2 / 145
それは……番さんのところに、ですか?
しおりを挟む
(人事からのメールには、たしか来週からって……)
「なんでここにいるのかって、顔してますね」
俺の表情からあまり喜んでいないと感じ取ったのか、東谷の表情は少し陰りを見せた。
「あ、いや……」
俺はばつが悪くなり、俯き気味に目を逸らすと、デスクの上で開けっぱなしのノートパソコンを慌てて片手で閉じた。
「その……。出社は来週からじゃなかったのか?」
本社へ栄転になった東谷が、これからうちの支社で始まる、大型プロジェクトのリーダーに任命されたこと。
そして、短期間であったが支社へ戻ってくることは、人事からのメールで知っていた。
だが、メール文面に東谷の名前を見つけただけで速まる心臓の音と、俺はどう向き合っていいのか分からなかった。
そのため、それ以上考えることは止めて、必死に頭の片隅に追いやっていた。
(会うのは、あの日が最後だって思っていたのに……。だから……)
「ええ。実は今日中に手続きを終わらせて欲しいって、急遽言われてしまって。それでさっきまで、総務で手続きしてたんです」
「そう……だったのか……」
(俺、東谷とどんな話し方してたっけ……)
昔は気軽になんでも自然と話せていたはずなのに、歯切れの悪い話し方で東谷の目も見られない自分に、俺は嫌気が差す。
「まだ終業時刻からそれほど経ってないですし、誰か知っている人でも残っているかなって覗きに来たんですけど、どこも真っ暗で。今日はノー残業デーだったんですね」
「あっ、ああ……」
今日は月に一度の会社が決めたノー残業デーだったため、終業時刻を過ぎると皆早々に退社していき、照明も落とされていた。
そのため、静まりきったフロア内は俺と東谷の二人きりだった。
「ねぇ、勇利先輩……」
咄嗟に名前を呼ばれて俯いていた顔を上げると、東谷の顔は窓から差し込む月明りに照らされながら、ゆっくりと近づいてきた。
真剣な顔で真っ直ぐと見つめてくるその目に俺が映り込むと、あの日のことが思い出される。
『勇利先輩……』
『東谷ッ……』
眉間に皺を寄せ、少し苦しそうな東谷に見下ろされたとき、胸の奥から沸き立った愛おしいという気持ち。
東谷の汗が俺の顔に滴り落ち、頬を伝う感触。
頬に手を添えると、重ねるようにしながら握られた手のひらの温度。
ほんの少し思い出すだけで、俺は顔に火照りと腰に甘い疼きを感じ、思わず内股に力を込めた。
その時、ノートパソコンの横に伏せた状態で置いていた俺のスマホが、静かにバイブ音を鳴らした。
ハッとして俺は慌ててスマホを手に取ってメッセージを確認すると、そこにはいつものように、時間と場所だけが書かれていた。
「ごめん。俺もう行かないと……」
「それは……番さんのところに、ですか?」
「なんでここにいるのかって、顔してますね」
俺の表情からあまり喜んでいないと感じ取ったのか、東谷の表情は少し陰りを見せた。
「あ、いや……」
俺はばつが悪くなり、俯き気味に目を逸らすと、デスクの上で開けっぱなしのノートパソコンを慌てて片手で閉じた。
「その……。出社は来週からじゃなかったのか?」
本社へ栄転になった東谷が、これからうちの支社で始まる、大型プロジェクトのリーダーに任命されたこと。
そして、短期間であったが支社へ戻ってくることは、人事からのメールで知っていた。
だが、メール文面に東谷の名前を見つけただけで速まる心臓の音と、俺はどう向き合っていいのか分からなかった。
そのため、それ以上考えることは止めて、必死に頭の片隅に追いやっていた。
(会うのは、あの日が最後だって思っていたのに……。だから……)
「ええ。実は今日中に手続きを終わらせて欲しいって、急遽言われてしまって。それでさっきまで、総務で手続きしてたんです」
「そう……だったのか……」
(俺、東谷とどんな話し方してたっけ……)
昔は気軽になんでも自然と話せていたはずなのに、歯切れの悪い話し方で東谷の目も見られない自分に、俺は嫌気が差す。
「まだ終業時刻からそれほど経ってないですし、誰か知っている人でも残っているかなって覗きに来たんですけど、どこも真っ暗で。今日はノー残業デーだったんですね」
「あっ、ああ……」
今日は月に一度の会社が決めたノー残業デーだったため、終業時刻を過ぎると皆早々に退社していき、照明も落とされていた。
そのため、静まりきったフロア内は俺と東谷の二人きりだった。
「ねぇ、勇利先輩……」
咄嗟に名前を呼ばれて俯いていた顔を上げると、東谷の顔は窓から差し込む月明りに照らされながら、ゆっくりと近づいてきた。
真剣な顔で真っ直ぐと見つめてくるその目に俺が映り込むと、あの日のことが思い出される。
『勇利先輩……』
『東谷ッ……』
眉間に皺を寄せ、少し苦しそうな東谷に見下ろされたとき、胸の奥から沸き立った愛おしいという気持ち。
東谷の汗が俺の顔に滴り落ち、頬を伝う感触。
頬に手を添えると、重ねるようにしながら握られた手のひらの温度。
ほんの少し思い出すだけで、俺は顔に火照りと腰に甘い疼きを感じ、思わず内股に力を込めた。
その時、ノートパソコンの横に伏せた状態で置いていた俺のスマホが、静かにバイブ音を鳴らした。
ハッとして俺は慌ててスマホを手に取ってメッセージを確認すると、そこにはいつものように、時間と場所だけが書かれていた。
「ごめん。俺もう行かないと……」
「それは……番さんのところに、ですか?」
57
あなたにおすすめの小説
完結|好きから一番遠いはずだった
七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。
しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。
なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。
…はずだった。
番じゃない僕らの恋~俺の唯一だった君~
伊織
BL
高校1年生の蓮(れん)は、成績優秀で運動神経も抜群なアルファ。
誰よりも大切に想っているのは、幼い頃からずっとそばにいた幼なじみのオメガ・陽(ひなた)だった。
初めての発情期(ヒート)──それは、蓮と陽の関係を静かに、でも確実に変えていく。
「陽が、知らない誰かに抱かれるのは嫌だ」
その言葉をきっかけに、陽は蓮だけに身体を預けるようになる。
まだ番にはなれない年齢のふたり。
触れ合えば触れ合うほど、高まる独占欲と焦燥、そして不安。
ただ一緒にいられる今を、大切に過ごしていた。
けれど、優しくあるはずのこの世界は、オメガである陽に静かな圧力を与えていく。
気づけば、陽が少しずつ遠ざかっていく。
守りたくても守りきれない。
アルファであるはずの自分の無力さに、蓮は打ちのめされていく。
番じゃない。
それでも本気で求め合った、たったひとつの恋。
これは、ひとりのアルファが、
大切なオメガを想い続ける、切なくて愛しい学園オメガバース・ラブストーリー。
黒の執愛~黒い弁護士に気を付けろ~
ひなた翠
BL
小野寺真弥31歳。
転職して三か月。恋人と同じ職場で中途採用の新人枠で働くことに……。
朝から晩まで必死に働く自分と、真逆に事務所のトップ2として悠々自適に仕事をこなす恋人の小林豊28歳。
生活のリズムも合わず……年下ワンコ攻め小林に毎晩のように求められてーー。
どうしたらいいのかと迷走する真弥をよそに、熱すぎる想いをぶつけてくる小林を拒めなくて……。
忙しい大人の甘いオフィスラブ。
フジョッシーさんの、オフィスラブのコンテスト参加作品です。
うそつきΩのとりかえ話譚
沖弉 えぬ
BL
療養を終えた王子が都に帰還するのに合わせて開催される「番候補戦」。王子は国の将来を担うのに相応しいアルファであり番といえば当然オメガであるが、貧乏一家の財政難を救うべく、18歳のトキはアルファでありながらオメガのフリをして王子の「番候補戦」に参加する事を決める。一方王子にはとある秘密があって……。雪の積もった日に出会った紅梅色の髪の青年と都で再会を果たしたトキは、彼の助けもあってオメガたちによる候補戦に身を投じる。
舞台は和風×中華風の国セイシンで織りなす、同い年の青年たちによる旅と恋の話です。
発情薬
寺蔵
BL
【完結!漫画もUPしてます】攻めの匂いをかぐだけで発情して動けなくなってしまう受けの話です。
製薬会社で開発された、通称『発情薬』。
業務として治験に選ばれ、投薬を受けた新人社員が、先輩の匂いをかぐだけで発情して動けなくなったりします。
社会人。腹黒30歳×寂しがりわんこ系23歳。
相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~
柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】
人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。
その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。
完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。
ところがある日。
篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。
「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」
一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。
いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。
合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)
イケメンに育った甥っ子がおれと結婚するとか言ってるんだがどこまでが夢ですか?
藤吉めぐみ
BL
会社員の巽は、二年前から甥の灯希(とき)と一緒に暮らしている。
小さい頃から可愛がっていた灯希とは、毎日同じベッドで眠り、日常的にキスをする仲。巽はずっとそれは家族としての普通の距離だと思っていた。
そんなある日、同期の結婚式に出席し、感動してつい飲みすぎてしまった巽は、気づくと灯希に抱かれていて――
「巽さん、俺が結婚してあげるから、寂しくないよ。俺が全部、巽さんの理想を叶えてあげる」
……って、どこまで夢ですか!?
執着系策士大学生×天然無防備会社員、叔父と甥の家庭内ラブ。
月兎
宮成 亜枇
BL
代々医者というアルファの家系に生まれ、成績優秀な入江朔夜は、自らをアルファだと信じて疑わなかった。
そうして、十五歳の誕生日を迎え行われた、もう一つの性を判定する検査。
その結果は──『オメガ』。
突きつけられた結果に呆然とする彼に、両親は朔夜に別の場所で生活する事を提案する。
アルファである両親はもちろん、兄弟にも影響が及ぶ前に。
納得のいかない彼ではあったが、従うしかなかった。
”オメガバース”
男女とは違うもう一つの性。
本来の性別よりも、厄介なもの。
オメガという判定を受けた朔夜と、小さい頃からの幼馴染みである、鷲尾一真、そして、水無瀬秀。
彼らはもう一つの性に翻弄されながらも、成長していく。
・
こちらは、『女王蜂』の一真と朔夜の中学生〜高校生にかけての物語です。
ストーリー重視のため、過激な描写はあまり(ほとんど?)ありませんが、中学生×中学生のシーンがありますのでご了承ください。
また、こちらの更新は不定期になりますので、もし興味を持って頂けましたらお気に入り登録をしてくださると嬉しいです。
よろしくお願い致します。
※表紙は『かんたん表紙メーカー』にて作成しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる