三国志外伝 張政と姫氏王

敲達咖哪

文字の大きさ
9 / 41
華夏の巻

さんがぁらぁま

しおりを挟む
 この年の元日、明帝の遺詔により、武衛将軍の曹爽ザウ・スァンは、太尉の司馬仲達シェィマ・ヂゥンダツとともに、幼い新帝の治世をたすける事となった。曹爽は、あざな昭伯チェウパクという。曹姓が示す様に、グィ王朝の帝室とはゆかりが有る。以前、曹爽は王朝の元老である仲達を尊重して、敢えて政治を専断しようとはしなかった。しかし曹爽に取り入って高位を得ようとする者が有り、仲達を数々しばしば誹謗したばかりか、策略を巡らして、太傅たいふという名誉だけが高い閑職に遷してしまった。これにより政事は曹爽の手に集中した。噂によると、この隠謀を画策した奸臣の一人が、尚書丁謐テン・ミツなのだと云われている。だとすると子上ツェィジャンが睨むのも当然である。
「これは、太傅閣下が将軍として行った遼東レウトゥン征伐の始末でござる。将軍が軍政を陛下に直奏したからとて、尚書がくちばしを容れることではありますまい」
 と子上は丁謐に向かって言い放った。
「むむ、何を言われる。この尚書を軽んじられるか。いかに太傅どののご子息とはいえ……」
 丁謐も肩を怒らせる。
「ああ、これチェウや……、丁尚書はお勤めに熱心で、結構なことではないか」
 と仲達は、飽くまで温和な表情をして繰り返す。だがその眼は笑ってはいない――張政はそう看た。
「しかし、丁尚書。この太傅も、遠征の大役を終えてからは、ほれこのとおり、めっきり老け込んでしもうてな、もう何の働きもできやせん。たまには花を持たせてはくれぬかな」
 と言って仲達は、大きい身を殊更に縮めてみせる。傍らでは子上が刀の柄にでも手をけそうな顔をし、子元ツェィグェンが目でそれを制しているという風である。
「むむ、太傅どのがそう仰せられるならば……。後で写しを回していただきますぞ」
 丁謐はそこで引き下がった。その後で、
――あの盗狗どろぼういぬめ……。
 と子上が呟いたのが、張政の耳には聞こえた。
 ともかくも朝見の申請は正式に受理され、囚人たちは子元の預かりとなった。難斗米なとめ都市牛利としぐりは、来年の正月朝見の儀式に招かれるはずであるが、その前に一度謁見を許されるであろう、と仲達は言った。
 張政たちは、しばらくこの洛陽ラクイャン帯方タイピァン郡邸を宿として日々を過ごす。滞在の費用は支給されるので、生活は保証されている。謁見の日が決まるまで、公務というものは特に無い。とはいえ気楽な暇暮らしが続くわけでもない。洛陽の富貴な身分の人たちは、倭人という珍しい来客を聞き付け、早速宴席を張って難斗米と都市牛利を招く。すると張政と梯儁テイ・ツュィンが連れて行かなくてはならない。京師みやこの貴族といっても、その贅沢の仕方は地方都市と大差は無い。料理は味よりも量が大事で、客の必要よりも多く出て、決まってそれを余らせる。何でも無駄にする事で富貴なる者としての自尊心を満足させる。こんな宴会に何度も呼ばれる。
 所が或る日の事、招かれたる貴人の家では、いつもと様子が違っていた。客も少なく、席に音楽も芸も出ず、料理を載せる皿も小さい。これは何かと思うと、人の乳で育てた豚の肉であるとか、蠟を燃やして炊いた飯、人肌で暖めて醸した酒、といった物なのだとその家の主人が説く。とにかく高級な作り方をして、庶民とは全く違う物を食べるのが、最新流行の贅沢の仕方なのだそうだ。張政たちも、滅多に無い珍味を御馳走になったわけであったが、しかしそれで味が上等なのかどうかはさっぱり判らなかった。
 招きが掛からない日には、洛陽の街を歩くのが楽しみである。この京師を余さず観て行きたいものだと、梯儁はもちろん、張政もそう思う。倭人たちにとっては尚更貴重な経験になるはずだ。張政は、難斗米と都市牛利の為に、この都の仕立て屋で衣服を拵えてやった。中国風の格好をすると、倭人たちは呉越地方の人に似ているらしく思われた。そうしていれば難斗米たちは夷人として目立ちはしない。
 洛陽の街には、鱗の様な瓦を載せた屋根がどこまでも連なっている。鱗の街の中央に在って、一きわ高峻な山を為しているのが王城である。王城にはまだ入る事が出来ないが、外から眺めるだけでも結構十分という気分になる。いずれここに入る事になるとは、まだ信じられない心持ちがする。王城の外壁に沿って歩いていると、その東に広い敷地を持った施設が有る。建築の様式は張政などが見た事の無い物で、一角に高い塔が聳えているのが特に目に付く。どうも離宮でも官庁でも商家でもない。門扉が開いているので中を覗いていると、左肩だけに引っ掛けた赤い衣を着て、頭は髪を全く剃った奇妙な風体の人が出て来た。
「やあ、旅のお方ですかな」
 というその言葉には、独特の訛りが有る。顔はとれば、西域の人らしく鼻と眉が高い。そして、碧い瞳という物を、張政たちはここで初めてたのである。
「ええ、ここは何という処ですか」
「ここは、といって、の道を修める処です」
「ははあ僧伽藍摩__サンギァラムァ__#というものですか。ここで浮屠ブッドとやらの教えを……」
 張政は、それについて書物の知識をわずかながら持っていた。西方天竺の地に臨児リムニィ国が有り、浮屠はその国の王子として、今から七百年程前に産まれた。生まれつき健体明智で、長じて深遠なる宇宙の道を説いた。その教えを伝える人を桑門サンムォンと呼ぶとか。するとこの人が桑門という者であろうか。
「昔は、西から旅して来る人の信仰の為に、長安チァンアンや洛陽にはが建てられたものですが、今は漢人の信徒も増えております。いずれあなた方の土地にもが建つでしょう」
 とその桑門は言った。それが何を意味しているのか、張政には解らなかった。少なくとも、自分が生きている内には、関係の無い事であろうと思われた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

徳川慶勝、黒船を討つ

克全
歴史・時代
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 尾張徳川家(尾張藩)の第14代・第17代当主の徳川慶勝が、美濃高須藩主・松平義建の次男・秀之助ではなく、夭折した長男・源之助が継いでおり、彼が攘夷派の名君となっていた場合の仮想戦記を書いてみました。夭折した兄弟が活躍します。尾張徳川家15代藩主・徳川茂徳、会津藩主・松平容保、桑名藩主・松平定敬、特に会津藩主・松平容保と会津藩士にリベンジしてもらいます。 もしかしたら、消去するかもしれません。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

別れし夫婦の御定書(おさだめがき)

佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★ 嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。 離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。 月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。 おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。 されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて—— ※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

処理中です...