輪の魔術師~僕の転生した異世界では、人間は伝説の魔術師になれるそうです~

海老石泥布

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異世界"イルト" ~白の領域~

19.城下町

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「何だそりゃ?」 

 ソウが首をかしげる。

 クウの取り出したそれは──刃物のつかだった。柄の部分のみで、肝心かんじんの刀身の部分は全く無い。非常に中途半端ちゅうとはんぱである。

「あの賢者様、クウにはガラクタこしやがったのか。俺には業物わざものくれたのにな」

「僕の最初はそう思ったんだけどね。そうじゃないんだよ」

 クウはつかを両手でにぎると、精神を集中した。クウの左手に、緑の"輪"がうっすらと浮き上がる。

 すると、クウの握る柄から、突如とつじょとして緑色の半透明な刀身が現れた。刀身はうっすらと緑色の風を螺旋状らせんじょうまとっており、あわい光を生じている。

「賢者様のメモが同封どうふうされてた。──"朧剣ろうけんスルウラ"って言う名前らしいよ。緑の"輪"を持つ魔術師にしか、刃を顕現けんげんさせる事は出来ないつるぎなのだね、って書いてある。──あ、あとはこれも入ってたよ」

 クウは瞬時に剣の刀身を消滅させると、新たな品物を腰から取り出した。丁寧ていねいたたまれた衣服である。

「こっちは、"狩人かりうど葉衣はごろも"って言うらしいね。エルフの縫製ほうせい技術と魔法が使われてて、破けもしないし汚れも付かないらしいんだ。すごいよね。これがあれば洗濯せんたくらずだよ」

 クウは無邪気むじゃきな笑顔で、ソウに魔道具アイテムを自慢する。ソウは、微笑ほほえましそうにクウを見ていた。

「エルフが他種族を助ける話は珍しくはねえが、そんな上等な魔道具アイテムを複数もらったヤツの話は聞いた事ねえな。お前、相当気に入られてたんだろうよ」

 ソウがそう言った時、アールマスが二人に呼びかける声が聞こえた。

「クウさん、ソウさん。ウルゼキアが見えましたよ。もう少しで城壁です」

 クウが、分かりましたとアールマスに返答し、"朧剣ろうけん"と"葉衣はごろも"を急いで腰の巾着袋きんちゃくぶくろ──"床無とこなし口"に仕舞しまう。

「さて。やっと来たね、ソウ。ウルゼキアに」

「ああ。結構な日数が掛かったぜ。──今思えば、俺の"浸洞レオナ"で瞬間移動をり返しながら来れてたら、格段に早かったんだがな。どうも、"ホス・ゴートス"で力を多用し過ぎた反動が、まだ続いてるみてえでな。長距離の移動は"輪"が乱れて、今も無理なんだよ」

「別にいいと思うよ。遠回りな旅路たびじだったからこそ、道中、黒の騎士団の手から多くの住民達を救えたでしょ? それも、ソウのおかげだよ」

「へっ。お前、やっぱいい奴だな」

 ソウはくさそうに、フードで目元をかくす。

「──なあ、クウ。お前は気付いてるか?」

「え、何に?」

追跡者つせきしゃだ。何者かは知らねえが、俺らのあとを追って来てるやつがいやがる」

「えっ?」

 クウは馬車から顔だけを出し、キョロキョロと外を見渡みわたす。

「無駄だ。見える所にはいねえよ。──俺は高い魔力を持つ奴なら、ある程度の気配を察知さっち出来る感覚を身にけてる。"輪"を持った魔術師なら、その痕跡こんせき辿たどる事も可能なんだよ。ホス・ゴートスじゃあ、自分の展開した"輪"が邪魔して披露ひろう出来なかったけどな」

「ソウ、そんな特技とくぎもあったの?」

「ああ。だから、俺には分かるのさ。──巧妙こうみょうに気配をかくしながら、俺等おれらからかずはなれずの距離をずっとたもってきてやがる。"輪"の魔術師の気配じゃあねえが、それでも相当な手練てだれだ。油断は出来ねえぞ」

 ソウの言葉に、クウが身を固くする。

 アールマスの操作する馬車が、ウルゼキアの巨大きょだいな門の正面で停止した。門の守衛しゅえいらしき、白銀のよろいを着た二人組の騎士が、アールマスと何か話している。数分の会話の後、門がゆっくりと開かれた。

 ──白金はっきんの王国、ウルゼキア。

 巨大な外壁がいへきの内側は、活気かっきに満ちた大通りだった。ひさしの掛かった市場がずらりと横に並び、金の髪とひとみを持つノーム達がにぎやかな雑踏ざっとうを形成している。

「お二方。俺はこのまま、ギルドに品物の納入のうにゅうをして来ます。品物はギルド幹部による査定さていがあって、時間がかなり掛かるんです。早く行かないと、日がれる事もあるんですよ。──寂しくなりますけど、お二方とは──ここで」

「分かりました。では、ここでお別れですね。──アールマスさん、本当にありがとうございました」

「いや、礼を言うのは俺の方です。クウさん、ソウさん、助けて頂いた恩は一生忘れません。──あと、これは少ないですが……」

 アールマスは、ふところから革袋かわぶくろを二つ取り出し、クウとソウにそれぞれわたす。硬貨こうかが入った袋の様だ。

「えっ。これ、お金ですか?」

「ここまでの用心棒としての代金としても、村を救って頂いた謝礼金しゃれいきんとしても、少なすぎますけどね。おずかしいですが、今は持ち合わせがなくて……」

「いえ、そんな事はありませんよ。これ、結構重いですけど──大丈夫なんですか?」

「どうぞ、受け取って下さい。2万チリン程しか入ってませんけど。──あ、ウルゼキア市場の相場はご存知ですか? 平均500チリン程で、店の食事一回分の支払しはらいが出来ます」

 聞きなれない単語だった。チリン──と言うのがウルゼキアの通貨つうか単位らしい。

「中々のがくじゃねえか。持ち合わせが無いって割には太っ腹だな。本当に良いのか、アールマス村長?」

勿論もちろんですよ。──おっと、すみません。そろそろ行かなきゃ、本当にまずそうだ。では、お二方。機会があれば、また村に寄って下さいね。クウさんとソウさんになら、いつでもまたご馳走ちそうしますから」

 アールマスはそう言って馬車に乗り、大通りを進み始める。クウとソウの方を何度も振り返りながら、寂しそうな顔で雑踏ざっとうの中に消えて行った。

 クウとソウは、互いの顔を見る。

「僕らも行こうか、ソウ。──何処どこに行く?」

「好きな所に行けばいいぜ。俺のおすすめは、この大通りを抜けた先──王宮だな」

「王宮? 王宮って、王様のいる宮殿きゅうでんでしょ。そんなに、気軽に入れる場所なの?」

「いや、普通のやつはそう簡単に入れねえよ。だが、普通じゃねえ奴ならどうだろうな。──たとえば、"人間"とかな」

 ソウは親指で、自分の背後にある木の立て看板かんばんを示す。看板には紙の掲示物けいじぶつが大きくり出され、それを見るノームの市民たちの人集ひとだかりが出来ていた。

 クウは目を細めて掲示物を見る。

「えっと──"親愛しんあいなる臣民しんみん達へ。十三魔将を撃破げきはし、黒の騎士団のろうとらわれていた者達を開放した二人の英雄。彼らの足取りを──しろ騎士団きしだんは追っている。彼らについて知る者は、王宮まで来られたし"──セラシア王女?」

 クウは音読した内容を、もう一度頭の中で考える。

「あれは、王女様のお触書ふれがきなんだね。──"英雄"だってさ。文章の内容は、僕らを探してるって事でいいのかな」

わたりに船だな、クウ。セラシア王女ってのは、ジョンラス王の娘さ。セラシア王女は、王族にして実力派の女騎士でもある。黒の騎士団とついを成すウルゼキアの騎士団──"白の騎士団"の司令官をつとめる女傑じょけつだぜ」

「それはすごいね。王女様って、間違っても武器なんか手に取らない、奇麗きれいなドレス深窓しんそう令嬢れいじょうってイメージだったよ」

「俺も直接は知らねえが、見た目もかなり評判が良いんだとさ。そんな女からのアプローチだ。当然、おうじるしかねえよな?」

  ソウとクウは大通りの奥の景色けしきを見る。白金にいろどられた、壮麗そうれいな宮殿がうっすらと見えた。
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