11 / 12
10
しおりを挟む綾が亡くなって一週間が経った。
綾が居ない生活は何も無かったあの頃の生活への逆戻りのようで。
あの日野々宮が持ってきてくれた金魚は、うちで飼う事になった。その金魚に餌をやりながら、ぼーーっと考える。何を?綾はもういないのに。何を考えることがあるのだろうか。
せめて50個の“したいこと”は叶えてあげたかったなぁ。
……そう言えばあのノートは何処に行ったのだろうか。途中から叶えるのが難しくなっていたから話題に出さないようにしていた。
43個目以降、綾は何を書いていたんだろうか。
もう綾には会えないし、ノートを見ても辛いだけだと分かっているのに、どうしても気になって僕は綾の母親に連絡した。
そして、病室にあったという桃色のノートを渡してくれた。僕に持っていて欲しい、と。
ありがたく受けとって、家に帰り、深呼吸してから開いた。
40個目までは見たことがある。
室内要素が多かったものを書き換えていたので二重線で消したりしている。
出来た“したいこと”に一言コメントのように付箋で感想が書かれている。これは初めて見る。彼女らしくて可愛いコメントがたくさんで、微笑ましい気持ちになってパラパラとページを捲っていたが、後半に差し掛かり僕は驚いた。
41個目から、ペンの色が変わっていた。
最初にノートを渡した時、彼女は沢山沢山思いついた様子でノートに書いていた。恐らく50個なんて優に超えていたと思う。でも40個までしかあの時は書いていなかったということで、つまり彼女は、41個目以降、叶えられないと思っていたんだろう。でもよく見ると、41個目に鉛筆で書いたのを消した跡がある。
本当は諦めていて、叶えられないと思って、いつでも諦めて消せるように、無難なものに変えられるように、鉛筆で書こうとしていたんだと思う。だけど、信じて、消えないボールペンで、書き直したんだろう。彼女の強い、生きたいという気持ちを感じた。…僕は上を向いて、少し経ってからページをめくり出した。
……
43個目
一年記念日のお祝いがしたい。
これは叶えられた、良かった。
大したことをしてあげられなかったのを悔やんでいたが、彼女は喜んでくれたみたいだ。
「瑞樹くんの生まれ育った街が見れて、嬉しかった。瑞樹のお父さんにも会えた、結構渋いイケメンだった!瑞樹くんもあんな感じになるのかな…?」
父さんは綾にとっては渋めのイケメンに見えてるんだな……俺にはただの父さんだけど……
…
44個目
また4人で遊びに行きたい。
…
45個目
海で泳ぎたい
…
46個目
夏祭りにもう一度行きたい
…
47個目
瑞樹くんのお嫁さんになりたい。
…
48個目
瑞樹くんとずっと一緒に居たい。
…
49個目
春香ちゃんと野々宮くんに瑞樹くんをお願いしたい。
…
50個目
瑞樹くんに幸せになって欲しい。
気付かないうちに僕の目からは涙が溢れていた。叶えられなかった悔しさが込み上げてくる。
よくみると49個目の所にも付箋がついている。
「春香ちゃんと野々宮くんに直接お願い出来た!これで悔いは無い!」
直接……?僕は野々宮に電話した。
「……あの花火大会の日の朝、瑞樹くんが来る前。僕と春香ちゃんは、綾ちゃんに呼ばれて先に病室にいたんだ。私に何かあっても、私がここから居なくなっても、瑞樹くんのことをお願いします。瑞樹くんがずーーーっと私の事引きずってたら引っぱたいて。50個の私のお願い叶えるって言ったでしょ、って。特別に45個で許してあげるから、その代わり他は絶対に叶えてよ。絶対、幸せになって。って………」
野々宮に礼を言って、静かに通話を切った。俺はもう涙なのかなんなのかわからないぐらいぐちゃぐちゃに泣いていた。
……
泣き疲れて寝ていたのだろうか、気付いたら朝日が窓から差していた。
…ノートを仕舞おうとして、付箋が2枚重なっていたことに気付いた。
「最後のページ」
急いでノートの最後のページを見ると、そこには封筒が貼り付けられていた。可愛らしい、花柄の封筒だった。
…
瑞樹くんへ
この手紙を読んでいる時、私はこの世にはもういないでしょう。……なーんて、こういうのやってみたかったんだけど辛気臭いからやめやめー!!
瑞樹くんはさ、私にめっちゃお花のイメージ持ってるっぽいので(お花は可愛いから私も好きだよ)花柄の便箋にしてみた!どう?かわいい???
瑞樹くんへの愛はきっと伝わってると思うし、直接伝えられたと思うけど伝えきれてなかったら無念すぎるのでここに全部書きます。
本当に本当に出会ってくれてありがとう。
あの日人生を終わらせようとしていた私は、瑞樹くんのお陰で明日が楽しみになりました。瑞樹くんのお陰で、死ぬのが怖くなりました。貴方と出会えたから、最後の最後まで、幸せに“花園綾”として人生を楽しめました。瑞樹くんは私の事が好きで好きでたまらないから、きっと今すぐこっちに来たいと思うんだけど、やめてください。迷惑です。もうちょっと1人の時間欲しい~!!!
なーんて。本当は1人は寂しいです。
けどちょっとなら平気です。多分お空の上では下界の数十年なんて一瞬です笑 なので寿命でこっちに来てください。
それと、私のこと引きずり過ぎないでください。でもすぐに忘れられると悲しいです。
付箋に悔いはない!とか書いたけどありまくりです。
本当は私が瑞樹くんの傍に居たかったし、橘綾になりたかったし、ずっと一緒にいたかったです。けど私は思ったんです。瑞樹くんがこっちに来てからずっと一緒にいればいいかな~って。なので綾は上で待ってます。でも綾は幸せの絶頂の時にこっちに来たので、瑞樹くんもきっと幸せで幸せで仕方なくならないと綾と同じところには来れないと思うんです。なので、暫くしたら綾の事は忘れて……うそ、忘れないで。片隅に置いててほしい。でも誰かと幸せになって下さい。最後までわがままでごめんね。
瑞樹くん、本当にありがとう。愛してる。またね!
P.S.あんまり早くこすぎないでね
綾より
…
泣いているのに笑顔になってしまった。
本当に最後の最後まで綾は綾だった。
こちらこそありがとう、綾。またね。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる