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一章 蔵座敷に棲むもの
赤の少女と紫の女 下
しおりを挟む朔は目を眇めて眉を上げた。そしてさも楽しそうに言い放つ。
「へえ? そっちがお前の本性か? 下手に猫被るよりいいんじゃないか?」
「――あら、やだわ。私とした事がつい取り乱してしまったわ。だって私をあんな下等な闇引きなんかと間違えるんですもの」
一瞬で鬼の形相で言い放った紫の女は、またあっさりと笑顔に戻って諭すように言葉を連ねる。先程までも笑っているようでいて目は全く笑っていなかったが、今はその瞳の奥に氷を孕み冷え切っていた。
「そこの眼鏡男は自分を闇引きと言っていたぞ。それの知り合いでその黒爪となれば闇引きとは違うのか」
「闇引きなんてただの出来損ないだわ。私たちは闇成り。次からはお間違え無きよう。
そうじゃないとうっかり――殺しちゃうから!」
赤い少女と同じような黒い炎が、紫の女から放たれる。赤い少女と違うのは、それはつぶてではなく尾を引く炎で、視界が著しく狭まれる。
「うっかりで殺されるほど、軟じゃねえつもりだけど、な!」
「がっ!?」
あえて朔は動かず迎えうった。炎は目晦ましだと踏んでただ斬り捨て、あらかじめ握っていた鞘で案の定突っ込んできた女の爪を往なす。その流れに任せて殴りつけた。ふらついた隙を黒刀で追い打ちをかける。
女は慌てて退き、蒸気の上がる頬に手をやった。
「私の顔が!! ドレスが!! よくも……!」
脇腹や太股の方が傷は深いんだけどなぁ、と朔は苦笑したが何も言わない。
女は自らの爪で頬ごと傷を抉り取って捨てた。歯や骨まで見えていたものが、みるみる肉に覆われ肌が戻る。抉った境目に薄ら痕が残った程度だ。
捨てられた頬肉は黒く変色し、やはりぶすぶすと音を立てて融けて消えた。
脇腹や太股から上がっていた蒸気は少しずつだが着実に細くなっていく。
(参ったな。時間があれば黒刀の傷も癒えるし、傷口を切り取ればたちまち治っちまうのか。
更には腕の変色部分には黒刀が通らないと来たもんだ)
朔は参った顔どころか唇の端が上がっていた。久方ぶりの強者に心躍ったのだ。
女は黒腕に鉄の手甲でもしているかのように朔の黒刀を受け止めることすらあった。それでも全く無傷という訳ではない。殴られる時に、その部分を意識するかしないかで痛み具合が違う。それと同じような事があるのかもしれない。
(治る前に斬っちまえばいい。だが、黒肌じゃない部分もそれなりに硬え。
そろそろ宵が痺れを切らしそうだしどうするか)
今は赤い少女の方が、宵に尽く攻撃をかわされる事に苛立っているため、それが逆に宵の余裕に繋がっている。しかし互いに決め手に欠ける中、いつ宵が膠着状態に厭きるかわからない。
あれだけ互いに遠慮なく妖術を撃ち合っていて、未だに火事が起こっていないのが不思議なくらいだ。この際瓦礫の山なら許容範囲内である。家主はたまったもんじゃないだろうが。
「紅子! 帰るわよ!」
突然、紫の女が怒鳴った。場の殆どが一瞬ビクリと動きを固まらせた。朔と宵は紫の女の急な宣告に、訝しげに目を細めた。
「えー!? まだ全部選別出来てないんだけど――どうしたの、紫乃お姉様!」
赤い少女が慌てて紫の女に駆け寄る。ようやく姉の、蒸気の燻る身体にボロボロの衣服という有り様に気付いたようだ。
紫の女は、口内に溜まった血をベッと吐き出した。地に黒いシミをつけたそこからも、ぶすぶすと蒸気が上がる。
「あの男、絶対許さない……! さんざっぱら種を絞り尽くして、生きたまま腸を引きずり出してやる……っ!」
顔半分を手で覆い隠したまま、紫の女は唸る。
赤い少女はギッと朔を睨みつけたあと、正気を保ち、得物を構えている手近な破魔隊員に手を翳す。すると隊員二人は、たちまち足元より湧き上がった黒い霧に、声を上げる間も無く全身くまなく覆われた。黒い塊は暴れる事も無く、場に殆ど光源が無い事もあって良く目を凝らさないと分からないほどだ。
「水智、行くわよ!」
「……はい」
水智は宵と朔に難しそうな顔を一瞬向けただけで、黙って紫の女が出す黒い霧に覆われた。
女たちは三体の黒霧の塊と共に地に沈んでいく。さざ波一つない水面に沈むより尚静かだ。
「朔、と言ったか。次は油断しない。この顔のお礼は必ずするわよ。嫐ってから、末端から喰らってあげるわ」
「そこのオバサン! 次はぶっ殺してあげるんだから、覚えてなさいよ!」
「誰がオバサンじゃ! 小娘、逃げるでない!」
赤い少女はビシリと宵を指差し捲くし立てた。そしてニヤリと嗤って地に沈む。残った手首が沈む刹那、くるりと指が振られる。
「チッ、散ッ!!」
宵が警告を発し、とぷんと最後の中指が沈んで消えた瞬間だった。闇成りが沈んだ場所を中心に爆発が起きる。
先程のつぶてとは比べ物にならない数の黒炎が四方に飛んだ。
「……やってくれるじゃねーの」
「うむ。見事な捨て台詞と最後っ屁じゃの」
易々と黒炎のつぶてを避けた朔と宵は、周りの頭を抱えている隊員たちを見やって、深々と溜息を吐いた。
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