輪の魔術師~僕の転生した異世界では、人間は伝説の魔術師になれるそうです~

海老石泥布

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異世界"イルト" ~緑の領域~

12.勝利と傷跡

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 ゴーバの胸元が光り、新たな"輪"が展開され、回り出す。"雷霆ボルタ"とは違い、雷光を発していない。

 ただでさえ大きいゴーバの巨躯きょくが、更に膨れ上がる。皮膚は爬虫類はちゅうるいうろこごとき見た目に、眼はひとみの部分が蛇の眼の様に変化した。

 身体の巨大化は、特に右腕がいちじるしく、長さも太さも倍ほどになった。ゴーバと相対あいたいする3人は、その様子をただ観察する。

「下等種共め……。こちらの"輪"を、使う気は無かったのだがな」

 ゴーバは巨大な右腕を、クウ目掛けていきなりたたきつける。反応が遅れたクウだったが──フェナが即座に反応し、クウを突き飛ばしながらの回避に成功する。

 空振りに終わった手を、ゴーバはゆっくりと上げる。地面が砕け、見事に陥没かんぼつしていた。

「あ、ありがとう。フェナ」

「どういたしまして。──さっきは良い動きを見せたのに、急にどうしたの?」

 クウの身体におおかぶさり、ぴったりと密着した状態で、フェナはクウを不思議そうに見る。

「あなた、頭に傷があるわよ」

 フェナはクウの頭部から、血が流れているのを発見する。騎士の一人に殴られた時の傷が開いたのだ。

 それを見たフェナの──クウを見る表情が変わる。

「クウ。傷から、血が──」

「ちょっ……フェナ?」

「あなたの──血……」

 フェナがクウの頬を伝う血を、舌でめ回した。クウは驚いて硬直し、フェナに身をまかせてしまう。

 ゴーバの腕が、また伸びた。にぎりしめられた巨大な拳が、再びクウとフェナを狙う。クウは立ち上がり、今度は輪を発動して応戦しようとするが──フェナが先に動いた。

 フェナの外見が、変化している。目元に罅割ひびわれの様な模様が浮かび、瞳の奥にはにぶい紫色の光が宿っていた。口元からは伸びた牙がはみ出し、両手の爪も鋭く長くなっている。

 すさまじい速さで、フェナはゴーバ本体との距離をめ、逆手に持った剣をゴーバの眼球に突き刺そうとした。フェナの動作速度は、先程より桁違けたちがいに速くなっている。

「ぬうっ──!」

 ゴーバはかろうじて反応し、フェナの剣を左手でつかんだ。すると、フェナはあっさりと剣を手放し、ゴーバの体をり付けて宙返りすると──ゴーバの首筋に勢い良くかぶり付いた。

 フェナは、そのまま食らい付いた首の肉をみ千切る。ゴーバの首から、鮮血がき出した。

「ぐああああ!」

「──うふふっ」

 フェナが不敵に笑いながら、血塗ちまみれの口元を手首でぬぐう。外見だけでなく、明らかに様子もおかしい。クウの血をすすった事が契機けいきになったのだろうか。

 剣を手放したフェナだったが、丸腰の状態でも果敢かかんにゴーバへと向かっていく。

「あの女、化け物かよ……」

 後方で戦闘を静観していたソウが、ぼそりとつぶやいた。

 ゴーバの方は変身によって腕力や体力は強化された様だが、その代償として動きが緩慢かんまんになり、速度の上がったフェナについていけていない。フェナは素早い動きでゴーバを攪乱かくらんしつつ、するどい爪でゴーバの胴体部分を何度も斬り裂いていく。

 蓄積した傷は、確実にゴーバの機動力をいでいた。遂にゴーバは呼吸を乱し、左手で幾重いくえにも重なった胴体の傷を抑え、地面に片膝かたひざをつく。

「まさか──この、私が──。ここまで……」

 ゴーバは苦悶くもんに顔をゆがめ、ふらふらと体を左右に揺らす。今にも意識を失いそうな様子である。その一方で、フェナは──

 意識を失って、地面に倒れていた。

「フェナ!」

 クウが叫ぶ。フェナは目を閉じたまま、動かない。あの大立ち回りは、どうやら相当に無理をしていたらしい。

 ふと、クウの耳が奇妙な音を捕えた。バチバチと、電気が激しく放電する音である。音の方を向くと、ゴーバが"雷霆ボルタ"の輪を展開して、電撃を左手に蓄えている所だった。電撃は今まで放たれたものの中で、明らかに一番大きい。

 ゴーバの視線の先には、フェナがいた。

「まずい──! くそっ!」

 クウは走り出し、フェナに駆け寄る。それから一瞬遅れて、ゴーバが巨大な雷撃を放った。

「"颶纏アナクシメネス"!」

 クウはフェナを片手でかかえながら、もう片方の手で雷撃に爆風を衝突しょうとつさせる。クウの風は小さなものだったが、それでも雷撃の軌道はわずかにれた。

 直撃は避けられそうだが、完全な回避できそうに無い。クウは瞬時に判断する。フェナを守る様に抱きしめると──雷撃を背中で受けた。

「ぐははははは──!」

 ゴーバの高笑いが響いた。雷撃の着弾にともなって、紫色の閃光せんこうが広がる。クウとフェナの身体が、光の中に溶けてゆく。

 ふと、ゴーバの頭上に何かがパラパラと落ちる。巨大な氷塊ひょうかいだった。ゴーバの背後に回り込んでいたソウが、いつの間にか作り上げていたものだった。

「"氷霙嶼アムンゼン"!」

 ソウの輪が青く光り、氷塊ひょうかいがゴーバに砲弾のごとく落とされた。氷塊はゴーバの頭部を直撃し、冷気をびた青い衝撃波が生じた。空気が急激に冷え、突如濃霧のうむが発生する。

 徐々に霧が晴れていく。ゴーバのいた地点には、陥没かんぼつした石畳いしだたみと、その上でブヨブヨとうごめく──ゴーバの面影おもかげわずかに残した、肉のかたまりだけが残されていた。

「──クウ!」

 ソウはゴーバの残骸ざんがいが動かなくなるのを見届け、クウの元に走る。クウはフェナを抱きしめたまま──苦しそうに息をしていた。

「…………良かった。二人とも、死んでねえな」

 ソウはそこで、気配を感じて背後を見る。現れたのは、ソウ達に救出隊として同行してきた、3人の男性のエルフ達だった。

「ソウ殿! ──無事でしたか?」

「何だ、アンタら。 後で迎えに行くから、ちょっと隠れてろって言っただろ?」

「はい。でも、中から火の手が上がったのを見て、もしかしたらと思い……。その、じっとしていられませんでした」

 エルフの男性の一人が、申し訳なさそうに発言する。彼の話は恐らく、クウの風によって燃え広がった篝火かがりびの事だろう。

「確かに俺が死んだら、村まで瞬間移動させるヤツがいなくなるわな。だが生憎あいにく、そんな心配される程、俺はヤワじゃねえんだよ。俺なんぞより──」

 ソウが、倒れているクウとフェナをあごで示す。

「クウを担ぎ上げてくれよ。多分、背中を中心に火傷やけどってる。村に戻ったら急いで治療ちりょうしねえと、マズいかも知れねえ……」

「何ですって? ああ、クウ君──!」

 エルフの二人が、優しくクウの身体を持ち上げ、二人掛かりで両肩を支えた。──あらわになったクウの背面は、皮膚ひふが大きく焼けただれている。

「これは、ひどい……。クウ君……」

「ちゃんと支えてろよ。──今、村まで通じる道を作ってやる」

 ソウは集中し、紫色の光で宙に円を描いた。ソウの"浸洞レオナ"は、移動させる距離の長さに比例して発動に掛かる時間も増える様だ。

「ん──?」

 ソウは、クウの背中の傷跡きずあとを見る。

 紫色の文字で縁取ふちどられた"輪"が、クウの背面に浮かび上がっていた。
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