輪の魔術師~僕の転生した異世界では、人間は伝説の魔術師になれるそうです~

海老石泥布

文字の大きさ
21 / 65
異世界"イルト" ~白の領域~

21.宮殿へ

しおりを挟む
「……聞いておかなきゃいけない事があるんだけど」

「何かしら?」

 フェナは自分の長髪を指でいじりながら応答する。

「君を雇用こようした場合、支払う一回分の報酬ほうしゅうはどれぐらいなの?」

「そんなに身構えなくていいのに。──質問の答えとしては……首筋に牙を押し付けて、私があごと口を動かしてる間、数十秒だけ我慢がまんしてもらう。それだけよ。本当に、たったそれだけ」

「そしてその後、僕は急いで首を圧迫あっぱくしながら止血しないとマズい事になる……と」

「そうはならないわ。あなたの血は何て言うか……栄養価の高い物質を、無理に一つのボトルに封入ふうにゅうした、年代物のワインみたいなのよね。数滴すうてきの血で頭がとろけそうになる、まさに禁断の味なの。あなたが失血死するぐらいの血を飲む事は無いと、私は確約かくやくするわよ」

やとい主として売り込む相手を、歩くワインボトルあつかいかよ……。まあ、白々しらじらしい嘘をつかれるよりはずっといいけどね」

「それが私の長所の一つよ。──悪魔をほふる剣術と、裏表の無い性格をそなえた女なんて、"イルト"中を探してもそうはいないわ。少しは、私に魅力を感じてほしいわね」

 フェナはわざとらしく開いた胸元を強調する。色仕掛いろじかけのつもりらしい。

「それで、どうなの? 私を手に入れたくなったかしら? ──あなたは私に血を分け与え、私はあなたに私自身をし与える。あなたは"対悪魔用兵器"と呼ばれる戦力を得られるし、私は今日から食事の心配がなくなる。完全なる利害りがい一致いっちよ」

「それに、なしくずし的にとは言え、すでに一度は協力したなかでもある。──いいよ。今から君をやとわせてもらう。今日からよろしくね──フェナ」

「こちらこそ──クウ。うふふ」

 二人は、極めて自然な笑顔でお互いに笑い合った。

「──けえっ、昼間っからイチャつきやがって。てめえら、来る場所を間違えてんじゃねえかあ? ああ?」

 クウとフェナが後ろを見る。

 ジョッキを持ったノームの男が、酒臭い息を吐きながら二人をにらんでいた。

「ここは男と女が雰囲気ふんいき作る場所じゃあねえぞ? 気持ちよく酔う為にある場所だあ。てめえら、それも分かんねえのかあ?」

 クウが、フェナの手を引いて立ち上がる。

「店に入った時から、こうなった場合はどうしようか考えてたんだ。僕の結論は──相手にしないのが正解。さあフェナ、すぐにお会計して、とりあえず外に出よう。──あ、すみません。お会計をお願いします」

 クウが、近場にいたエプロン姿の女性に声を掛けつつ手を上げる。酔っぱらいの男が、ジョッキを持っていない方の手で、クウの手首をつかんだ。

「おい、待てこの野郎。無視してんじゃねえぞ、コラ」

「うわ、止めて下さいよ。──財布が取り出せないですって」

 その様子を見て、フェナが動く。ノームの男にずいっと顔を近づけると、怖い顔でにらみ付ける。

「下らない真似まねは止めなさい。──お酒も上手に飲めないくせに、よくこんな場所に来たわね。来る場所を間違えてるのは、あなたの方よ」

 見事な啖呵たんかである。ノームの男は次の言葉にきゅうし、顔が急激に紅潮こうちょうしていく。今にも沸騰ふっとうしそうである。

「あなた、どうせ素面しらふじゃ喧嘩けんかも仕掛けられない腰抜けなんでしょう? 今すぐその手を離せば、今回は見逃してあげてもいいわ。──いい子だから、席に戻りなさい」

「このクソ女──!」

 確実に余計な一言である。

 男の怒りの炎に、純度じゅんどの高い油が注がれた。ノームの男はジョッキを床に叩きつけ、フェナになぐりかかる。

「フェナ──!」

 すかさずクウが、男を真横から突き飛ばす。男は空中に投げ飛ばされ、離れた場所で飲んでいた男数人が座るテーブルに見事に衝突しょうとつした。テーブルは壊れ、男は体の向きが上下逆になる。

「えっ? ……嘘でしょ」

 クウは唖然あぜんとする。クウの体感では軽く押した程度だったのだが、実際は想定した数倍の推進力すいしんりょくが与えられていたらしい。

 店内が、何とも言えぬ空気に包まれた。

 クウはアールマスに貰った硬貨の袋を──そっと店のカウンターに置く。そして、フェナの手を引いて脱兎だっとごとく外へけ出した。



「──ああ、やっちゃった」

 額に手を当て、絶望的な表情で下を向くクウ。

「フェナ、あの人は大丈夫かな? 怪我けがさせちゃったかな?」

「大丈夫よ。──何度か振り向いて見たけど、あの男、何か怒鳴どなり散らしながら途中まで追っかけてきてたもの。千鳥足ちどりあしでね」

 フェナは腕組みをしながら言う。

「クウ、気にする必要はないわ。確実にあっちが悪いもの」

「悪いのは君の口も、だよ。──考えてみたけど、やっぱり変だ。何かおかしい」

 クウは自分の両手を見る。

「上手く言えないけど──確実に、何かおかしいんだ。僕、あんなに力が強いはず無いのに……」

「クウは、自分が思うよりたくましい筋力を持ってたって事かしら。あなたも男の子だものね。──あら?」

 フェナはクウの背中を見る。一瞬だけ──円形に紫色の光が生じた様に見えた。

「──気の所為せいかしら」

 フェナは腕組みを止め、クウを見る。

「それで、これから何処どこに行くの? 私はあなたに付いて行くわよ」

「王宮に行こうと思ってるんだ。他に行く当ても無いからね。──さっきの店に、貰ったお金袋ごと全額置いてきちゃったから、もう違うお店で買い物も出来ないし……」

勿体無もったいない事したわね。あそこは、私がおごってあげるつもりだったのに」

「壊したテーブルの弁償代べんしょうだい慰謝料いしゃりょう一括払いっかつばらいした。そう思う事にするよ」

 クウは王宮の位置する方角を、自分の目で確認する。

 王宮への入り口は、目の前だった。



「あの、すみません」

 クウが話しかけたのは、王宮の門の前に姿勢良く立っていた、白銀はくぎんよろいを着た騎士だった。

「何か用かい?」

 騎士がクウを見た所で、クウは──フードをいだ。クウの黒髪があらわになる。

「大通りの看板を見たんです。"セラシア王女"様が──"人間"をお探しなんですよね?」

「ああ。──ちょっと待ってくれよ」

 騎士は全く驚かず、門を離れて行ってしまった。意外な反応に、クウは後方に立つフェナと顔を見合わせる。

 数分経って、騎士が戻って来る。騎士は、何故なぜか水の入ったおけを持っていた。

「それじゃ、頭をこっちに近づけて」

「えっ……何をする気ですか?」

「そんなの、決まってるだろう」

 騎士は銀色の籠手こてを外してクウの頭をつかむと、桶の水でクウの頭をらし始めた。

「あの看板を見て、自分が伝説の"人間"だと名乗り出たのは──君で多分、18人目だな。髪の毛に炭を塗り込んで黒くしたり、"魔法薬"で一時的に色を変えたり、様々なアイデアを色んなヤツに見せてもらったよ。──さあ、君は何どんな方法で変装してるのかな?」

「いや、ちょっ──。痛いし──冷たい──!」

「ああ、ちなみにこの水はただの水じゃない。宮殿の魔導士に調合ちょうごうしてもらった、魔法を打ち消す特殊とくしゅな聖水なんだ。──うん? 色が変わらないな?」

「痛い──! 指が! 指が食い込んでます──!」

 クウは情けない声でさけぶ。フェナは心配そうにその様子を見ていた。

「全く変化が無いぞ。こんな手応てごたえの無さは──初めてだ……」

「──騎士さん、その辺でいいんじゃないかしら。傍目はためから見たら──新手あらて虐待ぎゃくたいにしか見えないわよ」

 フェナの発言で、騎士は手を止める。

「まさか、君は──本当に?」

 クウは無言で腰の"朧剣ろうけん"を手に取り、騎士に見せる。

 クウの意識に反応し、剣の刀身が──強い緑色の光をともなって現れた。

「それは──まさか、"輪"か?」

 騎士は激しく狼狽うろたえながら、クウに何度も頭を下げる。

「こ、これは済まなかった──! 君もいつもの連中と同じで──王宮に入り込むためにイカサマをしているのかと──!」

「いえ、いいんですよ。分かって頂けたら。──へくしゅん!」

 クウのくしゃみが、宮殿のかべに反響する。

 平謝ひらあやまりする騎士の後ろで、宮殿の門が音を立てて開いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

『異世界ガチャでユニークスキル全部乗せ!? ポンコツ神と俺の無自覚最強スローライフ』

チャチャ
ファンタジー
> 仕事帰りにファンタジー小説を買った帰り道、不運にも事故死した38歳の男。 気がつくと、目の前には“ポンコツ”と噂される神様がいた——。 「君、うっかり死んじゃったから、異世界に転生させてあげるよ♪」 「スキル? ステータス? もちろんガチャで決めるから!」 最初はブチギレ寸前だったが、引いたスキルはなんと全部ユニーク! 本人は気づいていないが、【超幸運】の持ち主だった! 「冒険? 魔王? いや、俺は村でのんびり暮らしたいんだけど……」 そんな願いとは裏腹に、次々とトラブルに巻き込まれ、無自覚に“最強伝説”を打ち立てていく! 神様のミスで始まった異世界生活。目指すはスローライフ、されど周囲は大騒ぎ! ◆ガチャ転生×最強×スローライフ! 無自覚チートな元おっさんが、今日も異世界でのんびり無双中!

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

あっとさん
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

八百万の神から祝福をもらいました!この力で異世界を生きていきます!

トリガー
ファンタジー
神様のミスで死んでしまったリオ。 女神から代償に八百万の神の祝福をもらった。 転生した異世界で無双する。

【完結】487222760年間女神様に仕えてきた俺は、そろそろ普通の異世界転生をしてもいいと思う

こすもすさんど(元:ムメイザクラ)
ファンタジー
 異世界転生の女神様に四億年近くも仕えてきた、名も無きオリ主。  億千の異世界転生を繰り返してきた彼は、女神様に"休暇"と称して『普通の異世界転生がしたい』とお願いする。  彼の願いを聞き入れた女神様は、彼を無難な異世界へと送り出す。  四億年の経験知識と共に異世界へ降り立ったオリ主――『アヤト』は、自由気ままな転生者生活を満喫しようとするのだが、そんなぶっ壊れチートを持ったなろう系オリ主が平穏無事な"普通の異世界転生"など出来るはずもなく……?  道行く美少女ヒロイン達をスパルタ特訓で徹底的に鍛え上げ、邪魔する奴はただのパンチで滅殺抹殺一撃必殺、それも全ては"普通の異世界転生"をするために!  気が付けばヒロインが増え、気が付けば厄介事に巻き込まれる、テメーの頭はハッピーセットな、なろう系最強チーレム無双オリ主の明日はどっちだ!?    ※小説家になろう、エブリスタ、ノベルアップ+にも掲載しております。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

処理中です...