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告白
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「二条さーん」
コンコンと立て続けに聞こえてきたドアノック。
俺の許可なく妄想が加速していたが、心配ご無用。
準備そのものは八時間も前からすでにできている。いつでも対応OKだ。
「はーい、すぐ行きます」
油断や焦りは禁物。俺はあくまで冷静を心掛けた。
失敗はない。
なんせ今日一日だけで三十回以上は洗面所の鏡の前に立った。
何も臆する事はない。我ながらその見た目は悪くない。
ニュースの血液型占いも堂々の一位。
空気次第では、告白……いや、なんでもない。
俺は至って冷静だ。
「すいません、お待たせしました」
覚悟なく回してしまったドアノブ。それは完全な油断だった。
言い訳させてもらうと俺は自分の事で頭が一杯だったんだ。
心理的に無防備に近い状態で扉を開いてしまったという事実。
それに気付いたとて後の祭り――……。
「あ……」
ヘビー級チャンピオンが放つコークスクリューパンチ
その直撃を受けたと思えるぐらい俺の精神に大きな衝撃が走った。
「こんばんは。久々に着てみたんですけど、どうでしょう?」
気品あふれる黒を基準とした浴衣姿。
それを拝む事ができただけでも相当な精神的負荷が加わるというのに、浴衣によくマッチした“アップ髪”で底上げしたその姿を見せられては、いかに俺の対大家さん仕様である空母のような許容力をもってしても轟沈は不可避――。
俺がもし内閣総理大臣なら迷いなく人間国宝に指定しているに違いないと思える程に今の大家さんは仕上がっていた。
「ぜっ、全然イケてると思います……」
「ちょっと気合い入れ過ぎちゃいました」
テヘッと舌を出す可愛らしい仕草はもはや追撃としか思えない。
こっちはまだ橋頭堡すら確保していないのになんてことだ……。
俺は死を覚悟した。
ゴクンと生唾を呑むなんて真似、普段の俺なら絶対にしない。
「じゃあ、行きましょうか」
設定上は高校生である俺に合わせてくれているのか、普段の母性溢れるおっとりとした大家さんの“大人”の部分はすっかりナリを潜め、代わりに水路のコンクリート蓋の上を片足だけでジャンプして遊ぶ――お茶目な一面を見ることができた。
「ところで何か食べたい物とかあります?」
「お……」
「お?」
唐突なその質問にパニックってつい「大家さん!」と答えそうになった。
いやぁー危ない危ない。危うく死に至るところだった。
ちょうど近くにあった電柱で煩悩を払うべく頭突きをしたくもなったが、とりあえずは理性を総動員してその衝動を抑える。
「では、お好み焼きを……」
「あら奇遇ですね。私も好きなんですよ」
どれだけ心に深手を負ったとしても一瞬で癒える大家さんの優しいその笑顔。
あまりに天使過ぎて俺の精神が昇天してしまいそうになった。
「誰かと一緒に回るのは久々なので楽しみです」
そう言ってはにかむ大家さん。マジで天使過ぎる……。
俺の心臓は破裂してしまいそうなぐらいの爆音を轟かせた。
「よ、よろしくお願いします!」
屋台を巡り歩いたのは時間にして一時間ぐらいの事だったが、俺にとってその一時間は自分の人生のすべてを捧げてもかまわないと思えるぐらい夢のような時間だった。
――俺の人生は蜉蝣(かげろう)でもかまわない。
そんな思っているうちにチャンスは不意に訪れた。
「綺麗……」
気付けば俺と大家さんは人気のない神社の境内から花火を見上げていた。
俺はムードに従って大家さんの肩に手を回そうとしたが、ヘタレな性分が邪魔をして肩に手が触れるか触れないかぐらいの距離で甘酸っぱい断念に終わった。
この糞ヘタレ野郎が! ここで押さずしていつ押すんだよ!
いいからやれ今すぐに! 花火が終わればチャンスを失うぞ!
このチェリー野郎がああああ!
――と、心の声が情け容赦なく俺を罵倒する。
そうは言われても無理なものは無理なのだ。こればかりはどうしようもない。
「花火……終わっちゃいましたね」
大家さんの声が耳に入り、俺はハッと我に返った。
いつの間にか夜空は静まり、大家さんの視線を感じた。
もちろん恥ずかしくて大家さんの顔なんて直視できるわけがない。
俺は自分の本心を誤魔化すようにお得意の平静を装って答えた。
「綺麗でしたね」
「ええ、とっても」
ここで逃げるという選択肢はあり得ない。
そんな俺の脳裏をよぎるのはマリの後ろ姿――。
己の半端さが一人の女を傷付けた事を考えれば、それはなおさらだ。
(やるしかねえ……)
一世一代の大勝負に出るべく俺は瞳を閉じて呼吸を整えた。
「花火も終わりましたし、そろそろ帰りましょうか」
それができるのならすぐにでも帰りたい。
飛びつきたくなるような大家さんのその言葉を無視して俺は自分の思いを伝える覚悟ができるのをただひたすらに待った。
「二条さん……?」
心配するように俺の視界を覗き込んできた大家さん。
俺は大家さんの手をとった。
緊張のあまり泣きそうになったが、ようやく覚悟が決まった。
「大家さん……いえ、恵さん。俺は初めてあった時からあなたのことが好きでした。俺と突き合って下さい!」
初めての異性への告白。心臓が止まるかと思った。
興奮のあまり震える体。
今この瞬間は俺と大家さんの二人だけが世界を支配しているような錯覚さえ覚えもした。
――生か死か。
俺にとっては大家さんへの告白はそのぐらい大きな出来事であり、どういった答えであっても俺にとって大きな変化が訪れる事は避けられない。
だが俺は卑怯者だ。
すでに心の中では振られた時の為の予防線を張っていた。
おそらく振られるだろうと――……。
それでも、万が一の可能性がある。
俺はどちらも受け入れられる心理的余裕を作ろうと必死だった。
結局のところはこの後に及んでその根本にあるのは自己保身――。
追い詰められた人間は本性を露わにすると言うが、我ながらその下衆さには呆れてものが言えない。
そして思った。もっと自分を磨くべきだったと……。
「お気持ちは嬉しいですが……ごめんなさい」
当然言えば当然の答えだったが、俺の脳内で何かがプツリと切れる音がした。
その後の記憶は曖昧だったが何か取り繕うようなことを言った気がする。
大家さんに迷惑は掛けれないと強く思いつつ俺が精神的な死を迎えたのは大家さんと別れて自分の家に帰ってからすぐの事だった。
コンコンと立て続けに聞こえてきたドアノック。
俺の許可なく妄想が加速していたが、心配ご無用。
準備そのものは八時間も前からすでにできている。いつでも対応OKだ。
「はーい、すぐ行きます」
油断や焦りは禁物。俺はあくまで冷静を心掛けた。
失敗はない。
なんせ今日一日だけで三十回以上は洗面所の鏡の前に立った。
何も臆する事はない。我ながらその見た目は悪くない。
ニュースの血液型占いも堂々の一位。
空気次第では、告白……いや、なんでもない。
俺は至って冷静だ。
「すいません、お待たせしました」
覚悟なく回してしまったドアノブ。それは完全な油断だった。
言い訳させてもらうと俺は自分の事で頭が一杯だったんだ。
心理的に無防備に近い状態で扉を開いてしまったという事実。
それに気付いたとて後の祭り――……。
「あ……」
ヘビー級チャンピオンが放つコークスクリューパンチ
その直撃を受けたと思えるぐらい俺の精神に大きな衝撃が走った。
「こんばんは。久々に着てみたんですけど、どうでしょう?」
気品あふれる黒を基準とした浴衣姿。
それを拝む事ができただけでも相当な精神的負荷が加わるというのに、浴衣によくマッチした“アップ髪”で底上げしたその姿を見せられては、いかに俺の対大家さん仕様である空母のような許容力をもってしても轟沈は不可避――。
俺がもし内閣総理大臣なら迷いなく人間国宝に指定しているに違いないと思える程に今の大家さんは仕上がっていた。
「ぜっ、全然イケてると思います……」
「ちょっと気合い入れ過ぎちゃいました」
テヘッと舌を出す可愛らしい仕草はもはや追撃としか思えない。
こっちはまだ橋頭堡すら確保していないのになんてことだ……。
俺は死を覚悟した。
ゴクンと生唾を呑むなんて真似、普段の俺なら絶対にしない。
「じゃあ、行きましょうか」
設定上は高校生である俺に合わせてくれているのか、普段の母性溢れるおっとりとした大家さんの“大人”の部分はすっかりナリを潜め、代わりに水路のコンクリート蓋の上を片足だけでジャンプして遊ぶ――お茶目な一面を見ることができた。
「ところで何か食べたい物とかあります?」
「お……」
「お?」
唐突なその質問にパニックってつい「大家さん!」と答えそうになった。
いやぁー危ない危ない。危うく死に至るところだった。
ちょうど近くにあった電柱で煩悩を払うべく頭突きをしたくもなったが、とりあえずは理性を総動員してその衝動を抑える。
「では、お好み焼きを……」
「あら奇遇ですね。私も好きなんですよ」
どれだけ心に深手を負ったとしても一瞬で癒える大家さんの優しいその笑顔。
あまりに天使過ぎて俺の精神が昇天してしまいそうになった。
「誰かと一緒に回るのは久々なので楽しみです」
そう言ってはにかむ大家さん。マジで天使過ぎる……。
俺の心臓は破裂してしまいそうなぐらいの爆音を轟かせた。
「よ、よろしくお願いします!」
屋台を巡り歩いたのは時間にして一時間ぐらいの事だったが、俺にとってその一時間は自分の人生のすべてを捧げてもかまわないと思えるぐらい夢のような時間だった。
――俺の人生は蜉蝣(かげろう)でもかまわない。
そんな思っているうちにチャンスは不意に訪れた。
「綺麗……」
気付けば俺と大家さんは人気のない神社の境内から花火を見上げていた。
俺はムードに従って大家さんの肩に手を回そうとしたが、ヘタレな性分が邪魔をして肩に手が触れるか触れないかぐらいの距離で甘酸っぱい断念に終わった。
この糞ヘタレ野郎が! ここで押さずしていつ押すんだよ!
いいからやれ今すぐに! 花火が終わればチャンスを失うぞ!
このチェリー野郎がああああ!
――と、心の声が情け容赦なく俺を罵倒する。
そうは言われても無理なものは無理なのだ。こればかりはどうしようもない。
「花火……終わっちゃいましたね」
大家さんの声が耳に入り、俺はハッと我に返った。
いつの間にか夜空は静まり、大家さんの視線を感じた。
もちろん恥ずかしくて大家さんの顔なんて直視できるわけがない。
俺は自分の本心を誤魔化すようにお得意の平静を装って答えた。
「綺麗でしたね」
「ええ、とっても」
ここで逃げるという選択肢はあり得ない。
そんな俺の脳裏をよぎるのはマリの後ろ姿――。
己の半端さが一人の女を傷付けた事を考えれば、それはなおさらだ。
(やるしかねえ……)
一世一代の大勝負に出るべく俺は瞳を閉じて呼吸を整えた。
「花火も終わりましたし、そろそろ帰りましょうか」
それができるのならすぐにでも帰りたい。
飛びつきたくなるような大家さんのその言葉を無視して俺は自分の思いを伝える覚悟ができるのをただひたすらに待った。
「二条さん……?」
心配するように俺の視界を覗き込んできた大家さん。
俺は大家さんの手をとった。
緊張のあまり泣きそうになったが、ようやく覚悟が決まった。
「大家さん……いえ、恵さん。俺は初めてあった時からあなたのことが好きでした。俺と突き合って下さい!」
初めての異性への告白。心臓が止まるかと思った。
興奮のあまり震える体。
今この瞬間は俺と大家さんの二人だけが世界を支配しているような錯覚さえ覚えもした。
――生か死か。
俺にとっては大家さんへの告白はそのぐらい大きな出来事であり、どういった答えであっても俺にとって大きな変化が訪れる事は避けられない。
だが俺は卑怯者だ。
すでに心の中では振られた時の為の予防線を張っていた。
おそらく振られるだろうと――……。
それでも、万が一の可能性がある。
俺はどちらも受け入れられる心理的余裕を作ろうと必死だった。
結局のところはこの後に及んでその根本にあるのは自己保身――。
追い詰められた人間は本性を露わにすると言うが、我ながらその下衆さには呆れてものが言えない。
そして思った。もっと自分を磨くべきだったと……。
「お気持ちは嬉しいですが……ごめんなさい」
当然言えば当然の答えだったが、俺の脳内で何かがプツリと切れる音がした。
その後の記憶は曖昧だったが何か取り繕うようなことを言った気がする。
大家さんに迷惑は掛けれないと強く思いつつ俺が精神的な死を迎えたのは大家さんと別れて自分の家に帰ってからすぐの事だった。
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