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王弟一家(2)
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「トロージ、落ち着け」
「貴様誰に物を言っているっ! 僕の名前を呼び捨てにするなんて……!」
呼び捨てにされただけで、領主の息子のトロージは血管が切れそうなほど怒っている。人垣の中から進み出たアイラを射殺さんばかりに睨みつけ、こう続ける。
「貴様、僕のことを知らないのか? 街の人間ではないな? けれど知らないからと言って許されるわけではない。貴様は即刻処刑……」
トロージはそこで細い目を丸くしてアイラを凝視した。
「貴様……。え? ……あれ?」
何度もまばたきし、目をこする。
「似てる、けど……いや、そんな……髪型も違うし。ズボン穿いてるし……。だが、他人の空似にしては似過ぎて……」
「久しぶりだな、トロージ」
しかしアイラのその一言によって、混乱していたトロージは相手の正体に確信を持ったようだった。
口元をピクピクと引きつらせて冷や汗を垂らすと、トロージはくるりと体を反転させた。
「お、おい、帰るぞ」
そしてぎこちなく騎士たちを先導して、来た道を戻っていく。
「なんだ、あいつ。せっかく会ったのに」
「ライア!」
男装している時の偽名で呼ばれて振り返ると、買い物を終えたらしいルルが荷物を持ってこちらに走ってきた。
そしてみんなの注目を浴びているアイラの手を取り、人垣の奥へと連れて行く。
「何やってるんです! さっきのトロージ様でしょう? 彼に声をかけるなんて! 絶対にアイラ様だと気づかれましたよ」
「だってトロージが調子に乗ってたから……」
「とにかく今日はもう戻りましょう。注目を浴び過ぎです。ベンチで待ってるよう言ったのに。数は少ないでしょうが、追手の騎士だっているかもしれないんですから」
「うん……。だってトロージが調子に乗ってたからさ」
「分かりましたから。……アイラが出ていかなければあの親子はどうなっていたか分かりませんしね。仕方ないです」
叱られてアイラが少ししょぼんとしてしまったので、ルルは彼女の行動を肯定することにした。何だかんだで甘いのだ。
そして二人は尾行に警戒しながら山へと戻って行ったのだった。
「ところで、ベンチで待ってる時に男が三人声をかけてきたんだ。私に金を渡そうとして、『今晩どう?』って言ってたけど、あれは何だったんだろう?」
「今度そんな男が来たら問答無用で顔面を殴っていいです」
「ううん……」
朝、アイラはベッドの中でもぞもぞと動いた。このベッドはただでさえ狭いし固いのに、ルルがいつもアイラを抱きまくら代わりにしてくるから、さらに寝心地が悪い。
「奴隷のくせに……」
寝ぼけながら悪態をつく。ルルにくっついていると温かいし、いい匂いがするけど、やはり不自由だ。城の広いふかふかベッドが懐かしい。
狭い、と呟きながらルルの拘束から逃れようとするが、半分寝ている状態で抵抗してもすぐに捕まってしまう。
「うぅ……」
目をつぶったまま眉間にしわを寄せ、猫のように唸る。すると頭上からフッと笑い声が落ちてきた。ルルが笑うと胸が僅かに振動するので、それでアイラもやっと完全に目を覚ます。
「おはようございます、アイラ」
ルルはカーテン越しの朝日を浴びて爽やかにほほ笑んだ。金色の髪がきらきらと輝いている。
ルルはアイラを抱きまくら代わりにしているからか、毎日よく眠れているようだ。
「……髪、戻ってる」
「ええ、アイラも戻っています。また魔法をかけ直さないといけませんね。でも思ったより持ちました」
兄弟だという設定で通用するように二人とも黒くしていた髪が、お互い金と銀に戻っていた。
「さぁ、起きましょう」
「うん」
アイラは目をこすりながら起き上がる。
トロージと会って三日経っていたが、アイラたちの生活に特に変化はなかった。トロージが何か行動を起こすかもとルルは心配していたが、昨日までにトロージや公爵家の騎士たちがこの山小屋にやって来たりすることもなかった。
「トロージ様はアイラとあまり関わりたくないのかもしれません」
顔を洗って着替えた後、ルルはエプロンを付けて朝食の用意をしながら言う。アイラは寝ぼけ眼で朝食が出来上がるのを待っていたが、その視線は窓の外へと向いていた。
「どうかしましたか?」
「馬が元気ないんだ。ちょっと見てくる」
今日のようにポカポカと晴れて天気がいい日は、普通の馬なら芝生の上で寝転がったり、元気にその辺を駆けたりしていてもおかしくない。しかしアイラの馬は木に繋がれているわけでもないのに、木陰に立ったまま首を下げてじっと動かない。
というか、そもそもこの馬が駆ける姿なんて見たことがなかった。いつもじっとしているか、やたらと食べているかだ。
改めてそれに気づいて、アイラはこの馬は病気なのでは? と不安になった。
「トロージー!」
馬の体調を心配したアイラは翌日、ルルと共にアイリーデの街に下り、その外れに建っている豪邸――アイリーデ公爵の屋敷を訪れた。
馬の飼料のことはよく分からなかったが、公爵家では飼っている馬にきっと栄養豊富な餌を与えているだろうと考え、それを分けてもらいに来たのだ。
ちなみにルルは全てを諦めてアイラの好きにさせている。
「おーい! トロージ!」
遊ぼー、と言いそうな気軽な雰囲気で、アイラは屋敷の門の前に立っていた。
しかしすぐに門番二人がやってきてアイラをきつく睨む。
「おい、お前! 先程から何のつもりだ。トロージ様の名前を呼び捨てにするなど許されないぞ。捕まえて檻に入れてやる」
門番の騎士はそう言ったが、もう一人の騎士が彼をすぐに止めた。
「お、おい、待て。こいつ……」
「あ、お前」
アイラも彼のことをどこかで見た顔だと思ったが、街の食堂で会ったくせ毛の騎士だ。
「門番だったのか。ここを開けろ」
「そ、そんなことできるわけねぇだろ! お前のような物騒な奴を入れたら、俺が罰を受ける」
くせ毛の騎士はアイラにちょっと怯えつつ言う。門を開けることは拒否されたので、アイラは「仕方がないな」と呟いて力を使うことにした。
片手を構え、鍵がかかっている鉄製の門を魔力で押す。堅かったが、ガタガタと細かく振動した後で門は壊れた。衝撃音と共に吹っ飛んだのだ。
「開いた。トロージー!」
アイラは堂々と敷地内へと入っていく。くせ毛の騎士は顔を引きつらせた後、自分は何も見なかったという顔をしてアイラと関わるのを避けたし、他の騎士たちも得体の知れない魔法を恐れて戦おうとはしない。
結局、騎士たちは公爵たちに報告に行くため、屋敷の中へ駆けて行くだけだった。
「トロージー! どこだー!」
「……今のアイラを見ていると、昔読んだ恐怖小説を思い出します」
ルルは小さく呟く。狙った獲物を殺すために殺人鬼が家に侵入して、扉に鍵をかけようが隠れようがどこまでも追いかけてくる話だ。
そしてアイラが屋敷の中に堂々と入り込むと、そこでやっと屋敷の主人が慌ててやって来た。
「ア、アイラ! トロージから街で見かけたとは聞いていたが、まさか本当に……」
アイリーデ公爵は中央の階段を駆け下りてきて、息を切らせたままアイラに近づく。
「やぁ、叔父上。元気そうだな」
「アイラ。本当にアイラなのだな?」
公爵は複雑な表情をして言った。アイラが無事に生きていることに感動しているのとは少し違う反応だ。
招いていない客に訪ねてこられて困っているのだろう。
「アイラ様!」
夫に続いてやって来た公爵夫人も同じような顔をした。
二人とも黒髪で、息子と同じくぽっちゃりしている。アイラの兄は太り過ぎてパンパンなので硬そうに見えるのだが、彼らはいい感じに柔らかそうだとアイラはいつも思っていた。
やがてトロージも「来てしまったか……」という嫌そうな顔をしてアイラのもとにやって来た。
けれどアイラはトロージのことはそれほど嫌いではなかった。アイラの兄と違って、トロージはアイラにベタベタ触れてきたりしないからだ。
彼が弱い者に暴力を振るっていると、イラッとして嫌悪感を持つこともあるけれど。
「とにかく応接間に行こう。こんなところでもしも王都の騎士たちに見つかったら、我々も追及される」
開いたままの大きな玄関扉を見て公爵は言う。そしてアイラとルルを奥の応接間へと連れて行った。
「それで、うちには何の用で来たのだ?」
公爵は応接室のソファーに座ると、早速こう切り出した。アイラはその向かいに座り、ルルはアイラの後ろに立って黙っている。こういう場で奴隷はもちろんソファーに座れないし、発言することも許されないのだ。
「ここで匿え」と言われるのではと思っているのか、公爵たちはおどおどと眉尻を下げている。嫌だけどそう言われたら断れないし、と思っているのだろう。
公爵たちは強きに媚びて弱きをくじくタイプの人間だ。アイラが地位と権力を失った今、くるりと手のひらを返してひどい態度を取ってきてもおかしくはなかったが、それをしないのはアイラの力を恐れているからだろう。
「実はうちで飼っている馬が体調不良でな。元気がないんだ」
アイラは真剣に話し出した。
「だから馬の餌を貰いに来た。お前のところは良い餌を馬にやっているだろうと思って」
「そ、それだけか……?」
公爵も夫人も戸惑っている様子だった。トロージも困惑しながら言う。
「というか、アイラ様は今、どこで生活しておられるのですか?」
「山小屋」
「山小屋っ!?」
「そうだ。着替えも半分くらいは自分でしてる。半分はルルに手伝ってもらってるけど……。でももうボタンは上手にとめられるようになったし、それにお風呂も一人で入ってる。ルルに石鹸の泡立て方を教えてもらったから。最初にちょっと水で濡らすのがコツなんだ。知ってたか?」
「えぇ!?」
トロージたちは、落ちぶれたのか成長したのか分からないアイラの変化に驚いたのだった。
「貴様誰に物を言っているっ! 僕の名前を呼び捨てにするなんて……!」
呼び捨てにされただけで、領主の息子のトロージは血管が切れそうなほど怒っている。人垣の中から進み出たアイラを射殺さんばかりに睨みつけ、こう続ける。
「貴様、僕のことを知らないのか? 街の人間ではないな? けれど知らないからと言って許されるわけではない。貴様は即刻処刑……」
トロージはそこで細い目を丸くしてアイラを凝視した。
「貴様……。え? ……あれ?」
何度もまばたきし、目をこする。
「似てる、けど……いや、そんな……髪型も違うし。ズボン穿いてるし……。だが、他人の空似にしては似過ぎて……」
「久しぶりだな、トロージ」
しかしアイラのその一言によって、混乱していたトロージは相手の正体に確信を持ったようだった。
口元をピクピクと引きつらせて冷や汗を垂らすと、トロージはくるりと体を反転させた。
「お、おい、帰るぞ」
そしてぎこちなく騎士たちを先導して、来た道を戻っていく。
「なんだ、あいつ。せっかく会ったのに」
「ライア!」
男装している時の偽名で呼ばれて振り返ると、買い物を終えたらしいルルが荷物を持ってこちらに走ってきた。
そしてみんなの注目を浴びているアイラの手を取り、人垣の奥へと連れて行く。
「何やってるんです! さっきのトロージ様でしょう? 彼に声をかけるなんて! 絶対にアイラ様だと気づかれましたよ」
「だってトロージが調子に乗ってたから……」
「とにかく今日はもう戻りましょう。注目を浴び過ぎです。ベンチで待ってるよう言ったのに。数は少ないでしょうが、追手の騎士だっているかもしれないんですから」
「うん……。だってトロージが調子に乗ってたからさ」
「分かりましたから。……アイラが出ていかなければあの親子はどうなっていたか分かりませんしね。仕方ないです」
叱られてアイラが少ししょぼんとしてしまったので、ルルは彼女の行動を肯定することにした。何だかんだで甘いのだ。
そして二人は尾行に警戒しながら山へと戻って行ったのだった。
「ところで、ベンチで待ってる時に男が三人声をかけてきたんだ。私に金を渡そうとして、『今晩どう?』って言ってたけど、あれは何だったんだろう?」
「今度そんな男が来たら問答無用で顔面を殴っていいです」
「ううん……」
朝、アイラはベッドの中でもぞもぞと動いた。このベッドはただでさえ狭いし固いのに、ルルがいつもアイラを抱きまくら代わりにしてくるから、さらに寝心地が悪い。
「奴隷のくせに……」
寝ぼけながら悪態をつく。ルルにくっついていると温かいし、いい匂いがするけど、やはり不自由だ。城の広いふかふかベッドが懐かしい。
狭い、と呟きながらルルの拘束から逃れようとするが、半分寝ている状態で抵抗してもすぐに捕まってしまう。
「うぅ……」
目をつぶったまま眉間にしわを寄せ、猫のように唸る。すると頭上からフッと笑い声が落ちてきた。ルルが笑うと胸が僅かに振動するので、それでアイラもやっと完全に目を覚ます。
「おはようございます、アイラ」
ルルはカーテン越しの朝日を浴びて爽やかにほほ笑んだ。金色の髪がきらきらと輝いている。
ルルはアイラを抱きまくら代わりにしているからか、毎日よく眠れているようだ。
「……髪、戻ってる」
「ええ、アイラも戻っています。また魔法をかけ直さないといけませんね。でも思ったより持ちました」
兄弟だという設定で通用するように二人とも黒くしていた髪が、お互い金と銀に戻っていた。
「さぁ、起きましょう」
「うん」
アイラは目をこすりながら起き上がる。
トロージと会って三日経っていたが、アイラたちの生活に特に変化はなかった。トロージが何か行動を起こすかもとルルは心配していたが、昨日までにトロージや公爵家の騎士たちがこの山小屋にやって来たりすることもなかった。
「トロージ様はアイラとあまり関わりたくないのかもしれません」
顔を洗って着替えた後、ルルはエプロンを付けて朝食の用意をしながら言う。アイラは寝ぼけ眼で朝食が出来上がるのを待っていたが、その視線は窓の外へと向いていた。
「どうかしましたか?」
「馬が元気ないんだ。ちょっと見てくる」
今日のようにポカポカと晴れて天気がいい日は、普通の馬なら芝生の上で寝転がったり、元気にその辺を駆けたりしていてもおかしくない。しかしアイラの馬は木に繋がれているわけでもないのに、木陰に立ったまま首を下げてじっと動かない。
というか、そもそもこの馬が駆ける姿なんて見たことがなかった。いつもじっとしているか、やたらと食べているかだ。
改めてそれに気づいて、アイラはこの馬は病気なのでは? と不安になった。
「トロージー!」
馬の体調を心配したアイラは翌日、ルルと共にアイリーデの街に下り、その外れに建っている豪邸――アイリーデ公爵の屋敷を訪れた。
馬の飼料のことはよく分からなかったが、公爵家では飼っている馬にきっと栄養豊富な餌を与えているだろうと考え、それを分けてもらいに来たのだ。
ちなみにルルは全てを諦めてアイラの好きにさせている。
「おーい! トロージ!」
遊ぼー、と言いそうな気軽な雰囲気で、アイラは屋敷の門の前に立っていた。
しかしすぐに門番二人がやってきてアイラをきつく睨む。
「おい、お前! 先程から何のつもりだ。トロージ様の名前を呼び捨てにするなど許されないぞ。捕まえて檻に入れてやる」
門番の騎士はそう言ったが、もう一人の騎士が彼をすぐに止めた。
「お、おい、待て。こいつ……」
「あ、お前」
アイラも彼のことをどこかで見た顔だと思ったが、街の食堂で会ったくせ毛の騎士だ。
「門番だったのか。ここを開けろ」
「そ、そんなことできるわけねぇだろ! お前のような物騒な奴を入れたら、俺が罰を受ける」
くせ毛の騎士はアイラにちょっと怯えつつ言う。門を開けることは拒否されたので、アイラは「仕方がないな」と呟いて力を使うことにした。
片手を構え、鍵がかかっている鉄製の門を魔力で押す。堅かったが、ガタガタと細かく振動した後で門は壊れた。衝撃音と共に吹っ飛んだのだ。
「開いた。トロージー!」
アイラは堂々と敷地内へと入っていく。くせ毛の騎士は顔を引きつらせた後、自分は何も見なかったという顔をしてアイラと関わるのを避けたし、他の騎士たちも得体の知れない魔法を恐れて戦おうとはしない。
結局、騎士たちは公爵たちに報告に行くため、屋敷の中へ駆けて行くだけだった。
「トロージー! どこだー!」
「……今のアイラを見ていると、昔読んだ恐怖小説を思い出します」
ルルは小さく呟く。狙った獲物を殺すために殺人鬼が家に侵入して、扉に鍵をかけようが隠れようがどこまでも追いかけてくる話だ。
そしてアイラが屋敷の中に堂々と入り込むと、そこでやっと屋敷の主人が慌ててやって来た。
「ア、アイラ! トロージから街で見かけたとは聞いていたが、まさか本当に……」
アイリーデ公爵は中央の階段を駆け下りてきて、息を切らせたままアイラに近づく。
「やぁ、叔父上。元気そうだな」
「アイラ。本当にアイラなのだな?」
公爵は複雑な表情をして言った。アイラが無事に生きていることに感動しているのとは少し違う反応だ。
招いていない客に訪ねてこられて困っているのだろう。
「アイラ様!」
夫に続いてやって来た公爵夫人も同じような顔をした。
二人とも黒髪で、息子と同じくぽっちゃりしている。アイラの兄は太り過ぎてパンパンなので硬そうに見えるのだが、彼らはいい感じに柔らかそうだとアイラはいつも思っていた。
やがてトロージも「来てしまったか……」という嫌そうな顔をしてアイラのもとにやって来た。
けれどアイラはトロージのことはそれほど嫌いではなかった。アイラの兄と違って、トロージはアイラにベタベタ触れてきたりしないからだ。
彼が弱い者に暴力を振るっていると、イラッとして嫌悪感を持つこともあるけれど。
「とにかく応接間に行こう。こんなところでもしも王都の騎士たちに見つかったら、我々も追及される」
開いたままの大きな玄関扉を見て公爵は言う。そしてアイラとルルを奥の応接間へと連れて行った。
「それで、うちには何の用で来たのだ?」
公爵は応接室のソファーに座ると、早速こう切り出した。アイラはその向かいに座り、ルルはアイラの後ろに立って黙っている。こういう場で奴隷はもちろんソファーに座れないし、発言することも許されないのだ。
「ここで匿え」と言われるのではと思っているのか、公爵たちはおどおどと眉尻を下げている。嫌だけどそう言われたら断れないし、と思っているのだろう。
公爵たちは強きに媚びて弱きをくじくタイプの人間だ。アイラが地位と権力を失った今、くるりと手のひらを返してひどい態度を取ってきてもおかしくはなかったが、それをしないのはアイラの力を恐れているからだろう。
「実はうちで飼っている馬が体調不良でな。元気がないんだ」
アイラは真剣に話し出した。
「だから馬の餌を貰いに来た。お前のところは良い餌を馬にやっているだろうと思って」
「そ、それだけか……?」
公爵も夫人も戸惑っている様子だった。トロージも困惑しながら言う。
「というか、アイラ様は今、どこで生活しておられるのですか?」
「山小屋」
「山小屋っ!?」
「そうだ。着替えも半分くらいは自分でしてる。半分はルルに手伝ってもらってるけど……。でももうボタンは上手にとめられるようになったし、それにお風呂も一人で入ってる。ルルに石鹸の泡立て方を教えてもらったから。最初にちょっと水で濡らすのがコツなんだ。知ってたか?」
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