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一章 蔵座敷に棲むもの
七、赤の少女と紫の女 上
しおりを挟む既に余裕をかましていられる状況ではなくなっている。
朔は闇堕ちの爪を弾き、なるべく遠くへ蹴やる。すかさず次の向かってくる闇堕ちを突いて飛ばす。飛ばされた先で破魔隊が囲んで斬りつけているが、闇堕ちは羽虫でも払うように隊士らを散らしてまた宵へ向かってくる。
最良は破魔隊が全てを倒し、手伝い報酬の一金をせしめる事だが、破魔隊の実力がこれならば、これから集まってくる破魔隊にも期待するべくもない。
数が集まったところで、攻撃の隙を作るためにいちいち薙ぎ払われていては、隊士が闇堕ちになる方が早そうだ。
既に逃げる事は悪手となった。破魔隊隊長に名も知られているし、何より目立つ二人なので差配屋に問い合わせれば一発である。朔たちが目を付けられるのは逃れられない。
差配屋から斡旋が受けられないだけならまだしも、参考人どころか最悪、下手人として手配がかかるかもしれない。そうなったらぶらぶらお気楽生活もお終いだ。
かと言って親切に闇堕ちを倒してやり、黒刀の出所を疑われるのも願い下げだった。
赫巫武具は金を積めば手に入るという物ではなく、表向きはお上に完全管理されている物なのだから。
朔は目まぐるしく今後を考えたが、朔も朔とて刹那的お気楽主義者である。
(めんどくせぇ。闇引きだか闇堕ちだか知らないが、向かってきたら叩っ斬る。それだけでいいぜ)
朔はさっさと考える事を放棄し、抜刀した。
「――宵。自分が弱ってなきゃ、闇堕ちにはならないんだな?」
「そうじゃ。
なんじゃ朔よ、やるのか?」
「こうなったら斬った方が手っ取り早い」
「はははっ! よいぞ、朔! 金なんかどうにでもなる!」
「お前が言うな!」
向かってきた一体を半身でかわす。その際、闇堕ちの首の位置に刀を添えるように差し出せば、闇堕ち自らの勢いで掻き斬られた。流れる様に半回転し、まだ繋がっている首の反対側を斬り落とす。
宵に辿り着く直前で、どうっと頭部の無い体が倒れ込んだ。やはりぶすぶすと蒸気を上げながら融けていくが、その勢いは緩い。
「へぇ~、やりますねぇ。貴方は宵様のなんなのです? 下僕?」
「誰が下僕だテメー」
「まさか情夫ですか!?」
「気持ち悪ぃ事言うんじゃねーよ、変態が」
「誰が変態ですか」
「化け猫に惚れるなんざ変態以外の何者でもねーよ」
「あんな素晴らしい女性になんてことを!」
「あ奴の種袋はなんてでかさじゃ! さぞかしわっちを愉しませてくれたろうに……! 疾ッッ」
「わぁ! 危ないっ! 宵様、こっちに飛ばさないで!」
「ちと避けられただけじゃ、気にするでない」
飛んできた風刃を水智はギリギリで避ける。宵と闇堕ちの一直線上に水智を置く位置取りを、わざわざ確保して技を放つあたり宵の執念は深い。
朔は、ほらみろと言わんばかりの顔で、闇堕ちと斬り結びながらその線上に誘導する。
宵は調子に乗って風刃を連発し、水智はあわあわ言いながらも危な気なく避けていたその時。
「――水智、やっと見つけた」
まったりとこびり付くほどに妖艶な声がした。
ぞくりと肌を粟立たせる声に、朔と宵は大きく飛び退って距離を取る。
見れば、艶やかな髪を緩やかに波立たせ、深い紫色で天鵞絨地の南蛮渡来の着物を着た、二十代後半程の女だった。
乳は宵よりも大きく突き出し腰から太股も張っていて、むっちりと体の線に張り付いた着物で色気が滴るようだ。大きな垂れ目の瞳を半眼にして潤み、唇は誘うようにぽってりとしている。宵とはまた違う魅力で男好きしそうな女だった。
そしてもう一人、十五才に届くか位の少女で、勝ち気そうな瞳を持ち、巻かれた赤毛を二つ結びにして、こちらも南蛮渡来の着物を着ていた。茶味がかった赤色の膝上丈の裾の広がった腰巻に、友布の短い羽織り、その下には白い縁取りのついた中衣、足元もころんとした革の長履物を履いていた。
「水智、なに遊んでるのー?」
「赤、紫……何故ここに?」
「お母様がお前をお呼びなの。今、体が空いてるのが私しかいなかったってわけ。
それから水智、紫乃お姉様と呼びなさいね?」
「赤じゃなくて紅子! 超探したんだから! ――次はないから」
「紅子は頼んでないわよ、勝手に種探しについてきただけでしょう」
「だってだって、梦瑳祠中の良い男はお姉さま方に食べられてしまったんだもの~」
「そんなことないわよ。日廼本ノ国一番の都はそんなに狭くないわ」
「銀子だって孕んだんだよ、みんなずるいよぉ」
「紅子あなた、男を見る目が鈍いのではなくて?」
「そんなことないよ! 銀子と一緒だもん!」
「あら、そういえば貴女達、いつも二人で一人とだったわねぇ。……それが原因じゃないかしら?」
「ええ!? どうして!?」
不思議な事に闇堕ちまでもが、この場違いな女達を注視しているように止まっていた。人か闇堕ちか、どちらの本能が作用しているのかはわからない。
「黒斗は?」
感情の乗らない声で水智が訊いた。二人は会話をぴたりと止め、片眉を僅かに上げる。
「黒斗がいないから水智が呼ばれるのでしょ。
いなくなるのはしょっちゅうだけど、今回は長くて困ってしまったの。そうでなければ、どうして私がこんなところまで」
「でもでも紫乃お姉様っ。ここまで来た甲斐があったじゃん? まだ美味しそうなの集まりそうだし」
異装の二人がねっとりと周りを見渡す。少女はゆっくりと舌舐めずりし、女は値踏みするように半眼で睥睨した。
そして朔のところで目を留め、二人とも目を見開いた。少女の小さな唇が小さく動く。
「……黒斗……?」
朔は二人に見据えられて毛羽立つ項を捩じ伏せ、ゆっくり静かに、深く呼吸を整えた。
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