輪の魔術師~僕の転生した異世界では、人間は伝説の魔術師になれるそうです~

海老石泥布

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異世界"イルト" ~白の領域~

20.再会と契約

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「じゃあ、早速さっそく行く?」

 クウが、宮殿を示しながらソウに聞く。

「──悪いが、俺は行かねえよ。ちょっとしてえ用事があるからな。少しの間、別行動しようぜ」

 クウが意外そうな顔をする。

「え、何処どこに行くの?」

「俺はウルゼキアに来るのは初めてじゃねえって言ったろ。なつかしい知り合いも何人かはいるから、ちょっと顔を見せに行くのさ。──そんなに時間は掛からねえよ。そうだな……用がんだら王宮の入り口前に行くから、そこで合流しようぜ」

「うん。じゃあ、また後でね」

「あ、クウ。ちょっと待て」

 ソウが背を見せたクウを呼び止める。

「お前に渡すのを忘れてたぜ。──ほらよ」

 ソウが何かをクウに投げた。

「あっ、これ……」

 クウには、一目でそれが何か分かった。ホス・ゴートスの戦いの最中、クウが剣で切断した──"紫雷しらいのゴーバ"の角である。

「ソウ、こんなのいつの間にひろってたの?」

「歴史的勝利の記念品だからな。──"大悪魔デーモン"の角は、雑兵ぞうひょうの"悪魔デビル"と違ってデカくて、本体から離れてもわずかながら魔力を宿やどすもんなのさ。切り落としたのはお前だし、持ってけよ。もしかしたら、後で役に立つかも知れねえしな」

「分かった。とりあえず持っておくよ」

 クウはたてに首を振ると、腰の袋──"床無し口"に角を入れる。

「さて、じゃあ行ってくるわ。──それと、クウ。お前、帽子ぼうしか何かで少しは頭をおおった方がいいぜ。そのままだと、目立ってしょうがねえからな」

 ソウはそれだけ言うと、速足はやあしですたすたと行ってしまった。

 クウは自分の周りを見回す。多数のウルゼキア市民たちが、ざわざわとクウを指差して何か言っている。クウはそこでようやく、自分の黒髪が大衆の注目をびていた事に気付いた。

 クウは姿勢を低くすると、大通りを抜け、近くのせまい裏通りへと入っていった。

「完全に意識してなかったなあ。あと、ソウも注意するなら、もっと早く言ってくれれば良かったのに。──あ、そうだ」

 クウは腰の袋から、"狩人の葉衣"を取り出す。葉衣とは言っても素材は布に肌触はだざわりで、頭部には──頭を覆い隠せるフードが付いていた。

「これに着替えれば良かったんだ。忘れてたよ。──賢者様、ありがとう」

 クウは左右を見て人気ひとけの無い事を確認すると、素早く今の服を"葉衣"に着替える。サイズはぴったりだった。まるでクウの為にあつらえたかのような、完璧かんぺき着心地きごこちである。

「よし。これでいいかな」

 "葉衣"には、腰の部分に剣をくくり付けるらしい革のベルトがぶら下がっている。クウはつかのみの"朧剣ろうけん"も取り出すと、しっかりベルトに固定した。

「──お着替えはんだかしら」

 クウの背後から、何者かの声がした。

「細身だけど、いい体だわ。人間の肉体って、イルトの人型生物と全然見た目の違いは無いのね。うふふ」

 聞き覚えのある声だった。クウは振り向くが、目視もくしする前から声のぬし──彼女の正体には気付いていた。

「──フェナ?」

「あら、名前も覚えててくれたの? うれしい。うふふ」

 "蝮鱗ふくりんのフェナ"が、クウの後ろに立っていた。前回会った時とはことなり、肩と胸元の大きくいた黒い女性服を着ている。

「ソウが、誰かが僕達の後を追って来てるって言ってたけど──君だったの?」

「あら、バレてたの。私の尾行に気付くなんて、あの青黒フードの魔術師さん、只者ただものじゃないわね。──まあ、別にいいんだけど。私が会いたかったのはクウ、あなたの方だもの」

「僕? 僕に何か用があるの?」

「ええ。用と言うか、一つ提案があってね。──場所を変えて話さない? 頭部丸出しだったさっきまでならともかく、今のそのあなたの服装なら、人目の多い場所も問題無いでしょう?」

◇◇
 ウルゼキアの大通りにある酒場の一つ。空間一杯に酒気しゅきただよう酒場のカウンター席に、フードを目深まぶかかぶったクウと、フェナは隣り合って座っている。

 日はまだ高いが、店内の席のいくつかは、顔を赤らめて酒のジョッキをあおる男性客でまっている。クウは居心地いごこち悪そうに身を小さくしているが、フェナは落ち着いた態度で野菜と肉類の料理を食べていた。

「──遠慮えんりょしないでもっと食べたら? お金なら心配しなくていいわ。私がおごってあげる」

 フェナの外見年齢ねんれいはクウと同程度に見えるが、所作しょさや口調は確実に年上のそれである。

「こういう店には、よく来るの?」

滅多めったに来ないわよ。ちなみに、ウルゼキアでこういう店を利用したのは今日が初めてなの。──吸血鬼にとっての主食は血液だから、上品にお皿の料理を食べる事には、違和感を感じてしまうわね。まあ、味は悪くないのだけれど」

 フェナは料理の皿に積極的に手を伸ばす。述べた感想以上に、料理が気に入っている様子である。

「ねえ。僕達を追跡して来てたのはどうして?」

「私が追ってたのはあなたよ、クウ。理由は、あなたと話したかったから」

「じゃあ、すぐに出てきてくれれば良かったでしょ。何で今頃になって?」

「一人になるのを見計みはからってたからよ。あなた、あの青黒フードとずっと一緒だったもの」

「ソウと一緒の時じゃ駄目だったって事?」

「あなたにとって信頼できる相手が、私にとってもそうとは限らないわ。──念のために、あなた一人の時の方がいいと思ったのよ」

 フェナはクウの方に身を乗り出し、じっと顔を見つめる。クウは思わず目をらしてしまう。

「あなたからは──とてもなつかしい感じがするわ。まるで、ずっと前に会った事があるような、そんな感覚がするのよ」

「人違いだと思うけど……。僕、"イルト"には少し前に来たばかりなんだ」

「そうなの? それなら──いいわ」

 フェナは少し残念そうに、笑った。

「あなた、あの時──私をかばったわよね」

「あの時って──ああ。何て言うか、あの時は体が勝手に動いたんだよ。──このセリフ、一度言ってみたかったんだよね」

 クウがほおを指でく。

「あの時の私、実は倒れた後もわずかに意識はあったのよ。体はぴくりとも動かなかったけど、それでも──あなたが私に体を重ねて、雷を背中に受けたのは見てたの」

「ああ、あの瞬間の事は、あまり思い出したくはないね」

 クウは自分の背中をさわる。

「今考えると、あれは恐ろしい状況じょうきょうだったわ。もしあれが直撃してたら、今頃いまごろ私は……命が無かったかも知れない。そもそもあなたが来てくれなければ、私は今尚いまなおとらわれの身だった訳だし。──あなたの恩に私は、むくいるべきよね」

「そんなへりくだった態度を取らないでよ。僕の方だって、君の剣に助けられた訳だし。お互い様だよ」

 クウはフードのはしを掴み、顔を隠す。以前ソウが行った所作と同じである。

「あなたには、現実的な話の方がいいのかしらね? あなたに一つ、提案したい事があるのよ。──私をやとう気は無い?」

「えっ?」

 クウは彼女の職業を思い出す。確か彼女は、自分を傭兵ようへいと名乗っていた。

「私は元々、"黒の騎士団"を相手に戦う傭兵だってすでに説明したでしょう。──クウ。あなたもホス・ゴートスに乗り込んで、悪魔族達と戦ってたわよね。つまり、私達には共通の敵がいる。それなら、きっと良い協力関係をきずけると思わない?」

「確かに、僕の目的はイルトの苦しんでる人達を助ける事だし、そのためにイルトの平和をおびやかす悪魔族を倒す必要があるとも考えてる。そういう意味じゃ、協力は僕にとっても有意義な提案だね。──でも、一つ問題があるんだ」

「あら、何かしら?」

「僕、お金を持ってないんだよ。──君の腕前は見たけど、僕には、君の実力に釣り合うだけの報酬ほうしゅうを支払えるとは思えないんだよね」

「その心配は無いわ。何故なぜならあなたには、私が欲しくて、なおつあなたにしか支払えない報酬を持っているんだもの。──その、魅力的みりょくてき身体からだにね」

 フェナが妖艶ようえん仕種しぐさで、口元に指を当てる。上唇うわくちびるの下から、鋭利えいりな牙がのぞく。

 瞬時に意味を理解したクウのひたいを、冷や汗がつたった。
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