そして、燻む。美しく。

頭痛

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第一章

踏切

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 またパトカーだ。
山下さんの件と関係しているのだろう、先刻さっきからやたらとすれ違う。
そういえば、ヘリコプターもずっと飛んでいる気がする。
 いつもは静かな河沿いの通りも、今日は少し人が多く感じられる。
皆一様に、何かを話しているようだ。
 こんな「長閑のどか」という言葉を辞書で調べたら、航空写真付きで地名が紹介されそうな田舎に似つかわしくない事件が起きたのだから、騒がしくなるのも無理はないのかもしれない。

 河に架かる橋を渡り大通りを過ぎれば、僕の家がある方角の道と、山側へ向かう道に分かれる。
 山下さんは市内の山中で発見されたと言っていたが、あの山の何処かで見つかったのだろうか。

────そもそも、何故、彼女は山中に?
自殺?事故?或いは・・・?

 変な想像をした所為か背筋が寒くなり、僕は反射的に後ろを振り返る。
当然、何も居る筈がないのだが、ふとシロが話していた内容を思い出す。
 シロの友人が見たという、山下さんを陰から見ていたおじさん。
その事は、警察に話したのだろうか?
色々な事がぐるぐると頭の中を駆け巡る。

 ・・・考えるのはよそう。
ごくごく普通の高校生である僕が考えたって仕方がない。
 今迄はシロと一緒に話しながら帰っていた所為か、随分と頭の中が騒がしい。
なるほど、久々に一人で帰るとこんな事になるのか。二度とごめんだ。

 そんな事を考えながら歩き続けていると、背後から誰かが駆け寄ってくる足音が聞こえてきた。
 「はぁ、はぁ、クロ、やっと追いついた」
 足音の正体は、シロだった。
「気にしなくて良いって言ったのに。わざわざ走って追いかけてくれたの?」
僕は嬉しい反面、やや呆れた様に言う。
 シロは脱いだワイシャツをくしゃくしゃと鞄に納め、Tシャツの袖を捲り上げた。鞄を肩に掛け、空いた手でぱたぱたと首を扇ぐ。
よほど走ったのだろう。まるで水を浴びたかの様に汗が滴っている。
「こんな暑い日に、何も走らなくても」
僕がそういうと、
 「いやー、天気が良い時に走らないと勿体ねーじゃないスか」
と、シロはハハッと笑いながら言った。
 シロのこの笑い方は、誰かに気を遣っているときに出る癖みたいなものだ。
そして、「この話はここまでにしよう」という暗黙の合図でもある。
シロは何かというと気を遣うクセに、他者からの気遣いがとても苦手なのだ。

 「あ、悪い」
急にシロが言い出した。
 「ちとナオミさんトコで、ジュース買ってくるわ。喉がやばい」
「うん、わかった」
シロは僕の返事を聞くと、駄菓子屋に小走りで向かった。
 ここは登下校に使う道の途中の、踏切のすぐ横にある駄菓子屋で、小さい頃から僕とシロとアヤの三人でよく来た場所だ。
以前はお婆さん一人で営んでいたのだが、そのお婆さんが亡くなって暫くした後、そのお婆さんの孫の尚美ナオミという僕達より少し年上の女性が後を継いでいる。
 小さい頃は僕達三人とよく遊んでくれた優しいお姉さんで、今でもちょくちょく遊びに行っては世間話をしている仲だ。
 ナオミさんは高校を卒業した後、美術系の専門学校に通う為に県外に引っ越していったのだが、お婆さんが亡くなった時に戻って来たらしい。

 ──僕も、何か買おうかな。そう思ったその時。

 突如、カンカンカンカンとけたたましい音が鳴り響いた。
驚いて振り返ると、踏切警報機のランプが点滅していた。
 線路が、地面が微かに振動している。
電車が踏切に進入してくるのだ。

 踏切警報機は大音量で鳴り響く。
その音があまりにも大き過ぎて、気付かなかった。
いや、気付くのが遅かった。
 バサバサバサとほうきを振る様な音が聴こえた。
つい最近、耳にしたばかりの音だった。
束の間、左耳に痛みが走る。

──カラスだ。
先刻さっき、子猫を助けようと追い払ったカラスが、復讐に来たのだ。
僕の後を密かにつけて、一人になって油断する時を狙っていたのだろう。
 僕は突然の襲撃に狼狽うろたえ、片手で振り払う。

 カタンカタンという微かに耳に入る音で、電車が踏切に近づいている事がわかる。
この場から離れたい。だが、カラスが依然纏わり付いてくる。
 があがあと雄叫びをあげながら、僕を襲う。
爪や嘴もさる事ながら、大きく黒い翼を目の前ではばたかれると、風や羽で目が開けていられない。
 たまらず僕は後退りすると、ぎしっと腰に何かが当たった。
 踏切の、遮断機のバーだ。

 ガタンガタンといった振動が身体を伝い、カンカンと警報機が鳴り響く中、闇雲に片手を振り抜く。運良くカラスの胴体に直撃し、カラスが飛び去り、ぱっと視界が開けた。

 電車の運転士の顔がはっきりとわかるほど、電車はすぐそこまで来ていた。

 耳元で何かが爆発したかの様な轟音と共に電車が僕の背後を走る。
 走り抜ける電車が起こす強烈な吸い込む風と、片手を振り抜き不安定な体勢によって僕は、仰け反ったまま背後に倒れ始める。


────死ぬ。

そう思った刹那。


 「クロ!」

 どんっ
という柔らかい衝撃が背中に伝わると同時に、シロの大きな声が警報機と電車の轟音に割って入った。

ぐしゃっがりがりがり

──時間の流れが遅く感じつつ倒れ込む中、踏切沿いにある塀の隅で、

──黒猫が此方を見つめていた。
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