輪の魔術師~僕の転生した異世界では、人間は伝説の魔術師になれるそうです~

海老石泥布

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異世界"イルト" ~赤の領域~

35.竜との死闘

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「ひいいいっ!」

 黒い騎士は立ち止まり、体を震わせながらその場に立ち尽くす。その一方で、クウ達3人は音圧おんあつに驚き、思わず耳をふさいでいた。 

 続いて、地面が大きく揺れた。先程洞窟の先で発生したものと、全く同じ現象である。

「うわあ、来るなあ!」

 黒い騎士はおびえながら──地面の下を見つめている。急に、岩場の地面に穴が空いた。

「ヴォオオオオ──!」

 一瞬の出来事だった。地面が割れ、岩石の欠片かけらが宙に舞ったかと思うと──不規則に牙の並んだ長い顎が、黒い騎士の全身を包み込んだのである。

「なっ……!」

クウは茫然ぼうぜんとしつつも、その様子をしっかりと見届ける。地面から現れた巨大な爬虫類はちゅうるいの様な頭部には──赤色の光を生じた"輪"が見受けられた。

 黒い騎士を呑み込んだ巨大な顎は、赤い光の残像を残しながら、穴の中に消えた。

「あの顎の形状、間違いなく"魔竜ドラゴン"だわ……。まさか、地面から現れるなんて……!」

「僕、"魔竜ドラゴン"って空から華麗かれい飛来ひらいするイメージしか無かったよ。──何処からか急に現れたっていうのは、こういう事だったんだね……!」

 再び、地鳴りと振動が巻き起こった。

 クウ達3人は身構え、意識を地面に集中する。地中を何かが音を立てて移動していた。

「うっ、まずいよ。来る……!」

 クウは緑色の"輪"を展開し、神経をませる。

「──"颶纏アナクシメネス"!」

「クウ──"魔竜ドラゴン"は地中にいるのよ? その"輪"で探知できるの?」

「探知は出来ないよ。でも、何もしないよりはマシだと思ってね。──ドルスさん、一つお願いしていいですか?」

「うん、何だ?」

「その大きな盾を、僕の近くで構えていてほしいんです。僕の手の、真下に当たる位置で」

「む……こんな感じか?」

「僕が今から爆風を起こします。その瞬間、盾をすぐに手離して下さい。──その後は、どうにか頑張って!」

「どういう意味だ?」

 ドルスはクウの指示通りに、持っていた盾を構えた。

 クウは更に集中する。左手から放たれる緑色の光が、密度を増して輝く。

「揺れが──真下から! ──来る!」

 地面に亀裂きれつが走り──巨大な牙が、クウ達3人に襲い掛かった。クウ達の立っていた地面は割れ、3人は真下に落ちる。

 3人の身体を囲い込む様に、牙の並んだ顎が、今まさに閉じようとした。

「くっ──はあっ!」

 クウは左手の五指ごしを勢いよく開き、真下に向けて爆風を巻き起こす。爆風はドルスの持っていた盾に当たり、盾は真下──"魔竜ドラゴン"の喉の奥に、勢い良く押し込まれる。

「グガ──オアアア──!」

 "魔竜ドラゴン"の苦しそうな悲鳴が反響する。ドルスの大盾がつっかえ棒の役割を果たし、"魔竜ドラゴン"の巨大な顎は閉じる事が不可能となった。クウ達はそのまま自由落下し、"魔竜ドラゴン"の口の中へと落ちていく。しかし、口内に挟み込まれたドルスの盾が──真下に落ちる3人の足場の代わりとなった。

「もう一回──はあっ!」

 クウは再度、緑色の光をまとった爆風を、3人の立つ足場──真下の盾に向けて発生させる。光をめる動作が十分で無かった所為せいか、爆風の規模は直前のそれに比べ半分程度しかない。だがそれでも、小さな爆発と形容けいようしていい威力は出ていた。

 3人は、二度目の爆風でついに"魔竜ドラゴン"の口内から空中にだっする。"魔竜ドラゴン"は呻き声を上げながら左右に首を振り、3人はそれぞれ、割れた地面から少し離れた地点に各々おのおの違う体勢で受け身を取った。

「クウ、すごいわ。良くやったわね!」

「思ったより上手く口に入ったね。──このまま、窒息ちっそくしてくれれば助かるんだけど」

「ああ、俺の盾が。あの盾はウルゼキアの工匠こうしょうに作らせた特注品なのに。──まあ、命には代えられないか」

 "魔竜ドラゴン"は首を激しく左右に振り回し、どうにか盾を吐き出そうとこころみている。振り回した首が鉄骨や足場の部分に当たり、製鉄所全体が徐々に壊れてゆく。

 まるで、ここに至る途中でクウとフェナが見た──"メルカンデュラ"の家屋の様に。

「ウオオ──オアアアア──!」

 クウはそこで、はっとして"魔竜ドラゴン"のひたいを見る。"魔竜ドラゴン"の額から、強烈な赤色の光が放たれていた。"輪"の能力が発動しているのだ。

「ウオッ──ゴッ──! ガアッ!」

 "魔竜ドラゴン"の口から、何かが吐き出された。それはまぎれも無く──はしの部分が溶けた、ドルスの大盾だった。

「な、何っ!? 俺の白金の盾が──!?」

 ドルスは激しく取り乱し、地面に吐き出された盾を見つめる。大盾は原型を失い、端の部分が熱した水飴みずあめの様に溶けていた。

「ウオッ、アアッ──。ヴォアアアア──!」

 "魔竜ドラゴン"の鳴き声が、盾を口に入れられる前の状態に戻った。

「金属がドロドロに……。この"輪"は、"朱熔涎ラボワジエだわ……!」

「フェナ、この"輪"を知ってるの?」

「"朱熔涎ラボワジエ"は、金属に変化を与える事が出来る"輪"よ。イルトの歴史の中では、熟達じゅくたつした錬金術師れんきんじゅつしなんかがまれに宿す事がある"輪"らしいわね。──でも、まさか"魔獣ビースト"が、それも"魔竜ドラゴン"が使うだなんて……聞いた事が無いわよ」

「そう言えば……この"魔竜ドラゴン"はさっきも目の前で、甲冑かっちゅうを着た黒の騎士を丸ごと呑み込んでた。良く考えてれば、気付けた事かも知れないのに。──くっ、僕の考えが浅かった」

 悔しそうなクウ。"魔竜ドラゴン"は咳込せきこむような行動を見せた後、そんなクウをじろりとにらんだ。

「ヴォオオオオ──!」

 "魔竜ドラゴン"はクウに向かって、宣戦布告を表明するかの様に咆哮ほうこうする。そして穴の中に一度姿をひそめると──再び地面の下から、今度は体全体の姿を現した。

 "魔竜ドラゴン"の本体は、現代のファンタジー作品のイメージに近い姿をしていた。うろこおおわれた体に、一対の翼。鋭い爪の生えた四本の脚。体色は赤黒く、全体的に赤錆あかさびの様なものがが生じている。腹部は風船の様に大きく膨らんでいた。捕食した獲物が、未消化のまま今も蓄えられているからだろう。

 首は──異常に長かった。

 蛇のごとく長い首に、一見するとわににも見える頭部。不自然さの無い胴体部分の造形と比べると、首から上には違和感しか無いのである。

 クウはここで、"朧剣ろうけんスルウラ"を構える。神秘的な緑色の光に包まれ、半透明な刀身が出現した。

「この"魔竜ドラゴン"もシェスパー同様、金属製の武器は無力化してしまう。──だったら、使える武器はこれしかない」

「クウ、接近戦を仕掛ける気なの? ──気をつけなさい。あの長い首、洒落しゃれで付いてる訳じゃ無いみたいだわ」

「でも、胴体部分は鈍重どんじゅうだよ。間断無く捕食を続けた所為せいで、腹部が重くなり過ぎてるんだ。──いくら有翼種ゆうよくしゅでも、あんなにお腹パンパンなら飛べない。つまり、機動力の無い今がチャンスなんだ」

 クウは剣を逆手に持ち、"魔竜ドラゴン"に向かって走り出す。クウの移動速度は、"輪"の力で足元から生じさせた風によって強化されていた。不意を突かれた"魔竜ドラゴン"は、クウの姿をそのまま見失ってしまう。

「体の真下は死角だろ、"魔竜ドラゴン"。もぐり込めさえすれば、こっちのものだよ」

 クウは"魔竜ドラゴン"の側面を経由して、体の真下に入ろうとした。"魔竜ドラゴン"の視線は──クウを見ていない。

「ちっとも僕に気付いてない。──よし」

 クウは剣を握って力を溜める。緑色の光が剣に集まっていく。"魔竜ドラゴン"の視線は今もクウの方に無く──別の何かを見ていた。

「あ……まさか!?」

 鋭い"魔竜ドラゴン"の視線の先には、立ちすくむフェナがいた。
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