公爵夫婦は両想い

三国つかさ

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 朝、ピチカは仕事に向かうため、ヴィンセントと一緒に馬車に乗り込んだ。
 そして訊こうと思っていた質問をする。

「ヴィンセント様の次のお休みはいつですか? その日に私もお休みを貰おうかと思っているんです」

 屋敷から城までは馬車で三十分ほどかかるので一人で乗っているのもつまらないし、休みの日はヴィンセントと一緒にいたいので、どうせなら休みを合わせたいと思ったのだ。
 
「休み? 私には休みはない。登城しない日でも領主としての仕事があるからな」
「でも、それでは体を壊してしまいます」
「今までずっとこんな生活だったが大丈夫だ。休みを貰ってもどうせ暇だしな」
「そうですか……」

 ピチカが肩を落としたように見えたのだろうか、ヴィンセントは珍しく気を回して言う。

「ああ、そういう意味ではないんだ。今までは独り身だったし友もいなかったから『どうせ暇だ』と言っただけで、今はピチカがいるから……」
「あ、いえ! 私もそういうつもりではないんです。拗ねているわけではなく、ヴィンセント様が心配で」

 ピチカは顔を上げてヴィンセントを見た。
 かと思うと、

「ヴィンセント様が大丈夫だとおっしゃるなら大丈夫なのかもしれませんが、やはり一切休日を作らないというのは心配です。……その、妻としては……」

 今度は頬を赤らめながらまた下を向いて、ピチカは自分の膝を見つめる。もっと堂々としていたいが、自分で自分を「妻」と言うのはまだ慣れなくて、変にもじもじしてしまう。
 すると、あまり休日の必要性を感じていなかったらしいヴィンセントも意見を変えてこう言った。

「では、明日は仕事を休む」
「え? 急な決断ですね」
 
 ピチカはそう返しつつ、だったら自分も明日は休もうと考えた。二ヶ月で森を一周りするという目標が守れそうなら、仕事をする時間も休日をいつ取るかも自由なのだ。
 ただ、デオたち見回りに同行してくれる兵士には、ピチカが森に来る時間や休日の予定などを少なくとも前日には言っておく必要がある。

(明日は来れないって、今日、デオに伝えておこう)
 
 頭の中でそう呟きながら、わくわくと心を弾ませる。結婚してからヴィンセントはずっと仕事だったし、丸一日一緒にいるのなんて初めてだ。
 何をしよう? と考えて表情を緩める。まだお給料は出ないので、ケーキを食べに行くデートはお預けだ。
 一緒にお茶を飲みながらお喋りをするか、二人で庭を散歩するか、それともヴィンセントに魔術を教えてもらおうか――などと考えながらピチカはニマニマ笑った。口角が勝手に上がってしまう。

「ところで――」

 するとそこでヴィンセントは話を変えた。ピチカは緩んだ表情を引き締めて、「何でしょう?」と言葉を待つ。
 
「実は、今日からピチカに護衛を付ける事にした。私の知り合いの魔術師が森へ行くから、見回りは彼と一緒に行ってくれ」
「護衛? でも、デオたちもいますし……」

 それにヴィンセント様はすでに私に色々防御魔術をかけてくれているのでは? とピチカは思ったが、ヴィンセントはやはりピチカが思っていた以上に心配症なようだ。

「兵士たちだけでは不安だ。信頼できる魔術師だから、どうか彼と一緒に行動してくれ」

 ヴィンセントは本気でピチカの事を憂いている様子で、真剣な表情をしている。
 そしてそうやって頼まれると、ピチカも断る事はできなかった。

「分かりました。じゃあその人と一緒に森を歩くようにします。彼という事は男性ですよね? 何というお名前の方ですか?」
「名前はシリン・ヨークだ。うちの隊の魔術師だが、ピチカは会った事がないはずだ」
「ええ、聞いた事のない名前です」

 ヴィンセントが信用していているという事は、能力も人格も優れた人物なのだろう。
 だが、〝王の森〟は比較的安全な森だし、見回りはデオたち兵士も一緒だ。それにピチカはシールドを張れる上に、ヴィンセントによって防御魔術が何重にもかかっている。
 そこに第一隊のエリート魔術師をさらに護衛として派遣するなんて、少々警戒過剰なのではとも思う。

 しかし何の心配もされずに放って置かれるよりずっと嬉しいので、ピチカはヴィンセントの厚意を受け入れる事にしたのだった。


 城でヴィンセントを降ろしてから、ピチカは森に向かった。そして馬車を降りてデオたちがいる監視塔の扉を叩くと、皆すぐに外へ出てきてくれた。
 出てきたのは四人で、デオと、昨日と同じ二人の兵士、そしてその他にもう一人見知らぬ男がいる。

(きっとあの人がシリンさんね)

 ピチカはそう予想をつけた。服装が魔術師っぽかったからだ。
 身長はヴィンセントと同じくらいで高く、ふわふわした短いくせ毛の薄茶色の髪をしている。顔つきは優しげで、丸い眼鏡をかけていた。
 にこにこと垂れた目を見ても、穏やかな人物である事が分かる。
 ピチカを見ると、まずデオが言った。

「ピチカ様、この魔術師、ピチカ様の護衛のために来たって言ってますけど本当ですか? アルカンさんからは何も聞いていないんですが」
「ええ、そうなの。いきなりごめんね。私もさっき聞いたところで……。アルカン隊長じゃなくて、ヴィンセント様が私の事を心配して彼をよこしてくれたの。あなた、シリンさんですよね?」

 男に向かって尋ねると、彼は「そうです」と言って頷いた。

「初めまして、ピチカさん。僕はシリン・ヨークです。ヴィンセント隊長から頼まれて来ました。これからよろしくお願いします」

 シリンは右手を差し出してきたので、ピチカはおずおずとそれに応えた。

「よろしくお願いします。あの、何だかすみません。ヴィンセント様が無理を言ったんでなければいいのですが……」

 森を調べるピチカの護衛をするという仕事は、第一隊の有能な魔術師にとって張り合いのない、とてもつまらない仕事なのではないだろうか。シリンは隊長命令に逆らえず、嫌々ここに来たのではとピチカは心配した。
 しかしシリンはほがらかな笑顔を浮かべたまま、それを否定する。

「いえ、大丈夫ですよ。ご心配なさらずに。たまにはこんな仕事も新鮮です。是非、僕の事を頼ってください」
「ありがとうございます」

 いい人だなと思いながら、ピチカは答えた。
 デオは納得しているようなしていないような微妙な顔をしていたが、結局ため息をついてこう言った。

「ヴィンセントさんって結構心配症なんですね。この森ではそうそう危険な事なんて起こらないし、兵士の俺たちもいる。あんたが活躍する機会はないと思うけど……」

 前半はピチカを、後半はシリンを見てデオが言うと、シリンはこう返した。
 
「僕としても用無しである方が有り難いですよ。何か起きればピチカさんが怖い思いをするかもしれませんから、そういう状況にはならない方がいいです。さぁ、じゃあ行きましょうか。お喋りするのは歩きながらでもできますから」
「何であんたが仕切ってるんだよ」

 デオは口を尖らせながら言うが、シリンはピチカを手招きして、マイペースに森の中へ入っていったのだった。


 森を見回っている最中、ピチカはシリンにいくつか質問を投げかけた。これからずっと護衛をしてもらう事になるのだから、相手の事はよく知っていた方がいいと思って。
 その結果、歳は二十四歳で出身は王都だという事。商家の生まれだが、魔力があったので家は継がずに魔術師になり、魔術師団に入って八年目だという事。そしてお酒には強く、好きでよく飲んでいるという事、食べ物で好きなのはサンドイッチだという事が分かった。
 シリンは質問攻めにされても気を悪くする事なく、終始笑顔だった。

「ところで……」

 シリンの事がある程度分かると、ピチカはそわそわしながら話を変える。

「お仕事中のヴィンセント様の様子はどんな感じですか?」

 転ばないよう足元にも気をつけつつ、ピチカは頬を染めてシリンを見た。
 シリンは一瞬その質問に戸惑った様子だったが、軽く首を傾げてこう答える。

「別に普通ですよ?」
「楽しそうに笑ったりとかしておられますか?」
「笑う? いいえ。どうしてそんな事を聞くんです?」
「いえ! 別に深い意味はないんです。ただ、私の前にいる時より、仕事中の方が楽しそうな様子ならちょっと寂しいなと思っただけで……」

 ピチカがそう言うと、シリンはフッと声を漏らして笑った。
 今までの人の良さそうな笑顔とは違う、大人っぽい、魅力的な表情で。
 
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