1 / 65
異世界"イルト" ~緑の領域~
01.ナトレの森 (※挿絵あり)
しおりを挟む
◇◇
一人の青年が、朝日の差し込む森で目を覚ました。
「……ここは?」
青年は現在の状況に違和感を覚えているらしく、明らかに狼狽している。
立ち上がって周囲を見回す青年。群生する野草も、生い茂る樹木も、青年には見た事の無い種類ばかりだった。
「落ち着け。まず、僕はさっきまで病院の102号室でマンガを読みながら──いや、違う。そうだ。精密検査の日だったから、午前中はずっと病室でスマホのゲームをしながら先生を待ってて──いや、そうじゃない」
青年は額に手を当て、下を向く。
「何だろう? 記憶が──ゴチャゴチャになってる。どうなってるんだ?」
青年は目を見開いて硬直する。
「名前──。僕の名前は──空介。そうだ、蔵王空介だ。高校を卒業後、社会人になってすぐ難病に罹って、以降ずっと病院暮らしだった。──担当医や看護師さん達には、"クウ"って呼ばれてた。思い出してきたぞ……」
青年──もといクウは俯いたまま、早口で自分の素性に関する情報を整理した。
次にクウは、自分の服装を確認する。刺繍の施された、フード付きの白いローブを着ていた。
「服が──病院の患者服じゃない? 何だ、この服……」
クウに着替えた記憶は全く無かった。明らかに不自然な状況である。
「体が──動く。指先を動かすのも一苦労だった筈なのに。──これは夢かな? それにしては、妙に現実っぽい感覚があるような気もするけど」
クウは自分の手を見つめ、指を順番に動かしてみる。問題なく思い通りに動いていた。
「僕は──もしかして、死んだのかな? じゃあ、ここは──死後の世界?」
不意に何かの気配を感じ、クウは辺りを見渡す。
すると、クウの視界に興味深いものが映った。樹木の幹に隠れる様にして、誰かがこちらをじっと見ている。
籠を持った、少女だった。
緑色の布服を着た少女である。腰まで伸びた金色の髪と、遠目にも分かる尖った長い耳が印象的だった。外見年齢はおそらく10代後半ほど。手に持った籠には葡萄らしき果物が入っていた。
クウと視線がしっかりと合っても、少女はそこから動こうとしない。
「えっと……。こんにちは、初めまして」
「…………?」
「あ、もしかして日本語が分からない? ──困ったな。本当に、どういう事なんだよ」
クウは感情的にそうに言うと、フードを脱いで頭を掻きむしる。
「あっ──!」
少女に反応があった。手に持った籠を草の上に落とし、中の果物が散乱する。
「よ、夜色の髪──!」
「え……?」
「あなたの──髪の色です。夜色の髪なんて、初めて見た……」
「何だ、言葉が通じるじゃないか。……ちょっと待って。ヨル色?」
クウは自分の髪をつまみ上げる。頭髪に関しては、特に違和感を覚える様な変更点は無いようだった。
「ヨル色って言葉、初めて聞いたけど。──もしかして黒色の事?」
「く、黒なんて言葉、軽々しく使っちゃいけません」
「えっ、どういう意味?」
「そのままの意味です。黒という言葉は、例の騎士団達を示す言葉ですから」
「騎士団達……? 何の事か分からないんだけど」
「"黒の騎士団"を知らない? ──夜色の髪に、尖っていない耳。もしかして、あなたは……」
少女は真剣な眼差しでクウをじっと注視する。
「あなた、この"ナトレの森"に何の目的で来たんですか?」
「えっと……分からない」
「おかしな事を言いますね。あなたの事なのに、何であなたに分からないんです?」
「上手く言えないけど──僕の記憶ではそもそもこんな場所にいる状況がおかしいんだよ。僕はその……なんて言うのかな。まるで瞬間移動でもさせられたみたいに、目覚めたら全く知らない場所いたんだ」
「全く知らない場所──ですか?」
「そうだよ。その、気に障ったら悪いけど……君みたいな耳の長い人は初めて見たし、周りの植物も、図鑑でさえ見たことないものばかりだ。──冗談抜きで、動揺してるんだよね」
少女はじっとクウの全身を観察するようにじっくりと見たかと思うと、唐突に強く手を握ってきた。
「一緒に、村まで来てください。この森の奥にある、エルフの集落まで案内します。──エルフについてはご存知ですか? 代々森に住み続けている人型種族です。長寿で、多くの者は魔術を扱い、それと──」
「耳が長い?」
「そうですね。──私の村には、何世紀にも渡って生き続けている、"賢者"とも呼ぶべき方がいらっしゃいます。あなたの事も、何か分かるかも知れませんよ。それにこのままでは、あなたは荷物一つ持たずに、知らない森の中を歩く事になってしまいますよ」
「あ、うん。その通りだね。──たった今、気づいたよ」
「では、決まりですね。──急ぎましょう。この辺りで長居してはいけません。"黒の騎士団"に、見つかってしまうかも知れませんから」
少女は地面に散乱した籠と果物を、手早く拾い上げる。それを終えると──強引にクウの手を引っ張りながら、慣れた様子で森の奥へと歩き出した。
一人の青年が、朝日の差し込む森で目を覚ました。
「……ここは?」
青年は現在の状況に違和感を覚えているらしく、明らかに狼狽している。
立ち上がって周囲を見回す青年。群生する野草も、生い茂る樹木も、青年には見た事の無い種類ばかりだった。
「落ち着け。まず、僕はさっきまで病院の102号室でマンガを読みながら──いや、違う。そうだ。精密検査の日だったから、午前中はずっと病室でスマホのゲームをしながら先生を待ってて──いや、そうじゃない」
青年は額に手を当て、下を向く。
「何だろう? 記憶が──ゴチャゴチャになってる。どうなってるんだ?」
青年は目を見開いて硬直する。
「名前──。僕の名前は──空介。そうだ、蔵王空介だ。高校を卒業後、社会人になってすぐ難病に罹って、以降ずっと病院暮らしだった。──担当医や看護師さん達には、"クウ"って呼ばれてた。思い出してきたぞ……」
青年──もといクウは俯いたまま、早口で自分の素性に関する情報を整理した。
次にクウは、自分の服装を確認する。刺繍の施された、フード付きの白いローブを着ていた。
「服が──病院の患者服じゃない? 何だ、この服……」
クウに着替えた記憶は全く無かった。明らかに不自然な状況である。
「体が──動く。指先を動かすのも一苦労だった筈なのに。──これは夢かな? それにしては、妙に現実っぽい感覚があるような気もするけど」
クウは自分の手を見つめ、指を順番に動かしてみる。問題なく思い通りに動いていた。
「僕は──もしかして、死んだのかな? じゃあ、ここは──死後の世界?」
不意に何かの気配を感じ、クウは辺りを見渡す。
すると、クウの視界に興味深いものが映った。樹木の幹に隠れる様にして、誰かがこちらをじっと見ている。
籠を持った、少女だった。
緑色の布服を着た少女である。腰まで伸びた金色の髪と、遠目にも分かる尖った長い耳が印象的だった。外見年齢はおそらく10代後半ほど。手に持った籠には葡萄らしき果物が入っていた。
クウと視線がしっかりと合っても、少女はそこから動こうとしない。
「えっと……。こんにちは、初めまして」
「…………?」
「あ、もしかして日本語が分からない? ──困ったな。本当に、どういう事なんだよ」
クウは感情的にそうに言うと、フードを脱いで頭を掻きむしる。
「あっ──!」
少女に反応があった。手に持った籠を草の上に落とし、中の果物が散乱する。
「よ、夜色の髪──!」
「え……?」
「あなたの──髪の色です。夜色の髪なんて、初めて見た……」
「何だ、言葉が通じるじゃないか。……ちょっと待って。ヨル色?」
クウは自分の髪をつまみ上げる。頭髪に関しては、特に違和感を覚える様な変更点は無いようだった。
「ヨル色って言葉、初めて聞いたけど。──もしかして黒色の事?」
「く、黒なんて言葉、軽々しく使っちゃいけません」
「えっ、どういう意味?」
「そのままの意味です。黒という言葉は、例の騎士団達を示す言葉ですから」
「騎士団達……? 何の事か分からないんだけど」
「"黒の騎士団"を知らない? ──夜色の髪に、尖っていない耳。もしかして、あなたは……」
少女は真剣な眼差しでクウをじっと注視する。
「あなた、この"ナトレの森"に何の目的で来たんですか?」
「えっと……分からない」
「おかしな事を言いますね。あなたの事なのに、何であなたに分からないんです?」
「上手く言えないけど──僕の記憶ではそもそもこんな場所にいる状況がおかしいんだよ。僕はその……なんて言うのかな。まるで瞬間移動でもさせられたみたいに、目覚めたら全く知らない場所いたんだ」
「全く知らない場所──ですか?」
「そうだよ。その、気に障ったら悪いけど……君みたいな耳の長い人は初めて見たし、周りの植物も、図鑑でさえ見たことないものばかりだ。──冗談抜きで、動揺してるんだよね」
少女はじっとクウの全身を観察するようにじっくりと見たかと思うと、唐突に強く手を握ってきた。
「一緒に、村まで来てください。この森の奥にある、エルフの集落まで案内します。──エルフについてはご存知ですか? 代々森に住み続けている人型種族です。長寿で、多くの者は魔術を扱い、それと──」
「耳が長い?」
「そうですね。──私の村には、何世紀にも渡って生き続けている、"賢者"とも呼ぶべき方がいらっしゃいます。あなたの事も、何か分かるかも知れませんよ。それにこのままでは、あなたは荷物一つ持たずに、知らない森の中を歩く事になってしまいますよ」
「あ、うん。その通りだね。──たった今、気づいたよ」
「では、決まりですね。──急ぎましょう。この辺りで長居してはいけません。"黒の騎士団"に、見つかってしまうかも知れませんから」
少女は地面に散乱した籠と果物を、手早く拾い上げる。それを終えると──強引にクウの手を引っ張りながら、慣れた様子で森の奥へと歩き出した。
0
あなたにおすすめの小説
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
『異世界ガチャでユニークスキル全部乗せ!? ポンコツ神と俺の無自覚最強スローライフ』
チャチャ
ファンタジー
> 仕事帰りにファンタジー小説を買った帰り道、不運にも事故死した38歳の男。
気がつくと、目の前には“ポンコツ”と噂される神様がいた——。
「君、うっかり死んじゃったから、異世界に転生させてあげるよ♪」
「スキル? ステータス? もちろんガチャで決めるから!」
最初はブチギレ寸前だったが、引いたスキルはなんと全部ユニーク!
本人は気づいていないが、【超幸運】の持ち主だった!
「冒険? 魔王? いや、俺は村でのんびり暮らしたいんだけど……」
そんな願いとは裏腹に、次々とトラブルに巻き込まれ、無自覚に“最強伝説”を打ち立てていく!
神様のミスで始まった異世界生活。目指すはスローライフ、されど周囲は大騒ぎ!
◆ガチャ転生×最強×スローライフ!
無自覚チートな元おっさんが、今日も異世界でのんびり無双中!
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
あっとさん
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。
でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。
でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
【完結】487222760年間女神様に仕えてきた俺は、そろそろ普通の異世界転生をしてもいいと思う
こすもすさんど(元:ムメイザクラ)
ファンタジー
異世界転生の女神様に四億年近くも仕えてきた、名も無きオリ主。
億千の異世界転生を繰り返してきた彼は、女神様に"休暇"と称して『普通の異世界転生がしたい』とお願いする。
彼の願いを聞き入れた女神様は、彼を無難な異世界へと送り出す。
四億年の経験知識と共に異世界へ降り立ったオリ主――『アヤト』は、自由気ままな転生者生活を満喫しようとするのだが、そんなぶっ壊れチートを持ったなろう系オリ主が平穏無事な"普通の異世界転生"など出来るはずもなく……?
道行く美少女ヒロイン達をスパルタ特訓で徹底的に鍛え上げ、邪魔する奴はただのパンチで滅殺抹殺一撃必殺、それも全ては"普通の異世界転生"をするために!
気が付けばヒロインが増え、気が付けば厄介事に巻き込まれる、テメーの頭はハッピーセットな、なろう系最強チーレム無双オリ主の明日はどっちだ!?
※小説家になろう、エブリスタ、ノベルアップ+にも掲載しております。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる