冥闇異聞 ~淫蕩猫と盆暗は楽な方へ流れたい~

景之

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一章 蔵座敷に棲むもの

  赤の少女と紫の女 中

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 赤い少女はハッと我に返ると、朔に向かって言い募る。

「黒斗! こんなところにいたのっ、お母様がお待ちなの――紫乃お姉様?」

 少女が動こうとするのを女が止めた。

「落ち着いて見なさい、紅子。あれは気配が全然違うわ。私も一瞬驚いちゃった」

「えっ。……本当だわ、よく見たら全然似てないし、色味なんて真逆だったわ。でもとっても美味しそう」

「うふふ。そうね、必ず持ち帰りましょうね」

 ビリビリと肌を掻くような緊張感が朔達に放たれる。

「朔……」

「あぁ」

 いつ何が起こってもいいように神経を張り巡らしていたが、それを更に研ぎ澄ます。
 異装の二人以外は息を呑んだようにピクリともしない中、新たな破魔隊が近付いてくる音がする。次に大きく事が動くのはそれらの到着時かと予感させたが、少女が張り詰めた空気など知らぬとばかりに一石を投じた。

「そうだ、これもう要らないね。水智の遊びに混ぜちゃお~っと」

 赤い少女が己の後ろに転がっていた物を立てる。ズタ袋かと思われていたが、後ろ手に縛られた少女だった。顎を掴まれ、強制的に口を開かされる。赤い少女のぐっと握った拳をその口に突き付けられ、瞳はぼろぼろと涙を流し恐怖に見開いていた。

「絹代!?」

 宵が縛られた少女に気付き、声を上げたと同時に一陣の風が通った。

「どういうつもりだ? 赤」

 突き付けていた拳からぽたりと、赤黒い滴が地に落ちる。そこには掴んでいたはずの少女の姿はなかった。水智が疾風の如き速さで掻っ攫ったのだ。
 赤と呼ばれた少女はふっと小さく笑い、前髪をかき上げた。眉から額に、一筋の赤黒い線が引かれる。

「言葉通りだよ。水智の気配がある場所にこの子が居たからさ、水智を誘き寄せる餌になってもらおうと連れてきたんだけどぉ」

 もう要らないじゃん? と、可愛らしくこてんと首を傾げて少女は言った。それから首を傾げたまま、ニヤァっと嗤う。

「紅子だって言ってんでしょ、出来損ないが。再生できるギリギリでぶっ殺してやろうかテメエ」

 殺気を向けられた水智だけではなく、ビリビリと朔と宵の方まで余波が届く。水智の腕の中の絹代は既に気絶している。

 あれらと敵対するのは不味い、と朔は思った。
 朔一人であの二人を同時に相手するのはおそらく厳しい。逃げようにも、乱戦になったとて逃がしてもらえるかどうか。宵はとにかく町中まちなかでの争いには不向きなのだ。

「あとになさいな。帰りが遅くなってしまうでしょう」
「ちっ。――あっ、やっと来た来たぁ、種候補が。それじゃぁさくっと見繕って帰ろっか」

 殺気のこもった低音から高音へたちまち戻り、舞台役者のように大仰な体捌きで手を振る。すると四方へ赤黒い火のつぶてが撒き散らされた。

「宵!」

「はん! ぬるいわ!」

 朔らへ向かってきたつぶては宵の一薙ぎの火で相殺される。更にお返しとばかりに風刀を放つ。そしてそれを追うように朔が走り込み、風刀を飛んで避けた赤の少女の着地点で斬りかかる。
 ガキーンと金属音が鳴り、朔の黒刀が止められた。紫の女の長く伸びた黒い爪に。

「紫乃お姉様ありがとう」

「いいのよ。彼は紅子には荷が重いわ。他と遊んでなさい」

「はぁ~い。殺さないでネ?」

「そう思うならさっさと他を選びなさいな。早く帰らなくちゃみんなに恨まれちゃう」

「ぶ~う~」

 キンっと軽く刀を外され互いに飛び退く。
 紫の女は変色した右手に尋常な左指を滑らせて矯めつ眇めつしている。その間も右手は黒く変色していき、爪もぐんぐん伸びている。左爪は整えられて赤く塗られたままだ。

「やだわ、爪が欠けちゃったじゃないの」

 今や右爪の長さは一尺程にもなり、変色も肘まで達していた。
 紫の女はふっと笑うと地を蹴り朔に向かう。およそ人では出し得ない速さで突き込まれたそれを黒刀で弾く。女は踏み留まり爪を横薙ぎに払う。払う筋道を滑り斬り込み絡め払われまた突き込み……常人には反応できない応酬が交わされる。

「少し切り揃えたくらいがいいんじゃないか? 不便だろ」

「あら、女のお洒落は障りを凌ぐのよ。知らなかった?」

「……知ってるな。着飾るに煩い猫がいるもんで」

「妖術師の彼女ね。なかなか趣味の良い着物を着ているわ」

「本人に言え。きっと喜ぶ。
 なぁ、破魔隊のありゃあどういう訳だ?」

 隊士に赤い少女の黒い炎のつぶてが当たっても、延焼なぞ起こらずすぐに消える程度のものだ。なのに必死に熱さを払っていたかと思えば、頭を抱えて蹲る者が続出しているのだ。先程の闇堕ちとの闘いの時の様に。
 女は片眉を上げたくらいでさらりとそれに答えてくれた。

「どうせ子種を頂くなら、より美味しい方がいいでしょう? その選別よ、気にしないで?
 あら、思ってたより脱落者が多いわ。芙紫の破魔隊も大したことないのね」

 紫の女は、西方一の破魔隊を以ってしてそんな事をのたまう。

「貴方、破魔隊じゃないでしょう? なのに最高級の業物を持っているのね」

「まぁちょっとした伝手でな」

「ふぅん? 伝手ねぇ。
 あぁそんなことはいいのよ。ねぇ? 私達と来ない? 悪いようにはしないわ、ちょっと種を吐き出してくれれば、御殿様みたいな生活ができるわよ」

「生憎、闇引きとは取引しねぇんだ」

 紫の女が、殺陣よろしく調子よく捌き合っていた得物を、がきぃぃぃん!と耳障りな音を立てて力任せに弾いた。

「下手に出てやれば調子付きやがって糞餓鬼が。ぶっ殺すぞ」



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