輪の魔術師~僕の転生した異世界では、人間は伝説の魔術師になれるそうです~

海老石泥布

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異世界"イルト" ~緑の領域~

01.ナトレの森   (※挿絵あり)

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◇◇
 一人の青年が、朝日の差し込む森で目を覚ました。

「……ここは?」

 青年は現在の状況に違和感を覚えているらしく、明らかに狼狽ろうばいしている。

 立ち上がって周囲を見回す青年。群生する野草も、しげる樹木も、青年には見た事の無い種類ばかりだった。

「落ち着け。まず、僕はさっきまで病院の102号室でマンガを読みながら──いや、違う。そうだ。精密検査の日だったから、午前中はずっと病室でスマホのゲームをしながら先生を待ってて──いや、そうじゃない」

 青年はひたいに手を当て、下を向く。

「何だろう? 記憶が──ゴチャゴチャになってる。どうなってるんだ?」

 青年は目を見開いて硬直する。

「名前──。僕の名前は──空介くうすけ。そうだ、蔵王空介ざおうくうすけだ。高校を卒業後、社会人になってすぐ難病にかかって、以降ずっと病院暮らしだった。──担当医や看護師さん達には、"クウ"って呼ばれてた。思い出してきたぞ……」

 青年──もといクウはうつむいたまま、早口で自分の素性すじょうに関する情報を整理した。

 次にクウは、自分の服装を確認する。刺繍ししゅうほどこされた、フード付きの白いローブを着ていた。

「服が──病院の患者服かんじゃふくじゃない? 何だ、この服……」

 クウに着替えた記憶は全く無かった。明らかに不自然な状況である。

「体が──動く。指先を動かすのも一苦労だったはずなのに。──これは夢かな? それにしては、妙に現実っぽい感覚があるような気もするけど」

 クウは自分の手を見つめ、指を順番に動かしてみる。問題なく思い通りに動いていた。

「僕は──もしかして、死んだのかな? じゃあ、ここは──死後の世界?」

 不意に何かの気配を感じ、クウは辺りを見渡す。

 すると、クウの視界に興味深いものが映った。樹木のみきに隠れる様にして、誰かがこちらをじっと見ている。

 かごを持った、少女だった。

 緑色の布服を着た少女である。腰まで伸びた金色の髪と、遠目にも分かるとがった長い耳が印象的だった。外見年齢はおそらく10代後半ほど。手に持ったかごには葡萄ぶどうらしき果物が入っていた。

 クウと視線がしっかりと合っても、少女はそこから動こうとしない。

「えっと……。こんにちは、初めまして」

「…………?」

「あ、もしかして日本語が分からない? ──困ったな。本当に、どういう事なんだよ」

 クウは感情的にそうに言うと、フードを脱いで頭をきむしる。

「あっ──!」

 少女に反応があった。手に持った籠を草の上に落とし、中の果物が散乱する。

「よ、夜色よるいろの髪──!」

「え……?」

「あなたの──髪の色です。夜色の髪なんて、初めて見た……」

「何だ、言葉が通じるじゃないか。……ちょっと待って。ヨル色?」

 クウは自分の髪をつまみ上げる。頭髪に関しては、特に違和感を覚える様な変更点は無いようだった。

「ヨル色って言葉、初めて聞いたけど。──もしかして黒色の事?」

「く、黒なんて言葉、軽々しく使っちゃいけません」

「えっ、どういう意味?」

「そのままの意味です。黒という言葉は、例の騎士団達を示す言葉ですから」

「騎士団達……? 何の事か分からないんだけど」

「"くろ騎士団きしだん"を知らない? ──夜色の髪に、とがっていない耳。もしかして、あなたは……」

 少女は真剣な眼差まなざしでクウをじっと注視する。

「あなた、この"ナトレの森"に何の目的で来たんですか?」

「えっと……分からない」

「おかしな事を言いますね。あなたの事なのに、何であなたに分からないんです?」

「上手く言えないけど──僕の記憶ではそもそもこんな場所にいる状況がおかしいんだよ。僕はその……なんて言うのかな。まるで瞬間移動でもさせられたみたいに、目覚めたら全く知らない場所いたんだ」

「全く知らない場所──ですか?」

「そうだよ。その、気にさわったら悪いけど……君みたいな耳の長い人は初めて見たし、周りの植物も、図鑑でさえ見たことないものばかりだ。──冗談抜きで、動揺どうようしてるんだよね」

 少女はじっとクウの全身を観察するようにじっくりと見たかと思うと、唐突に強く手をにぎってきた。

「一緒に、村まで来てください。この森の奥にある、エルフの集落まで案内します。──エルフについてはご存知ですか? 代々森に住み続けている人型種族です。長寿ちょうじゅで、多くの者は魔術をあつかい、それと──」

「耳が長い?」

「そうですね。──私の村には、何世紀にも渡って生き続けている、"賢者けんじゃ"とも呼ぶべき方がいらっしゃいます。あなたの事も、何か分かるかも知れませんよ。それにこのままでは、あなたは荷物一つ持たずに、知らない森の中を歩く事になってしまいますよ」

「あ、うん。その通りだね。──たった今、気づいたよ」

「では、決まりですね。──急ぎましょう。この辺りで長居してはいけません。"黒の騎士団"に、見つかってしまうかも知れませんから」 

 少女は地面に散乱したかご果物くだものを、手早くひろい上げる。それを終えると──強引にクウの手を引っ張りながら、慣れた様子で森の奥へと歩き出した。
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