輪の魔術師~僕の転生した異世界では、人間は伝説の魔術師になれるそうです~

海老石泥布

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異世界"イルト" ~緑の領域~

02.賢者ウィルノデル

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 同じような景色ばかりが続く森を、籠を持った少女はクウの手を引きつつ、迷いなく進んでゆく。クウは獣道けものみち同然の悪路あくろに足を取られ、何度も転びそうになった。

 十数分程進んだところで、視界が開ける。

「着きました。ここが私の村です」

「ここが君の村? すごいね……」

 クウは目を輝かせた。

 見た事も無いような巨大な樹木が、そのまま巨大な住居になっている。

 みきの部分には無数の穴が穿うがたれ、そこから通路が外周を囲む様に作られている。幹から伸びた枝の上には、組み木でこしらえられた家屋が不規則に並んでいて、少女と同じような耳の長い人々が出入りしている。

 童話の世界にでも描かれる様な、幻想的な光景だった。

「ほら、入口はこっちですよ」

 クウははっとして樹木から少女に視線を移す。

 少女はクウの手を更に強く引き、樹木の根から地面へと伸びた、樹木の上層部へ通じているらしい階段へと案内する。

 少女に連れられるまま、クウは最上階らしき扉の前に到達した。ここに至るまで、長い耳を持つ村の住人達に何度驚きの表情を向けられただろうか。クウには数えられなかった。

 少女はここで、ようやくクウの手を放す。

「賢者様、いらっしゃいますか?」

 少女は扉をこぶしでノックしながら、一際ひときわ大きな声で応答を求めた。

 ゴトンと重い音がして、扉が開く。

 髪を後ろで結んだ長髪の若い男性が現れた。男性は身振りで少女とクウへの入室をうながし、二人が中へ入るのを確認するとすぐにまた扉を閉め、かんぬきでしっかりと施錠せじょうする。

 ここでクウは、室内にもう一人いたという事に気付く。

 部屋の中央、見るからに値打ちのありそうな赤い絨毯じゅうたんの上に、老人が鎮座ちんざしていた。

 顔中に深いしわが刻まれた老人である。頭髪は一切無く、他のエルフよりも耳が長く鋭い。両手をひざの上に置きながら瞑目めいもくし、深呼吸を繰り返している。

 見るからに、只者ただものではなさそうだった。

「──ナリア。よく来たね」

「お久しぶりです、賢者様。お体の調子はいかがですか?」

「ああ、すこぶる良いね。ナリアが取って来てくれた薬草の効きが良いのだろうね。ありがとうね」

「どういたしまして。また必要になりましたら、いつでも取って参ります」

「ああ、またお願いしようかね」

 エルフの少女は、ナリアという名前だったようだ。今更ながら彼女の名前を知ったクウは、自己紹介を忘れていた事を後悔した。

「おやおや。これは驚いたね。──そちらの方」

「えっ。あ、はい」

 老人は、目を閉じたままクウの方を向いて言った。

「名は、何と仰るのかね」

「えっと、蔵王空介ざおうくうすけと申します」

「ザオゥ……クゥス? ふむ。随分ずいぶんと難しい発音をなさるのだね」

「あ、では──クウとお呼び下さい」

「クウ、かね。うん。ではクウ君とお呼びしようかね」

 会話は成立するが、どんな日本語も通じる訳では無いらしい。クウの名前はエルフには不可解な響きを持つ言葉であった様だ。

「ナリア。クウ君は、どんな外見をしているのだね」

「はい。彼は耳が短く、髪の色は──夜色です。イルトの伝説、"人間"の外見的特徴をそのまま備えているようです。まさか、"イルト語"を話せるとは思いませんでしたが」

「え、イルト語?」

 クウは思わず鸚鵡返おうむがえしにそう聞き返す。

「イルト語っていうのは何? 日本語の間違いじゃないの?」

「何ですか、急に。イルト語はイルト語でしょう」

 少女──ナリアが、やや不機嫌そうに反論する。

「そうかね。では、彼は──人間なのかね」

 老人はそう言って、閉じていた目を開く。

 両目のひとみが、酷く白濁はくだくしていた。

「あなたは……目が?」

「ああ。わしの眼はもう、開いていても閉じていても同じなのだね」

 老人が態々わざわざナリアにクウの外見を聞いた理由が判明した。

「だが、盲目もうもくであろうとも知りたい事を知る術すべはあるのだね。儂は、"りん"を持つ魔術師であるのだからね」

 老人は両手をクウの顔の前にかざし、深く息を吐いた。

「クウ君。少々、失礼するのだね」

 老人の手が、緑色に光った。

 鮮烈な緑色の光が、見た事の無い文字の羅列られつに変わって円を描く。老人の両手には光る刺青いれずみの様なものが突然現れ、突き出されたその両手を中心にして、謎の文字が高速で回転を始めた。

「"叡智錐ピタゴラス"」

 老人がそうつぶやくと、空中に光る緑色の三角錐さんかくすいが出現した。その三角錐を中心にして大小様々な数字が宙に浮かび、現れては消える。

 そんな謎の現象が、十数秒続いた。

 老人が、唐突に突き出していた手を下げる。すると、宙に展開されていた緑色の三角錐と数字が、瞬時に消滅した。

「ふむ、なるほど。──面白いのだね」

 老人は何かに納得なっとくした様子でうなづく。両手に現れていた刺青いれずみの様な模様も、徐々に薄くなり、やがて完全に消えた。

「今のは何ですか?」

「"輪"の魔術だね、クウ君。分かるとも。君は初めて見たのだね。説明しよう。"輪"とはこの世界──"イルト"の生物がまれに発現させる固有魔法のたぐいだね」

「たった今ここに出現した、あの図形ですか?」

「その通り。儂の輪は"叡智錐ピタゴラス"という名で、出現させた図形の内側に位置しているものを知る事が出来る能力なのだね」

「知る事が出来る、とは?」

「そうだねえ。ふうをされた箱の中身を当てる事が出来る。隠し事をしている者の秘密を暴き立てられる。まあ、その程度の力なのだね」

「じゃあ今は──何を知ったんですか?」

「君の正体について少々、だね」
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