男女一緒の空間で寝るのはまずいって事で俺は押入れで寝たんだっけか……)
だらしない欠伸を垂れ流しながら徐々に蘇るは昨日の慌ただしい記憶。
俺はそんな昨日のことを綺麗さっぱり忘れていた。
「おはようございます」
気配で気付いたのか、マリは振り向くことなく朝の挨拶くれた。
「おっす……」
ちょっとバツが悪そうにそう返した俺は洗面台へと向かう。
(……はあ、いろいろとマズいよな)
誤魔化すように洗顔しながら考える事は二つ。
今頃魔界ではマリがいなくなったことで大騒ぎになってるかもしれないという件と、いろいろと間違ってラファエルと友達になった件――。
魔王の娘が護衛なしで天界勢力下にいると知れば、さすがのラファエルも黙ってはいないだろう。最悪はすでに気付いているかもしれない。
(いや、だとすればすでに仕掛けてきてるはず。流石にそれはないか……)
朝はただでさえテンションが低いというのにこれだよ。
まったく嫌になる。胃にでっかい穴が開きそうだ。
これ以上はストレスで寿命が削られそうなので考えないことにしよう。
そうゆうわけで誰が何と言おうが異常はない。我が家は恒常的に平穏です。
「おっ……うまそうな朝食だな」
「はい。差し出がましいとは思いましたが、あるもので作りました」
「助かるよ」
なかなか気が利く。おかげで気分的にはかなり回復した。
この女が魔王の娘とかじゃなくて普通の女だったら狂喜乱舞したのだが……。
(いや、今はよそう……)
魔王の娘と意識するだけで食事がマズくなりそうだ。
「あの、どこかお体でも悪いのですか?」
勘が鋭いのか、俺を心配するようにそんな事を言ってくれちゃうマリさん。
つい、「お前に俺の心の痛みが分かってたまるか」と言ってしまいそうになったが、朝から場の空気を悪くするわけにもいかないのでここは堪える。
「むっ……」
そんなことよりも気付いてしまった。おかげで俺の視界はその一点に釘づけだ。
こうゆうことは我慢できない性分だからハッキリと言わせてもらう。
そのつもりだったが実際は口よりも先に手が出た。
「あっ……」
「さてはつまみ食いしたな? 口にご飯粒ついてるぞ」
「ありがとう……ございます」
うーん、なんだこの夫婦みたいな雰囲気。
もしこれがマリじゃなくて大家さんだったらどれだけよかったか……。
よし、今日の授業はそのシチュエーションで妄想して過ごそう。
朝から暇潰しが捗るネタが手に入ってよかったよかった。
(……はっ!?)
よくよく考えれば今の我が家の状況は大家さんに誤解されかねないのでは……?
仮にマリが姉だと上手く説明できたとしても、姉と二人暮らしの時点で大家さんとの進展に支障が生じる可能性が高い。
これは一大事だ。非常にまずいことになった……。
この憂患を解消するには『一刻も早くマリを俺の部屋から排除しなければ』ならないッ!
「いきなり拳を握りしめてどうされました?」
「いえ、なんでもないです」
上級魔族相手に実力行使など自殺行為。力でこの女狐を排除するのは不可能だ。
ゆえに合理的かつ説得力のある最もらしい答えをなんとしても見つけなければならない。
(なんでもいい。何かないか……)
下手な事を言えば返り討ちに遭うビジョンしか見えてこない。
俺はどうすればいい……。
「……私を追い出したい?」
「えっ!?」
先刻から勘が良過ぎる。この女は人の心が読めるのか?
読心術とかそうゆう能力を隠し持ってるんじゃないだろうな……。
だとしたら絶望的だ。冗談じゃねえぞ。
「顔にそう書いてますよ」
ぐっ……単に勘がいいだけかよ。マジで焦ったわ!
しかし、その余裕の表情は俺を愚弄しているようにしか見えない。
(……舐めやがって)
そのうち足元をすくってやる。首を洗って待ってろ。
「いやぁー……流石に妙な誤解が生じる前にどうにかしないとな」
「妙な誤解って?」
「まあ、いろいろと……」
「いろいろって?」
「それは……」
男女の過ちを口頭で説明なんて何の罰ゲームだよ……。
さてはこの女、俺にそれ言わせて笑いのネタにする気じゃないだろうな?
性格悪いし充分にありえそうだから困る。
「私は一緒に住んだ方が効率がいいと思います」
「なんで!?」
「不測の事態が起こった時に別々だと後手に回りますよ?」
「それは例えば……?」
「私が魔界にいないということが露呈した場合、お父様は影武者を拷問してでも私の行き先を聞き出すでしょう。私はあなたの元へ行くと影武者にハッキリと告げましたので、もしもの時に私の安否確認できなかった場合は……ここまで言えば後はおわかりですね?」
えっ、何……?
まさか俺、脅されてんの?
俺が脅して追い出す側じゃなく?
なんかいろいろとおかしな方向になってきた……。
「黙秘は困りますねぇ……どちらかお答え頂かないと」
「げ、現状維持の方針で……」
茫然とする中での完全敗北。戦場で討死した気分だ。
よもやこの俺が遅れをとろうとは……。
(マジで小娘相手に何をやってるんだ俺は……)
今更だが俺のヘタレっぷりは一度死んだ方がいいと思う。
いや、一度とは言わず、二、三回死ぬべきだ。
「めでたく解決ですね。さあ、朝ごはん食べましょうか」
「はい……」
ハムベーコンにウインナー二つ、それにフレッシュな野菜。
難癖の付けようがないぐらい見事な配膳がなされた朝食を前に、俺はパブロフの犬のように溢れ出る唾をごくんと呑んでから座った。
「いただきます」
対面する形で椅子に座り、手を合わせてそれを口にしたタイミングはほぼ同時。
もちろんこれは魔界にはない習慣だが、今の我々は魔族であって魔族にあらず。
人間かと聞かれれば人間だと答える。そうゆう環境下にいた。
「そう言えば、普段はどう過ごされているのですか?」
「ん? 何が……?」
「えぇーと……我々魔族にとっては何かと不都合な結界やトラップの類がありとあらゆる場所に張り巡らされているわけですが、あなたはその影響を全く受けていないように見えます。私みたいに魔絶外套(パラケルスス)を纏うわけでもなく……一体どうやって?」
なんかラファエルも似たような事を言ってた気がするが、それは本当と書いてマジなのか?
俺には結界もトラップも見えないし感じない。
むしろ逆にその詳細を聞きたいぐらいだ。
まあ、それを言ったところで話は噛み合わないだろう。
ならば――……。
「そりゃ秘密だ。俺だけの専売特許ってやつかな」
「なるほど。では話を変えますがそろそろ学校に行く時間では?」
「やべッ! ご馳走様でした」
「はい、お粗末様でした」
一分で歯を磨き、二分で着替え、三分で残りすべてを終えた俺は家を出た。
階段は二段飛ばしで一気に駆け降り、横目で中庭を確認する。
大家さんがいない。今日はハズレの日だ。
探し出してでも一目したいという気持ちに後ろ髪を引かれるが、ここは我慢する。
初日みたく遅刻なんて目立つ真似は任務の性質上、二度とすべきではない。
なぜなら俺は魔界軍の偵察兵だからだ。
雑音のように耳に入ってくる音。ぼんやりとした意識がハッキリとしてきた。
どうやら俺はテレビをつけっぱなしで寝たようだ。
寝惚け眼を擦ったところでようやく感じたのは違和感。
(あれ……? なんで俺はこんなところに……)
なぜか俺の眼前には押入れの天井。
某ネコ型ロボットを模倣するような趣味はないはずなのに、なぜ……?
「よっこらせっと……」
押入れから脱出して洗面所に向かう途中で目に入ってきたもの――。
それは台所に立つ女の後ろ姿だった。
(ああ、そうか。思い出した……)
アンドロマリウス――通称マリの存在。
(男女一緒の空間で寝るのはまずいって事で俺は押入れで寝たんだっけか……)
だらしない欠伸を垂れ流しながら徐々に蘇るは昨日の慌ただしい記憶。
俺はそんな昨日のことを綺麗さっぱり忘れていた。
「おはようございます」
気配で気付いたのか、マリは振り向くことなく朝の挨拶くれた。
「おっす……」
ちょっとバツが悪そうにそう返した俺は洗面台へと向かう。
(……はあ、いろいろとマズいよな)
誤魔化すように洗顔しながら考える事は二つ。
今頃魔界ではマリがいなくなったことで大騒ぎになってるかもしれないという件と、いろいろと間違ってラファエルと友達になった件――。
魔王の娘が護衛なしで天界勢力下にいると知れば、さすがのラファエルも黙ってはいないだろう。最悪はすでに気付いているかもしれない。
(いや、だとすればすでに仕掛けてきてるはず。流石にそれはないか……)
朝はただでさえテンションが低いというのにこれだよ。
まったく嫌になる。胃にでっかい穴が開きそうだ。
これ以上はストレスで寿命が削られそうなので考えないことにしよう。
そうゆうわけで誰が何と言おうが異常はない。我が家は恒常的に平穏です。
「おっ……うまそうな朝食だな」
「はい。差し出がましいとは思いましたが、あるもので作りました」
「助かるよ」
なかなか気が利く。おかげで気分的にはかなり回復した。
この女が魔王の娘とかじゃなくて普通の女だったら狂喜乱舞したのだが……。
(いや、今はよそう……)
魔王の娘と意識するだけで食事がマズくなりそうだ。
「あの、どこかお体でも悪いのですか?」
勘が鋭いのか、俺を心配するようにそんな事を言ってくれちゃうマリさん。
つい、「お前に俺の心の痛みが分かってたまるか」と言ってしまいそうになったが、朝から場の空気を悪くするわけにもいかないのでここは堪える。
「むっ……」
そんなことよりも気付いてしまった。おかげで俺の視界はその一点に釘づけだ。
こうゆうことは我慢できない性分だからハッキリと言わせてもらう。
そのつもりだったが実際は口よりも先に手が出た。
「あっ……」
「さてはつまみ食いしたな? 口にご飯粒ついてるぞ」
「ありがとう……ございます」
うーん、なんだこの夫婦みたいな雰囲気。
もしこれがマリじゃなくて大家さんだったらどれだけよかったか……。
よし、今日の授業はそのシチュエーションで妄想して過ごそう。
朝から暇潰しが捗るネタが手に入ってよかったよかった。
(……はっ!?)
よくよく考えれば今の我が家の状況は大家さんに誤解されかねないのでは……?
仮にマリが姉だと上手く説明できたとしても、姉と二人暮らしの時点で大家さんとの進展に支障が生じる可能性が高い。
これは一大事だ。非常にまずいことになった……。
この憂患を解消するには『一刻も早くマリを俺の部屋から排除しなければ』ならないッ!
「いきなり拳を握りしめてどうされました?」
「いえ、なんでもないです」
上級魔族相手に実力行使など自殺行為。力でこの女狐を排除するのは不可能だ。
ゆえに合理的かつ説得力のある最もらしい答えをなんとしても見つけなければならない。
(なんでもいい。何かないか……)
下手な事を言えば返り討ちに遭うビジョンしか見えてこない。
俺はどうすればいい……。
「……私を追い出したい?」
「えっ!?」
先刻から勘が良過ぎる。この女は人の心が読めるのか?
読心術とかそうゆう能力を隠し持ってるんじゃないだろうな……。
だとしたら絶望的だ。冗談じゃねえぞ。
「顔にそう書いてますよ」
ぐっ……単に勘がいいだけかよ。マジで焦ったわ!
しかし、その余裕の表情は俺を愚弄しているようにしか見えない。
(……舐めやがって)
そのうち足元をすくってやる。首を洗って待ってろ。
「いやぁー……流石に妙な誤解が生じる前にどうにかしないとな」
「妙な誤解って?」
「まあ、いろいろと……」
「いろいろって?」
「それは……」
男女の過ちを口頭で説明なんて何の罰ゲームだよ……。
さてはこの女、俺にそれ言わせて笑いのネタにする気じゃないだろうな?
性格悪いし充分にありえそうだから困る。
「私は一緒に住んだ方が効率がいいと思います」
「なんで!?」
「不測の事態が起こった時に別々だと後手に回りますよ?」
「それは例えば……?」
「私が魔界にいないということが露呈した場合、お父様は影武者を拷問してでも私の行き先を聞き出すでしょう。私はあなたの元へ行くと影武者にハッキリと告げましたので、もしもの時に私の安否確認できなかった場合は……ここまで言えば後はおわかりですね?」
えっ、何……?
まさか俺、脅されてんの?
俺が脅して追い出す側じゃなく?
なんかいろいろとおかしな方向になってきた……。
「黙秘は困りますねぇ……どちらかお答え頂かないと」
「げ、現状維持の方針で……」
茫然とする中での完全敗北。戦場で討死した気分だ。
よもやこの俺が遅れをとろうとは……。
(マジで小娘相手に何をやってるんだ俺は……)
今更だが俺のヘタレっぷりは一度死んだ方がいいと思う。
いや、一度とは言わず、二、三回死ぬべきだ。
「めでたく解決ですね。さあ、朝ごはん食べましょうか」
「はい……」
ハムベーコンにウインナー二つ、それにフレッシュな野菜。
難癖の付けようがないぐらい見事な配膳がなされた朝食を前に、俺はパブロフの犬のように溢れ出る唾をごくんと呑んでから座った。
「いただきます」
対面する形で椅子に座り、手を合わせてそれを口にしたタイミングはほぼ同時。
もちろんこれは魔界にはない習慣だが、今の我々は魔族であって魔族にあらず。
人間かと聞かれれば人間だと答える。そうゆう環境下にいた。
「そう言えば、普段はどう過ごされているのですか?」
「ん? 何が……?」
「えぇーと……我々魔族にとっては何かと不都合な結界やトラップの類がありとあらゆる場所に張り巡らされているわけですが、あなたはその影響を全く受けていないように見えます。私みたいに魔絶外套(パラケルスス)を纏うわけでもなく……一体どうやって?」
なんかラファエルも似たような事を言ってた気がするが、それは本当と書いてマジなのか?
俺には結界もトラップも見えないし感じない。
むしろ逆にその詳細を聞きたいぐらいだ。
まあ、それを言ったところで話は噛み合わないだろう。
ならば――……。
「そりゃ秘密だ。俺だけの専売特許ってやつかな」
「なるほど。では話を変えますがそろそろ学校に行く時間では?」
「やべッ! ご馳走様でした」
「はい、お粗末様でした」
一分で歯を磨き、二分で着替え、三分で残りすべてを終えた俺は家を出た。
階段は二段飛ばしで一気に駆け降り、横目で中庭を確認する。
大家さんがいない。今日はハズレの日だ。
探し出してでも一目したいという気持ちに後ろ髪を引かれるが、ここは我慢する。
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