17 / 29
一章 蔵座敷に棲むもの
赤の少女と紫の女 中
しおりを挟む赤い少女はハッと我に返ると、朔に向かって言い募る。
「黒斗! こんなところにいたのっ、お母様がお待ちなの――紫乃お姉様?」
少女が動こうとするのを女が止めた。
「落ち着いて見なさい、紅子。あれは気配が全然違うわ。私も一瞬驚いちゃった」
「えっ。……本当だわ、よく見たら全然似てないし、色味なんて真逆だったわ。でもとっても美味しそう」
「うふふ。そうね、必ず持ち帰りましょうね」
ビリビリと肌を掻くような緊張感が朔達に放たれる。
「朔……」
「あぁ」
いつ何が起こってもいいように神経を張り巡らしていたが、それを更に研ぎ澄ます。
異装の二人以外は息を呑んだようにピクリともしない中、新たな破魔隊が近付いてくる音がする。次に大きく事が動くのはそれらの到着時かと予感させたが、少女が張り詰めた空気など知らぬとばかりに一石を投じた。
「そうだ、これもう要らないね。水智の遊びに混ぜちゃお~っと」
赤い少女が己の後ろに転がっていた物を立てる。ズタ袋かと思われていたが、後ろ手に縛られた少女だった。顎を掴まれ、強制的に口を開かされる。赤い少女のぐっと握った拳をその口に突き付けられ、瞳はぼろぼろと涙を流し恐怖に見開いていた。
「絹代!?」
宵が縛られた少女に気付き、声を上げたと同時に一陣の風が通った。
「どういうつもりだ? 赤」
突き付けていた拳からぽたりと、赤黒い滴が地に落ちる。そこには掴んでいたはずの少女の姿はなかった。水智が疾風の如き速さで掻っ攫ったのだ。
赤と呼ばれた少女はふっと小さく笑い、前髪をかき上げた。眉から額に、一筋の赤黒い線が引かれる。
「言葉通りだよ。水智の気配がある場所にこの子が居たからさ、水智を誘き寄せる餌になってもらおうと連れてきたんだけどぉ」
もう要らないじゃん? と、可愛らしくこてんと首を傾げて少女は言った。それから首を傾げたまま、ニヤァっと嗤う。
「紅子だって言ってんでしょ、出来損ないが。再生できるギリギリでぶっ殺してやろうかテメエ」
殺気を向けられた水智だけではなく、ビリビリと朔と宵の方まで余波が届く。水智の腕の中の絹代は既に気絶している。
あれらと敵対するのは不味い、と朔は思った。
朔一人であの二人を同時に相手するのはおそらく厳しい。逃げようにも、乱戦になったとて逃がしてもらえるかどうか。宵はとにかく町中での争いには不向きなのだ。
「あとになさいな。帰りが遅くなってしまうでしょう」
「ちっ。――あっ、やっと来た来たぁ、種候補が。それじゃぁさくっと見繕って帰ろっか」
殺気のこもった低音から高音へたちまち戻り、舞台役者のように大仰な体捌きで手を振る。すると四方へ赤黒い火のつぶてが撒き散らされた。
「宵!」
「はん! 温いわ!」
朔らへ向かってきたつぶては宵の一薙ぎの火で相殺される。更にお返しとばかりに風刀を放つ。そしてそれを追うように朔が走り込み、風刀を飛んで避けた赤の少女の着地点で斬りかかる。
ガキーンと金属音が鳴り、朔の黒刀が止められた。紫の女の長く伸びた黒い爪に。
「紫乃お姉様ありがとう」
「いいのよ。彼は紅子には荷が重いわ。他と遊んでなさい」
「はぁ~い。殺さないでネ?」
「そう思うならさっさと他を選びなさいな。早く帰らなくちゃみんなに恨まれちゃう」
「ぶ~う~」
キンっと軽く刀を外され互いに飛び退く。
紫の女は変色した右手に尋常な左指を滑らせて矯めつ眇めつしている。その間も右手は黒く変色していき、爪もぐんぐん伸びている。左爪は整えられて赤く塗られたままだ。
「やだわ、爪が欠けちゃったじゃないの」
今や右爪の長さは一尺程にもなり、変色も肘まで達していた。
紫の女はふっと笑うと地を蹴り朔に向かう。およそ人では出し得ない速さで突き込まれたそれを黒刀で弾く。女は踏み留まり爪を横薙ぎに払う。払う筋道を滑り斬り込み絡め払われまた突き込み……常人には反応できない応酬が交わされる。
「少し切り揃えたくらいがいいんじゃないか? 不便だろ」
「あら、女のお洒落は障りを凌ぐのよ。知らなかった?」
「……知ってるな。着飾るに煩い猫がいるもんで」
「妖術師の彼女ね。なかなか趣味の良い着物を着ているわ」
「本人に言え。きっと喜ぶ。
なぁ、破魔隊のありゃあどういう訳だ?」
隊士に赤い少女の黒い炎のつぶてが当たっても、延焼なぞ起こらずすぐに消える程度のものだ。なのに必死に熱さを払っていたかと思えば、頭を抱えて蹲る者が続出しているのだ。先程の闇堕ちとの闘いの時の様に。
女は片眉を上げたくらいでさらりとそれに答えてくれた。
「どうせ子種を頂くなら、より美味しい方がいいでしょう? その選別よ、気にしないで?
あら、思ってたより脱落者が多いわ。芙紫の破魔隊も大したことないのね」
紫の女は、西方一の破魔隊を以ってしてそんな事を宣う。
「貴方、破魔隊じゃないでしょう? なのに最高級の業物を持っているのね」
「まぁちょっとした伝手でな」
「ふぅん? 伝手ねぇ。
あぁそんなことはいいのよ。ねぇ? 私達と来ない? 悪いようにはしないわ、ちょっと種を吐き出してくれれば、御殿様みたいな生活ができるわよ」
「生憎、闇引きとは取引しねぇんだ」
紫の女が、殺陣よろしく調子よく捌き合っていた得物を、がきぃぃぃん!と耳障りな音を立てて力任せに弾いた。
「下手に出てやれば調子付きやがって糞餓鬼が。ぶっ殺すぞ」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
転生したら世界一の御曹司だった〜巨乳エルフメイド10人と美少女騎士に溺愛されています〜
まさき
青春
異世界転生した最強の金持ち嫡男、
専属エルフメイドと美少女騎士に囲まれて至福のハーレム生活
現代日本で「地味だが実は超大富豪」という特殊な人生を送っていた青年は、ある日事故で命を落とす。
しかし目を覚ますと、そこは魔法と様々な種族が存在する異世界だった。
彼は大陸一の富を誇る名門貴族――
ヴァン・バレンティン家の嫡男カイルとして転生していたのだ。
カイルに与えられたのは
・世界一とも言える圧倒的な財力
・財力に比例して増大する規格外の魔力
そして何より彼を驚かせたのは――
彼に仕える十人の専属メイド全員が、巨乳美少女だったことである。
献身的なエルフのメイド長リリア。
護衛騎士でありながら隙あらば誘惑してくる女騎士シルヴィア。
さらに個性豊かな巨乳メイドたち。
カイルは持ち前の財力で彼女たちの願いを叶え、最高級の装備や生活を与えていく。
すると彼女たちの忠誠心と愛情はどんどん加速していき――
「カイル様……今日は私が、お世話をさせてください」
領地を狙う貴族を金と魔力で圧倒し、
時にはメイドたちの愛が暴走して甘すぎる時間に巻き込まれながらも、
最強の御曹司カイルは
世界一幸せなハーレムを築いていく。
最後までお読みいただきありがとうございました。よろしければ応援をお願いいたします。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
彼女にも愛する人がいた
まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。
「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」
そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。
餓死だと? この王宮で?
彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。
俺の背中を嫌な汗が流れた。
では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…?
そんな馬鹿な…。信じられなかった。
だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。
「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。
彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。
俺はその報告に愕然とした。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる