冥闇異聞 ~淫蕩猫と盆暗は楽な方へ流れたい~

景之

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一章 蔵座敷に棲むもの

  闇堕ち 下

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 この状況が朔にはすぐに飲み込めなかったが、宵は男の言葉で一気に怒髪天を突き、風の刃を水智に向けて放った。
 水智の立っていた屋根は一瞬で半分も切り砕かれ、大黒柱までいったのか家屋もバリバリと木の裂ける音をさせながら崩壊していく。

「危なっ! 何なさるんですか、うわぁ!! 誤解です宵様ぁ!」

「あ奴等はわっちが目を付けておったんじゃぞ、なに闇に堕としとんのじゃボケが!」

「誤解……じゃないけど誤解です宵様! 彼等から吹っ掛けてきたんですって!」

「死に晒せぇ!」

 宵が連れてきた男が闇引きなのかはともかくとして、只人ではない事を朔は理解した。宵の本気の術を避けられるひとなんてそういない。
 ついでに今の宵は止められない事も分かっていた。宵の楽しみを奪ったのだ、本人の気の済むまでやらせるしかない。得意の火を使っていないだけ理性はあるのだろう。
 せめて影男を倒してもいいんだったら楽だったのになァと、朔は影男を相手取りながら遠い目をした。

 達観できなかったのが破魔隊だ。
 笛で呼び出された他の隊も合流したが、闇引きの大きさと数に慄き、先に到着していた三名は、差配屋から出てきた荒萬と、宵と水智の会話に混乱していた。
 一方では大人数が大立ち回り、一方では風が吹きすさび瓦礫を増やしていく。火事を恐れた店の者が慌てて灯りを消してしまい、明暗入り雑じるなか埃がもうもうと立つ屋台街はいよいよ混沌と化す。

「そこの男! 説明しろ、あれが人とはどういう事だ!」

「こっちが知りてぇよ! 依頼の出先でちっと手傷を負って、医者に縫ってもらおうとしたら苦しみ出してよぉ。あっちゅう間に肌が真っ黒に染まっちまって暴れ出したのよ」

 隊長の生田が焦れて、仲間だと言う男を問い質す。
 ちっとガタイが人の範疇を超えているが、人と言われれば人だ。宵に焼かれた個体以外は墨を被っただけの人に見えるし、辛うじて着物の残骸が体に引っかかっているものもいる。

「だから闇引きじゃねぇんだ、どっかで病を貰っちまっただけなんだ!
 気を飛ばしてやってくれよ。その間に医者に診せるからさあ!」

「倒すに苦労しているところを、どうやって気だけ飛ばせと言うのか!
 すでに心無くし、人を襲っておるのだろうが!」

 一人が攻撃を往なした隙に別の者が赫巫で斬りつけているが、影男の力は凄まじく、破魔隊ばかりがみるみる手傷を増やしていく。これではただ赫巫で切りつけた箇所は塞がらないというだけで、倒し切るには相当時間が要りそうだ。
 朔と生田のいない班から数名、包囲を外す者が出始めた。血を流し過ぎたのかフラフラとしている。

「戦えぬ者はさっさと下がれ! 邪魔になる! 清水と国枝は坂井班を援護!」

「いっ生田隊長ぉ! あれはっ!?」

 手が離せない中、生田は素早く隊士の指さす方を窺う。
 すると先程ふらついて離脱した隊士が蹲っている。

「馬鹿野郎! 引っ張って端に転がしてっ……!?」

 蹲っていた者の背が弾けた。正確には胸当てを括っていた紐やたすきが千切れて飛んだ。
 それがのろのろと立ち上がると、ガランガランと篭手や胸当が落ちる。むくむくと体が隆起していく。そしてさらけ出された素肌は墨色だった。
 
「余所見してんじゃねー!!」
 
 朔は生田を突き飛ばして影男の爪を受け止めた。先程まで朔が相手していた影男は瓦礫の中でもがいている。
 残りの一体は周りの隊士を薙ぎ払い、隊士の一人に喰らい付こうとしていた。
 
「すまん! ここは任せた! 呼子を鳴らせ! とにかく立て!」
 
「くそっ、俺は隊士じゃねーっつうの。宵! どーなってんだ!」
 
 生田は朔に影男を押し付け、今にもやられそうな隊士に向かって走った。
 隊士だった影男は三体。今は頭を抱え闇雲に振っていたり、腕を振り回しているが、いずれ先の影男達のように襲ってくるかもしれない。
 
 ビービーと力任せな呼子が鳴る中、流石の宵も唖然と呆けていた。朔に呼ばれるとハッと我に返り、水智に詰め寄って胸ぐらを鷲掴み揺さぶる。
 水智は諸手を上げて降参の意を示す。
 
「かれっ彼っ彼等はっちょっ宵様、止めてっ吐く~。――彼等は妖力に耐え切れず呑まれたんですよ」
 
 首がもげそうなほどにがっくんがっくん揺さぶられていた水智は、己の首に手を当てむせながら宵に答えた。
 宵は眉根に皺を寄せる。
 
「荒萬の方はまだ分かる。お前がやったんだろう。だが破魔隊の方は何故じゃ、あやつらもお前の妻を寝取って、今この時に闇に堕ちたとでも言うのか」
 
「誤解があるようですけど、荒萬の方だって不可抗力ですからね? 彼等が先に喧嘩売ってきたんですから。人前で人知を超える訳にもいきませんから、お互い痛み分けですからね? ――まぁ、その時私の血が取り込まれたんでしょうけど……」
 
「さっさと逃げれば済む話じゃ」
 
「それはそうですけど、私も昂っておりまして」
 
 貴女様のせいですと流し目を送る水智を、宵は鼻であしらう。
 
「はんっ。して、破魔隊は?」
 
「宵様のおっしゃる事も可能性としてはあるでしょうが、あれはそんなまどろっこしい事じゃない。
 闇堕ちの血ですよ」
 
 水智は眼鏡の下で眸を眇めて闘いを見やりながら言う。宵は訝し気に首を傾げる。
 
「闇堕ちの血が傷口から入ったのでしょう。そして妖力に負けたのです」
 
せんに倒した闇堕ちは血なぞ流さなかったぞ。今まで倒してきた有象無象にも、言葉を使える闇引きにもじゃ」
 
「はー流石です、宵様は闇引きにも出会った事があるんですねぇ。
 私達にも一応血は通っているんですよ? 目に見えにくくてもね」
 
 ふんっと宵は水智から闘いに目を戻す――と思いきや水智の懐にもぐり込み、襟を掴み背負うようにして戦場へ投げ落とした。
 
「責任の一旦がお前にあるのはわかった。一金分働いていけ! 金はわっちがいただくけどな!」
 
「宵様がいただければ構いませんよ」
 
「ぬかせ、お前とやる気なんかとうに失せたわ! 貴重な益荒男ますらおを堕としよって」
 
「そんなぁ~!」
 
 屋根から落とされた水智は危な気なく着地する。すかさず駆け出て、宵に向かっていく影男の首に手刀を叩き込んだ。首は半分も切り裂かれて、接合する兆しを見せなかった。
 宵はその間に朔へと駆け寄る。
 
「朔! 血じゃ。闇堕ちの血が傷口から入り込むと侵されるぞ」
 
「闇堕ちの血だと? 闇堕ちとはあの影男の事か? つーか血なんか流してないぞ」
 
「よく見てみろ」
 
 宵が簪を振るうと、一瞬だがべたりと黒い油のようなものが付着し、そしてあっという間に灰色の蒸気のように霧散した。それは火種に水を掛けたよう。対して他の――つまり赫巫ではない武器での傷からは、黒い霧が霧散している。
 
「破魔隊で傷の無い者などおらん。弱った者から闇に呑まれるぞ……!」
 
 

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